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    haruichiaporo

    @haruichiaporo

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    haruichiaporo

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    なとりさん熱が再燃したので再編中です

    春の便り「もう桜が咲いてるんですか?」
    「あぁ、早咲きの桜だよ。見たことないかい?」
    「考えたことないです。桜は三月、って思ってたので」
    「はは、私も夏目ぐらいの頃はそうだったな。詳しくなったのは役作りの為でね」
    「あぁ、何でしたっけ?花咲き・・・」
    「そうそう、緑の指を持つ花屋の話ね」
    「塔子さんがよく見てましたよ」
    「ありがたいねぇ、また花束を贈ろうかな」
     まだ肌寒さの残る2月、夏目は名取にドライブに誘われて出かけていた。なんでも妖が集まる花祭りがあるとかで、斑も猫の姿で当然の様に付いて来ていた。
    「花見に酒はつきものだからな!」
    「また先生は……飲みすぎだろ」
    「はは、確かにお酒も楽しみだねぇ。夏目も早く大人になるといいよ」
    「そうだそうだ、小童めが!」
     いつもなら斑に味方はいないのだが、今日は名取も浮かれ気分で夏目には少し分が悪かった。その機嫌のいい横顔に、本当に今日は行楽気分なのだと分かる。名取の式もいない。多分宿に付けば斑も妖の集まる場所へ出かけてしまうんだろう。本当に二人きりなんだ、と思うと夏目は耳の辺りが熱を帯びるのを感じて、少し窓を開けるともう冷たさを忘れた生ぬるい風が吹きこんできた。
    「春の匂いがするねぇ」
     名取の声に振り返ると、飴が溶けるような緩んだ瞳が夏目を見つめていた。
    「夏目には、春が似合うね」
     そんな風に笑う瞳に、胸がそわそわする様になったのはいつからだろう。

     海沿いの田舎町に着き、案内の看板通りに進むとまだ蕾も見えない桜並木が続いた。
    「本当に咲いてるんですか?」
    「疑り深いなぁ、あぁほら、見えて来たよ」
     緩急のある山道の先を見ると、シンボルタワーらしい建造物が見えた。それでもまだ名取が言う桜が咲いている様子は見えない。お昼時も過ぎ、斑が後ろで塔子に持たされたおにぎりを食べ尽してぐうぐうと高鼾をかきはじめている。
    「あ」
    「ね、咲いているだろ?」
     小高い丘になったその頂上に、桃色のもやがかかる様にその桜は咲いていた。普段見る桜より桃色に近い。近くで見れば確かに桜だけれど、知らなければ桜にしては早すぎると通り過ぎてしまうかもしれない。
     駐車場に車を停めると空いたドアから吹き込んできた花の香りに斑は目を覚まし、酒の匂いがする!と飛び出して行ってしまった。本当にネコちゃんは花より酒だねぇと名取が笑い、面目なさそうに夏目は唇と尖らせた。春めいた日差しがシンボルタワーの先端で回る風見鶏に反射してチカチカと目に刺さる。展望台に登るとその先には海が広がっていて、遠くにどこかの島々も見える。
    「ここが鞍馬岳、ここが龍王岳だって。今日は遠くまでよく見えるね、運がよかった」
     海の向こうに見える島の名前が書かれた案内板を指さして名取が繰り返す。初めて聞く名前は呪文みたいだ。暫く二人で難しい顔をしながら案内板と眼前の景色を見比べて、海から吹き上げる風に潮の匂いを感じた。
    「寒くないかい?風が強いから降りて散策しようか」
    「大丈夫ですよ、オレ、結構高いところ好きで」
     そう言った夏目に、名取は自分のストールを外してくるりと首に巻いた。
    「用心しないとね、夏目は大事な預かりものだから」
     ストールに添えられた名取の指が、するっと夏目の頬を撫でる。出がけに塔子にも「大事にお預かりします」と言っていた。名取にとって自分はまだまだ子供なんだな、と思いながら夏目は首に巻かれたそれで口元を隠す。名取の首元から外されたそれは名取の匂いがして、胸の芯にぎゅうと沁みた。


     宿に着くと、名取は早速浴衣に着替えて胡坐を掻いて座った。名取と出かけるのは何度目かになるけれど、その度に名取の慣れた振る舞いにどきりとする。夏目はいつも名取に世話を焼かれるばかりで、出かける前はあれをしようこれをしようと思ったりもするが結局はいつも名取に先回りされてしまうのが常だった。
    「お茶、飲むよね?お茶請けもあるよ」
    「あぁ、ありがとうございます」
     今日は桜茶が準備されていた。少し塩味のするお茶が口の中で桜の香りを広がらせる。
    「うーん。まだ食事まで時間があるな、どうする?先にお風呂行ってくるかい?」
    「あ、そうですね。名取さんは、どうしますか?」
    「私は少しだけ横になるよ。食事の時間になったら起こしてくれるかい?」
    「分かりました、じゃあオレは先に……あ、」
     夏目は窓の外を舞うそれに目を奪われた。それは時季には早すぎる蝶で、遠い記憶を呼び起こした。
    「名取さん、見たことあります?桃色の……鱗粉?を落としながら飛ぶ蝶がいて」
     既に横になっていた名取は、自分の記憶にもあるその蝶の姿を思い浮かべて頷いた。
    「オレ図書館で花咲か爺さんの話を見た時、あぁ、これを見た人が書いたのかなって思ったんですよね。桃色の蝶なんて図鑑を見ても載ってないし、この時季にだけ見かけるんです。あの蝶が飛ぶと、花が咲く気がしていて」
     嬉しそうに話す夏目の姿を見て、きっと初めてそれを話すのだろうと名取も目を細めた。それに応えて夏目も口元を緩めて、また窓の外に視線を移す。
    「夏目?」
     呼ばれて振り返ると、手招きをする名取の頭元に腰を下ろした。畳に着いた手に、名取の手が見計らうように重なる。
    「やっぱり心配だから、後で一緒に行こう?お風呂」
    「え、大丈夫ですよ。オレ一人でも、」
    「駄目だ、夏目のそんな顔見たら」
     名取が片肘を着いて体を起こし、夏目の頬に左手を添えた。目元を掠めるように撫でる指先に、つられて夏目は片目を閉じる。
    「妖じゃなくても、夏目に寄って来たくなるかもしれないよ」
    「そんなことある訳ないでしょう。男ですよ、俺」
     ぶっきらぼうな反論に名取はクスっと笑い、ごろんと横向きに寝返りを打つ。
    「いいから、ここに居て」
     囁く声にはもう反論は無い。斑がいても名取は平気で夏目に触れて来るけれど、この触れ方は今までと少し違う。名取の何が変わったのか、自分の何が変わったのか、夏目にはまだ分からない。

     暫くすると、規則正しい寝息が聞こえ始めた。きっと忙しい合間で誘ってくれたのだろう、良く見ると薄ら目の下に隈も見える。
    「……無理しないでくださいね」
    夏目は押入れの中から毛布を一枚取り出し、名取の体をそっと包んだ。外で会うとキラキラと光るような名取の髪は、部屋の中で見ると穏やかな枯茶色になる。隣に寝そべって、普段見つめることの少ないその造形を辿る。気ままに跳ねた毛先も、長めの前髪に隠れがちな茜色の瞳。芸能人らしく手入れされた眉、男性にしては長い睫毛。くっきりと瞼に刻まれた二重の皺、少しだけ緩んだ桜茶の色を思わせる唇。太い首筋、そこに主張する喉仏、しなやかな肩に続く鎖骨と胸元に覗く厚い胸板。ぐっと膨らんだ前腕に繋がる大きな手は、いつも指先まで手入れされていて爪の先までささくれの一つもない。
     だらりと伸ばされた腕を、目新しい物に触るかのように指先で触れる。仮眠にしては深く眠ってしまった様子の名取はそのいたずらに気付く様子もなく夏目は掌に音もなく口付けた。唇で感じた名取の皮膚の感触は思いがけず生々しくて、思わず開きかけた瞼をもう一度閉じ、離れ掛けた唇をもう一度ぎゅ、と押し付ける。
     ゆっくりと離れて名取の腕を見つめると、ヤモリの痣がしゅるりと手首の辺りを走って、俺は見てたぞ、と言わんばかりにゆらゆらと尻尾を振った。
    「……内緒だぞ」
     言葉が通じる訳もないのにヤモリに口止めをして、夏目はまだ唇に残る名取の感触に急に恥ずかしくなって名取の傍を離れた。窓から見える緑はまだ春の色には遠いけれど、上がった気温が緑の芽を膨らませるのも程遠くないだろう。
     春の暖かさはいつもあっという間に過ぎて、新緑に満ちた頃にはすぐに夏がやって来る。夏が苦手な夏目には今の季節が丁度いいのを名取は知っていたんだろうか。そんなこと話したことは無いけれど、二人が出逢ってから何度目かの春だ。『春が似合う』と言うからにはこの季節を心地よく思っていることはきっと知っているんだろう。桃色の蝶の鱗粉は、夏目の心にも春を連れて来たのだろうか。そう思うぐらいには、胸の中が温かく心地良いのだ。

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