あれから幾度季節は巡ったのだろう。
桜が咲き乱れ、天に星々の川が駆け巡り、実りの豊かさに感謝し、そして寒さの中で春の訪れを待つ。
目に映る景色は移り変わり、耳に聞こえる鳥たちのさえずりの音色は変化し、肌は温かさが暑さに、そして涼しさ、寒さに変わる。
何度も繰り返された季節の移ろい。そして、それらを教えてくれたのは、風早。
本来は季節とともに変わる表情を見ては些細なことで喜ぶけれど、今の私がそれらから感じ取ることはない。
あの日から、風早が私の目の前を去ったあの日から、私の中の時間は止まったまま。
「立派な王になってください」
今でも耳に残る風早の声。
切なげな響きの中に含まれている優しさ。
それはきっと彼の願いと望みと、そして本音が入り交じった証拠。
豊葦原の平和は私も願っていること。一方で思う。それは風早が傍にいてのことだと。風早がいないこの世界では王となることも、ううん、生きていることにすら意味は見出だすことはできない。
だけど、それはあくまでも個人としての感情。王として生きていくには不要な、そして不必要な感情。
「王、準備が整いました」
私を呼びに来る采女の声。
声が晴れ晴れとしているのは空の明るさも影響しているのだろうか。私には関係のないことだけど。
今日、私は婚姻の儀を執り行う。中つ国の平穏と繁栄のために一度も会ったこともない男性と。
私を祝福するために参列した群衆の中に紛れている共に戦った仲間たち。当たり前だけど、その中に風早はいない。そのことをわかっていながら失望する自分がいることに苦笑する。何度も絶望し、これ以上、傷つくことはないと思っていたのに、それでも心の奥底でわずかな希望を抱いている自分がいることにあきれ果てる。
人々に手を振りながら見えるのは彼を思わせる青い空。それを見てつい願ってしまう。
たとえ現世で叶わなくても、別の時空であなたと巡りあえることを。
だからそのときまではさよなら。私の愛しい人。
そのとき、頬を風が掠めるのを感じた。それはまるで彼を、風早を思わせるような爽やかさと優しさに包まれているような気がした。