似たものへし 石見国の演錬場に、とても有名なへし切長谷部が二振りいた。
午後二時、午前の部のほとんどの演錬が終わり、人影も疎らになる頃、その二振りは現れる。
その刀は他に審神者も仲間も連れず、いつも二振りだけで来る。
演錬場は見学だけでも可能なため、刀剣男士だけで来る事は珍しい事ではない。ただ彼らは、毎週、毎曜日、同じ時間に現れて、組み合わせも時間も違う試合を見ては、ひそひそ、こそこそと笑い合う。
ひそひそ、こそこそ、くすくすくす――。
何かに気付いた一振りが、うっそりと笑ってもう一振りに耳打ちする。するともう一振りも同じように笑って耳打ちする。それが、彼らがこの場にいる間、何十回と繰り返される。
彼らは双子のように同じ顔、同じ表情、仕草で振る舞う。
その姿が妖艶だと、いやいや不気味じゃないかと噂されるのである。
更に彼らにはもう一つ噂がある。
偶々演練の帰りに茶屋へ寄った審神者の目撃情報だ。
ふと二つ隣のテーブル席を見ると、へし切長谷部が二振り、向かい合わせに座っていた。それだけなら偶に見る光景だが、彼らはそれぞれ違う仕草をしていて、同時に微笑んだ。その時の表情が、まるで鏡でも見ているかのようにそっくりだった。これは、噂に聞くへし切長谷部に違いないと思ったその時、あろうことか、片方の長谷部がもう片方の長谷部の唇を舐めた。
審神者はびっくりして思わず隣の席の短刀の目を塞いだが、まったく間に合わなかった上に隙間から全て見えていた。
一瞬遅れて接吻だと気付いた時には今度はもう片方の長谷部が相手の唇を舐めていた。
緊張して身じろぎできずにいる審神者に長谷部は二振り同時に振り向いて、同じようにうっすらと儚く笑った。
審神者は夜中に狐火に会ったかのように背筋が凍り悲鳴を洩らしたが、次の瞬間には二振りは何事もなかったかのように去っていた。
隣で、――化かされましたね、主君。と聞こえた声は自分の短刀だっただろうか。
いつもの演練の帰り道、一緒に来ていたもう一振りの機嫌が悪い。
「――おい、待て、一つの。もう少しゆっくり歩け」
先を行く一つ――こと一振り目のへし切長谷部はすぐさま立ち止まると、不機嫌に歪めた眉根を寄せ睨みつけてくる。
「――――何なんださっきのは」
先程の茶屋での口付けの事を言っているらしい。表情の割に声はそんなに怒っていない。
「何だとは――?」
長谷部はすっとぼけて言った。
「分かっているだろう。先程の茶屋での口吸いの事だ」
表情を崩さず一振り目が言う。
「ああする事で噂が広がりやすくなる。その方が有利だろう」
「主の元へ悪い噂が舞い込んだらどうするんだ」
「大丈夫だろう。あの主がそんな事を気にする筈がないし、本丸の護りは完璧だろう?」
「俺はもしもの事を言っているんだがなぁ?」
一振り目の言う事も一理ある。だがああする事は主の望んだ事でもあるだろう。それに、
「今更そんな事を気にしてもしょうがないと思うがなぁ? 演練場周辺ではとっくに俺たちがデキていると噂になっているしなぁ?」
「だが、あんな露骨な事をしていては噂が確定してしまうぞ」
確かにそれは良くないかもしれない。噂が噂たるには真偽不明が一番望ましい。
「……悪かった」
素直に謝っておく。
「……別に怒っている訳じゃない」
そうすると一振り目は眉間の皺を解いて赦してくれる。
「一つの、早く本丸へ帰ろう。早く二振り切になりたい」
そう言うと一振り目はイヤイヤと首を振り、フーーっと息を吐いた。
「その前に努めを果たしてからだ」
ああ、それは言われるまでもない。
――噂の蒐集をしているへし切長谷部の話。