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    hyacinth_v3zzz

    @hyacinth_v3zzz

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    hyacinth_v3zzz

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    自分の限界が分からないせいで頑張りすぎては熱を出す🐬と、辛そうな🐬を見たくなくて何とかできないかなあ、を考える🦈の話。フロジェイ。

    あと推敲したら完成の話です。しっかり修正して色々整えたら支部に投げる予定。
    重複表現、誤字脱字諸々チェックこれからなので「なるほどね、大体こんな話書きたかったのね理解!」くらいの気持ちで流してください。これは尻叩きです!!!

    #フロジェイ
    frojay

    無意識に頑張りすぎて熱を出す🐬とどうにかしたい🦈の話あれ、ジェイドもしかして。
    ニコニコしながらトレーを左手に乗せて、オキャクサマへとドリンクやフードをテキパキ運ぶきょうだいは、どう見たっていつも通り。
    それなのにそんなことを思ったのは、いわゆる経験則ってヤツだった。
    「ジェイド。それオレ運んどくから、休憩行ってきていいよぉ」
    「?いえ。休憩なら、もう少し落ち着いてからいただくので大丈夫ですよ」
    「いーから。貸して」
    「あっ、」
    白いグローブからそれを拐って、トントンとフロアの上で踵を鳴らす。7卓と8卓ね、オッケー。
    「お待たせしましたぁ」
    シーフードピザになりまぁす、なんてご注文の品を読み上げながらサーブして。モストロ・ラウンジが開店したばっかりの頃、アズールにネチネチしつこく言われたせいで、意識しなくたって料理に触れないよう、自然とオレの親指は伸びるようになっていた。
    便利な水掻きがあった人魚の姿では出来なかったそんな動作も、今ではすっかり慣れたもの。それは、ジェイドだって同じ。海にいたときからきょうだいの所作はいつだって美しかったけれど、陸に上がったって変わらない。2本の足で生きてきたはずのヤツらの誰よりも、ジェイドの仕草はずっと綺麗だった。
    シワ一つない寮服を纏い、しゃんとした背筋で楽しそうにオキャクサマをもてなすジェイドのことが、オレは結構好きだったりする。ついつい、目をやってしまうくらいには。
    「アズール、ジェイド休憩入れたからよろしく~。もしかしたら、このまま上がらせるかも」
    トレーをキッチンに戻したついでに、カウンターに立ってホールを眺めていたアズールに声を掛ける。ああ、はい。分かりました、とそれだけ。叱られることも、理由を尋ねられることもない。
    「お前もあと5分したら休憩に入りなさい。15分どうぞ」
    「りょ~かい。ありがと、アズール」
    ──期末テスト最終日の放課後。アズールが対策講座なんかを開いたせいでめちゃくちゃに繁盛していたこの一週間と比べたらずうっとマシだけれど、結局ご褒美やら打ち上げやらで混雑している今日のいっちばん忙しいこの時間。だというのに、大層な慈悲だった。
    きゅ、と手袋を嵌め直したアズールが、ホールの方へと歩み出す。支配人直々に穴を埋めてくれるつもりらしい。
    あと5分、頑張ろ。アズールの後を追って、オレも濃紺のフロアを踏み出したのだった。



    「おや。フロイド、お疲れ様です」
    「ジェイド、お疲れぇ~」
    VIPルームの扉を潜ると、ぱちり。右側のソファーに座り領収書の束と帳簿を並べて、サラサラとペンを動かしていたジェイドと視線が合った。いや、休憩しろよ。
    「今から休憩ですか?でしたら、僕はもう戻りますね」
    そう言って、筆記具を仕舞い紙類を端へと寄せたジェイドがす、と立ち上がる。……ああ、もう油断も隙もねぇな。
    待って。制止の言葉を投げたオレに、彼はきょとんと目を丸くした。
    「はい、何でしょう?」
    「一旦座って。んで、これぇ」
    「え?……んむ、」
    フカフカの座面にもう一度腰を下ろさせて。そうして間を置かずに、ジェイドの口に左手でこっそり握っていたものを挿した。……ここに来る前、自室のペン立てから取ってきたソレは体温計。突然咥えさせられたその正体を確認して、ジェイドが困惑を隠すこともせず眉を下げて首を傾げる。
    「はの……?」
    「ハイ、喋んない。5分したら聞いたげるから我慢ね」
    「…………」
    頭に疑問符を浮かべたまま、きょうだいは怪訝そうに眉を寄せた。しかし、大人しく従ってくれるつもりはあるようで。
    口を動かす代わりに筆箱からペンを取り出して、さらさらとメモ帳に何かを記し始める。そして書き終えると、揃えた両手の指先で丁寧にメモを切り離しオレに渡した。形の整った見慣れた文字を追えば、意味のある文章が出来上がっていく。
    『熱などないと思いますよ。時間の無駄です』
    もう一度首をこてりと倒したジェイドに少し笑って、オレは言う。
    「まあ、いーじゃん。無いなら無いでいいしさぁ。……ね?」
    反対側のソファーに身を沈めれば、ジェイドは一度こちらをちらりと見たきり、もう何を返すこともしなかった。


    ……オレもジェイドも無言のまま、やがて長針がひとつ動いて。
    「そろそろいっか。ジェイド、それ貸して」
    「ん、はい」
    自分で目盛を読むこともせず、彼は咥内から引き抜いたそれをオレに差し出した。もういいですか、とでも言いたげだった。……言いたげ、というか、言ってジェイドが席を立つ。
    「ほら、熱なんて無かったでしょう?僕はホールに戻りますので、フロイドはどうぞご休憩を」
    ごめんねぇ、ジェイド。自信満々なトコ、悪いんだけどさぁ。
    「ジェーイド。コレ見てみ」
    「えっ?」
    ハイ、と受け取ったばかりの体温計を手渡して、トントンと赤の端を指す。決して高熱ではないけれど、平熱というには無理がある。ヒトならば微熱中の微熱、人魚ならば普通の発熱。そんな数値を水銀は示していた。
    数字をジェイドが読み取って、その値を呟いて、驚いたみたいに目を丸くして、それからくしゃりと顔を歪める。……ぽつりぽつり、バツが悪そうに紡がれる言葉たち。
    「…………本当に、熱があるなんて思わなかったんです。どこも辛くありませんでしたし……」
    「"でした"ぁ?」
    「自覚したら怠くなってきました」
    「アハハ、素直じゃん」
    ポン、と軽く頭を撫でてやれば、ジェイドが深く息を吐いて俯いた。急にしんどそうになるじゃんねぇ。
    「今なら部屋までフロイド宅急便がお届けしたげるけど、どうする?」
    「では、お願いします。というか、宅急便なんですか?」
    「あ?ナニ、文句あんの」
    「いえ、タクシーなどではないんですね……」
    「はぁい、出発しまぁす」
    アズールみたいな馬鹿力はオレにはないから、肩を支えて部屋を出た。そもそも、殆ど同じ体格なのだ。オレの方が大きいって言ったって、たったの一センチ。持ち上げてやるのは難しい。全く、さっきまでシャキシャキ働いていたクセに、すっかりぐにゃぐにゃになっちゃって。背中を丸めて歩くジェイドは、こういうときくらいしか見られないウルトラスーパーレアだった。
    「フロイド」
    不意に名前を呼ばれて、横を向く。叱られるのを待っている稚魚のようなジェイドの顔がそこにはあった。
    「なぁに?」
    「すみません」
    熱を帯びた吐息と共に耳元で落とされた謝罪に、何を返せばいいのか悩んでしまって、結局何も言えずに笑んでみせた。だって、別にオレ怒ってないし。ジェイドのコレは決してわざとなんかじゃない。ていうか、オレより誰よりジェイド自身が一番気にしてることを、よく知っていた。それなのに、責め立てられるハズもない。
    ああ、もう、そんなシュンってしないでよ。
    部屋に着くまでの道のりは、酷く静かに過ぎていった。


    「1分オーバーです。トイレ掃除一週間」
    「んぇ~……。アズールのケチ、タコ!」
    「幻聴でしょうか?僕はこのクソ忙しいときに、慈悲の心で15分間も休憩を差し上げたんですが……」
    「はいはい、ありがとねぇ。アズールチョーヤサシー」
    「分かればよろしい」
    ジェイドを部屋に送り届けて、寝間着を用意してやって、ベッドに横になるのを見届けて。そうしていれば、15分間なんてあっという間に訪れた。
    ゼエゼエ、と息を切らして猛ダッシュで戻ったオレを出迎えた支配人の台詞は、深海のように冷たかった。
    さあ、仕事に戻れ。キビキビ働け!
    パン!アズールが手を鳴らし、丁度出来上がったドリンクをトレーに乗せてオレに押し付けると、寮服の裾を翻した。ペンを手に向かった先は、たった今ベルが鳴ったテーブル。
    ラウンジを見渡してみれば、どの小魚も慌ただしくヒレを動かしていた。なるほど、支配人自らオーダーを取りに行かなきゃいけないくらいに忙しいらしい。まあ、急にジェイドが抜けたんだから当たり前。いつもジェイドひとりで何匹分も仕事をこなしてくれるのだから、その穴は大きかった。
    「はい、ただいま伺います!」
    「いてっ!」
    完璧な営業スマイルで歩むついでに、早くしろ、とアズールはコツンとオレの踵を蹴っていった。ドリンク溢したらどうすんの、オレはそんなダサいヘマしねぇけどさ。

    追加のオーダーを受けて、空のグラスを回収して、また追加のオーダーを受けて、空いた皿を回収して。それから次の料理を運ぼうとやっとキッチンの方へ戻った頃、同じようにフロアから帰ったアズールに声を掛けられた。
    「フロイド。ところでジェイドは?やっぱり駄目そうでした?」
    「あーウン、熱あったから帰した。大分しんどそうにしてたよ」
    「そうですか。……分かりました。明日のシフトは抜いておくので、後であいつに伝えてください」
    「はぁい、ありがと」
    「……全く、律儀なやつですね」
    カチャリとメガネを押し上げて、呆れ半分感心半分、そんな声音でアズールがぼやく。本当にねぇ。
    「今回もちゃあんとピークは過ぎてから、だもんなあ」
    「ええ。こちらとしては助かりますが…….」
    「まあねぇ……」
    はあ~ぁ。
    ジャズミュージックと喧騒が響く店内に落ちた大きなため息。それはジェイドと、あとオレ自身に向けてのものだった。



    「……ただいまぁ」
    潜めた声で呟いて、自室の扉を開けた。……お帰りなさい、と返ってくる心地良いテノールは聞こえない。もうすっかり海の先から差し込む光も失せた夜だというのに、オレが部屋を出たときのまま照明さえも点いていなかった。
    これは、もしかしなくても。
    入って右側、ウォールシェルフにテラリウムが飾られている方のベッドを見れば、膨らんだ白が僅かに上下しているのが目に入った。
    足音を立てないように気を付けながら、静かに傍へと歩み寄る。折角ぐっすり眠ってんのに、起こしちゃったら可哀想だもん。
    そうして辿り着いた目的地で尾ビレを折り曲げしゃがみこめば、漸く暗闇に馴染んだ瞳が紅の差す頬を映した。額に浮かんでいる汗を拭ってやりたくて、手の甲でそっとなぞる。瞬間、じんわりと伝わってきた高い体温に顔を顰めた。
    ……あーあ、やっぱ昼間より上がってんなぁ。
    「よいしょ、っと」
    アズールに散々こき使われまくったせいでクッタクタの両足に力を込めて、重たい腰を持ち上げた。ホントはすぐにでもシャワーを浴びてベッドに寝転びたいけど、ジェイドのため。
    きょうだいを蝕む熱さをちょっとでもマシにしてやるために、色々用意してやらねぇと。脳内で必要なものをリストアップ。気づけばもう、手慣れたものだった。



    ──ジェイドは陸に来てから、こうやって熱を出して寝込んでしまうことが時々あった。別に、身体が弱いワケじゃない。そもそも、頻度だってそこまで多くはないし。最初は変身薬が合わないんじゃ?とか疑ったこともあったけど、ちゃんと魔法医術士に診察してもらって処方されてるヤツだし、その可能性は限りなく低い。
    2回、3回……と回数を重ねれば、法則性も見えてくる。原因は明白だった。
    例えば、オレたちの中でジェイドだけ二足歩行がなかなか上手に出来なくて、俄然燃えてきました、とか言いながら夜通し練習して臨んだ訓練学校の実技試験…….の再試の再試で満点合格してみせた後。
    例えば、あっちこっち走り回って準備を整えて、色んなヤツとお話をして、大大大盛況で迎えたモストロ・ラウンジオープン日……の閉店後の夜。
    例えば、一週間ずーっと……準備期間も含めたらもっと、自分のご飯も睡眠も後回しにして、ゲストに楽しんでもらいたいからって張り切ってたハロウィーンウィークが無事終わったその次の日。
    こうして並べてみると、本当に分かりやすい。つまり、ジェイドは頑張りすぎるとダメなのだ。疲れがキャパを超えると、それが発熱というかたちになって現れる。それでも、ジェイドの凄いというか、らしいところは、絶対に全てが終わるまでは持たせるところだった。倒れるのは、全部が片付いてから。だから、あんまり問題にはならなくてここまで来ちゃった、ってのもある。
    なんで海にいた頃は大丈夫だったのかって言えば、至極単純なこと。人魚のからだはそもそも、体内で熱を作る機能を持っていなかった。周りの水が冷たければ体温は下がるし逆なら上がる。それだけ。要するに、発熱のしようがなかった。もしかしたら、他の不調は出てたのかもしれないけれど、オレの記憶に限れば特にそんなこともなく。
    人間のからだは人魚に比べると大分脆い。そのせいで、ジェイドもまだ感覚が掴めていないってのもあるのかもしれない。どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか。現にジェイドは、どう見たって自分の限界が分かっていない。いつもいつもジェイドより先に、オレが気がつく始末だった。
    そうしてベッドに臥せるその度に、申し訳なさそうに彼は言うのだ。「熱があるなんて思わなくて」。その言葉に、嘘なんかたったの1パーセントだって含まれていない。ジェイドは困難に挑むことも、誰かをもてなして喜ばせるのも、自分の力で笑顔にさせることも好きなのだ。好きなことを楽しんでいるだけ。無理をしているとも思っていなければ、不調を隠すつもりも意地を張るつもりもない。
    だからこそ、厄介だった。
    「ん~……」
    ゴム製の枕にカランと氷を詰めながら、意味を持たない声が漏れた。どうにかしてやれないかなあ、なんて思って、これでもう何回目。
    幸い、元が丈夫だからなのか、それともコレも有能で万能なきょうだいのらしさのひとつなのか。きっかり丸一日寝込めば、すっかり元気になるのだけれど。心配はいらない、分かっている。
    分かっていても、大好きなジェイドの辛そうな姿を見るのはイヤだった。




    ふと、時計を見ればもうじき日付が変わる真夜中で。腕を伸ばして、ついでに首をコキリと鳴らし凝り固まった肩をほぐす。消灯時間はとうに過ぎていたけれど、わるいこのオレはベッドに入ることもせず、机に向かって雑誌を眺めていた。灯りはぼやぼやのデスクライトだけ。正直、靴のカラーもよく分かんないし字だって読みづらい。でも、それで良かった。だって、こんなのただの暇潰し。集中して読みたいワケじゃなかったし、ていうか、読めるワケもなかったし。
    魘されるように呻いては、布団の塊が微かに動く。ジェイドの具合は、夜が深まるにつれて悪くなる。そうして、朝には大分落ち着いて次の夜には元通り。それが、いつものスケジュール。今回も多分、同じ。
    「ん……」
    視界の隅で不意にジェイドが小さく身動ぎをして、長い睫毛を震わせた。やっぱり起きちゃうか。このまま朝まで眠っていられたのなら、楽だろうに。可哀想に、熱を出したジェイドは睡眠が浅かった。
    パタリ。開いていた本を閉じて傍へと寄れば、どろりと溶け出しそうなほどに滲んだ色違いの月が現れる。
    「起きたぁ?よく寝てたねぇ」
    ジェイドからの返事はない。ぼんやりとした目の焦点はまだ合わなかった。気にせずオレは続ける。普段よりもゆっくりと、柔らかい声音を意識して。
    「とっくに夕飯時過ぎてっけど、何か食べれそ?」
    「いえ……」
    今度はジェイドがふるふると首を振った。反応が返ってきたことに、内心ほっと息を吐く。
    しんどそうなきょうだいが、一度きゅうと瞳を隠してすぐにまた瞼を持ち上げた。その拍子に溜まった水滴が目尻から一筋流れる。
    それを指先で拭ってやってから、水筒の蓋を開けて乾いた口元へと近付けた。部活のときに使ってるオレのお気に入り。飲み口がストローになっているから、わざわざ起き上がらなくても飲める優れもの。グラスに注いでやるよりも、今のジェイドにはこっちの方がよっぽど良いだろうから。
    「スポドリ。飲めるだけでいいから、飲んどきなね」
    言えば頷いて、ジェイドは大人しくストローの先を口に含んだ。こっくりこっくり喉が上下して、そうして暫くが過ぎた後で唇が離される。もういらない?返された肯定に、随分と軽くなった水筒を机に戻した。良かった、いっぱい飲んでくれたっぽい。
    目を開けていることすら億劫そうに、ジェイドが酷く時間を掛けた瞬きを一度した。
    「大丈夫?どこがツラい?」
    「……あたま、とあと、寒くて……」
    「そっか、そしたらちょっと待ってねぇ」
    汗ばんだ前髪をくしゃりと撫でて、傍を離れる。……まず、オレのベッドからありったけの布を取って抱えて、からだを守るみたいに縮こまって震えるジェイドに全部を掛けてやって。ついでにマジカルペンを振って、室温を上げた。気休めだけど、無いよりはマシなハズ。
    その後で、ミステリーショップで買っておいた箱から一枚シートを取り出して、それを手にジェイドの元へと戻った。毛布の上から軽く揺すって呼び掛ける。
    「頭痛いんだったら冷えピタ貼る?寒いならいらない?」
    「……ください」
    「はぁい。じゃあ、オデコ触んね~」
    「ん、はい……」
    冷たかったのか、シートを乗せた瞬間にジェイドの肩がびくりと跳ねた。けれど、すぐに心地良さそうにほう、と吐息が漏れて、寄っていた眉間の皺が薄くなる。
    「気持ちい?」
    「はい……。ありがとうございます」
    「どういたしましてぇ」
    笑えば、ジェイドも釣られたように緩く笑んだ。赤らんだ頬が珊瑚みたいで、故郷の海を懐古する。あの頃は、ジェイドがこんなに熱くなっちゃうこともなかったのに。
    「ジェイドのほっぺた、あっついねぇ。オレの手、焼けちゃいそう」
    「ふふ、フロイドの手はつめたいです」
    手のひらを真っ赤なほっぺたに沿わせれば、ジェイドの目元が更に細まった。このまま高すぎる体温を吸いとってやれたなら。残念ながら、そんな便利な魔法はないらしい。あれはいつだったか、魔法は万能じゃないぞ、仔犬、なんてイシダイ先生に呆れられたのを思い出す。
    そうして訪れた静寂の中で、ジェイドの荒い息遣いだけが鼓膜を揺らしていた。
    「あの、フロイド」
    「なぁに、ジェイド?」
    ──それを破ったのは、ジェイドの方で。どうかした?、なんて白々しく問い掛ける。きょうだいが何を伝えたいのかなんて、もう分かりきっていた。これもそう、いわゆる経験則ってヤツだった。
    「すみません。……いつも、僕のせいでご迷惑をお掛けして」
    装った普段の調子の奥から滲み出す、悔しさだとか何だとか。何か言わなきゃって、黙っていたらダメだって思うのに、胸がきゅうと痛くなって唇が音を紡げない。悲しかった。
    ただ否定したところで、ジェイドは聞き入れちゃくれない。知っている、そんなんじゃ届かない。ありがとうございます、フロイドは優しいですね、って勝手にオレの気持ちを誤変換して受け取っては俯いて、シーツをぎゅっと握るのだ。
    どうしたら、伝わるんだろう。何て言えば良いんだろう。オレはただジェイドが辛いのはイヤで、ジェイドには楽しく笑っていてほしいって、それだけなのに。


    静かな部屋は息苦しい。薄い膜がオレたちの周りを囲んで、酸素を取り込ませまいとしているみたいな感じがした。
    ドクンドクンと心臓が鳴って、酸欠になりそうな心地さえある。答えないと、気の利いた台詞を。ジェイドが納得するような言の葉を。
    思えば思うほどに、オレの脳ミソは役立たずになっていく。
    「こんな時間まで付き合わせてしまってごめんなさい。僕はもう寝ますから、フロイドも寝て」
    見え透いた嘘。ジェイドが下手くそな笑顔で言った。タイムリミットだった。こんな風に熱が高いとき、きょうだいはまず眠れない。熱くて寒くて落ち着かなくて寝返りを打って、やがて体力が尽きて意識が落ちてもまたすぐに目を覚ましての繰り返し。
    初めてジェイドが熱を出した日の夜、知らない苦痛と休みたくても休めないもどかしさに泣きそうにくしゃりと顔を歪めていたのを覚えている。
    よく見知った貝殻とは違う陸のベッドに身を沈めて、もういやだ、と譫言を溢しながら、縋るようにオレの指を緩く握った彼を覚えている。
    そんなのはたったの一度きりで、次からは二度とそんな素直な弱さを見せてはくれなくなったけれど。
    ──自分のせいで。回を重ねるごとに増していく的外れで不要な後ろめたさが、ジェイドに我慢と気遣いを強いていた。
    「おやすみなさい、フロイド」
    言って、ジェイドがオレに背を向ける。ちょっと待ってよ、オレまだ何にも伝えられてないのに。ジェイドのすみませんも僕のせいもメーワクもごめんなさいも、全部全部違うよって叩き落とせていないのに。
    「あ、のさぁ、ジェイド!」
    「……ん、はい、何ですか?」
    名前を呼べば、赤い顔がこちらを向いた。気の利いた台詞なんか相も変わらず見つかりやしなかったけれど、見切り発車で話し出す。もういい、知らね。多少間違えたって、黙っているより億倍マシに決まってる。このままここでおやすみなんて返したら、ジェイドは今夜もこれからも、自分にイヤを抱えることになる。それだけは確かだった。
    そんなのオレがイヤだった。
    「オレ、今のジェイド好きじゃねーんだけど」
    「…………ええ、分かっています。すみません」
    ジェイドが一瞬目を見張って、それからすぐに取り繕うように苦笑した。後、す、と逸らされる視線。……アレ?
    「待ってゴメン、スゲー語弊あったかも!今のナシ!!」
    「構いませんよ、フロイド。僕はあなたの本心が知れて嬉しいです」
    「ちげーから!納得すんな!」
    「おや、では僕に嘘を吐いたんですか……?」
    「いや、嘘じゃねーけどぉ!」
    「ということは、僕が嫌いというのは本当だと」
    「だから、ちげーってば!」
    大失敗。これなら黙っていた方が無駄にジェイドを傷付けなかったし、苦しい中で楽しんでいるフリをさせずに済んだ。ああ、もう、しっかりしろよオレ。多少間違えたって良いとは思ったけれど、こんな大暴投はアウトだろ。
    「そうじゃなくてぇ……」
    「そうではなくて?」
    ジェイドの瞳に、微かに不安が揺れている。何を言われるんだろう、ってきっと怖いんだ。ありったけのごめんね、と、大丈夫だよの思いを込めて、ジェイドの頬に両手を添え、それからオデコをこつん、と合わせた。やっぱりめちゃくちゃあっついや。このくらいくっつけば伝わるかな、なんてバカみたいなことを考えた。
    吐息が重なるその距離で、そのままオレは語り出す。本当に届けたかったことを。
    「オレはね、楽しそうにしてるジェイドが好きなの。ニコニコ~ってしながら好きなことしてるジェイドが好き。……だから、しんどそうなジェイドはヤなんだよね」
    ジェイドの口が何かを象ろうとしたけれど、結局すぐに閉ざされた。オレは続ける。
    「オレ、ジェイドのことメーワクとか思ったことないよ。あ、変な趣味押し付けてくんのはメーワクだけど、そういうんじゃなくて。看病とかソッチ」
    話しながら、段々と思考がクリアになっていく。ウン、そうだよ、オレが言いたかったのは……。
    「メーワクなんかじゃないけどさ、ジェイドがしんどいのはイヤだから。……ねえ、ジェイド。ジェイドがツラくなんないように、オレにしてあげられることってないかなぁ?」
    安心させてあげたくて目尻を下げた拍子にどうしてか涙が2粒落ちて、ジェイドの紅潮したほっぺを濡らした。ヤベ、何これ、ハズすぎ。ジェイドから手を離して、ぐしぐし目元を擦る。
    「ゴメン、ちょっと待ってぇ……」
    「ええ、ゆっくりで大丈夫ですよ」
    ジェイドも同じように瞳を赤くしていたことに気がついたのは、滲んでぼやけた視界が鮮明になってからのことだった。



    「僕、本当に分からないんです。どうして熱が出てしまうのか。……いえ、疲れが原因なことくらいは僕も気付いていますが、どの程度疲労したらいけないとか、そういうものが」
    自分のことなのに、変ですよね。まだ目元に赤を残したジェイドが無理矢理に笑みを溢す。辿々しい口調でぽつぽつと語られていく言葉たちは、おそらくずっとジェイドが押し込んでいたものだった。オレに見せまいとしていた、ジェイドの柔い部分。
    「だから、あなたに言われるまで気付けなくて、こうやって寝込んではご迷惑をお掛けして」
    「コラ、メーワクじゃねーっつってんじゃん」
    「……すみません」
    「いいよぉ。次はねーけど」
    こくり、ジェイドが頷いた。それからすぐ、ず、と鼻を啜る音。きょうだいがこんなにメソメソしているのも珍しい。これだから、熱ってやつはおそろしい。
    「ねぇ、ジェイド」
    暖かい水で包み込むように、名前を呼んだ。はい、とジェイドがオレを見る。怒らないから、そんな怯えた顔しないでよ。
    ──彼の話を聞いてから、気になっていることがあった。そして、それはもしかしてオレにしてあげられることかもしれないって思ったら、見過ごすことなんか出来なくて。
    「具合ワリーって、もう限界だって、ジェイドが自分で気付けなくちゃダメなの?」
    「……え?」
    「ジェイドだって、オレよりオレの気分にくわしーじゃん。それと一緒で、オレが一番じゃダメなの?それとも、ジェイドはサイアクなときのオレに優しくしてくれるけど、ホントはメーワクだって思ってた?」
    「そんなことは、」
    枕に頭を預けたままで、ジェイドがふるふると首を振る。大丈夫、知ってるよ。ジェイドはオレが大好きだから、そんな風に思うハズないって。一緒だから、分かってる。
    「でしょ?オレもおんなじ。ジェイドはさ、ダメダメなオレの気分がアがるように色々してくれるじゃん。だからオレもジェイドが元気になるように、……ううん、元気じゃなくなんないように何でもしてあげたいんだよ」
    「……フロイド」
    「ジェイドが分かんないなら、オレが分かるようになるからさ。もうそんな顔、しないでよ」
    オレたちはきょうだいだけど得意とニガテがあべこべだから、これまでだって補いあって生きてきた。何も変わらない。ジェイドに難しいって言うんだったら、オレが得意になれば良い。それだけの話。気付いてしまえば、シンプルだった。
    「でも、それは甘えと言うのでは?それこそ、あなたに負担を掛けることになる」
    「ジェイドは甘えちゃダメなの?何で?……つか、そんくらい負担じゃねーし」
    「……そうですか?」
    「ウン、そうだよ」
    「……そうですか」
    ふにゃり、とジェイドの目が細まってぼたぼたと雫が落ちては、枕に巻かれた白いタオルに水玉模様を作り出す。それはなかなか止まらずに、やがて不規則な呼吸を生んだ。
    ついにはしゃくり上げ始めてしまって、それが苦しそうで慌てて背中を摩れば、途切れ途切れにジェイドが言う。
    「……;っ、すみませ、嬉しくて……。あなたに僕が、これほどまでに愛されていたことが」
    「んふ、なぁにそれ」
    知らなかったの?ってデコピンをひとつ。ジェイドはまた、すみませんと幸せそうに口にした。


    「ジェイド。約束して」
    「約束、ですか?」
    「そ。ちょっとでも疲れたなあって思ったら、オレに教えて」
    暫くして、やっと涙が収まったかと思えば、途端電池が切れたようにジェイドはうとうとと微睡みだす。眠りに落ちてしまう前に、と告げれば、ジェイドが眉を下げる。
    「でも、僕、それが分からなくて……」
    「ちょっとでも、っつったろ?飛行術でくたくた~とかそんくらいでもいいから」
    「はぁ……」
    何だか得心の言っていない返答だけれど、ふざけてなんかいない。マジメも大マジメ。オレにとってはとっても大事なことなのだ。だってオレはジェイドの、これ以上は頑張れないよ、に気付けるようにならなくちゃいけないんだから。
    ジェイドが頑張りすぎないように、オレがちょっぴり頑張るのだ。
    「教えたら、何か対価は下さるので?」
    からかい混じりの声色でジェイドが言った。調子が戻ってきたみたいでちょっと安心する。さっきまではメソメソでグズグズで、オレまで落ち着かなかったから。
    対価、対価ねぇ。ぶっちゃけそこまで考えてなかったっていうか、ノープランだった。でも、確かにいつもアズールも言っている。──要求と対価はセットです。見返りなきお願いになんて、誰が従うものですか。
    どうしよっかなあ。考えて、考えて、ジェイドがすう、と寝息を響かせ出した頃に、ピコンと思い付いた名案。うん、良いじゃん。オレも嬉しいし、ジェイドは絶対喜ぶし、一石二鳥で天才すぎ。
    ジェイド!名前を呼んで、おねむのきょうだいを起こして、自信しかない最高のプランをオレは彼に提示した。
    「いっぱいぎゅ~ってしてあげる!」
    パチパチ、と瞬き。それから、ふふ!、とジェイドは吹き出した。そうして、あっはは!、なんてあまり見られないような大笑いまで披露して。そんなウケる?もう彼と泳いで十数年になるけれど、未だにジェイドのツボは分からない。
    ひとしきり笑った後で、目尻を拭いジェイドが唇を動かした。
    「フロイド」
    「ん?なぁに?」
    「熱のせいでしょうか。……僕、すごく疲れちゃいました」
    ジェイドが抱っこをねだる稚魚のように、両手を伸ばす。その背中に腕を回して抱き起こし、痛くない程度に加減をしながらぎゅうぎゅうと絞めてやれば、ジェイドもまた、オレへと絡めた手に力を込めた。
    よくできましたぁ。囁けば、確信犯の甘えん坊は満足そうに微笑んだ。
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    hyacinth_v3zzz

    SPUR ME自分の限界が分からないせいで頑張りすぎては熱を出す🐬と、辛そうな🐬を見たくなくて何とかできないかなあ、を考える🦈の話。フロジェイ。

    あと推敲したら完成の話です。しっかり修正して色々整えたら支部に投げる予定。
    重複表現、誤字脱字諸々チェックこれからなので「なるほどね、大体こんな話書きたかったのね理解!」くらいの気持ちで流してください。これは尻叩きです!!!
    無意識に頑張りすぎて熱を出す🐬とどうにかしたい🦈の話あれ、ジェイドもしかして。
    ニコニコしながらトレーを左手に乗せて、オキャクサマへとドリンクやフードをテキパキ運ぶきょうだいは、どう見たっていつも通り。
    それなのにそんなことを思ったのは、いわゆる経験則ってヤツだった。
    「ジェイド。それオレ運んどくから、休憩行ってきていいよぉ」
    「?いえ。休憩なら、もう少し落ち着いてからいただくので大丈夫ですよ」
    「いーから。貸して」
    「あっ、」
    白いグローブからそれを拐って、トントンとフロアの上で踵を鳴らす。7卓と8卓ね、オッケー。
    「お待たせしましたぁ」
    シーフードピザになりまぁす、なんてご注文の品を読み上げながらサーブして。モストロ・ラウンジが開店したばっかりの頃、アズールにネチネチしつこく言われたせいで、意識しなくたって料理に触れないよう、自然とオレの親指は伸びるようになっていた。
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