湯けむり温泉、恋慕の情「あ、見えてきた!あの旅館だね」
「おー、立派なモンだなぁ」
暁人とKKは、某県某市のとある旅館へと足を運んでいた。駐車場から少し歩くと、趣のある旅館が立派に構えている。古くからある旅館だが、ネットのクチコミでも評価が高いようだ。
「貰った宿泊券じゃないと、こんな立派な場所なんか来れなかったね」
「オマエの強運も、大したものだよ」
――そもそも、この旅館に泊まることができたのは暁人のおかげだった。たまたま貰った一枚の福引の抽選券で、なんと特賞が当たったものだから暁人は嬉しさよりも驚きの方が増してしばらくぽかんとしていた。同行していたKKが、たまには兄妹で旅行でもしてきたらどうだ、と提案したのもあって帰宅後すぐに麻里に話す。が
「お兄ちゃん、私もう高校生だよ?さすがに二人だけでお泊まりなんて、しないよ」
とあっさり断られてしまった。断られると思ってなかった暁人はショックを受けつつも、それなら友達とでもいっておいでよ、と再度提案するもそれならお金を出して行くとこれも却下されてしまった。
結局、凛子を始めとする周囲の意見もあって、暁人とKK、師弟水入らずで行くことになり今に至る。
「なにより、久しぶりの休みだ。遠慮なく、ここで寛ぐとするかな」
「露天風呂と料理が最高だったって口コミがたくさんあったから、楽しみだね」
受付を済ませ宿泊する部屋に案内されると、窓からの景色がとても素晴らしい場所だった。暁人が思わず感嘆の声を上げる。成人男性二人には十分すぎるほど、素敵な部屋だ。
「さてと、まずは一風呂浴びるとするか」
「今の時間帯なら人も少なそうだし、いいね」
早速、この旅館の売りである露天風呂へと向かった。
「あー………………」
「ふぅー…………」
露天風呂に入った途端、二人揃って溜息のような声が漏れる。湯加減は最高だった。
「気持ちいいねぇ……」
「疲れが癒えるなぁ…… 」
湯の質感が大変心地よく、疲れた体に染み渡っていく。暁人がちらりと温泉の効力を見ると、なにやら沢山書かれている。ふと、KKに目をやるとあまりの気持ちよさに眠りそうになっていた。
「KK、眠っちゃダメだよ」
「オマエが起こしてくれるからいいんだよ」
「もー……」
実際、昨日は夜遅くまで活動していたのにも関わらず、ここまで運転してくれたのはKKで、言わないだけで相当疲れていたのだろう。うとうとと船を漕ぎはじめた。
そんなKKの身体を、暁人はここぞとばかりにじっくり眺める。推定40代、実際の年齢は教えてくれないもののその身体は引き締まっていて、暁人は密かに、歳をとったらこうありたい、と思うほどだった。
しばらく眺めていると、妙な気持ちになり慌てて目を逸らす。とんとんと軽くKKの肩を叩き彼を起こすと、寝ぼけ眼のKKがつい愛おしく感じてしまった。
「このままだと完全に寝ちまう……オレはそろそろ上がるぞ」
「あ、僕も……」
目の前にあるKKの大きな背中を見て、暁人の胸はちくりと傷んだ。
「わー……!美味しそうだね、KK」
「随分と豪華だな、肉も魚も美味そうだ」
長机に並べられた豪華な部屋食が、まるでキラキラと光るように見える。刺身やすき焼き、寿司に水炊き、地元の野菜を使った天ぷらまで所狭しと並んでいる。
「暁人、オレの分も食っていいぞ」
「え、いいの?」
「さすがにこんなに食いきれないからな」
「やった!」
いただきます、と互いに手を合わせてそれぞれ料理を口に運んでいく。料理はどれも美味しく、酒にもよく合う。よほど美味しいのか、暁人の目はずっと輝いていた。
「KK、このお刺身美味しい!」
「おう」
「うわ、この肉すごい、蕩ける……」
「おう」
「野菜も美味しいね、天ぷらなんて久々に食べたよ」
「……おう」
暁人が料理を口に運び、その味に感動する度に感想を言う様が愛おしく、KKはいつもの食事よりも箸が進んだ。暁人とこうして時間をかけて食事をとるのは初めてだったが、豪快なのに散らかすことはなく綺麗な食べ方で、それがとても気持ちが良かった。
食べる姿を眺めながら、KKの喉が無意識にごくりと鳴る。それについはっとして、何事も無かったようにKKも食事を進めていく。机いっぱいの料理の大半は、暁人の胃袋に収まった。
最高の温泉に最高の料理、胸をいっぱいにさせながら二人は敷かれた布団に入る。
「あー……来てよかったね、KK」
「あぁ、普段アレだけこき使われてんだ。最高の休暇だったな」
「うん……」
天井を見上げて、暁人がぽつりと呟く。
「また、来たいな」
「次は大勢で来るか?」
「それもいいけど……また、KKとふたりで」
しまった、と暁人は口を緘する。引かれてしまったらどうしようか、と不安が過ぎるのも束の間、KKが口を開く。
「……言っただろ、オマエはいてもいいぜってな」
「え……?」
「バレてんだぞ、オマエが風呂の時にオレにあつーい視線を向けてたってことはな」
「えッッ」
「元刑事だぞ、舐めるなよ」
「狸寝入りだったってこと……?なんだよ、それ……」
自分だけがそんな想いを向けていたと、暁人は恥ずかしさのあまり赤面する。このまま何も言わずにこちらも狸寝入りをしてやろうかと思っていた矢先
「……年甲斐もなく、オレもだよ」
KKの口から飛び出した言葉に、思わず暁人はKKの方へ向き直す。聞き間違いかもしれない、と構えていると
「オマエに対して、弟子以上の感情を持っちまった」
「それって……えっ、と……」
「オマエのことを、そういう意味で愛したいってことだよ」
「愛……」
先程の赤面とは打って変わって、高鳴る心臓の鼓動と共に顔から火が出そうなほど熱く身体が火照る。一度布団の中に潜って、そこから少し顔を出しながらKKに尋ねた。
「…………ほ、本気?」
「本気だから、言ってんだろうが」
「………………僕も好きって言ったら、どうする?」
「そりゃあ、感慨無量だなぁ」
「その余裕ぶりなところ、ちょっと腹立つなぁ……」
布団から出る音と共に、KKの無骨な手が優しく暁人の頭を撫でた。いつものように子供を褒めるような手つきとは違う、その手が愛おしくて堪らなかった。
翌朝、優しい日差しが部屋に差し込むと、その明るさで暁人は目を覚ます。布団から起き上がると、横で寝ていたKKはもう着替えを済ませていた。
「よう、よく眠れたか?」
「あ、おはようKK……うん、よく眠れたよ」
軽く欠伸をし、体を伸ばして立ち上がろうとした時
「暁人」
「んー?」
「もう逃がさねぇからな?覚悟しろよ」
「えっ……」
暁人の唇に、少しかさついた唇が不意に重ねられる。触れる髭がチクチクとして、くすぐったく感じた。
「ん……ッ!?」
「ほら、朝飯行くぞー」
「えっ、ちょっとッ!待ってよKKッ!」
触れ合った唇を指で触れて、暁人は堪らず笑みを零した。
帰路につき、ラジオを流しながら車を走らせる。帰りもKKが運転をすると言ってくれたので、暁人は素直に甘えることにした。行きの時よりも口数は減ったものの、漂う空気感はとても心地がいいもので、KKは鼻歌交じりに運転をし、暁人は助手席でうとうととし始めていた。
「寝ててもいいぜ、そろそろ高速は抜けるしよ」
「そう?……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「おう、寝ちまえ」
一度目を閉じようとして、これだけは伝えておきたい、と暁人はKKに話しかけた。
「……ねぇ、KK」
「ん?」
「また、一緒に旅行に行きたい。今度は福引で当たった旅行じゃなくて、ふたりで行きたいところがいいな」
「あぁ、いいぜ。次は二泊ぐらい、ゆっくりとな」
「……うん」
微笑みを浮かべたまま助手席で眠る暁人を、KKは愛おしそうに見つめた。
二人が帰ってきてからというものの、何かを察したのか、アジトのメンバーや妹の麻里からの微笑ましい視線が向けられることになった、とか。