100回しても帰れない「じゃあ、交代で10回ずつやりましょう」
それは夏目を送る帰り道のことだった。全く不意の出来事で異空間に迷い込んだ。何にもない真っ白な四面に囲まれて、ドアの上にはカウンターらしきアナログの掲示板と『ここは100回キスしないと出られない部屋です』という横断幕。それを交互に眺めてドアノブを捻る。ポーン、と何処かからアナウンスの音が横断幕と同じ言葉を繰り返す。腕組みをする名取の後ろで夏目はあっさりとそう言い放った。
「え?交代でって…」
「100回なんて直ぐですよ!だって名取さんは慣れてるでしょう?」
「あぁ…いや、うん…うん…そうかな」
確かに慣れているといえば慣れている。つい先日の映画で、ヒロインの手の甲に口付けしたのは夏目にも見られている。きっとその他のドラマでも名取のキスシーンは目に入っているんだろう。けれど、恋人から『慣れてるでしょう』と言い切られるのは微妙だ。キスぐらい屁でもないというぐらいに『さぁやりましょう!』と構えられるのも酷く微妙だ。
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