「花梨、最近かわいくなったよな」
そうイサトが話したのは京の町に雪が降りだした頃。と言っても、今年は気が交わらなかった関係でいつもより遅いんだけど。
「そうか? 俺にはそうは見えねーけど」
イサトですらと言っては失礼かもしれないけど、女の様子にいちいち気づくようには見えないあいつがそう言うんだから、そうなのかもしれない。
そう思いながら脳内に花梨の姿を思い浮かべる。
京にいる女としては珍しく男のように髪を短くし、怨霊退治のため町やときには野山も駆け巡る。
その姿はかわいいというより健気で、それでいてときには無茶をしやがるから心配になってしまう。
でも、イサトが言うように、あいつそんなにかわいくなったか? 俺には前と変わっていない気がするんだが。
つい考え込んでいると、まるで風が吹き込むような声が聞こえてきた。
「何やら興味深い話をしているね」
ふと見るとそこには翡翠の姿があった。
「ああ、翡翠、お前ならわかるだろ。最近、花梨のやつ、何かかわいくなったと思わね~か」
目を輝かせて話すイサトの言葉に対し、翡翠は目を細めている。おそらくこの場にはいないあいつの姿を思い出しているのだろう。
「そう、だね。まるで蕾が花に変わっていく様子を見ているようだよ」
「だろ!」
意気投合するふたりに対し、俺は相変わらずわかんねーとしか思えない。
そんなに変わったのか、あいつ。
この前も今も龍神の神子として頑張っていることには変わらないのに、何が違うんだ? 何がイサトたちに変わったと思わせたんだ?
☆ ☆ ☆
その日は花梨とそして頼忠と一緒に神護寺に行くことにした。紫姫が言うにはここにも怨霊が出ているらしい。
京の端も端。雪が積もる道をひたすら馬に乗って登っていく。
だけど、京の端に巣食う怨霊を退治しないことには京の町全体も浄化されない。そのためにわざわざ行くことにした。
花梨は頼忠と同じ馬に乗っている。
…あいつ、馬に乗るのも上手になったよな。
出会ったばかりの頃はおっかなびっくりで俺の馬に乗せてやったのによ。
そう思いながら前をいく花梨たちの様子を見ている。
頼忠は寡黙だから自分から話すことはほとんどないが、花梨がいろいろ話しかけているんだろ。頷いたりしている様子が見える。
そして、神護寺の近くまで来たものの、ここは道から寺まで行くのにいったん渓谷を下り、そして登らないといけない。
足手まといになるから先に行っててと花梨に言われ、俺は雪を踏みかためながら谷を下っていく。
「神子殿、お手をどうぞ」
「ありがとう、頼忠さん」
後ろからはおそるおそる谷を下りる花梨と、そんな様子を気遣う頼忠がいた。
あ……
ふと俺は何かに気がついた。
頼忠が花梨に手を貸すのも、そんな頼忠を花梨が信頼するのも、別に今に始まったことではない。
ただ、頼忠の声が前よりも優しくなっていて、そして花梨も頼忠が手を差しのべることをまるで当たり前のように受け止めている。そう、ふたりの間にあったはずの距離が前よりも縮んでいた。確実に。
手を取られた花梨が照れている様子、そのはにかむ様子がかわいかった。
…ん? かわいい?
そのとき、俺は自分の中にあるひとつの感情に気づいた。
そう、確かに昨日まではあいつのことを龍神の神子や仲間としてしか見ていなかった。だけど、今、気づいてしまった。俺はあいつのことを守りたい存在だということに。本当は頼忠の代わりに俺がその手を取りたかったということに。
「ここからはあぶのうございます。お気をつけて」
先ほどより遠いところから声が聞こえてくる。振り向けば、今にも滑ってしまいそうなあいつを頼忠が必死に転ばないように支えてやっている。
「あ……」
そのときの花梨と頼忠の表情。一生といっては大げさだけど、俺は忘れられないと思う。
頼忠が今までに見せたことない柔らかい表情を見せ、花梨が甘えた表情をしていた。
それは単に龍神の神子と八葉としての間柄ではなく、それを越えた関係だということくらい俺でもわかった。
何だよ、あいつら。いつの間に……
「俺、先に行ってるからな」
よりによって自分の気持ちに気づいた日に、あいつらの関係が変わったことにも気づくとはな。皮肉なもんだぜ。
どっちみち花梨のトロさにしびれを切らした俺は半分走りながら谷を下る。そして少し息を整えてから今度は坂を登ることにした。
ふと後ろを見るとふたりは相変わらずゆっくりと慎重に歩いていた。ふたつの影がひとつになったのをチラリと確認してから俺はふたりに背を向ける。雪が日の光を反射しているのが眩しかった。