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    どろろん

    @dororon15

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    どろろん

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    唐突な学パロ(現パロ?)
    色々荒くて緩いし続かない

     ゼルダを狙い、追突してきた車からゼルダを護ったリンクは一月の昏倒の後、全ての記憶を失ってしまった。
     この事故により、同学年の学生だったが、SPとして常にゼルダに付き従っていたリンクは記憶障害により休職扱いとなっていた。ただの学生として復学したリンクはもうゼルダを護る必要はなくなっていた。クラスメートと仲良く喋り、はしゃぎ、あっという間に友人の輪を広げていった。
     以前の無口で真面目なリンクの姿は跡形もなく消えていた。勉強はすっかり出来なくなっていたが、本人は特に気にせず補講を面倒くさがって平気でサボりもする。愛車のバイクに跨って、ふらりと旅へ出て学校を何日も休んでしまうこともある。以前のリンクでは考えられない放蕩さだった。
     ゼルダはリンクの変わりように戸惑い、あっという間に人の輪に囲まれる様子に必要以上に声をかけることが出来なくなってしまった。そうすればあっさりと距離が出来、その隔たりは日付を経るごとに遠くなるばかりだった。
     以前は顔を見れば必ず目が合った。その視線が煩わしく、恐ろしいと思っていたのももう随分と前のことになる。いつも見守ってもらえていることが当たり前になりすぎていたのだ。

    「ゼルダ!」
     名前を呼び捨てにされるとドキリとする。以前のリンクはゼルダ様、と仰々しい敬称を必ずつけていた。
    「リンク」
     呼び止められたのが嬉しかった。挨拶以外で話すのは何日ぶりのことだっただろう。
    「これ、あげる」
     手渡されたのは貝殻だった。手のひらに収まる綺麗な形を保った白い巻貝。内側が玉虫色に輝いている。
    「昨日、綺麗だったから」
    「おーい、リンク!」
     クラスメートに声をかけられたリンクはあっさりとゼルダに手を振って去って行ってしまったのでゼルダは礼も言えずにその背を見送ってしまった。

     家のインターフォンが鳴り、リンクは扉を開く。
    「いらっしゃい、ゼルダ」
    「突然お邪魔してしまってごめんなさい」
     部屋に案内されてゼルダはきょろきょろと落ち着きなく目を泳がせてしまう。以前は殺風景に整頓されていたが、今はあちらこちらに今日の貝殻のようにリンクが気に入って持ち帰ったのだろう自然物や不思議な置物が増えていた。
    「どうしたの?」
    「あ、ええと……お見舞いに」
     咄嗟に出た返答にリンクが目を丸くしたのでゼルダは気まずく俯く。貝殻を貰ったのが嬉しくて、浮かれていたのだろうか。いても立ってもいられず、足がリンクの家へと向かってしまった。マンションのロビーで部屋番号を呼び出した時は驚かれた気がする。退院して一時ゼルダの家での預かりを終え、一人暮らしをするようになって一月以上が経っているのだ。今更お見舞いなんておかしな話だった。本当は何度か訪ねたことがある。最初の頃は本当に一人の生活が心配だったのだ。しかし、いつもタイミングが悪く、リンクはどこかに出かけていて会えた試しがなかった。
    「夕食作りに来てくれたの?」
     ああ、と合点がいったように訊ねたリンクの生活は周囲の人々に支えられていた。ゼルダの家で居候をしている間に家事を教え込まれ、今でも心配したパーヤやミファーが時折立ち寄っては家事を手伝っていた。
    「ごめんなさい、私、料理は……」
    「料理出来ないの?」
     記憶が無くなり、退院してから二月近く。一人で暮らしているリンクはその短期間で見事に家事をこなしていた。ゼルダはリンクにそんな気などないと分かっていながら、自身の不足を責められるような感覚で恥じてますます俯いてしまった。
     生活面ではゼルダは役に立てなかったので、勉強を教えていたのだが、リンクにとっては楽しいことではなかっただろう。面倒ごとに当然いい顔はされない。すぐに飽きてしまうリンクに強要することも出来ずに最近は声をかけることにも戸惑いがあった。記憶のなくなったリンクは以前のように一歩引き、ゼルダに優しく忖度するような真似はしない。平気で嫌な顔をし、否定されることもある。今の方が同級生として正しい関係なのだと分かっていても、どうしても戸惑い、萎縮してしまう心があった。
    「……あの、お菓子を持ってきました」
     貝殻の御礼というにはあまりに仰々しい。けれど何かを返したかった、というよりはきっかけにしたかったのだろう。遠ざかっていくばかりのリンクを引き止めるきっかけが欲しくて近くの有名店で焼き菓子を買ってきていた。以前、リンクに教えてもらった店だったが、今のリンクは覚えていないだろう。
    「やった。夕飯作るから食べていきなよ。その後に一緒に食べよう」
    「いいんですか?」
     思ってもみなかった誘いに一気に舞い上がる心があった。ゼルダは友人と食事をとる、と家に連絡を入れ、申し訳なく思いながら、返事を待たずに携帯電話の電源を切ってしまう。駄目だと返されてしまったら、帰らなくてはならなくなってしまう。
    「ゼルダも一緒に作ろう。教えてあげる」
    「はい!」
     初めての誘いだった。以前リンクの家に行ってみたい、と我儘を言ってお邪魔した時は終始お客様扱いで座らされ、もてなされるばかりだった。思いがけない誘いが嬉しく、リンクの後ろについていく。

     リンクのエプロンを貸してもらい、手を洗うとゼルダはリンクの指導で初めて調理実習以外で包丁を握った。ゼルダの辿々しい手つきの隣でリンクはするすると数倍の速さで根菜の皮を剥き、切ってしまった。それらをレンジで温めて、大量の肉をフライパンで炒める。他にもこんもりと野菜を入れるので、かき混ぜさせてもらったゼルダは重さに驚いた。リンクの味付けを見守り、教えてもらった調味料についてゼルダは丁寧にメモを取る。量は適当な目分量で、都度味を確かめていく方式なのには再現出来るのか心配になってしまった。そうして短時間で大量の野菜炒めが出来上がっていた。丁度リンクがゼルダの訪問前に炊いていた米も出来上がる。大皿に盛られた野菜炒めとご飯を用意してもらい、二人で手を合わせる頃にはゼルダの緊張はすっかりほどけ、笑顔を浮かべていた。
    「美味しいです、リンク。リンクの生活を心配していましたが、野菜もたくさんとっていて良かったです」
     昔からゼルダより余程生活の心配のない人なのだ。相変わらずの健啖家ぶりにも安心させられる。自分も料理の勉強を始めよう、とゼルダは心に決める。ローテーブルに向かい合い、床に座って食事をする気安さがなんだか楽しくてたまらなかった。
    「うん。ミファーやパーヤもよく来てくれるし、問題はないよ」
    「そうですか……」
     寂しさを感じるのはお門違いなのだ。普段から屋敷で働く多くの人の手を借りて生活を送っているゼルダは同年代の少年少女と比べて出来ないことだらけだった。今まで自覚もなかったのが恥ずかしい。
    「ゼルダには、オレが料理教えてあげる。だから、もっとうちに来なよ」
    「は、はい!」
     思いがけない誘いに返事が力んでしまってゼルダは頬を赤く染めた。
    「勉強も教えて。最近、教えてくれなくなったね」
    「それは……リンクが嫌がっているように見えたので……」
     最初のうちはリンクが少しでも困らないように諭しながら勉強をさせていたものの、すぐに投げ出して逃げ出してしまうことまであったのだ。復学してからは教師による補講も始まり、父が家庭教師も手配していた筈で、勉強漬けで苦しい生活の中でゼルダまで声をかけるのは煩わしいだろうと遠慮してしまった。
    「勉強は嫌だけど、教えてくれるのはゼルダがいい」
    「もう逃げませんか?」
    「ちゃんと追いかけて。前は追いかけてくれてたのに」
    「まあ」
     まるで鬼ごっこを楽しんでいたような口ぶりにゼルダは驚く。理性的で、常識的だった無口な以前のリンクとは似ても似つかない奔放さだった。
    「昨日は海に行ってきたんですか?」
    「うん。バイクで適当に走ってたら、着いてた。貝殻、気に入ってくれた?」
    「はい、とっても」
     ゼルダは鞄の中からポーチを取り出す。その中からハンカチで大事に包んだ貝殻をテーブルに置いた。
    「それが一番綺麗だったから、ゼルダにあげたかったんだ」
    「嬉しいです。ありがとう、リンク……」
     記憶が無くなって、まるで別人になったというのに今のリンクにも驚くような優しさがある。以前のリンクなら絶対にこんなことは言わなかった。耳まで熱くなっていくのを感じて、ゼルダはどうしていいか分からずに貝殻を撫でるふりをして顔を伏せる。
    「あ……そういえば、リンク。知っていますか。こういう巻き貝は、耳に当てると波の音が聞こえるそうですよ」
     その原理は知らなかった。帰ったら調べてみよう、と考えてゼルダは貝殻を耳に当てる。確かに波の音がして、この音のある風景に昨日リンクがいたのだと思いを馳せることが出来た。
    「聴こえる?」
    「はい、波の音がします」
    「オレにも聴かせて」
     自然にゼルダの隣に寄ってきたリンクの腕がくっつけられ、肩を掴まれて耳を寄せられる。ゼルダは返事も出来ずにヒュッと喉が潰れるような驚きに心臓が口から飛び出してしまいそうになる。
    「聴こえない」
     ゼルダの耳に巻貝の穴を当てているのだ。不思議そうに反対側から貝に耳を押し当てたリンクの顔が近すぎて、熱が伝わってくるのに緊張し切ったゼルダはすっかり固まってしまっていた。
    「……り、りんく……」
     近すぎるので、離れてください。そう言いたかったのに、ようやく振り絞った声は名前しか呼べなかった。名前を呼ばれ、ゼルダへ視線を向けたリンクが貝から離れ、ゼルダを覗き込む。顔を真っ赤に染め上げ、今にも泣きそうなほどどこか不安げに瞳を潤ませたゼルダの表情に驚いたリンクは目が釘付けになり、次の瞬間には肩を引き寄せ、口付けていた。

     何をされているのか、ゼルダは判断出来なかった。
     鼻が当たるほど近すぎる顔に驚きのまま息を吸い込んで止める。湿った唇が重なっている。今まで一緒に作った野菜炒めを食べていたのだ。その香りの中にリンクの匂いが微かに混じっている気がする。

     ゼルダが目を瞠り、塞がれた視界に目を白黒させていると、リンクの唇が動き、ゼルダの唇を食むような動きをして、角度を変えて何度も押しつけられる。
    「きゃ……」
     ぞわ、と背中を駆け上がるものがあった。
     キスをしている。ようやく気付いてゼルダはリンクを押し返そうとしたのにますます抱かれた肩を引き寄せられ、顔を押し付けられる。貝を握った手でリンクの頬を押しやり、なんとか合わさった唇をずらす。
    「いやっ……!」
     腕の中から抜け出し、ゼルダは貝を投げ出して唇を守るように押さえた。
    「嫌だった?」
     ゼルダを追うように床に手をついてゼルダに覆いかぶさり、見下ろしながらリンクはしゅんと悲しそうに表情を曇らせる。ゼルダは動揺と混乱に何度も目を瞬かせた。
    「ど、どうしてっ……こんなこと、したんですか……」
     唇が震えてしまう。初めてのキスだった。今更自覚して、心臓が痛いほど胸を叩く。
    「したかったから」
    「理由になっていません!」
     ゼルダが思わず怒鳴ると不思議そうな顔をしたリンクが首を傾げる。その様子に、本当にリンクには理由がないのだと思い当たってしまう。なんとなく、したかったからしてしまったのだろう。性欲の発露みたいなものかもしれない。自身の下した理性的な判断にゼルダはショックを受け、涙が滲んでしまった。
    「キスは……好きな人としか、してはいけないことなんです……」
     愛し合った恋人同士がする、大切な行為だ。特に初めては、とてもとても重要で、大事なことの筈だった。
    「じゃあ、好き」
     軽薄に吐かれた言葉にゼルダは酷い落胆と共に涙を零してしまった。リンクはゼルダの涙にぎょっと目を見開き、胸を押しやられるままにゼルダの上からしりぞく。
    「泣かないで。ごめん。そんなに嫌だった?」
     ゼルダが瞳を荒く擦る様子を心配してリンクはその腕を取る。嫌がられるが、細くて白いその腕の抵抗はリンクにとって大した障害にはならなかった。
    「好きだよ、ゼルダ」
     慰めるために口にしたその言葉を聞き、ゼルダはリンクの頬を空いた手で叩いてしまった。その顔で、そんな浅はかな口先だけの言葉を吐かないでほしかった。
    「……帰ります。腕を離してください」
     立ち上がったゼルダに腕を振り払われ、急に冷え冷えとした声を投げかけられ、従わざるを得ない圧力を感じてリンクは腕を離す。
    「待って。送るよ」
     足早に玄関に出て、靴を履いて出て行ってしまったゼルダを追ってリンクは再びその腕を掴む。振り向いてくれもせず、抜こうと暴れられるが、今度は離さなかった。床に小さな水滴が散るのに顔を押さえ、俯いて言葉を発してくれないゼルダが泣いている様子に血の気が下がり、胸がざわめいてたまらない。
    「危ないから。ね。送らせて。ごめんね。変なことした」
    「いりません。離してっ……!」
    「ごめん。やだ」
     本当はこのまま帰したくなかった。このまま離れるのはなんだか怖い。腕を掴んだまま、足早に去ろうとするゼルダの背中についていく。エレベーターに乗って、マンションを出てしまったゼルダの後をひたすら追い続ける。
    「オレのこと、嫌いになった?」
    「きらい、きらいです。リンクなんて、きらいっ……」
    「ごめん。嫌わないで。オレは好き」
     涙声が可哀想でたまらなかった。軽くパニックになったリンクはどうにか泣き止んで欲しくて声をかけ続ける。
    「嘘つき! 付いて来ないでください!」
     嘘なんてついていない。どうしてゼルダがそんなことを言うのかさっぱり分からなかった。でも、きっとそれだけ嫌なことをしてしまったのだろう、と思うとリンクの心もずんと重くなる。
     リンクはゼルダに触れたいと思って、顔を合わせて、気持ちよくて、嬉しくて、とても幸せな気持ちになったのだ。もっと触れ合いたい、と願ったくらいなのにゼルダはきっと正反対の感想を抱いてしまったのだ。

     入院中は毎日ずっと付き添ってくれていたのに、段々と離れていってしまった。今じゃ挨拶以外はリンクから話しかけないとゼルダから近寄ってきてくれさえもしない。記憶を無くしたリンクは前の自分とは随分と変わってしまったらしいので、きっと今の自分はゼルダのお気に召さないのだ。そう思っていたところに、ゼルダが訪ねてきてくれて嬉しかったのだ。ゼルダの様子も楽しそうで、笑顔が可愛くて、もっと近づきたかっただけなのに嫌われてしまった。

    「泣かないでよ。そんなに前のオレの方がいい?」
     ゼルダの抵抗が止まる。図星をついたのだ、と思えば面白くない。
    「前のオレ相手だったら、嫌わなかったくせに」
    「以前の貴方はこんなことしません!」
    「何で?」
    「何でって……」
     ああ、本当に理解していないのだ。このリンクは本当に無知で、純真無垢なのだと気付けばゼルダは意地を張って抵抗するのも虚しくなってくる。
     犬が寄せる愛情表現のようなものでしかないのだろう。
     もともと記憶を無くしたリンクは距離が近かった。リハビリを手伝っていたのもある。甘えるように身を寄せられるのに面食らっていたが、なんだかドキドキして、そこまで悪い気もしなかったので多少の触れ合いを許してきたこれまでがあった。キスもその延長でしかないのだろう。特別な意味など持たないのだ。身を挺して護ってもらっておいて、記憶を無くしたリンクの無知故の多少の粗相に腹を立てるのは筋違いなのではないだろうか、と考えればゼルダは涙を拭って足を止めた。

    「……唇と、唇を触れ合ったり、過度な接触は、男女の仲でしか許されないことです」
    「オレとゼルダは男女の仲だよ」
     何と説明したらいいのだろう。ゼルダは戸惑いながら言葉を重ねる。
    「男女の仲とは、愛し合う恋人という意味で……告白して、特別な仲になった、夫婦の前段階のことです。私とリンクはそんな仲ではないので、本来キスをしてはいけません」
    「なら、ゼルダと恋人になる」
    「互いの承認がいります。一方的ではなれません」
    「恋人になろう、ゼルダ」
     あまりに簡単に言い寄ってくる様子にゼルダはムッとする気持ちをどうしても抑え込めなかった。
    「恋人とは、愛し合った者たちが結ばれることを指します。貴方は私を愛していません」
    「愛してるよ、ゼルダ。オレのことも愛して。恋人になろう。そうしたら、キスしていいんだよね? 嫌われもしないんだよね」
     ゼルダはリンクの軽薄ぶりに眩暈がしてくるようだった。幼児のようなものだ。経験がないので人としての厚みがない。したいしたいとそればかり、自身の欲求にひたすら素直なのだ。
    「……まさか貴方、ミファーやパーヤにも同じようなことをしているのですか?」
     ゼルダはふと思い当たり、血の気が引いてしまった。教育と管理が行き届いていなかったのだ。記憶を無くして以来、人懐っこさと見目の良さからリンクは男女共に人気者になっていた。少々羽目を外し過ぎる乱暴さが目についたが、元々優しい性格をしている。女性と距離を詰めるのは早いだろう。そのまま誰彼構わず、女性に手を出していたら大問題だ。
    「ゼルダだけだよ。こっち向いて、ゼルダ。好きだよ。愛してる。恋人になって。キスして」
     ゼルダだけ、と言われてひとまずの安心があったが、覚えたての単語を並べられている気分になって、ゼルダは肩を落とす。
    「もういいです。帰ります。送ってください」
    「やだ」
     先程までは送る、と言っていたのに。ゼルダはため息を吐いて、合図のように握られた腕を揺する。
    「なら離してください」
    「やだ」
     一人で帰ろうと思えばそれさえも拒否されてしまう。
    「リンク」
    「好きだよ、ゼルダ」
    「しつこいですよ」
    「愛してる」
     言っていることがあまりにも荒唐無稽だった。いい加減人目も気になってくる。マンションのすぐ近くで騒いでしまった。
    「帰らせてください、リンク……」
     精神的な疲労を感じ、ゼルダはぐす、と鼻を啜ってリンクに掴まれたままの腕を引く。
    「やだ。オレのこと、好きになってくれないとだめ」
     嫌われたまま帰すなんて絶対に嫌だった。後ろからぎゅう、と抱きしめられてゼルダは腕を外そうともがくのにびくともしない。こんな往来で、誰に見られているとも限らない。
    「リンク、こういうことも駄目です。外では駄目。人に見られます。離してください」
    「オレの部屋に戻ろう。もっとゼルダと一緒にいたい。帰らないで。恋人になって、ずっと一緒にいて」
    「あ、きゃ、リンク、ちょっと、駄目ですってば……!」
     ぎゅう、と後ろから抱きしめられたまま、鞄ごと宙に浮かされてマンションに連れ戻されてしまう。まるで人攫いそのものだ。監視カメラに映った映像を想像して、ゼルダは青褪めた。再び戻ってきたマンションの一室で、抱き上げられ続け、靴を履いたまま部屋に連れ戻されてしまったゼルダはベッドに下ろされる。
    「泣かせてごめんね」
     室内の明るい照明に照らされれば、ゼルダの赤くなった目元が未だに濡れているのがよく分かった。タオルを濡らしてゼルダの顔を優しく拭うリンクにじっと見つめられ、近過ぎる距離にゼルダは顔を引く。
    「キスしたい。だめ?」
    「駄目です」
    「好き」
    「駄目です。ねえリンク。そんなに軽々しく言ってはいけない言葉なんですよ。心から愛するたった一人のために伝える大切な言葉なんです」
    「ゼルダにしか言わない」
    「ついさっき知ったばかりでしょう……」
     ゼルダはずっと、心に秘めてきたのだ。自身の軽はずみな行動のせいで暴漢に襲われたところをリンクに助けられて以来、ずっとリンクが好きだった。伝えることも出来ないままゼルダを狙った車からゼルダを庇って事故に遭い、記憶を無くしてしまった。リンクから確かに欲しかった言葉だったが、こんな形ではなかった。
    「そうだけど、知らなかっただけ。オレの心にはずっとあったよ。ゼルダと一緒にいられなくなってどうしようって思ってた。もう護衛はしなくていいって言われて、ゼルダが離れていった。一緒にいたいのに、どうしたらいいの?」
     初めて聞いたリンクの内心にゼルダは驚く。そんなことを考えていたなんて知らなかったのだ。
    「今日、来てくれて嬉しかった。もっと一緒にいたい。オレ、ずっとゼルダのこと考えてるよ」
     人に囲まれたリンクはもうゼルダのことなど眼中に入らなくなってしまったのだと思っていた。だからこそ、貝殻を貰った時は本当は飛び跳ねそうになるくらい嬉しくなってしまったのだ。舞い上がって、お菓子を買って口実を作って、そのまま約束もなしにリンクを訪ねてしまった。
     どうしても、会いたかったのだ。
     ゼルダだって、リンクと一緒にいたかった。

    「ゼルダとずっと一緒にいたい。キスだってしたい。抱きしめたい。お願い、ゼルダ……オレと恋人になって」
     今度は断られなかった。耳まで真っ赤になってしまったゼルダが瞳を潤ませて唇を引き縛り、俯いてすっかり黙り込んでしまったからだ。
    「可愛い」
     心の底から浮かび上がった言葉をリンクは口に出しているだけなのだ。何故かびくりとゼルダが体を震わせ、体を強張らせるので宥めるように頭を撫で、熱くなってしまった頬を撫で下ろす。
    「ゼルダは可愛いね」
     林檎のように美味しそうに熟れて、食べてしまいたい。きっとそれも、恋人にならないと許されないので、リンクは我慢してねだるようにゼルダの肩を撫でさすり、長くて艶やかな髪を摘んで手慰みに指先で弄ぶ。
    「恋人になって、ゼルダ」
     すっかり黙り込んだゼルダはやはり答えてくれない。
     可愛いゼルダの頭を撫でて、髪を梳く。恋人でない場合、どこまで許されるのか確かめる意味合いもあった。温かくて柔らかいゼルダの体を触っていると、噛み付きたくなって口内に涎が溜まるのが不思議だった。だからキスがしたくなって、我慢出来ずにしてしまったのだ。もう一度ゼルダの唇に触れたい。柔らかくて、温かくて、顔がくっついただけなのに極上の心地よさに胸がドキドキしてたまらなかった。
     やっぱりもう一度したい。今日中に。今すぐに。
     早く許しをもらいたくて全身がうずうずしてたまらない。

    「うんって言うまで帰さない」 

     やっぱりゼルダは答えてくれない。
     リンクは仕方なく、ゆるゆるとゼルダの両肩をさすって、柔らかな二の腕の温かみに触れてじっとゼルダの顔を見下ろす。我慢がならないが、暇を潰すのは得意だった。焚き火を見ているよりよほど楽しく時間が過ぎていくことだろう。
     送り狼にもなれない辛抱のなさでいて、耐久勝負には自信がある。しかしゼルダとて、そんじょそこらの頑固さではないことを今のリンクはまだ知る由もなかったのだった。
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