無題 私は、とローは言った。
「私は、多くの罪を犯しました。人を殺め、陥れました。その事について今更後悔はないが、もし、その報いに私からなにかを奪うというのなら、それは私自身にしてくれないだろうか。私の罪と無関係な子供ではなく」
深夜の病院。集中治療室の前に一人取り残されたローは、ダークブラウンの合皮が張られた粗末な長椅子に腰掛けると、細長い指を組んだ両手を額に当て、目を瞑り、そして祈った。声は出さないで、心の中で言葉を紡いだ。あの、人好きのする朗らかな少年に初めて出会った頃の自分を思い、その時の自身の選択を後悔しながら。
一年前のあの日。太陽が強く照りつけ、自分の背後にくっきりと映し出された影が印象的だった日。地上に生きる罪深き者どもを罰し、すべてを焼き尽くすかのように思われた強い陽射しを覚えている。
無菌的な青白い照明がリノリウムの床に反射し、拡散し、病院の廊下独特の消毒液や化学薬品の匂いが鼻をつく。経年により薄汚れた白い壁は所々に薄いヒビが入っていて、頭上の蛍光灯がぶうん、と鈍い音を立てていた。
そうして、ただ時間だけがすぎる無力感の中、ローは思った。あいつをこちら側に踏み入れさせるべきではなかった。シンバはムファサの弱点だ。ずる賢いハイエナたちの巣窟に、たった一匹の獅子の子供の存在は格好の餌食だった。
しかし、皮肉なことに、ローのこうした考えは、こちら側の世界に足を踏み入れることを許したあの日のローが、少年と一年を共にすごし、そうして抱くようになった感情に起因するものでもあった。そしてそれは同時に、彼がどう足掻こうと、ハイエナ側の住人である現実を突きつけた。
それでもローは、祈り続けた。ただの気休めだと知っていてもなお、祈らずにはいられなかった。
「私は神など信じません。あの日、全てが焼け落ちた日、私の中の神も焼け死にました。けれども、もしあなたがいるというのなら、この子供をお救い下さい。彼に、救わせてください。どうか」
彼もかつては祈りを捧げ、神に救いや祝福を求め、善行を心がける敬虔なキリスト教徒だったが、彼の家族は父親の元患者に生きたまま焼かれた。父は、優秀な町医者で、母は優しく、妹はまだ幼かった。その日は日曜日で、家族で教会から帰ってきてすぐのことだった。