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    だみだんだり

    中身が全く無い日記を2020年12月19日から描いていました(過去形)
    【2021年3月31日】タグを付けました[ギャレツのクソ日記]
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    @Dmxxxx9

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    だみだんだり

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    警告:オリビア、DJ、先生、ブンボー軍団擬人化(三回目)。100%妄言。ブ軍の容姿はポイピクである程度確認できます、服に統一感のある奴らです。

    内容:砂漠及びサンドリア、遺跡侵略。DJ視点多め。

    書いてて一番楽しかった。

    砂漠の侵略者空に輝く太陽が照らし熱する砂漠の真ん中で一人、首元の緩んだネクタイを更に緩めながら片手で顔を仰ぐ金髪の男。汗は一滴も流していないものの、強い暑さを感じているらしい。
    深く被った帽子から覗く緑のタレ目は憎らしげに空を見上げ、強い光に目を細めながら舌打ちをした。


    「…あっぢぃなぁ……ンだよあのヤローギラギラしやがって…ざけんなよ……」


    視線を戻して口にくわえていたスティックキャンディをガリ、と噛み砕く。暑さにより生まれたイライラに任せて、バリバリとキャンディの破片を一つ残らず粉々にして口の中で舐め溶かした。
    キャンディの無くなったただの白い棒を口から取り出し、後ろに放り投げると棒は砂漠に突き刺さる。
    男は振り返ることも無く、上着の内ポケットから新しいスティックキャンディを取りだした。


    「しっかしオリーサマも気の毒だな、こんなあちーのにさらに熱そーな火ガミとやらに会いに行くなんて。
    …ま、おれッチ関係ねーし…行くか、『紙テープの置き場所』に」


    金髪の男が再び後ろへと投げたのは包み紙。紙くずは風に煽られ、そのまま砂漠のどこかへと飛んで行ってしまった。




    ────────────────────


    彼が砂漠に向かうより数時間前の話。
    部屋の中心に座すオリガミのオブジェを囲うように立っている五人…いや、六人の視線は一箇所に集まっていた。
    皆の視線を集める対象の放った言葉を一人の男が復唱する。


    「砂漠ぅ?」

    「ああ、パンチには砂漠で黄色の紙テープの守護をしてもらう」


    対を成す方に立つ、頭に折紙で作られた王冠を乗せた小さな少年──オリーはそう言った。パンチと呼ばれた金髪の男は不満ありげに口を歪めて少し仰け反る。それに合わせて口にくわえていたスティックキャンディも上を向いた。


    「……お言葉だけどもオリーサマ、砂漠ってーとあのあっちー場所?」

    「そうだが」

    「うげげ〜……だる」


    一層嫌そうに顔を歪め、感情に合わせるようにスティックキャンディを下に向けるパンチ。紫のゴーグルを着けた男がずい、と身体を前に出してパンチの方を見た。


    「何だお前、オリー様に文句あるのか?」

    「あぁ?ねーよ?ねーけどさぁ…あっちー場所にずっといねぇとダメとか……は〜おれッチしにま〜す」

    「あ?そんぐらい我慢しろや」

    「あぁぁあ??何言ってんのぉ??
    オマエはいいよなぁ?海の塔の上でよ??
    涼しいもんなぁサツマイモクンは」


    オブジェから離れ、ゴーグルの男に向かって咥えていたスティックキャンディを突きつけるパンチ。啖呵を切るような、煽るような表情で視線を飛ばすパンチに対し、紫ゴーグルの男──セロハンテープは睨みつけるように眉を顰め声を荒らげる。


    「なんだとお前!?誰がサツマイモだァ!?そもそもオレっちのどこがサツマイモなんだよ!」

    「ケッ、色だよ色!オマエのそのゴーグルめちゃくちゃサツマイモじゃねーかよ!つか、こんなやっすい挑発に乗るとか(笑)
    空っぽなのは胴体だけじゃないのかぁ〜??頭もそうなんでちゅか〜????」

    「ぁ!?」


    完全に煽りの姿勢に入っているパンチと、完全に乗せられているセロハンテープ。今にも(言葉と拳の)殴り合いになりそうな二人だったが、オリーの「やめろ」という一声でピタリとその険悪な状態は解除された。
    元いた場所に戻る直前、パンチはスティックを手に持ちセロハンテープに向けて舌を出した。セロハンテープはあからさまにイラついた表情を見せたが、何とか抑えてオリーの方へと向き直った。

    戻ってきたパンチの方を見ながらくすくすと笑うのは、四本腕の人物に抱き上げられているとても小さな少年。「怒られてやんの」という声が隣りから小さく聞こえた。
    少しだけ視線を左に動かしたが、直ぐオリーの方に戻した。オリーは六人全員がちゃんとこちらを見ていることを確認して、再び口を開く。


    「喧嘩をするなら後でしろ。それとパンチ、確かに私は砂漠で紙テープの守護をしろと言ったが…場所は砂漠では無い」

    「砂漠なのに砂漠じゃないってどういうこと?」

    「ハサミ…オマエ関係ないだろ」


    左隣にいた小さな少年ことハサミが口を挟んできた。ハサミの担当場所は砂漠とは遠く離れた空の上だと言っていたのだが…黙って話を聞くのがつまらないようだ。パンチの指摘に対し、「いいじゃん」と軽く受け流しオリーに続きを催促した。
    ハサミの事を気にする様子もなくオリーは言葉を続ける。


    「…パンチと黄色の紙テープ、それらを待機させる場所は『遺跡』の中だ。
    確か…何だったか。キノピチャ?そんな感じの名前だ。
    ……とにかく、砂漠の町の近くにあるはずだ。古代の遺跡には侵入者を追い払うワナがある、いかなる邪魔者も一筋縄では行くまい。上側の入口から中に侵入し、テープでその上側の入口も塞いでしまえばいいだろう」

    「ほぉ〜ん、成程成程〜。リョーカイリョーカイ、そんならおれッチも不満はねーぜ。
    あ、あとその遺跡近くの町って…」

    「……居るだろう。分かっているな?」

    「へーい、分かってますよ。オリーサマの大っ嫌いなアイツらは一人残らず…」



    ────────────────────




    「お、あったぜ〜こいつか、キノピチャだかなんだの遺跡は」


    しばらく砂漠を進んだ先でとても大きな建造物を見つけ、少し表情が明るくなる。しかし直ぐに顔を曇らせ「中蒸し暑そうだな…」と呟いた。

    胴体に巻き付けていた『カバー』から折りたたまれたオリガミを数枚取り出して放り投げると、それらは空中でほぐれるようにオリガミ兵に変化して砂漠に出現した。


    「…おれッチのコレ、こういう使い方じゃねぇんだけどなぁ。仕方ねぇか、上着にはアメのストック入れてるし」


    遺跡付近に予め用意されていた黄色紙テープの設置をオリガミ兵へ指示し、パンチは辺りを見回す。ゆらゆらと熱で揺れる蜃気楼、そこら辺をウロウロし始めたオリガミ兵。
    ある方向で動く視線が止まり、ニヤリと口角を上げた。オリガミ兵数体に声をかけ、パンチはその方へと歩いて行った。


    その方向にあったのは、砂漠の町だった。




    ─────────




    「…なんつーか…何もねーな」


    町の入口から中を一通り眺めたパンチはそう呟いた。砂漠の町は目立った物もなく、スッキリしていた。少し寂しい気もする。
    しかしその町には沢山のペラペラの住民──キノピオ達が歩いており、多少の賑やかさを感じさせた。

    町に居た一人のキノピオがパンチに気づき、少しだけ肩を震わせた。自分達よりも何倍も大きくペラペラでは無い奇妙な姿をした存在に驚いていたようだが、直ぐに気を取り直した様子で近づいてきた。


    「こ、こんにちは〜」


    その言葉にパンチは何も返さず視線を落とす。反応がないパンチの様子を伺うように視線を上げるキノピオは言葉を続けた。


    「この辺りでは見ない珍しい姿をしてますね…あ、気に触ったのならすみません!」

    「……いーよ別に、で?何オマエ?」

    「ええと、私はこの町の観光案内所をやってるキノピオでして!ここキノピサンドリアの近くにあった遺跡は見られましたか?あそこは大昔この辺りを治めていたとされる王のお墓でして……」

    「見た見た。あとおれッチ観光しに来た訳じゃねーから」


    呆れたように肩を竦め、そう伝えると観光案内のキノピオは不思議そうな顔をした。そんな顔をするのはもっともだろう、この近くにはキノピオの町とバカ広い砂漠と遺跡ぐらいしか無いのだから。観光以外でなんの用があると言うのか。


    「おれッチ仕事しに来たんだよな〜」

    「お仕事…ですか?ここ、暑いのに大変ですね」

    「そ、あちーからなるべくさっさと終わらせてーんだわ」


    軽い笑みを浮かべてパンチはしゃがみこむ。…不思議な事にパンチの脚は誰にも視認出来ないため、しゃがんだと言うより縮んだように見えなくもないが。

    パンチは手袋を外して目の前にいたキノピオの顔を掴んだ。突然意味のわからないことをされたキノピオは困惑した声を上げる。
    周りにいた町のキノピオ達は、皆々が珍客の妙な行動、それに伴う妙な光景に釘付けだった。


    「え?な、何するんです!?」

    「シ・ゴ・ト♡」


    ニコリと満面の笑みを浮かべたパンチの掌から、鋭い刃が出現した。刃は顔の輪郭に沿うように押し付けられ、そして…


    ガチャン!


    呆然と立ち尽くしていた対象へと掌を強く押し当てると、静寂に包まれていた町へ音が響いた。

    先程まで立っていたキノピオは顔が無くなっており、怯えた様子で自分の顔があった場所に触れた。そして、自分がどのような状態にあるのか理解したのか、落ち込んだ様子で垂れ下がる薄っぺらい頭を両手で抑える仕草をした。

    立ち上がったパンチの掌には先程と変わらず銀の刃が。掌を上に向けると、銀の刃は音もなく手の中へと消える。
    刃の消えた手の中には、キノピオの顔。怯えたような驚いたような表情のまま変化していない。
    それをニヤニヤしながら町の住民に見せると、彼らは何が起きたのか分かったのか、分かりきっていないのか…怯えた声を上げ町の中を逃げ回り始めた。

    その光景が滑稽なのか、ハハハと短く高笑いを上げる。後に小さく息を吐き、帽子の鍔を掴んで深く被り直す。その視線は至極真面目なものだった。


    「オマエら、逃がすんじゃねーぞ。一人残らず折ったり畳んだりしちまいな。あとそうだな…30人くらいはおれッチの所に持ってこい、そんぐらいいた方がよさそーだ」


    そう命じると、付いてきていたオリガミ兵達がキノピオ達を追いかけ始めた。
    パンチは動く様子がなく、町の入口で立ったまま。随分と余裕そうな表情でオリガミ兵とキノピオの追いかけっこを眺めている。


    「ま、仮に逃げたとしても砂漠にもオリガミ兵はいる。砂漠にでも埋めたりすりゃいいんだ。

    …おっと逃げんじゃねーぞ?オマエにはまだ働いてもらうからなぁ」


    縮こまって足元をすり抜けようとしたカオなしキノピオを足で踏み倒す。潰されたペラペラは足の下でズリズリと動いていたが、しばらくして諦めたように動かなくなった。




    ─────数時間後。
    オリガミ兵達がキノピオを連れて戻ってきた。何人かはオリガミ兵によって適当に折られたらしく変な形をしている。


    「ほほー、結構な数いたんだな。ペラペラだから町でもかさばらねーのかぁ?」


    吟味するようにキノピオたちの顔をジロジロと眺めたパンチは、呆れたような、なんとも言えない引きつった表情を浮かべて「全員同じ顔…」と呟いた。


    「……あ、あの…私たちはどうなるんですか…?」


    その中で一人、折り跡があまりついていないキノピオが質問の声を上げた。オリガミ兵に捕まった時に抵抗しなかったのだろうか。
    そちらに顔を向けると、声の元の周りにいたキノピオ達がビクッと身体を震わせた。


    「どうなるも何も、大したことじゃねーけど?おれッチの為にぃ〜、遺跡ン中にダンスフロアを作る準備してもらうだけだぜ」

    「い、遺跡って…あの遺跡の中に?貴重な歴史ある建物なのに……」

    「あ?何だよ文句あんのか?」


    少し睨みをきかせると、怯えた表情を見せた後に「い……いえ…」と呟きながらキノピオは視線を逸らした。
    その表情にイラついた。これから仕事をこなしつつ、楽しくオリーサマによる世界の作り替えを待とうと思っていたのだが。

    ガリ、と口の中のスティックキャンディに少しだけ力を込めて二つに割った。舌で感じ取れる限りではキャンディの量は残り少ない。しかし、自分のポリシーとして口の中にあるキャンディは全て無くなってから新しい物を食べる、というものがあるためまだ新しいキャンディは取り出さなかった。

    くるりと踵を返して「とっとと遺跡に行くぜ〜」と声をかける。複数のオリガミ兵達はキノピオを数枚にまとめて丸めて持ち上げ、町を出ていった。
    もちろん、パンチが踏みつけていたカオなしキノピオも一緒に。



    …侵略者が町を出て行き少しした後、町の隅にあった草がガサリと揺れた。ひょこりと現れたのはサングラスをかけた紫色のキノピオ。どうやらオリガミ兵に気付かれないまま、ずっと草陰に身を隠していたようだ。


    「………………も、もういなくなった…?」


    キョロキョロと辺りを見回すが誰もいない。オリガミ兵も、町の住民も。一人残った住民はサングラスを外して額の汗を拭った。その顔は他のキノピオと比べると、少し目つきが悪い。


    「……でも、あぁ、どうしよう…!このままじゃ捕まったみんながどうなるか…!」

    (あの大きい人は何か…作るとか言っていたけど…その後に解放してくれそうな雰囲気じゃなかった…。
    観光案内所のキノピオの顔に穴を開けていたし……それを『仕事』って言ってた。じゃあ、連れていかれた他のみんなも…あの人に?)


    紫色のキノピオは顔を引き攣らせ、両手で顔を押さえた。連れていかれた仲間たちも、全員あのキノピオのように顔に穴を開けられるのだろうか。考えただけでも恐ろしい。
    案内所キノピオの反応からして痛みは無いのだろうけど、恐怖はある。あの人が掌から出していた、あの銀色の棒のようなモノで顔をくり抜かれるなんて。

    助かったのは自分だけだ。しかし、仲間達を放っておく訳には行かない。彼らは出身の違う私に良くしてくれていたんだ。こんな所で怯えて縮こまって隠れ続ける訳には行かない…


    「とにかく誰か…誰かにこのことを知らせないと…!」


    誰か、と言っても思い浮かぶのは彼しかいない。
    とても強く頼りになる我らがヒーロー。困った人には敵だろうと手を差し伸べる優しい人。
    頼れるのは、彼しか…!








    「誰か、ねぇ。そんな奴居るのかよ?色違いクン」







    数歩進んだ直後、正面方向から声がした。
    この声は聞いたことがある。…それもついさっき!
    一気に血の気が引く感覚に襲われた。
    今すぐこの場から離れないと。そう思っていても、恐怖で体が動かない。

    ふらりと建物の影から姿を現したのは、先程いた金髪の男。緑に光るタレ目と口にくわえたスティックキャンディが特徴の、奇妙な姿をした侵略者。
    彼はにやりと笑って喋り始めた。


    「帰ったと思ったか?残念でした〜!
    オマエ、他の奴らと違って一人だけ色違うしサングラスかけてたから記憶に残ってたぜ。オリガミ兵どもに聞いたら、紫色のキノピオは見てねーって言ってたからぁ、まだ隠れてんじゃねーかと思っておれッチだけ戻ってきたワケ。
    いやぁおれッチマジ冴えてるわ」


    自分に関心するように目を閉じ、うんうんと頷く。
    そんな相手とはよそに、紫のキノピオは恐怖と絶望に落とされていた。オリガミの奴らならまだ良かったかもしれない。だけど、よりにもよって彼らの親玉と思われる人物に見つかった。


    顔を取られてしまう。そうなったら私は、仲間は…
    ずっと、ずっと顔を失ったまま遺跡の中をさ迷う事になるのかもしれない。

    …所詮私は、ただのキノピオ。隠れていても見つかってしまってはもう何も出来ない。
    すとん、と力が抜けてその場に座り込んでしまった。もう…どこにも逃げ場なんてない…

    近づいてきた男は目の前でしゃがんだらしく、上半身が音もなく降りてきた。
    私の顔の前に掌が近づいてきて、体全体が脈打つように恐怖という感情に襲われる。


    キノピオの顔を手が掴む直前、パンチはその手を止めて上着の内ポケットを漁り始めた。目的のものが見つからないのか、焦りとイラ立ちが混ざった表情を浮かべている。


    「チッ、アメがねぇ……もうちょいあそこから取っときゃよかった……」


    キャンディの無くなったスティックを上下に動かし、眉間に皺を寄せて地面を見つめている。どうやらアメがない事へのイラつきからか、本来の目的を達成する気が失せているようだ。

    その様子をぼうっと見ていたキノピオは、不意にハッとした表情になり「あ…あの!」と声を上げた。視線を地面からキノピオに移したパンチの表情は相変わらず不機嫌なままだ。
    キノピオはその凄みのある顔つきに少し怯んだが、気を立て直して言葉を続けた。


    「アメなら私…持ってますよ!」

    「………………くれよ」


    睨むような表情のままパンチは片手を差し出し、アメを寄越せという意思表示をしてきた。
    しかしキノピオはサングラスの奥で眉を下げ「い、今は持ってないです…」と小さく答える。パンチは何も言わず、咥えたスティックを高速で上下にガタガタと動かしている。その様子はどう見てもイライラしていた。
    キノピオは相手を刺激しないようにしてか、それとも怯えがあるためなのか、控えめな声でアメの所在を告げた。


    「その、家にあるんです…」

    「じゃあ取ってこいよ。なるはやで」


    パンチは立ち上がり、手袋を付け直しながら見下ろしてそう言った。体の震えや恐怖心からか、なかなか力が入らなかったが何とか立ち上がったキノピオはそのまま自分の家へと進んで行った。


    「……待て」


    不意に背後から声をかけられ、キノピオはピタリと足を止めて素早く振り返る。キビキビ行動しなければパンチの機嫌を損ね、腹いせに穴を開けられるかもしれない、と思ったからだ。


    「おれッチも行く」

    「……え?」


    予想外の発言に驚きの声を上げると、「シゴクトーゼン」とパンチは言った。


    「オマエが家から隠れ穴でも使って逃げ隠れしない可能性はねーだろ?おれッチの仲間が言ってたんだよなぁ、『天才(笑)のミーがおまえたちに教えてやるざんすぅ〜、常に様々な事象を予想して行動するざんすよぉ〜?』ってな」

    「は、はぁ…」(ざんす…?)


    しても無駄だろうと思ったので逃げたり隠れたりするつもりはなかったのだが、そう言われて家の壁に自分くらいなら余裕で通れる大きな穴が空いていたのを思い出した。隣は倉庫で、大きな木箱の隙間に入れば『ほぼ』に見つからなかっただろう。……確実性は薄いが、やってみればよかったかもしれない。あの男が付いてくる以上、思い出しても何の役にも立たないが…


    少し早歩きで家に近づき鍵を開ける。ふと隣の看板からカサカサと音がした気がしてその方を見ると、グシャグシャに丸められた仲間の姿があった。
    助けてやりたかったが、そんなことをすれば今後ろから付いてきている穴あけ男がグシャグシャに丸めるよりも酷いことをしかねないだろう。心の中で謝りながら見て見ぬふりをし、扉を開いた。


    キノピオの寝床と店を兼ねている家は、大量のディスクケースや音楽プレイヤーが置かれていた。そそくさと家の中の棚からキャンディを入れたケースを探す家主に対し、パンチは物珍しそうにキョロキョロと家の中を見回した。


    「何だよオマエ、音楽の店でもやってんのか?」

    「え?あ、はい。出張でDJやってて…」

    「DJ……」


    何かの考えを巡らせるようにパンチが視線を落とした先に映ったのは音楽プレイヤー。家主のことは気にとめず再生ボタンを押すと、軽やかな曲が流れ始めた。ところどころでスクラッチ等の入ったアレンジ曲のようだ。
    音楽が流れ始めて少しして、家主は棚の奥からキャンディケースを発掘した。ケースに汚れや褪せなどは無いが、あまり食べない為か奥の方へと押し込んでしまっていたらしい。
    見つけたことに安心したのかキャンディケースを手にしたまま、パンチの方に振り向きながら声をかけた。


    「あった!ありましたよアメ……」


    振り返ると、そこでは目を閉じて音楽を心地よさそうに聞いているパンチが。遠慮がちにもう一度声をかけると、ハッと動きを止めてキノピオの方を見据える。
    手に持ったキャンディケース、その中身を見てパンチは嬉しそうに口元を緩めた。


    「サンキュー」


    お気に入りなのか、ケースから即座にスティックキャンディだけを数個手に取るパンチ。キャンディの包み紙を家主に押し付け、アメを口に入れようとした直前に「あ、そうだ」と声を上げてキノピオに視線を落とす。


    「オマエのカオに穴開けるつもりだったけどやめるわ。音楽出来んのなら他に仕事あるしな、ありがたく思えよ〜?」

    「………あ…ありがとうございます…?」


    顔に穴を開けられるのを回避出来たのは良いものの、どうやら別な事をやらされるようだ。その仕事の内容は、パンチが直ぐに伝えてきた。


    「仕事ってのはズバリ、DJだ。オマエにはおれッチのサイコーにイカしたディスコでDJやってもらうぜ」

    「…………えっ、DJを?」

    「んだよ、オマエの仕事だろーがDJは?やんねーとかほざきやがったら穴あけちゃうぞ〜?」

    「やらせていただきます!」


    恐怖心からか反射的に声高々と宣言したDJキノピオに、パンチはその声に少し驚いたような表情をしたが直ぐにへらりとした笑みを浮かべ「やる気満々じゃねーの」と言った。


    「じゃあ遺跡の前で待ってるぜ。いい曲選んで来いよ〜」


    背中を向けたままヒラヒラと手を振って出ていったパンチを見送り、ディスクケースを何枚か選別するDJ。
    逃げようという気持ちは少しあったため、ディスクを選ぶ手に迷いが生じたり止まったりした。しかし結局キノピオタウンへ逃げる為にはあの遺跡の前を通るしかなく、穴あけ男が遺跡の前に居ると言っていた以上、逃げるという選択は無いに等しい。
    ここはすっぱり諦めて、DJとしての仕事を全うし、客に満足してもらおう。

    …そうするしかないのだから。





    ──────────




    ───ほぼ同刻。
    遺跡に一時戻ったパンチは、オリーから仰せつかった『仕事』の続きをこなしていた。

    パンチに穴を開けられていき、顔なしキノピオは着々と数を増やしていく。
    まだ顔を奪われていないキノピオ達は、数人が重なって怯えた顔で震えている。そんなキノピオ達の前に立つ男・パンチは呆れた様子だった。


    「そんな怖がる事ねーだろ。別に痛かねーんだし」


    どうして怯えるのか理解出来ない、とでも言いたげに肩を竦め三人重なっているキノピオを掴みあげる。重なったキノピオ達はそれぞれ小さく怯えた声を上げている。
    そんな彼らの怯えを気にする様子もなく、掌から刃を突き出して三人の顔を一気にくり抜く。


    「ほい三人抜きぃ〜!ヒュ〜♪気持ちいいぜー♪」


    機嫌良さげに手を離し、それと同時に三人のキノピオもヒラヒラと地に落下する形で解放された。顔を奪われた三人のキノピオ達は、周りが見えないためか手を前に伸ばし、まるでゾンビのようにゆっくりと動き始めた。
    刃が引っ込んだ掌に残ったのは三枚のキノピオの顔。それらを胴体に巻き付けている黒い小さなバッグのような物の中に仕舞い、再び標的達に目を向ける。

    次の対象を捕らえようと手を伸ばしたパンチに対し、「あの!」と声を上げたキノピオが一人。パンチは手をとめずに他のキノピオを捕まえながら「何だよ」とぶっきらぼうに返事をした。


    「どうして、どうしてこんなことをするんですか?
    私たちはあなたの言うことを聞きました。逃げるつもりもありません。
    それなのにどうして…!」


    今にも泣きそうな顔でそう問いかけるキノピオを横目に、ガチャンと捕まえていた獲物の顔を奪う。掌に残ったキノピオの顔を確認し、少しだけ視線をそちらに向けたパンチは


    「さぁ?」


    と、言った。
    それを行う理由などまるで知らない、とでも言いたげな返答に問者は愕然とした。


    「おれッチはオリーサマがオマエたちのこと嫌いな理由なんざ知らねーよ。おれッチはただオリーサマに『キノピオを苦しめろ』って言われてっから苦しめられそーな事してるだけだし。
    まあ顔を奪えだとか具体的にゃ言われてねーけど…こんぐらいが妥当だろ?それとも何だ、奪われるのは顔だけじゃ気が済まないのか?」


    ちらりとその方を見る緑の瞳が冷たく光る。気迫に怯んだようで、相手の表情がこわばった。
    その様子を見て吹き出すように軽く笑ったパンチはくるりとその方を向いた。


    「また『それ』かぁ?オマエらほんとビビってばっかだな。
    ……ンなシケた顔ばっかしてんじゃねぇよ」


    へらりと笑みを見せたと思えば即座に冷たい表情へと変わったパンチは、先程まで話していたキノピオを乱暴に踏み倒しそのまま顔を踏みつけ穴を開けた。上げた足からひらりとキノピオの顔が落ち、パンチはそれを拾い上げてヒラヒラと動かした。


    「これから楽しい楽しい時間が始まるってんのに…テンション下がんだろ?シラけんだろ?ちったぁ考えろよ。
    それに、おれッチこの後やることあるからオマエらにちんたら時間食ってる暇ねぇんだよ」


    残った数人のキノピオを嘲るように見下ろしたパンチは、作業の続きのために再びその束に手を差し伸ばしたのだった。




    ────────────





    彼が気に入る曲はどのようなものか検討がつかないため、ジャンルごとにディスクを数枚ずつ、なるべく多く手に取って家を出た。

    いつもは住民たちで溢れていた、今は静寂に包まれた町の中を早足で駆ける。
    砂漠に出てしばらく歩くと巨大な遺跡が目に入った。そしてその入口にはあの男が。
    へらりと笑って「待ってたぜ」と言った。


    「場所は黒オリガミヘイホーが二体居るとこの先。おれッチはこの後もやることあんだ、そこまで一人で頑張れよぉ〜」

    「……一人で、ですか…?」

    「何だ?色違いクンはおれッチとお手手繋がなきゃ遺跡の中も歩けねーのかぁ??あーん?」


    煽るような表情でそう言われ、少しムカっとした。
    「行けます」と強気に返すとパンチは何も言わず、にやりと小馬鹿にするような笑みを見せた。
    その表情を無視して遺跡の中へと足を進める。後ろから「また後でなぁ〜」と離れていく足音と声が聞こえた。どうやらパンチは遺跡とは別な場所に向かうらしい。



    ─────遺跡の中は薄暗く、どこか不気味だった。歩いている最中、トゲだらけの場所を見つけて背筋が凍った。
    足を滑らせでもしたら串刺しに…なんとも恐ろしい。これも侵入者を追い払うための罠と言うやつなのだろう。


    しばらく進んでいくと、大きな石像が何体も並んでいる場所に着いた。


    「まだ奥にはつかないのかな…」


    そう独り言を呟きながら歩いていると、後ろから大きな音が。
    振り返ると、なんと石像が倒れてきている!
    急いで逃げて長い部屋の奥まで走り抜けた。突然の出来事に思わず腰が抜けそうになっていた時、今度は目の前の壁からぼんやりと白い光が近づいてきて…


    「ケケケケケッ!」

    「わあああああ!!」


    …キノピオという種族はとても怖がり、暗闇はもちろんオバケ(テレサ)なんか以ての外。
    突然壁から現れたオリガミテレサに心底びっくりしたDJは慌てふためきながら引き返し、めちゃくちゃに走り回った。道中では突然現れるカロンやテレサに驚いてディスクを何枚か落としてしまったが、拾っている余裕は無かった。




    ……やがて、DJは一つの小さな部屋にたどり着いた。ぜえぜえと息を吐きながら、何とか落ち着いてきたDJ。自分のいる場所の確認のため顔を上げると、そこには二体の黒いオリガミヘイホーが。
    あの男と別れる前に言われたことを思い出し、目的地はこの先の部屋だと察した。


    「オマエ ダレダ?」


    黒いオリガミヘイホーのうちの片方が話しかけてきた。発言からしてDJのことを怪しんでいるようだ。
    DJに近づこうとした黒いオリガミヘイホーに対し、もう一方が「マテ!」と制止する。


    「コイツ アノヒト ガ イッテタ ヤツ ジャナイカ?」

    「DJッテ ヤツ?」

    「タブン」


    そこまで言って、二体の黒いオリガミヘイホーはDJの様子を見るように視線を向けてきた。息が整ってきたDJが「そうです」と答えると、二体は顔を見合せ、DJから離れた。
    そして次の部屋の入口付近の左右に分かれ、「コノ サキダ」と言い進むように促す仕草をした。

    そろりそろりと先に進むDJを二体はジッと監視するように見つめていたが、特に何もしてこなかった。安心したDJはホッと胸をなでおろした。


    ───しかし、その安心はつかの間に終わった。
    先の部屋にあったのは、光のないミラーボールに部屋中に張り巡らされたコード。巨大なダンスフロアに、そのフロア上でポータブルプレイヤーを囲って踊っている三体のオリガミ。
    そして部屋の隅で大きなハリボテヘイホーを光らせるためなのか、突き出た棒を持ってその周りをぐるぐると回っているカオなしキノピオ達。


    (カオなしが…増えてる…)


    自分がここに来るまでのたった数分で、キノピオ達の顔が全員くり抜かれたのだろうか。仲間たちがどんな思いであの穴あけ男に顔を奪われ、労働を強いられているのか。考えるには易い事だった。

    だが、自分にはどうすることも出来ない。顔を上げてDJが部屋の中をよく見渡すと、自分が入ってきた場所の左側にDJブースが出来ており、踏み台も用意されていた。元はオリガミ兵にでもDJをやらせるつもりだったのだろうか?

    ブースへ移動したものの、依頼客となる穴あけ男が居ない以上曲を流すのもどうかと思い、少し待ってみることにした。


    「……そういえばあの人の名前はなんて言うんだろう」


    気にする必要も無い事が、今更気になった。
    奇妙な姿で不思議な力を奮うオリガミを連れた侵略者。一体何者なのか、どうしてキノピオに『仕事』と称してあのような非道な事を行うのか。

    いつか、自分もあけられてしまうのか。

    そんな不安な気持ちが過ぎった。可能性はゼロではないが、落ち込んでばかりでは居られない。

    きっとこんな異常事態が起きているのはここだけでは無い。そんな気がする。そうであるのなら、きっと彼が…

    DJは一人、唯一の希望に思いを馳せた。




    ──────



    DJが遺跡の中を進んでいた頃、ヤケスナ大砂漠ではパンチが一人、どこかに向かって歩いていた。熱い日差しにイラついているのか、時々表情を険しくしながら。
    暫くして目的地に辿り着いたのか、ある場所でピタリと足を止めた。


    「デカサボテ〜ン、出てこ〜い」


    砂漠にある謎の祭壇近く、パンチは何も無い砂地に向かって声をかける。少しして地響きが発生し、緑色に淡く光るトゲが砂地から現れた。
    パンチはそれに近づいてトゲの近くに立つと「アゲアゲ〜」と言いながら右手で上を指しながら、左手でトゲを三回ほど強めに叩いた。トゲは少しだけ震えたかと思えば、勢いよく成長するように飛び上がった。

    巨大な砂地に現れたるは、これまた巨大なハリボテサンボ。三つの胴パーツにはところどころにオリーマークのシールが貼り付けられていた。
    頭のトゲにしがみついて振り落とされないようにしていたパンチは口元を引きつらせているが、何処か興奮しているようにも見えるカオをしている。


    「はっははは!やっべ、これスゲーわ!
    もう一回やりてーけど…流石にそんな時間ねーかもな。遊ぶのはやる事やってからにしろってオリーサマ言ってたし。あのオリガミ、怒るとこえーんだよなぁ〜」


    ぶつくさ小言を呟きながらパンチはグッと帽子を深く被り、標的に視線を向ける。
    それは、ギラギラと砂漠全体を照らす眩く熱い光。それを見る目を細めながらニタリと笑う。


    「このうぜーぐれぇの光、おれッチのサイコーにイカしたディスコの光源にゃピッタリだよなぁ」


    超巨大ハリボテサンボの頭部から飛び上がり、砂漠の光源に向けて手を伸ばす。両掌からキノピオの顔を奪った時と同じ刃を音もなく現し、目を閉じる。
    瞼を閉じてもその強い輝きを感じ取れた。直視すればとんでもないことになりそうだ。


    「貰うぜ、砂漠の光源!」


    勢いよくそれに向けて刃を突き付けた。
    そして……


    空から、ヤケスナ大砂漠全体を照らす強い光が失われた。金色に輝いていた砂漠は一気に薄暗い紫色に変化し、温度も下がる。超巨大ハリボテサンボの淡い光が一層目立つようになった。
    その頭部へと華麗に着地をキメたパンチ。両の手から出現していた刃を仕舞うと、その手には『砂漠の光源』が。
    空から奪われたためか、先程まで強い光を放っていたその光はかなり弱まっていた。パンチは口を曲げて少し不満そうな顔をしたが、遺跡の方を見て一気に焦りと驚きの混ざった表情に変化した。


    「……あ?
    ……おいおいおいおい……アレ沈んでねーか…?
    …沈んでんなぁ!やべぇ早く戻んねーと、デカサボテンちゃんと砂の中戻っとけよ!」


    そう叫びながら超巨大ハリボテサンボの頭部から遺跡の方に向けて走り飛んだ。着地した瞬間、足がビリビリと痺れるような感覚に襲われて少し動けなくなった。飛び降りた後ろの方からはハリボテサンボが動く音が聞こえたが、確認する暇などなかった。

    急いで戻らなければ大変な事になる。
    まずオリーサマに怒られる。
    それにせっかくキノピオとオリガミどもをこき使って作ったダンスフロアが使えなくなる。

    オリーサマに怒られんのは嫌だし、ダンスフロアはDJも用意したのに使えなくなるとめちゃくちゃに惜しい!

    とにかくパンチは遺跡の中に戻らなければならない、という一心で砂漠を猛スピードで走り抜けた。




    ────同時刻、遺跡のダンスフロアでは。


    DJはブースにしがみついて移籍全体を襲う謎の揺れに怯えていた。オリガミ兵達も何が起きたのか分からないようで、ダンスフロアの中心で慌てふためいたりキョロキョロしている。カオなしキノピオ達は装置の棒にしがみつき、揺れが収まるのを震えて待っていた。

    その揺れはだいぶ長く続いていたが、次第に小さくなり遂には収まった。
    辺りを見回しながらゆっくりと顔を上げたDJ。


    「お、収まった…?」


    先程の揺れは何だったのだろう?そう思いながら立ち上がろうとした時だった。


    「セェェェェーーーーーーッフ!!!!!」


    ズサァーッ!と大きな滑るような音と大声が後ろから聞こえ、驚いたDJは反射的に再びブースにしがみついて縮こまった。
    あれほどの声量では聞いたことがないが、声自体は知っている。あの穴あけ男が帰ってきたのだ。


    「あーびっくりしたぜー!まさか遺跡が沈み始めるとはなぁ…マジギリだったぜ…」


    興奮冷めやらぬ様子で、未だ姿の見えない穴あけ男はそう言った。その言葉を聞いたDJは困惑した。


    沈んだ?遺跡が?
    先程の揺れは遺跡が沈んでいくものだったのか?
    そうだとしたなら一体どうやって?


    考えても何も分からない。ただ、これだけは理解出来た。
    自分達は決してここから、あの男から逃げる事など出来ないのだと。


    俯いて肩を落としていると、頭を数回つつかれた。顔を上げるとそこに居たのは例の男。手には「光る丸い何か」を持っている。


    「もう来てたのかよ、もっと迷ったりすると思ってたんだけどなぁ。案外スムーズに来れたのか?」

    「…い、いえ…途中で出てきたテレサにびっくりして…そのまま適当に走ってたら……」


    そう伝えるとパンチはゲラゲラと大きな声で笑った。笑われて恥ずかしくなったDJは再び俯く。
    一頻り笑ったパンチは呼吸を整えるように息を吐き、「そーかそーかそりゃ災難」と言った。


    「でもま、おれッチが帰ってくるより前に来てくれてて良かったぜ〜。迷ったりしてたら探すのめんどくせーし。
    さてと…ミラーボールの光源も持ってきたことだ、そろそろ始めるか」


    ブースから離れ、ダンスフロアの中心へと歩みを進める。
    ポータブルプレイヤーを囲んで踊っていた二体のオリガミ兵はパンチが近づいてきたことに気づき、ダンスフロアから降りた。一体は気づいていないのかずっと踊っていたが、上から伸びてきた手がポータブルプレイヤーを奪った瞬間、後ろにいたパンチに気づき、慌てて二体が居る方へと走っていった。

    ブースに戻ってきたパンチはポータブルプレイヤーから流れる音楽を止め、DJの近くに置いた。
    その場でくるりと振り返り、光のないミラーボールの方を見据える。フリスビーを投げるような姿勢を取ったかと思うと、手に持っていた「光源」を勢い良く投げた。
    「光源」は寸分の狂いもなく、ミラーボールの僅かに空いていた隙間から中に入って行った。直後、ミラーボールが部屋全体を眩しく照らし、DJが首にかけていたペンダントもキラキラと反射して輝く。
    溢れる光を見つめるパンチの表情はかなり満足そうだ。


    「いいね〜!これでダンスフロアの下準備は全部完成!
    あ・と・は〜…オマエの仕事だぜ、DJ」


    リズムに合わせるようにくるりとブースの方へと振り返ったパンチはそう言った。
    ミラーボールを光らせて、ダンスフロアも準備して、あとは「音楽」ということだろう。しかしこの男の好みの曲が分からない事には始まらない。DJは至極申し訳なさそうに「あの〜…」と声をかけた。


    「何だよ」

    「あなたの好きな曲のジャンルとか……教えて頂けないでしょうか……って……」


    そう問われたパンチはスティックを指先でつまみ、少しだけ考えるような仕草をした。………が


    「オマエが考えろ」

    「えっ……はい!?」

    「オマエさぁ、出張DJやってんだろ?色んなとこ行ってんだろ?おれッチの…客の好みぐらい自分で考えてみろよ。なぁ?」


    まさかの回答だ。…ふんわりした感じでも教えてくれれば大体ジャンルは絞れるというのに、この男は…なんというか…めちゃくちゃだ…。

    困惑しているDJをよそにパンチはスタスタとブースから離れていき、部屋の上の方へと向かった。
    少しブースから離れてその方を見ると、部屋があるのが確認できた。
    金色と赤色の豪華そうな大きなソファと、黄色の大きな紙テープが壁にあるのが見える。ミラーボールにも絡みついているが、あれは一体何のためにあるのだろう。

    視線に気づいたパンチはDJを見下ろしながら、「仕事しろ」と一言。DJは慌ててブースに戻る。


    「イイ曲頼むぜDJ〜?ノリノリでおれッチが踊りてーって思えるような曲をな!」


    その言葉を残し、扉がゆっくりと地面を擦る音が。パンチは奥の部屋へとこもったようだ。
    残されたDJへのヒントは「ノリノリ」で「踊りたいと思える曲」。ここに来るまでにディスクを何枚か落としてしまったし、この手持ちのディスクでどうにか彼の好みを出せれば良いのだが。
    そう思いながらDJは作業を始めた。

    …穴あけ男の好みの曲を引き当てる作業が、とても長く続くとは知らずに。




    ───────────────






    「ちっっっっがぁぁぁう!!!!!」


    部屋に響く音楽に負けない程の大きな声。DJはそれを聞いて背中を震わせて即座に音楽を止める。

    先程からもう何時間も同じ事を繰り返している気がするが、ここは昼夜の概念が確認できない場所だ。もしかすると数時間程度ではないくらい多大な時間…数日が過ぎているのかもしれない。

    一通りプレイし、その度にあの扉の向こう側にいる穴あけ男が「違う」と叫ぶ…
    音楽を流せど流せど穴あけ男は不満を漏らし、その声が止むことはなかった。オリガミ兵はダンスフロアの中心に陣取って、どんな曲が流れてもノリノリで踊っているというのに…穴あけ男は拘りが強いのか今のところ全く曲を気に入る気配がない。


    「っはぁぁああ、オマエさぁ!DJやってんだろ?あ!?おらおら、さっさと次の曲流せよ!早くしねーとオマエの顔にも穴あけるぞ!」


    イライラしているせいか、穴あけ男の口調はかなり荒くなっていた。文句の多い客に対し不満は溜まっており、DJは一言くらい言い返したい気分になっていた。
    しかし口答えなんぞすれば、待っているのは「穴あけ」。部屋の向かい側でずっと同じ動きを繰り返しているカオなしキノピオたちのようになってしまう。
    そうはなりたくないが、手元にある未使用のディスクの量も多くはない。今残っているディスクの中で穴あけ男が気に入る曲が見つからなければ、自分は…きっと顔に穴を開けられる。


    (うう、砂漠の神様でもなんでもいいから……どうか…どうかこのディスクでなんとかさせて……!)


    心の中でそう祈りながら、DJは新しいディスクを手に取ろうとした。


    ─────その時だった。
    再び大きな謎の揺れが遺跡を襲った。驚いたDJと強制労働を強いられていたカオなしキノピオたちは、それぞれの場所で縮こまった。


    (ひいぃ〜!!何でまたこんなに遺跡が揺れて…)


    そこまで考え、DJはハッとした。先の揺れは穴あけ男の発言からして「遺跡が沈む時の揺れ」だったはず。しかし今回、穴あけ男はこの遺跡の中にいる。
    つまり、穴あけ男ではない誰かがこの遺跡を更に沈めて…いや、これ以上沈めてもどうにもならないはず。そうなるとこの揺れは…


    (もしかして…浮上してる?)


    誰かがこの遺跡を地上へと上げているのかもしれない。相変わらず方法は全く分からないが、仮に浮上したのであれば外にいる誰かはこの遺跡に入ってくるはず。用もなく地に埋まった遺跡を引っ張り出すなんて普通はしないだろうから。


    ──暫くすると揺れはゆっくりと収まり、外からかすかに声が聞こえてきた。音楽をかけていたら聞こえなかったであろう程の声量だが、その声はDJの希望へと変わっていった。


    『さあ、いきましょう《マリオさん》!』


    DJはその声を聞いて驚きと安堵の混じった表情を浮かべた。
    声の主が誰なのか分からないが、彼と一緒だ!来てくれたんだ!
    嬉しくて、安心して、DJは泣きそうになった。が、即座にあの声が再び響く。


    「D〜J〜クゥ〜ン?新しい音楽はどぉ〜したのかなぁぁあ??
    もしかしてさっきの揺れにビビって気絶でもしちまったかぁ???んなわけねぇよなぁ?穴あけられたくねーなら仕事しろ!」


    煽るような言葉の後、怒声が耳に届いた。
    そうだ、私は私の仕事をしなければ。彼が来るその時までの辛抱だ。そそくさと新たなディスクに手を伸ばして、新たな曲をセットした。




    ─────




    遺跡のダンスフロアにある奥の部屋では、パンチがスティックを手に持って黄色の紙テープが這っている天井を見上げていた。
    先程大声を出した為か、大きなため息を吐く。


    「……マリオ……か。来たってこたぁ、ざんすとあのナルシストはやられたな?」

    (オリーサマの計画によりゃ、OEDOランドってとこ近くの水門を青の紙テープで塞いで、黄色紙テープの方に進めないようにするって話だったけど)


    仲間がやられてしまったことを察知し、頭を落として項垂れる。悲しいわけではないが、あの二人が『紙ッペラごときに負けた』という事実に少しの驚きがあった。



    ────一人目の『ざんす』こと『イロエンピツ』。アイツの担当は赤の紙テープ、配置場所は確か「ミハラシタワー」だった。
    アイツは絵を描くのが好きで他の奴らが目覚めるまでの間、何枚か絵を描いていた。殆どオリーサマだったけど。
    冗談交じりに自分の事も描いてくれと言ったら、渋々といった様子で描いてくれたのを思い出す。


    『描けたざんスよ。これがおまえざんス』

    『……おれッチこんな顔してんの?オマエの偏見とかナシで?』

    『偏見なんて一ミリも入れてないざんス、ミーから見たありのままのおまえざんス。めちゃくちゃタレ目でやる気なさそうで、犯罪者が刑務所に入る前に撮る写真みたいな…』

    『あーわかったわかった!おまえから見たおれッチは囚人ってコトだな!鉛筆折るわ』

    『ちょっ…おい!』


    なんてやり取りを行ったのを覚えている。勿論鉛筆を折るなんて事はしてない。ほんの冗談だったし、そもそも折れなかった。

    アイツは真面目な奴で、頭も良い奴だった。オリーサマからの命令を聞いたあとに何か書いていて、覗き込んでみるとミハラシタワーとやらの簡単な分解図のようなものが描かれていた。
    それを見たおれッチと偶然近くにいたホッチキスはドン引いたが、ヤツは紙ッペラが相手だろうが綿密に計画を練って行動するつもりだったようだ。

    だからアイツがそう易々とやられる事は無いだろうと思っていた。

    しかし、結果はこの通り。相手の紙ッペラは、アイツの言っていた『予想外』を上回る『イレギュラー』だったんだろう。
    しかし……


    「……あいつの攻撃手段ミサイルだぜ?それに勝つとか…どんなバケモンだよ」


    笑い事ではないだろうが、思わず小さく肩を揺らして笑う。そして、二人目のことを思い返した。



    ────二人目は『ナルシスト』こと『わゴム』。担当場所はミハラシタワー近くのロープウェイに乗った先にあるモミジ山という所の川を下った所、砂漠からだと川を登った先にある「OEDOランド」だと言っていた。
    アイツは個人的に少し苦手だった。…こっちの冗談を曲解してくるし。ホッチキスの次に目を覚ましたが、その直後には多分ハサミと同じくらい小さかった。

    オリーサマに短く声をかけられた直後に『ちょっと待って』と言ったかと思うと、上の腕からわゴムを何個も出し、それを使ってホッチキスと同じくらいの大きさになったのには驚いたもんだ。
    オリーサマも驚いてたのか

    『……お前は自分の能力を使いこなすのが速いな』

    と言ってたのを覚えている。


    能力はイロエンピツのように攻撃特化している訳ではなかったが、相手自体の行動を制限、妨害する事や普通の攻撃に対する特殊な耐久性に関してはアイツの右に出るモノがいなかった。
    戦闘面に関しては、わゴムは決して弱い訳では無いし、むしろプライドが高いぶん追い詰められた時ほどなりふり構わなくなって強くなる。…と、イロエンピツが言っていたのを思い出した。


    「まぁでも、負けちまったんだよな。アイツも」


    小さくため息を吐いて、黙り込む。部屋の中にはDJのチョイスした音楽が流れている。
    暫く静かにして聞いていたが、この音楽も一切気分がノらない。踊る気にならない。パンチは咥えていたスティックキャンディを口から離し、大きく息を吐いた後に吸い込み


    「ちっがぁぁう!!」


    と叫んだ。
    再びBGMが止まって、また新しい音楽が流れ始める。一体いつまでこの時間がつづくのだろうかとパンチは思い始めていた。
    …どれもこれもノれる曲をチョイスしないDJが悪いんだけどな!



    ───



    遺跡が(恐らく)浮上してから、手元に残っている未使用のディスクも後二枚ほどになってしまった。扉の向こうの穴あけ男は、相変わらず「違う」「全然違う」と駄々を捏ねる子供のように言い続けていた。

    そして、何度目かも分からない「ちがーう!」という大声が響くタイミングでダンスフロアへと訪れた三つの人影が。
    DJがちらりと視線をその方へと向けると、そこに居たのは…探検家のような服装をした黄色いキノピオに地に足着けずに浮かんでいる少女、そしてDJが待ち焦がれた赤い帽子が特徴の人物。
    部屋に響いた大きな声に驚いたのか、それともギラついた部屋の様子が気になるのか、彼らはキョロキョロと中を見回している。

    ダンスフロアに新たな来訪者が現れた事など知る由もない、扉の向こうにいるフロアの主はグチグチと文句を垂れている。DJは軽く聞き流しながら大きな声で謝罪を述べ、さりげなくブースから降りて来訪者へと歩みを寄せた。


    「ママママ、マリオさん!助けてください!
    扉の向こうにいる方が気に入るノリノリの曲をプレイしないと、私の顔にも穴があいてしまうんです!」


    不安と安心から今にも泣きそうなDJは、赤い帽子のマリオへと必死に縋った。
    探検家のようなキノピオは『顔に穴が開く』という言葉に対してか不安そうな顔をしており、そばに居た少女もDJを心配するような表情を浮かべていた。


    「それは大変ですわ、おカオが取られちゃったらそのステキな色眼鏡もかけられませんもの」


    …少女の心配は少しズレているような気がする。続けて少女は「さっき聞こえた音楽もノリノリだった」と告げた。
    しかしDJは首を振る。あの男は音楽への拘りがとても強く今までのプレイの全てが弾かれている事を伝えると、少女は驚いた顔をして悩むようなポーズをとった。探検家のようなキノピオは腕を組み、マリオも同じように目を閉じ俯いた。
    少しして探検家のようなキノピオが口を開いた。


    「今まで沢山の曲をかけたが全てダメだった、か。DJ君…でいいかな。残りのディスクはどれほどあるのかね?」

    「あと二枚ほど…」

    「じゃあその二枚に賭けるしかないですね!」


    オリガミ帽子の少女が「頑張って」と言いたげなポーズをとった。しかしこの残りの2枚も前にプレイした曲に似たようなものがあり、正直希望は薄いものだ。
    そういえば、ここに来るまでの途中でディスクを四枚落としたのを思い出した。その中に穴あけ男が気に入ってくれる曲があるかもしれない。
    それを伝えると、目の前に立っていたマリオが懐から薄っぺらい物をDJに差し出してきた。
    DJはそれを見て「あっ!」と声を上げる。


    「私が落としたディスクです!」

    「これさっき見つけたキラキラした板ですけど、これがそうなのね」

    「そうです!拾ってくれてたんですね、ありがとうございます!この曲でイケるかもしれないですし、さっそくプレイしてみましょう!」


    DJがブースにディスクをセットし、音楽が流れ始めた。アイドル系の明るく可愛らしい曲だ。オリガミ帽子の少女は笑顔で音楽に合わせて体を揺らしている。

    …が、扉の向こうから聞こえたのは「ちがーう!」という叫び声だった。DJが即座に音楽を止めると、扉の向こうの人物から文句が飛んできた。


    「売れセン狙い過ぎでムズムズするんだよ!聞いてて恥ずかしいぜ!次だ次!」


    しょんぼりとした様子でDJはディスクを外す。オリガミ帽子の少女もしょんぼりしている。
    探検家のようなキノピオが二人を宥めるように声をかけた。


    「ダメだったな…まあ、そう落ち込むんじゃない。まだ希望はあるんだ」

    「ハイ…。あと三枚落としたんですけど、それにあの方が気に入ってくれるモノがあるかもしれないです…」


    明らかに落ち込んでいるDJに対し、マリオはキリッとした眼差しを向けた。諦めないで、絶対に何とかする。そう言っているような気がしてDJは顔を上げた。


    「…お願いしますマリオさん!この場は私が何とか繋ぐので!」


    強く応えたDJに対しマリオはうんうんと頷き、少女たちと共に走り去って行った。
    部屋を出る直前、先程まで踊っていたオリガミ兵三体にオドラセロ!などと言われながら襲われていたが臆することなく戦い先に進んで行った。

    その勇敢な姿はDJに勇気を与えてくれた。彼らが残り三枚のディスクを持って来る、それまでの間…何としてでもこの場を繋ぐ。DJとしてのプライドをかけて!




    ────




    暫くして三人は再びDJの元へと帰ってきた。オリガミ帽子の少女はDJの顔を見て「よかった!」と声を上げた。


    「わたしたちが帰って来るまでの間におカオを取られてたらどうしようって考古学者の先生とお話してたんですけど、無事でしたね!」

    「オリビアくん、それ以上は…」


    オリビア、と呼ばれた少女は考古学者の先生と呼ばれたキノピオに宥められる。オリビアは何がいけなかったのか分からないといった様子で首を傾げた。
    考古学者キノピオにあれこれと教えて貰っているオリビアをよそに、マリオが懐からジャンと見せびらかすように三枚のディスクを取り出した。

    ディープ・ヴァイヴス、ボルテージMAX、スリリング・ナイトの三曲だ。

    ディスクを渡したマリオは、DJがどの曲を選ぶのか様子を見ている。DJはそれぞれの音楽がどのようなものか、どんな風にプレイしていたかを思い出しながらディスクを一枚一枚じっくりと見つめた。


    ディープ・ヴァイヴスは正直、あの人がノリノリで踊れるようなカンジはしない。きっと「おれッチが欲しいのはこういうのじゃない」と言われてしまうだろう。

    ボルテージMAXはどうだろう。この曲はとにかく速かった記憶がある。…そういえば今までやった曲の中で「おれッチ速いのはもう卒業したんだよな〜」とか言ってた気がする。
    それ以外に「こういうの好きなのはサツマイモぐれーだろ」とも言っていたような。
    ……サツマイモ?

    穴あけ男がよく分からないことを言っていたが、考えても仕方がない。残るのはスリリング・ナイトだ。この曲も悪くは無いと思うが…実質選択肢はこれしかない。


    「……これにしましょう。これなら気に入ってくれるかも知れません!」


    スリリング・ナイトをセットして、流してみる事にした。今回はオリビアだけでなくマリオや考古学者キノピオも少し体をリズムに合わせて動かしている。

    近くにいた三人の反応は悪くない。だが、問題は扉の向こうにいる穴あけ男だ。いつも通りの声が飛んでくるのか、それとも…
    心の中で祈っていると、扉が地面を擦る音が聞こえた。そして…


    「ノリノリ!」


    ここへ訪れてから初めて穴あけ男のゴキゲンな声がダンスフロアに響く。どうやら好みにピッタリ合ったようだ。


    「やべ〜、チョーノリノリじゃん!?欲しかったのはこのノリだぜ!ナイスDJ〜やりゃ出来んじゃん!」


    初めて褒められた事、やっと好みにうるさい穴あけ男から解放される事に喜びを感じて口元が緩む。
    しかし、それもつかの間の出来事に過ぎなかった。扉の奥から「……あ?」という明らかにテンションが低い声が聞こえ、DJは顔を強ばらせた。どうやら我儘な客はまだ不満があるようだ。


    「ちょい待てよ、こんだけノリノリな曲なのにフロアに誰もいねーじゃん!な〜んでこんな冷えきってんだよ、意味わかんねー!
    フロアがチョー満員でノリノリじゃねーとおれッチ踊る気になんねーぜ、何とかしろDJ!」


    そう言って扉が再び閉まる音が聞こえた。
    フロアが冷えきっているのはあなたのせいでは?そう思ったが、DJはぐっと堪えた。
    何とかしろと言われても、フロアを満員にする事など簡単に出来ないDJは俯いた。その時足元にあるポータブルプレイヤーに視線が止まり、閃いた。


    「いいこと思いつきました!」


    この遺跡には、町から沢山のキノピオ達が連れてこられた筈。町から持っていかれている時に一纏めにされていたが、オリガミ一体につき五枚ずつだと考えるのなら…恐らくは40人。40人もいればフロアは彼の言う『チョー満員』になるだろう。
    DJはポータブルプレイヤーを持ち上げてマリオへと差し出す。


    「そのポータブルプレイヤーにディスクをセットしたので、それを流しながら遺跡の中を探索してカオなしキノピオ達を探してください!40人くらいいると思いますけど、それだけいればあのお方が望むフロアが出来上がると思います!」


    頷いたマリオはポータブルプレイヤーを受け取ろうとしたが、即座に考古学者キノピオが「私が持とう」と名乗り出た。


    「カオなしキノピオ達がどういう状況でこの遺跡にいるか分からないだろう?大方は身動きの取れない状態で居るだろうが…この機械をいちいち地面に置くよりも常に私が持って、マリオくんが自由に動ける状態の方が効率が良い」

    「なるほど〜先生ってやっぱり頭いいですわ〜!
    さ、行きましょマリオさん!40人のカオなしキノピオさん集め開始ですわ!」


    うんうんと頷いたマリオは、まず部屋の中で労働を強いられていたキノピオ達を回収した。そしてそのカオなしキノピオを連れたまま、他のカオなし達を探してダンスフロアを出て行った。

    誰もいなくなったダンスフロアで、DJは小さく息を吐いた。これで、やっとあの男から解放される。
    ずっと立ちっぱなしだったから少しだけ休憩しようとブースにもたれるように腰を下ろした。


    「……DJ、居るよな」


    不意に声をかけられたDJは反射的に「はいっ!」と返事をしてシャキッとした。扉の向こうにいる穴あけ男は気にする様子もなく言葉を続ける。


    「オマエは賢いよなぁ。町で他の奴らが捕まえられてる時も、お前だけは町の隅っこの目をつけられにくい所に隠れてたし。今だってカオなしどもを使って、おれッチの要望に答えようとしてんだろ?」

    「……前から思ってたんですけど、あなたって性格悪いですよね」


    嫌な言い方をしてくる穴あけ男に対し、疲れも溜まっていたためつい本音が出てしまった。言った後に「あっ」と声をこぼしたが後の祭りだ。
    穴あけ男は何も言わないで黙っている。怒らせてしまったかもしれない、一人焦るDJをよそに穴あけ男のハハハという笑い声が聞こえた。


    「そーかそーか、オマエもそう思うのか!セロハンテープにも言われたぜそりゃあ。紫色同士、思うことは同じってか?」


    『セロハンテープ』という文房具の名称を、さも人名のように言う穴あけ男。何となく、彼が何なのかわかってきたような気がする。
    もし彼も『セロハンテープ』と同じ文房具であるのなら、彼の不思議な【穴を開けるチカラ】に思い当たる道具がある。自分は滅多に使わないのだが、OEDOランドに出張DJとして招かれた時、大劇城舞台裏に置かれていた紙に穴を開けるための道具。

    ただ、使う機会が無さすぎてあれの名前が分からない。それに姿が全く違っている。
    …もしかすると、誰かがあの道具に不思議なチカラでも与えたのだろうか。恐らくは穴あけ男にこの砂漠での『仕事』を任せた存在。

    その存在は一体どうしてそこまで私達キノピオを嫌っているのだろう。私達が何かしたのだろうか?
    …考えても、何もわからなかった。



    暫くして、マリオ達が帰ってきた。それも沢山のカオなし達を連れて。DJは腰を上げ、立ち上がりブースに再び登った。
    考古学者キノピオからポータブルプレイヤーを受け取り、ディスクを外す。マリオの方へ顔を向けると彼はこくんと頷いた。準備は出来ているようだ。


    40人のカオなしキノピオ達とマリオがダンスフロアへ登る。掛けていたサングラスの位置を調整しDJはノリ良く声を上げる。


    「ヘイヘイそれじゃあ行くぜ!
    DJキノピオ ウィズ カオなし!…フューチャリングゥ、マァリオゥ!
    みんなでフロアをホットに沸かせてくれ!!カモォン!!」


    音楽が流れ始めると同時に、マリオと40人のカオなし達がノリノリで踊り出す。舞台に登っていない考古学者キノピオもオリビアも、DJもノリノリだ!

    フロアの様子を扉の奥から覗いているパンチは、段々と体がノリノリに動き始める。口角が上がっていき、あからさまに上機嫌になっていく。そして…


    「ノリノリーーッッ!!!!!」


    心底楽しそうな表情で奥の部屋から飛び出したパンチは、暴れるように踊り狂う。その勢いにフロアから逃げるように追い出されるカオなし達。
    ようやっと姿を現したカオなしの犯人に、オリビアはマリオのそばに移動して少し怒った様子で文句を言った。


    「ちょっとちょっと!ノリノリなのはいいですけれど、悪ノリは良くないですわ!カオなしさんがみんな追い出されちゃいましたし!」

    「あぁ〜ん?誰かと思えばオリーサマのイモートチャンじゃねーか。サイコーにイカした『おれッチの』ディスコなんだから別にいーだろ!
    それとも何?ケチつけんの?オリーサマに言われてっから、例えイモートチャンが相手だろーが容赦しねーぞ!」

    「良くないですわ!それにここはディスコ以前に遺跡ですし!キノピチャさんもきっと迷惑してます!!
    あと!馴れ馴れしくイモートチャンとか呼ばないで!!」


    ぷんぷんと怒った表情でパンチを攻めるオリビア。それに対して考古学者キノピオは小さく「キノピチュだオリビアくん…」と呟いた。しかし、音楽が大きいために誰の耳にも届かなかった。

    呆れたように息を吐いたパンチは動きを止める。


    「いいかイモートチャン、ンなこと言ったってどーせこのキノピチャ遺跡だかなんだかにゃ誰もいねーんだ。だったらおれッチが有効活用してやってナンボってもんだろ?
    ついでにそこのオマエ!オマエもおれッチが紙ッペラらしく穴あけて、紙吹雪に加工してやらぁ!」


    そう叫んでマリオの方を指さすパンチ。それに対してマリオは戦いに構えてやる気満々だ。
    その場で軽いダンスとターンをキメつつ手袋を外したパンチは準備万端、指を鳴らしてマリオの方に差し向けて声高々に叫ぶ。


    「おれッチはオリーサマに従えるブンボー軍団の一人、『穴あけパンチ』!!
    全ては未来のオリガミ王国のため、そしてこのおれッチのイカしたディスコでオールナイトで踊り続けるため!いくぜぇ!!」


    瞬間、足元が白いスモークで包まれる。少しするとスモークは晴れ、足元にはいつの間にか見覚えのある四つのリングとパネルが敷かれていた。


    「いつものように出てきましたわね。さあ、バトル開始です!マリオさん!」


    その声に答えるように、マリオがピョンと飛び上がった。一方パンチはチラリとDJの方に視線を向けていた。いつの間にかBGMが『スリリング・ナイト』から別の曲に変わっていたからだ。
    DJは視線に気づいていないのか、真剣な表情でプレイを続けている。パンチはニヤリと笑みを浮かべて対戦相手の方へと向き直った。


    「…いい曲隠し持ってやがったんじゃねぇか。バトルにゃ丁度いい、アガる曲だな!ナイスチョイスだぜDJ!」


    バトル音楽による影響か、先程よりは動きが小さくなっていたがそれでもパンチはダンスを止めない。場の雰囲気に感化されているのか、スモークと共に現れた周りの観客キノピオ達もノリノリな発言をしている。


    「ノリノリだぜ〜!今夜はオールナイトで踊り明かそうぜ〜!
    ってか、太陽なんてもうねーから永遠にオールナイトだけどなぁ!」

    「えっ!ま、まさか砂漠の太陽が無かったのって…あなたのせいですか!?」

    「そうとも、おれッチのディスコの光源にちょーど良かったからな!」


    キノピオのカオだけでなく砂漠の太陽をも奪った恐ろしい存在に、オリビアは少し怯んだ表情を見せた。躊躇いもなく自分のために太陽すら奪うようなやばい男を相手取るのだ、そのような反応を示さない方がおかしいだろう。

    動かされていく床のリングを見たパンチは、「おっと忘れもの!」と言って目の前のマスを何度かステップで踏みつけた。すると、なんとリングに大きな穴が四つ出来てしまった。
    しかもその穴はよりにもよってマリオの進行ルートに存在している。オリビアは帽子をピンと立てて再び怒った。


    「ちょっと、ずるいですわ!マリオさんがルートを決めた後のマスに変な事するなんて!!」

    「へへ、悪いねイモートチャン!次はちゃんとそっちが決めるより前にするから今回は大目にな!」


    …案の定、マリオは進行ルート途中にあった穴に落ちてしまった。パンチは穴に落ちて身動きの取れない相手に近づき、容赦なく頭を踏みつける。


    「ウェ〜イ、ナイスイーン〜♪こんな見え見えの落とし穴に引っかかるとかサンキューでーす!
    ご自慢のジャンプでも飛び越えられなかったなぁ?穴が進行ルートに沿って四つも並んでちゃあ仕方ねぇけどぉ?次は気をつけようねぇ紙ッペラク〜ン!」


    パンチはグリグリと頭を強く踏みつけた後、強く蹴り飛ばしてマリオをリング外に放り出した。パンチは蹴り飛ばした反動でくるりと空中で一回転し中心に戻る。

    オリビアが声をかけるとマリオはパンパンと服についた砂埃を払い、帽子を被り直して「大丈夫」と言いたげに小さく2回頷いた。安心したようにホッとした表情を見せたオリビアは、キッとリングの中心に立つパンチに顔を向ける。
    余裕そうな顔をしているパンチの手には、いつの間にか灰色の丸い紙のようなものが二枚、指の間に挟まれていた。足は相変わらずステップを踏んでおり、余裕そうなのは顔だけではないようだ。


    「ヘイヘイ、そんなに睨むなよ。さっきの約束はちゃ〜んと守るぜ?」


    そう言ってパンチは再び近くのマスを四つ踏みつける。踏んだマスにまた大きな穴が開き、蹴り上げるように動かした靴裏に音もなく引っ込んでいく銀の刃と、舞い上がる円形のパーツ。

    しかし、そのうちの一つは灰色ではなくどこかで見た事のある青緑色をしている。
    パーツを空中でキャッチしたパンチは指の間へ更にストックし、穴の開いたリングをスピンしながら動かして穴の初期位置をバラバラに。次はそっちだと言わんばかりに手をクイッと動かした。

    リングの様子を確認したオリビアは「あれ?」と声をこぼした。


    「魔法陣はあるのにONパネルがありませんわ。このままじゃ魔法陣が使えないです!さっきはあったのに、一体どこに行っちゃったの?」

    「おっと、もしかして探しモンはこれかぁ?」


    そう言ったパンチが指に挟んでいたパーツの一枚を取り外して見せびらかす。そのパーツは青緑色をしていて、白色で『ON』と書いている。


    「ああーっ!リングに穴を開けるついでにONパネルも取ってますわ!ずるーい!ヒキョウ!イジワル!ヒトデナシ!」

    「そんなに言うなよイモートチャン、おれッチ悲しいぜ〜?
    あとおれッチはヒトじゃないで〜す(笑)一応文房具で〜す(笑)」


    煽るようにそう告げるパンチに対し、「そういえばそうでしたわ」と素直に受け取るオリビア。怒ったりしないですんなりと言葉を受け入れられたことに調子が狂ったのか、一瞬だけパンチは寂しそうな顔をした。

    そんな相手の様子など知る由もないオリビアは、パンチの持っているマスのパーツをじっと見つめて、何か閃いたのかマリオに相談をした。
    小さくグッドポーズを取ったマリオはオリビアと共にルートを決めて、見事穴を回避してパンチへ近づくことが出来た。
    こちらの様子を見ているのか、じっと見下ろしいるパンチ。対してマリオはハンマーを取り出す。


    「ひゅ〜!痛そうなやつ出すじゃねーか」

    「もちろん痛いですわよ!やっちゃって、マリオさん!」


    マリオは勢いよく飛び上がって空中でハンマーを振りかぶる。どうやらパンチの持っているマスのパーツを狙っているようだ。


    (なるほど、おれッチが持ってるコレを手放させることでルートのリスクを減らそうって考えか?
    さっきの感じからしてイモートチャンが提案したんだろーなぁ、抜けてると思ってたけどケッコー冴えてんじゃん。でもまあ…)


    ガキン、とハンマーが弾かれる。パーツを持っていないもう片方の手、その掌から伸びた銀色に輝く棒状の物が攻撃を防いでいた。
    思惑通りに行かなかった事に、マリオもオリビアも驚いた顔をしている。にやりと怪しく笑ったパンチはマリオを振り払って再び見下ろす。


    「残念でしたァ〜!そ〜し〜て〜…いらっしゃ〜い!
    おれッチのパンチを受けにわざわざ近くまで来てくれちゃったよ!オ〜ケ〜イ!そのご期待に答えマース!」


    そう言ってパンチは掌から出したままの銀色の棒…もとい、刃をマリオへと差し向ける。ガードの姿勢を取るも虚しく、その体に穴が開けられてしまう。
    開けられたパーツは指の間にあったマスのパーツに重ねるようにストックされ、踊るような蹴りによってマリオは再度リング外に放り出された。


    「うわぁー!マリオさんの顔が取られちゃいましたわ!」


    帰ってきたマリオの変わり果てた姿に、オリビアは慌てた様子で周りをクルクルと回った。しかしマリオは平然としており、「…大丈夫なんですか?」とオリビアが問いかけるとうんうんと頷く。それを聞いたオリビアは安心したのか、再びパンチの方へと顔を向ける。


    「マリオさん、パンチへの攻撃は正面からだとさっきみたいにガードされちゃうみたいです。前がダメなら後ろや上から攻撃してみるのはどうかなあ」


    そう言い残してオリビアは後ろへと下がる。マリオが選んだのは、後ろからの攻撃だった。
    ルートを進んでパンチの背中側へ。ダンスに夢中なのか、それともこちらに関心が向いていないのか、パンチは振り返る事がなかった。例の如く飛び上がって思いっきり背中を殴りつけると、パンチが手に持っていたマスのパーツが数枚ひらりと飛んで行き、リング上の穴を二つ塞いだ。

    クルリとスピンするように振り返ったパンチは、今度は足で踏みつけてマリオに穴を開けてそのままリング外に蹴り飛ばす。
    背中が痛いのか渋い顔をするパンチとは対象的に、オリビアは嬉しそうな顔で体に穴が増えてしまったマリオへと声をかける。


    「やりました!これでちょっとだけリングの穴が塞がりましたわ!」


    同意の頷きを二回繰り返すマリオ。そんな二人の様子を見てパンチは何か企むような笑みを浮かべた。

    リングに穴を開け、スピンして穴の初期位置を再びずらす。その際胴体に巻き付けていたベルトがずり落ちそうになり、パンチは少し焦った様子で元の位置に戻した。
    それを見てオリビアは「またベルト?」と呟いた。


    「イロエンピツもわゴムも、ベルトに秘密がありましたよね。でもパンチのあれはカバンみたいなのも付いてますわ、何が入ってるのかしら?」


    素朴な疑問を零すオリビア。マリオもあれが気になるのかリング操作の手を止めて少し考える仕草をし、すぐにリング操作を再開してルートを決定した。

    マリオは再び背後に回り、パンチの背中を思いっきりハンマーで殴った。ついでにカバンのようなものにも掠らせたが、パンチが空いていた片手で即座に抑えたためカバンのようなものは落ちなかった。
    しかし攻撃の衝撃で指に挟み持っていたマスのパーツはバラリとリングに落ち、二つの穴を塞いだ。

    パンチは先程とは違って近くに寄ってきたマリオに穴を開けず、なんだか怪しい笑顔を浮かべている。
    何か仕掛けてくるつもりだと気づいたのか、マリオはガードの姿勢を見せる。パンチは片手に持っていたパーツを左右の手に振り分けて構えた。


    「オマエらはリングの穴を塞ぎてーんだったな?お望み通りに塞いでやるぜ〜?受け取りな!」


    両手に持っていたパーツを、踊りながら素早く何度もマリオに向けて投げつける。薄っぺらい筈なのに、そのパーツ達はまるでナイフのように真っ直ぐにマリオへとぶつかっていく。

    パンチの投げつけたパーツ達はマリオにダメージを与えた後にリング上の穴を塞ぎ、マリオから奪ったパーツも同じようにリングの上に落ちていった。もちろん奪われていたONパネルも戻ってきて、それを見たオリビアが歓喜の声を上げる。


    「あっ、マリオさんの顔にONパネル!リングの上に落ちてます、早く回収しちゃいましょう!」

    「そーだな、早く回収しねーと……『マンジシ(満を持して)』行っちゃうぜ〜!?」


    オリビアの言葉に応えるように続けてきたパンチの方を見ると、踊りを止めて構えている。この感じは、何か大技を仕掛けてくる気配。


    「わぁー、なんだかチョー強力な攻撃をしてきそうな予感がします!何とかしなきゃ!
    リングにあるのは『土ガミ魔法陣』と『カミの手魔法陣』ですけど…どっちを使えばいいの?」


    考える仕草をしたマリオは、無い顔でリング上の様子を見ているようだ。今までのバトルでも頼りになっていたのはカミの手魔法陣。
    マリオは手探りでリングを動かし始め…オリビアもそれを手伝い、ルートが決まったようだ。魔法陣を使うためか今回はオリビアと共に移動をしている。

    顔のパーツを拾い集めながら移動しているマリオをパンチが横目で追っていると、とある箇所で立ち止まった。
    その足元にあるパネルは『カミの手魔法陣』。


    「困った時のカミの手魔法陣、発動ですわ!」


    マリオの腕がぐいんと伸び、カミの手に。グッと握りしめパンチに向けて拳を振り下ろす。しかし…


    「おいおい、夜はまだまだこれから!おれッチの見せ場もこれからだぜ!気安く触ろーとすんじゃねーよ!」


    振り落とそうとした拳を捕まえたパンチは、そのままクルリとスピンしてリング上に叩きつけた。衝撃で転けていたマリオに構わずパンチは攻撃を仕掛ける。
    一気に距離を詰めてマリオを上に向けて蹴り飛ばし、跳び上がって両手から出現させた刃で身体に二箇所の穴を開ける。そして中心に戻ってくり抜いたパーツを両手から投げつけ、その勢いでマリオをリング外へと追い出した。


    「ウェ〜イ!ナ〜イスダンシングコンボ〜!!!」


    とても満足そうに声を上げるパンチに対して、観客席からはマリオがやられてしまった事を心配する声が上っている。
    当のマリオは項垂れた様子でとても疲れているようだ。オリビアはマリオの方へと近づいて声をかける。


    「わーん、マリオさん!顔だけじゃなくて体にも穴が開けられちゃってますわ!とってもつらそう!」

    「おーしんどそうだなぁ。そこのカミッペラは次のターンでやられちまうかもな〜?」

    「うう、そんな…そんなことって…ないですわ!
    マリオさんはこんな事じゃへこたれません!」


    強気に言い返すオリビアに対して、パンチは軽く笑い飛ばすと、マスに四箇所穴を開けスピンでリングをずらした。
    オリビアはリング上の様子を確認し、マリオに話しかける。


    「マリオさん、まずはとにかくお顔です!
    あれを取り返さなきゃ紙のマリオさんは体の、た…た…耐久力が落ちたままです!
    でも近づいたらきっとまた穴を開けられちゃいます!ここは回復に専念します?」


    幸いなことにマリオのパーツ、及び攻撃パネルは外側に集中していた。オリビアはマリオに代わってリングを動かし、マリオのルートを決めた。

    パンチによって攻撃に転用されたマリオのパーツは直ぐに元に戻り、穴を開けられそうな範囲に寄ることも無く安全な位置で行動パネルに止まった。
    マリオはオリビアの提案通りにキノコを消費して体力を全回復させ、万全な状態になった。


    「ほぉ〜おれッチへの攻撃を捨てて回復にねぇ、ンな悠長にしてていいのか…よっ!」


    相手のターン、パンチは中心から跳び上がって上からマリオを踏みつける。その衝撃でリング外に吹き飛ばされたマリオと、着地して後ろ歩きで中心に戻るパンチ。中心に戻ると同時にパンチはスピンして再び『マンジシ』の構えをとった。


    「またあのすごいノリノリな攻撃をしてくるみたい。だけどカミの手じゃどうにも出来ないみたいだし、どうします?」


    マリオは先程の攻撃を思い返す。あの時パンチはマリオに一気に近づいて、その勢いのままこちらを蹴り上げてきた。その様は例えるならノコノコの甲羅アタックのようで、真っ直ぐ進むのはともかく何かにぶつからないと急に止まるのは難しそうな…

    そこまで考えたマリオはハッと閃いた顔をした。困った顔を浮かべていたオリビアに思いついた事を説明すると、だんだんとその表情が明るくなっていき、うんうんと頷いた後に「わたし、頑張りますね!」と小さな声で元気に返してくれた。

    マリオとオリビアはルートを決めて共に進んでいく。二人は先程と違い、今度は『土ガミ魔法陣』のパネルに止まった。
    オリビアがカミさまに変身したのを見て、パンチは少し驚いた表情を見せた。しかし、直ぐに余裕そうにヘラヘラした態度に変わった。


    「イモートチャンすげーじゃん、でっかくなっちゃってまぁ。んで?そのでっかいカメさんで何すんだよ?おれッチをぺっちゃんこにでもすんのか?」

    「う、うーん……」

    「ヘイヘイヘイヘイ!そこの紙ッペラ!イモートチャンどうすんのかわかってねーぞ!あー?どうしたぁ?急に仲間割れでもしたか?
    それともただの意地悪か?オリーサマが知ったらどう思うことやら……」


    哀れむような態度をとるパンチに対し、困った様子の土ガミオリビア。しかしマリオの表情は依然変わらず、じっとパンチの方を見つめている。


    「ま、よくわかんねーけど…そっちがこねーなら、こっちからマンジシで行かせてもらうぜ!」


    パンチが勢い良くマリオの方へと突っ込んでくる。掌から現れた刃が対象の体を貫かんと伸ばされてくる。その刃が触れようとした直前、マリオが指を上に指し示してピョンと大きくジャンプした。
    それと同時に土ガミオリビアが大きな咆哮を上げる。咆哮に同調するようにリングの床がガタガタと揺れ動き、突っ込んで来ていたパンチは突然現れた壁に正面衝突した。

    リングの中心で衝突した衝撃でひっくり返っているパンチを、土ガミオリビアの作り出した高い所に着地したマリオが見下ろす。


    「まさか…それがお立ち台ってヤツか…なかなかやるじゃねーの……
    つーか……イモートチャンまさか……」

    「えへへ、演技してみました!わゴムに『いい役者になれる』って言われたけど、間違ってなさそう!」

    「あぁ…そうだな…イモートチャンはいい役者になれんぜ……」


    気分がノッていたせいもあってすっかり騙されてしまったことが悔しいのか、それとも大ダメージを食らって頭がクラクラしているのか。パンチは片手で顔を覆って動かない。
    ゆっくりと沈むお立ち台から降り、オリビアも元の姿に戻った。そしてマリオたちは再びルートを決めて進む。
    カミの手パネルの上に乗ると、オリビアが上機嫌に声をかける。


    「最後はやっぱり、カミの手魔法陣で決めちゃいましょう!」


    マリオのカミの手が拳を固め、パンチへと数回攻撃を与える。その後にパンチが大事そうに胴体に巻き付けていた、あの謎の気になるカバンのようなものも奪い取った。
    観客席にいるキノピオ達の勝利を讃える歓声を浴びながら、マリオたちの勝利は訪れた。


    ……ダンスフロアの壇上に残されたのは中心で仰向けになって動かなくなっているパンチと、謎のカバンのようなものを手にしたマリオとオリビア。
    穴あけ男に勝利して上機嫌なオリビアは笑顔でマリオに話しかける。


    「わーい!パンチを倒しましたわ!それでマリオさん、そのカバンの中には何が入ってるの?開けてみてー!」


    マリオは言われた通りカバンのようなものを開こうとした。しかし、どれほど頑張っても開きそうにない。何度も挑戦したがビクともせず、マリオは疲れた表情を見せた。
    オリビアが「開かないの?残念だなぁ」と呟くと、それに反応するように力ない笑い声が上がる。
    その声はダンスフロアの中心から。声の発生源であるパンチはいつの間にか立ち上がっていた。オリビアは驚き、マリオは再び構える。
    スティックキャンディを咥えたまま、何故かパンチは顔を顰めた。その表情は誰に向けられたものでもないようだ。


    「……ケッ、またアメが無くなりやがった…まあ、いいか。
    その『カバー』はおれッチ以外には開けられねーよ。そしておれッチも開けるつもりは無い」

    「えぇ、そんなぁ…じゃあこの中には何があるの?」

    「……イモートチャンは穴あけパンチって見たことねーの?ちょっと考えれば分かるだろ。
    ……まあ別に考える必要もねーかもな。どうせすぐ開いちまうんだ」


    キャンディの無くなったスティックを咥えたまま語るパンチの体からは、少し光が漏れているように見える。それはまるで光背のようにも見えた。
    言葉の真意を理解したのか、何かを思い出したのかオリビアは悲しそうな顔をした。その表情を見たパンチは少し笑って「ヘイヘイ」と呟く。


    「ンなシケたツラするんじゃねーよ、せっかくホットにアガってたフロアが冷めちまうだろ?イモートチャンたちはおれッチに勝ったんだから尚更な。

    さてと…おれッチは最後までハデにいきてーんだ。つまり何が言いてーか分かるか、DJ!?」

    「…あっ!?」


    突然話を振られたDJは困惑する。さっぱりわからないと言った様子の相手に対し、両手で人差し指を向けたパンチは


    「カウントダウンヨロシク!!」


    と叫んだ。それに伴い体から漏れていた光は一層強くなる。
    何だかよく分からないがカウントダウンをしろと言われたDJは、スリーカウントから始める。


    「ス……スリー!!」


    声高々にそう叫ぶと、パンチは満足そうに口角を上げて手を天に突き上げ、指で「3」を形作った。
    オリビアやマリオに考古学者キノピオも、それだけではなくカオなしキノピオ達もつられるように「3」を突き上げる。

    カウントダウンは続き、「トゥー!」という掛け声と共に皆の指の数が「2」に変わる。
    そして「ワン!」という掛け声が響くとダンスフロアの中心に立っていた存在が一層強い光に包まれて…

    爆発音と共に、姿を消した。


    パンチが居た場所から小さな光る三角形の塊が現れた。その三角形は黄色い紙テープの前に飛んで行き、魔法陣に変化する。
    魔法陣が現れたのを確認したオリビアは、笑顔でマリオの方へと振り返った。が、その笑顔は直ぐに驚きへ変わった。


    「魔法陣が出てきましたわ!って…マリオさんが持ってるそれも光ってます!急いで放して〜!」


    マリオが持っていた、パンチから奪った『カバー』が強い光を放っている。マリオが慌ててそれを誰もいないダンスフロアの中心に向かって放り投げると、空中で花火のように弾けて消えてしまった。それと同時にディスコに降り注ぐ薄っぺらい物。

    降ってくる物を注視していたオリビアが「あっ!」と声を上げてその物の正体に気づいた時、降り注ぐ物達は光に包まれて消えてしまった。
    その直後、ダンスフロアを囲んでいたカオなしキノピオ達の嬉しそうな歓声がディスコに響いた。降り注いでいた物はパンチに奪われていたキノピオ達の顔だったのだ。


    「あのカバンにはキノピオさんの顔が入ってたのね!カオありキノピオさんに戻って良かった!」


    オリビアは嬉しそうにキョロキョロと周りにいるキノピオ達を見渡した。皆口々に「ありがとう!」「よかった!」と感謝や喜びの言葉を言っている。
    元気になったキノピオ達の様子を笑顔で見ていたオリビアに、考古学者キノピオが近づく。


    「オリビアくん、キノピサンドリアの人々の顔が戻って嬉しいのは分かるが……君たちの目的はアレだろう?」

    「……あっ!そうでした紙テープ!行きましょ、マリオさん!」


    嬉しそうな顔でスイーっと階段を登っていくオリビアの後を走って追いかけるマリオ。考古学者キノピオはその姿を見送りながら、DJの傍へ戻って行った。

    DJは何故か俯いていて、嬉しそうな顔ではない。考古学者キノピオが「どうかしたか」と聞くと、手をぎゅっと握って「いえ、なんでも」と答えた。

    強く握りしめた手を再び開く。その手には少し汚れたスティックキャンディがあった。
    あの男が居なくなった瞬間、こちらに飛んできた。
    自分が穴あけ男……いや、パンチにあげたキャンディ。これがパンチという存在が居た証明のようで、何だか複雑な気持ちになった。

    あの人は我儘でとても性格の悪い嫌な人だったが、踊っている時は心底楽しそうで、こちらも釣られて笑顔になってしまうほどだった。
    あの人は、ディスコフロアの上でド派手に消えてしまった。あれは死んでしまったという事なのだろうか。
    …そうだとしたら、なんとなく後味が悪い。


    ───不意にガシャンという音が響き、DJは驚いて顔を上げる。黄色い紙テープがバラバラと崩れていったせいか、あの人が特に気に入っていた様子だったミラーボールがダンスフロアに落ちて壊れていた。

    その中からキラキラと輝く丸い物…太陽が現れた。太陽はそのまま天井の隙間から外に出ていった。
    その方をぼうっと見つめていると、元カオなしキノピオが一人近付いてきた。


    「DJさん、帰りましょう!私たちの町に!」


    ニッコリと笑顔でそう黄色キノピオに言われ、改めて自分があの男から解放されて自由になったことを実感した。頷いてキノピオ達と共に上の方から遺跡を出る……直前に立ち止まり、マリオ達の方に戻って礼を言った。


    「改めてェ…アッリガトゥゴッザイマシトゥア!
    ……本当にマリオさん達が来てくれて助かりました、感謝してもしきれないです!あ、私町に帰ってもDJやってるんで!どうぞヨロシクゥ!」


    「元気でねー!」というオリビアの声を背に他のキノピオ達より少し遅れて遺跡を出る。眩い光と砂漠の熱さが全身を包んだ。太陽の光はディスコのミラーボールという形でさんざん浴びていた筈だが、やはり陽光は外で浴びるものだ。
    街の方を見ると、何だか前よりも賑やかになっているような。自分達がいない間、別の誰かが訪れたりしたのだろうか。


    「また別の何かに侵略とかされてたらどうしよう…いや、流石にないか……」


    そう呟きながらDJは自分達の町、キノピサンドリアへと歩いていった。あの男のお気に入りだったスティックキャンディをポケットにしまって。
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