冬の中に感じる春の温もり冬は嫌いだ。
それは関大輔が子どもの頃に抱いていた感想だった。
築年数を重ねた部屋の中には寒気が覆い尽し、大輔を襲ってくる。
暖房設備はあることにはあるのだが、脆弱で寒さを吹き飛ばすには心許ない。
そもそも母親が女手ひとつで生活を支えているこの家で暖房を使うのは贅沢の範疇に入る。
寒いときは布団の中で丸まって過ごす。そして、布団の温度が自分の体温と同化するのを感じるのを待つ。
それが大輔の幼い頃の冬の記憶だった。
「また、あの夢か……」
布団と身体の隙間から入り込んできた1月下旬の冷たい空気で大輔は目を覚ます。
寝起きの悪さを自覚している自分だが、冬はむしろ寒さでいったん目が覚めてしまうことが多い。
それはもしかすると、物理的に寒さを感じるだけではなく、幼い頃の記憶がよみがえって苦しくなるからかもしれない。
過去にとらわれている自分に苦笑しつつ、隣で寝息を立てている愛しい女性を見つめる。
去年の春先からつき合っている女性―泉玲。
肌を重ねるきっかけをなかなかつかめなかったふたりだが、今はこうして大輔の部屋でともに過ごすことも増えている。
今日のように寒い日はなおさら。
夜半まで温もりを分かち合っていたはずであったが、眠りがふたりを割いたらしい。
すっかり冷えてしまった自分とは対照的に、彼女は暖に包まれていることを示すかのように顔は赤みがかっていた。
触れれば自分の冷たさで彼女を起こしてしまう。
そう思って大輔は玲の寝顔を眺めていたが、玲は何かに気がついたのかもしれない。
「ん……」
玲が眠りから覚醒しようとしている声。
そして、玲はうっすらと瞳を開け、そしてぼんやりとした表情で自分の顔を見つめてきていることに大輔は気がつく。
「すまない、起こしてしまったか」
大輔の声に反応して、玲は首を横に振る。
そして、布団の中から両手を差し出し、大輔の手を握ってくる。
「大輔さん、手が冷たいですね」
玲の手から温もりが伝わってくるのを感じながら、大輔は昔のことを思い出す。
自分の母親もこうして手を握っていたことに。
「どうかしたのですか?」
「いや、何でもない」
過去に思考がとらわれていたらしい。
確かにもう自分の手を握ってくる母はここにはいない。
だけど、今の自分にはこうして隣で温もりを分かち合える人がいる。
そんな当たり前のことを忘れそうになった。
「きゃっ、大輔さん!」
大輔は玲の身体を抱き締める。
腕を広げればすっぽりと収まってしまうくらいの小さな身体。
だけど、大輔の優しさを感じたのか、玲は安心している様子が伝わってくる。
「もう少しでバレンタインですね」
玲のくちびるからそんなかわいい言葉が漏れてくる。
去年は玲に事情があったらしく自分には渡らなかったチョコレート。そんなことを思い出す。
その分のリベンジをしたいと年明けから玲がはりきっていたのを思い出す。
そして、そんな様子がかわいく、また自分のために力をふるってくれることが嬉しく思う。
「そうだね」
今年のバレンタインデーは日曜日。
誰にも邪魔されずふたりきりの時間を過ごすこともできるだろう。
それはどんなに甘美で、そして贅沢な時間なのだろう。
まだ半月以上先のことなのに想像するだけで胸が満たされるのを感じる。
……でも。
バレンタインまで待たなくても今日もまだ時間はある。
昨日も求めたけど、やはり足りない。もう少しだけ柔らかい彼女の身体を堪能しても許されるはず。
そう思いながら大輔は玲のうなじにそっと口づけた。
これから始める秘め事の開始を告げるために。