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    yo_lu26

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    展示①フロジェイ死ネタwebオンリー『フローライトジェミニ』2023年02月26日 00:00 〜 23:50
    謎時空王国パロです。フロジェイ。
    臣下🦈×王様🐬 ※死ネタ

    #フロジェイ
    frojay

    「真心を込めた死を貴方に」 「王!」
     そう呼びかけられて、ジェイドは物憂げにそちらに視線を送る。ジェイドは最早、そう呼ばれることに心底うんざりしていた。臣下にバレないようにため息をかみ殺し、もたらされる報告に嫌々耳を傾けた。誰か、この退屈を殺してくれないだろうか。そんなことを考えながら、ジェイドは虚しい王座に座り続けていた。
     もともと、ジェイドは妾の子だった。先代の王と身分の低い使用人の間に生まれた彼は「王族」という枠組みの中から除外され、永らく不遇の扱いを受けていたが、王様が死に正妻が死に、その子供も死に王弟も死に、数々の死の上でジェイドが王に担ぎ上げられることとなったのだ。王宮にジェイドが戻る前、貧しい暮らしをしていたころ、産みの親は幼いジェイドに「貴女のお父さんはこの国の王様なのよ」とことあるごとに、それはもうしつこいくらいに語ってきかせた。しかし、その頃の母親は心身の調子が悪く、しょっちゅう泣きながら呻き声をあげ、まともに話せないことも多かったので、周囲の大人が言うように「気の触れた女の戯言」なのだと思ってジェイドは聞き流していた。ジェイドが10歳のときに、母が流行病であっけなく死に、もらわれていった先の家で最低限の衣食住だけを与えられ、彼はそれから6年間奴隷のように働かされた。床に這いつくばって掃除をしているところにお城からの使いがやってきて「貴方を王宮に迎えます」と言われたときに、亡き母の言葉が真実だったのだと初めて知った。
     そこからは生活が一変した。彼を取り巻く全てのものが、今までの生活からは考えられないくらい豪華で上等なものに置き換わった。周りの人間も一新した。王宮には、一日中床に伏せって意味の分からない 譫言うわごとを垂れ流しつづける産みの親もいなければ、気に入らないことがあればジェイドを足蹴にし、痩せた手がぼろぼろになって血が出るまでこき使ってくる養い親もいなかった。代わりに、様々な利害関係が複雑に交差する王宮の、腹の底の読めない人間達に囲まれることになった。
     王族として育てられてこなかったジェイドには治世を行うための素養も教養もない。当然ながら文字も読めない。あらゆる物事を知らない。しかし臣下達は、ジェイドに学ぶことを求めなかった。長らくジェイドは、ただただ、そこに存在して息をするだけの王だった。彼は身分の低い女の胎の中から生まれ落ち、貧しく苦しい環境の中で育てられたにも関わらず、どこか凛とした気品があった。眉目秀麗で、国宝の宝飾品で着飾って立たせておけば、十分に見栄えのする王だった。若く美しく、政治に口を出さない、というよりも出せない王は都合がよかったのだろう。彼は王座を人肌で温めるだけの飾りだった。
     世継ぎを、と望まれて高貴な家柄の美姫達がかわるがわる彼の寝所を訪れたが、彼は一人でなければ眠れない性質であったため、誰が訪れても触れもせず適当に金をやって暇を出してしまった。しばらくすると周囲の 老獪ろうかいな重鎮達も諦めて、自分たちにとって都合の良い家柄の子供を養子として王宮に入れれればいいという考えに変わったらしく、女をあてがってくることはなくなった。
     名ばかりのジェイドの治世から3年が経った。ジェイドは19歳になっていた。今日もジェイドは貴族のサロンの中で最も位の高いものが座る、一段高くなったごてごてと飾りのついた席に座り、誰とも話さず、おし黙ったままこの無意味でつまらない時間が終わるのを待っていた。この3年間、ジェイドがしてきたのはひたすら時間を食らっては飲み込むことだけだった。臣下たちは我が物顔で好きに国を動かしていたが、興味もなかった。どうでもよかった。贅を尽くした造りの海の見える壮麗な王宮は、ジェイドにとっては、ただ殴られるよりかはいくらかマシ、という程度の場所だった。普通の貴族が楽しむ余暇の嗜みや享楽は軒並みジェイドにとっては理解不能で、一切の魅力を見出せなかったのでお気に入りの趣味や娯楽、というものもなかった。誰にも心を寄せず、かといって表立って心を乱すこともなく、ジェイドはただただ人形のように日々を過ごしていた。今日のサロンも、そろそろお開きという時間になった。ジェイドがようやく、腰をあげられると思った時だった。
    「やば! 誰かその鳥捕まえて!」
     知らない若い声と共に、ジェイドの視界に鮮やかなターコイズブルーが飛びこんできた。何かと思えばそれは、鳥の羽だった。美しい瑠璃色の鳥がジェイドの目の前まで近づいてきて羽ばたき、顔の周りを飛び回り、最終的にジェイドの肩にとまって羽を休めた。突然のことにびっくりしたまま、ジェイドはその鳥を見つめた。鳥はかわいらしいつぶらな瞳で見つめ返すと、美しい声で囀った。
    「すみません、陛下」
     視線を向けると、再び綺麗なターコイズブルーが視界に入った。そこには海を彷彿とさせる蒼色の髪をした青年が立っていた。垂れ目の柔らかい顔立ちをしていて、甘い声だった。青年に「おいで」と呼ばれた鳥はジェイドの肩から飛び去ったが、一旦青年の頭に止まったかと思うと、再びピィピィと愛らしく鳴いて、ジェイドの方に戻ってしまった。まるで遊んでいるかのように、ジェイドの肩でちょんちょん跳ねて離れない。
    「おい、籠に戻れってば。いい加減にしねぇとシチューにすんぞ」
     彼が凄んでみせると今度は、ぱたぱたとジェイドの指に移動して、ぴ、と短く鳴いてやっと大人しくなった。
    「さ、いい子だからこっちおいで」 
     サロンに大幅に遅刻してきた上に、飲食をする場所に生き物を連れてくるこの礼儀知らずの若者は、王に対しても最低限の敬意しか払わなかった。失礼しまーす、あ、そのまま動かないで、と言いながら鳥を乗せているジェイドの手を遠慮なく掴むと、ジェイドの手ごと鳥籠に入れたのだ。ちっちっ、と短く鳴きながら鳥が指から止まり木に移ったので、ようやく男は鳥籠からジェイドの手を抜いて、鳥を鳥籠に仕舞った。一国の王にこれほど軽々しく触れてくるものは普通はいない。ジェイドも鳥籠に手を引っ張りこまれたのは初めての経験だった。しかし、なぜか不思議と嫌ではなかった。無礼な、と払い除ける気も起きなかった。無礼だという気持ちが湧き上がってこないほどに、ジェイドにとって王であることは誇りでもなんでもなかった。ただ、掴まれた手が暖かいな、と思っただけだった。
     サロンに集まった客達から好奇の視線が注がれる。
    「なんだ、騒々しい」
    「フロイドは今度は何をやらかしたんだ」
    「全く、あいつは相変わらずだな」
    「ほう……、あれは異国の鳥じゃないか。美しい羽がなんと見事な……」
    「これまた、珍しいものを持ち込んできたな」
     周りがひそひそとざわめく。しかし、そのざわめきは嫌悪を含んでいない。どうやら、彼は貴族たちの間では顔が知れた人物のようだった。ジェイドに対しての敬意が含まれないふるまいも、物言いも、特にその場で咎める者はいなかった。何事もなかったかのように流されて、むしろ周囲の関心はフロイドと彼の鳥籠の中身に集まっているようだった。その実、ジェイドに敬意を払うものなどこの王宮内にほとんどいない。彼が卑しい 端女はしための子供だからだ。この王宮の人間にとっても、この国の人間にとっても、ジェイドはただ死なずに生きていてくれさえすればいいだけで、意思も感情も必要とされなかった。ざわめきの中から、ジェイドの耳は男の名前を拾った。フロイド。それがこの男の名前らしい。
    「フロイド」
     ジェイドが口を開いた。周囲の者達は密かに驚いた。ジェイドが誰かの名前を呼ぶのは初めてのことだったからだ。
    「その鳥を、もっとよくみせてください」
     呼ばれたフロイドは、一瞬呆けたような表情をしていたが、すぐににっこりと笑った。
    「はい、陛下。喜んで」
     彼の持つ鳥籠が揺れて、中の瑠璃の小鳥がぴちちっと嬉しそうに人懐こく声をあげた。

     それからというもの、ジェイドは王宮に話し相手としてフロイドをよく招くようになった。フロイドは自分は貿易商の息子なのだと話した。あのサロンでは貴族のために度々珍しいものを売りにきていて、あの青い鳥は商品だったのだけれど、フロイドが自分で気に入って飼うことにしたのだという。10歳の頃から父について回って、各地を回っていたという彼の見識は広かった。彼の活き活きと話す口ぶりが魅力的だったので、敬語は使わなくていい、とジェイドの方から言った。フロイドは珍しい品物をよくジェイドにもってきた。
    「ジェイド、コレ食べてみて」
     そう言ってフロイドが差し出したのは、つやつやと滑らかな光沢を放つ茶色の菓子だった。何度か、ジェイドも食事の席やサロンで見たことはある。毒味もせずに、王が誰かから差し出されたものを食べることなど本来はありえない。しかし、ジェイドは貧民として暮らしてきた期間の方が長かったので、別にいいか、とフロイドの差し出したそれを抵抗なく口にした。口に入れると、とろけるように甘かった。以前にも食べたことがあるはずなのに、フロイドと一緒に食べるそれはまるで初めて味わったかのように鮮烈な印象をジェイドの舌に残した。
    「おいしいでしょ、このチョコ。遠い国から運んできた珍しいやつだよ」
    「これは、ちょこ、というのですか」
    「えっ、ジェイド、チョコ知らねーの? チョコレートだよ? サロンでもしょっちゅう珈琲とかと一緒に出てくるじゃん」
     それがなんという食べ物なのか、誰もジェイドに教えてくれなかった。毒がないことだけを教えられていた。だからジェイドはチョコレートという言葉を知らなかった。王になる前はもちろん、そんな高級な菓子など見たことさえなかった。一国の王であるにも関わらず、ジェイドは世の中の全般的な知識に非常に疎い。フロイドは、そんなジェイドを見て何かを察したらしく、そのことについてはあまり触れなかった。庭園に連れ立って出かけたり、馬の遠乗りに一緒に行ったり、二人はどんどん親密になっていった。公共の場で会うだけでなくジェイドの私室でも二人だけで会うようになった。もうサロンには行かず、二人だけでお茶を楽しんで色々と話し込んだ。
     フロイドは彼に文字を教えた。ジェイドは賢かったので、どんどん本が読めるようになっていき、知識を吸収していった。彼に歌を教えた。フロイドは歌が上手かったので、ジェイドは自分で歌うよりも、彼の歌を聴いている方が好きだったが、二人で声を揃えて歌うのは楽しかった。彼に踊りを教えた。身長が同じくらいの二人は、ワルツを踊るのにちょうどいいパートナーだった。普通は女性と踊るものだけれど、ジェイドは絶対にフロイドとしか踊らなかった。フロイドはジェイドに沢山の楽しい、を教えた。数えきれないくらいの心地いい、を教えた。そうなることがあらかじめ決まっていたかのように、ごくごく自然に二人は恋仲になった。愛を告げてきたのはフロイドの方だったけれど、多分先に愛を心に抱いたのはジェイドの方だった。世の中の愛し合う二人がそうするように夜を共にして、朝も一緒に起きるようになった。ジェイドは生まれてはじめてまっとうに愛されるという経験に触れて、愛することを手にした。
     ジェイドはフロイドに、特例的に貴族としての身分を与え、自らのそばにおいた。初めて自分で選んでそうした。余所者が王宮内に入り込むことに反対の意を唱えるものもいたが、王たるジェイドにはそれをねじ伏せるだけの権限があった。ジェイドはそのとき初めて、自分が王でよかった、と思った。フロイドはジェイドにとてもよく似ていたので、自分の影武者にする、という名目で、フロイドと四六時中共に過ごしていることを王宮内の人間に無理やり納得させた。ジェイドはとても幸福だった。フロイドと出会えてよかったと心から思っていた。ジェイドにとって、フロイドは世界そのものだった。
     
     そんな折、フロイドにスパイの疑いがかけられた。王からの関心と信頼と寵愛を一身に背負っている彼の存在を面白く思わないもの達から、あれよあれよと言う間に、フロイドにとって不利になる証拠が次々と上がってきた。ジェイドは、自分のもつ強力な権限をもって、全てをねじ伏せて揉み消そうとしたけれど、王宮内にスパイがいるかもしれないという情報がどこかから国民にも伝わり、世論の後押しもあり、フロイドは追いつめられ徹底的に弾劾された。そして、まともな反論の機会も与えられないまま、あっという間にフロイドの斬首刑が確定した。武装した衛兵の手によって、二人は強引に引き離される。ジェイドは死に物狂いで抵抗したけれど、王は乱心している、安静が必要だ、と無理やり睡眠薬を飲まされ、ジェイドが目覚めたときには全てが終わっていた。部屋を訪れた召使にジェイドは静かに尋ねた。
    「フロイドは」
    「処刑されました」
     ジェイドが聞いたのはそれだけだった。王は罪人の血の穢れに触れてはならない、とフロイドの最期をみることはもちろん、彼の亡骸を目にすることも叶わなかった。刑の執行は地下牢の中で昨晩の内に速やかに行われたのだという。処刑の証拠に、と一房の黒髪を渡されて、ジェイドは絶望にうめいた。それは、蒼に艶めく彼の髪の毛の中で一際異彩を放つ、真っ黒な一筋だった。ジェイドはできることなら一生、こんなものを受け取りたくはなかった。

     フロイドが処刑された日からジェイドは変わった。フロイドを失ったジェイドが一番にしたことは、フロイドによってもたらされた知識を使って、政治の主導権を己の手に取り戻すことだった。本気になったジェイドはおそるべき手腕を発揮した。的確に自分の味方とそうでないものを見極めて、派閥を掌握し逆らうものを閑職に追いやった。そして、権力を自分だけに一極集中させると独裁者として君臨し、冷酷に確実に国を傾けていった。破綻した政策を打ち出し、重税を課し、敵対している諸外国にわざと情報を渡し、国力を弱体化させた。民衆から上がってくる不満の声も、国政を案ずるまともな臣下たちの忠言も、ジェイドには響かない。謁見の場を設け、よくよく耳を傾けてはやるけれど、聞いたうえで意図的に全て無視した。ジェイドは徹底していた。平民も貴族も疲弊させるように念入りに愚かな政策を打ち出し続けた。国を治めるふりをして、その実、こんな国はいっそ滅びてしまえ、という方向に全力で舵を切っていった。フロイドの処刑に同意した民に慈悲の心をもつことなどできなかった。フロイドを排斥し助けなかった王宮の人間など、ジェイドにとってなんの価値もなかった。庶民の汚いところしか、貴族の汚いところしか、ジェイドの目には映らなかった。彼の世界の中でフロイドだけが綺麗だった。
     税をたくさん取り立てても、ジェイドは自分のためにそれを使うことはなかった。使われないから、ただただ、民の懐から国庫にお金が移し替えられていくだけだ。ジェイドはもうなにもいらなかった。彼が求めたのはフロイドだけだった。フロイドを思い出して辛くなるから、形見となってしまった瑠璃色の鳥は外に放してしまった。二人を出会わせた青い小鳥のいない空の鳥籠は、いっそう寂しげだった。
    「青い鳥を見つけたら幸せになれるんだって。外国の御伽話だけど、信じそうになるくらい、綺麗だよね」
    「ええ、確かに。フロイドは物知りですね」
    「ふふ。オレね、ジェイドに何でも教えてあげるよ。望むことなんでも」
    「なんでも? じゃあ、教えてください。フロイドは僕のこと、どう思ってますか」
     フロイドと二人でチョコレートをつまみながら、青い鳥を可愛がって、わくわくするような異国の話を聞いて、愛を囁き合った時間がジェイドの人生の中で一番楽しい時間だった。もう過去形でしか語れない、思い出の中でしか会えない、唯一無二の愛しい恋人に会いたくてジェイドは一刻も早い終わりを望んだ。

     フロイドの処刑から1年後。王宮の目の前の広場では、ジェイドの待ち望んだ終末のラッパが鳴っていた。勇ましい軍曲を吹き鳴らしながら隣国の軍隊がすぐそこまで攻めこんできたのだ。ジェイドの圧政から国民を救うという名目で派遣された敵国の軍隊を国民は歓迎した。随分前から情報工作がなされていて、隣国の暮らしの豊かさや自由さが広く伝えられ、隣国は友好的な態度を国民達に示し続けていた。すでに国民感情は自国の王室から離れ、新しい隣国の王を自分たちの王にしたいという方向に傾き切っていた。圧政を敷いたジェイドの治世に不満をもつ貴族や民は略奪者である隣国の軍を救世主とさえ呼んだ。隣国からでさえ民意を操れるほどに、最早ジェイドの国は統制を失っていた。
    「王! 隣国の兵士が攻め入ってきました」
     そう呼びかけられて、ジェイドは物憂げにそちらに視線を送る。ジェイドは最早、王と呼ばれることに心底うんざりしていた。切羽詰まった様子の臣下にバレないようにため息をかみ殺し、もたらされる報告に耳を傾けた。
    「すべての兵を通せ」
     短くそれだけを告げて、ジェイドは報告に来た家臣から、興味を失ったように視線を外した。
     城門が開かれ、兵士達が城の中に突入してくる。あらかじめ抵抗するな、戦うな、と命令が下されていたので無血での開城だった。どちらにしろ、兵士たちの士気は地に落ちていたので、命ぜられずとも降伏以外の道は無かっただろう。王の護衛も、臣下達も、召使達も、進んでいく敵国の軍隊の行手を遮らなかった。この場にジェイドを守ろうとするものは誰もいない。王になったはじめから最後まで、この世でジェイドの味方はフロイド以外にいなかった。

     王の椅子に座ったまま、ジェイドは兵士達が入ってくるのを黙って見ているだけだった。あっさりと王はとらえられて、広場まで連行されて見せしめに斬首されることになった。王冠をむしるようにとられてもジェイドは、抵抗もしなかった。しかし、死の寸前にジェイドは信じられないものをみた。視界に鮮やかなターコイズブルーが飛びこんできたのだ。それはいつか可愛がっていた鳥だった。
     目の前の兜で顔を隠した男の肩には、珍しい瑠璃の鳥がとまっていた。まさか、とジェイドの心臓が震えた。男がゆっくりと鎧兜を脱ぐ。現れたのは、ジェイドがあれほど会いたいと切望していた顔だった。フロイドが生きていた。記憶よりも少しだけ短い黒の一筋。彼の頭の上には隣国の王冠。彼の手にはジェイドの王冠があった。この国を狙う隣国の王はフロイドだったのだ。
    「生きていたんですね」
     それが、ジェイドの最期の言葉だった。彼が処刑人によって首を落とされてもフロイドは表情を動かすことさえしなかった。ジェイドの首が地面に落ち、フロイドは元々はジェイドのものだった王冠を自分の頭の上に乗せる。新しい王の誕生に見物していた民は湧いた。
     フロイドは隣国の王族だった。ジェイドの父親の治世の時代に攻め込まれ、多くの民と領地を失っていた。ジェイドの国に報復をすることは、フロイドの国の悲願だった。フロイドとジェイドの国の緊張関係は続き、フロイドは自国に情報を持ち帰るために、ジェイドの懐に入り込み、情報を自分の国に流していた。フロイドにスパイの疑いをかけた者達の目もあながち節穴ではなかったということになる。もちろん、潜入の前にあらかじめ内通者を何人も送りこんでいたので、処刑の騒ぎが持ち上がった時は、地下牢で処刑されたと見せかけて脱出し、自国に戻ってその危険な仕事をやり遂げた功績により王の座を得たのだった。フロイドの持ち帰った情報があれば、ジェイドの国に攻め込むのは赤子の手をひねるよりも簡単だった。それに、ジェイドによる意図的な失政のために国は乱れに乱れ、侵略の絶好の好機が訪れた。フロイドはジェイドを騙し、欺いた。今このときも、暴君と化した彼の助命を嘆願することもなかった。
     けれど、彼に告げた全てが嘘というわけではなかった。フロイドは、ジェイドと出会う前は、敵国の王はきっとさぞ邪悪で憎らしいやつなのだろうと思っていた。けれど、実際に会ってみた王は美しく、純粋無垢でひとりぼっちで、赤子のように何も知らなかった。フロイドは内心、話が違う、と思った。フロイドが自分の立場を呪うくらい、ジェイドの瞳は綺麗だった。とうとう、その瞳を、狂おしいほど愛おしいと思うようになってしまった。敵国の王を愛するようになるなんて、思っていなかった。誰よりも深く愛されるなんて、それが嬉しいだなんて、あってはならないことだった。
     他国がその国を侵略する際に、最も生かしておいてはいけないもの。それが王だったからだ。

     フロイドは、湧き上がる民衆の歓声に応えることなく、ジェイドのことだけを見つめた。狂乱する周囲の声にかき消されて、フロイドの呟きは誰にも聞こえない。
    「昔はアンタの国が欲しかったけどさぁ。今は違うものがほしくなっちゃった」
     フロイドは、手に持った王冠を両方とも地に投げ捨てた。ガラン、と二つの黄金が地面にぶつかって転がる。王冠に足が当たって蹴飛ばしてしまっても構わず、フロイドはすたすたと大股でジェイドの傍に近寄り、膝をついてもの言わぬ亡骸に手を伸ばす。
    「今、オレが欲しいのはね」
     フロイドはジェイドの生首を抱えて笑うと、無造作に打ち捨てられていた彼の血のついた剣で自身の心の臓を突いた。
    「ジェイドだけだよ」

     くずれおちたフロイドと共に、肩に止まっていた青い小鳥も地に落ちた。青く美しかった羽は二人分の血に濡れて重くなり、もう飛ぶことは叶わない。彼らの後を追うようにして、小さな青い鳥も静かに冷たくなった。


    ***


     ジェイドが処刑される前に、フロイドはジェイドだけに聞こえる声でそっと囁いていた。
    「騙しててごめん」
    「ジェイドのことは、本当に愛してる」
    「だからあとで、待ち合わせしよ」

    「ふたりっきりになれるところで」

     フロイドの血の気を失った唇と、ジェイドの白い唇が重なりあったまま事切れていたので、二人の亡骸は誰がどうみても愛し合っているようにしか見えなかった。


    「青い鳥を見つけたら幸せになれるんだって。外国の御伽話だけど、信じそうになるくらい、綺麗だよね」
    「ええ、確かに。フロイドは物知りですね」
    「ふふ。オレね、ジェイドに何でも教えてあげるよ。望むことなんでも」
    「なんでも? じゃあ、教えてください。フロイドは僕のこと、どう思ってますか」

     もちろん、ジェイドを愛してるよ。


    【END】
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    yo_lu26

    PROGRESSスペース読み原稿
    「三千字のアウトプットに三万字の思考が必要って本当ですか?」
    「成人向けが恥ずかしくて書けないのですが、どうしたらいいですか?」
    上記をテーマにしたスペースを開催しました。読み原稿です。メモ書きなので分かりにくいところもあるかもしれませんが、ご参考までに。
    20240203のスペースの内容の文字起こし原稿全文

    ★アイスブレイク
    自己紹介。
    本日のスペースがどんなスペースになったらいいかについてまず話します。私の目標は、夜さんってこんなこと考えながら文章作ってるんだなーってことの思考整理を公開でやることにより、私が文字書くときの思考回路をシェアして、なんとなく皆さんに聴いてて面白いなーって思ってもらえる時間になることです。
     これ聞いたら書いたことない人も書けるようになる、とか、私の思考トレースしたら私の書いてる話と似た話ができるとかそういうことではないです。文法的に正しいテクニカルな話はできないのでしません。感覚的な話が多くなると思います。
    前半の1時間は作品について一文ずつ丁寧に話して、最後の30分でエロを書く時のメンタルの話をしたいと思います。他の1時間は休憩とかバッファとか雑談なので、トータル2時間半を予定しています。長引いたらサドンデスタイム!
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