底が無いわけではなく天井も無い「そうですね、あまり大っぴらにすることもないでしょう。」
関係を秘めておきたいと言われれば、確かに当然だろうと考えつく。例えば愛弟子と大先輩のように祝福したりされたりは望ましいが、そういった理解ある人々と幸せを共有できたら更に嬉しいくらいのことだ。
「よく恋愛の相談を聞く方がいるのですが、そちらへはお話してもいいですか?志鷹さんという鶴階級の方なのでご存知かと。」
「んぐっ」
「珠岡さん?」
「い、いいえ。ええ俺も知っていますよ。まあ......あの人なら大丈夫か。」
「はい!すでにお相手がいる方ですし、偏見もないですよ!」
知っています......と、口のなかで転がすように言う珠岡に再度首を傾げながらも先程口づけされた箇所を確かめるように指の腹でなぞる。
ちゅ、と自分の指の腹に口を寄せてから珠岡の唇を撫でた。
「改めて、私と恋愛してください。珠岡さん。これからよろしくお願いします。」
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「氷連さんと珠岡さん、最近すごく仲良くなりましたよね。」
ぎくっ!と擬音が飛び出すような動揺を一瞬だけ見せた珠岡だが、笑顔は崩さずに当たり障りなく返答しようとしていた。
怪我も完治し復帰しても良いと判断され局員として駆け回る日常に戻って数日。
しかし二人にとって大きく変化した日常だ。
何がと言われれば、
「氷連さん、もともと面倒見良くて同世代だと思えないくらい世話焼きだけど、珠岡さんといる時すごく楽しそうですよね。」
「あーわかるわかる。班一緒になることが多いから俺らすぐ分かったよな。」
と話しかけられるほどにもなった事だろうか。
主に直太郎の行いが原因で。
忙しない業務上顔を合わせたり合わせなかったりは時々によるが、最近からこの二人が会うと直太郎の機嫌が三段階ほど増したようになると言われているのだ。
それだけ違えばよく会う者なら気がつくというか、よく会う者でもまだ上機嫌の上があったのかと驚かれたというか。
まあ、俺も皆さんみたいに優しくしてくれる先輩ができて心強いですね、なんて声が聞こえたのだから直太郎がそこに向かわない理由はなかったのだ。
「皆さんごきげんよう。」
「あっ氷連さん!」
「氷連先輩こんにちは。休憩っすか?」
「はい、そうですよ。珠岡さんもこんにちは。」
「こ、こんにちは。」
じゃー氷連先輩、ずばり珠岡さんと仲良くなったきっかけってなんですか!
という同僚の台詞にギッと視線が鋭くなる者とにこやかが三段階増した者。
「きっかけですか?そうですね......故郷の味のお話をしたときじゃないでしょうか。」
「へー!そんなお話してたんですね!」
「私、美味しいものに目がないのですがあまりカントウから出たこともないので、興味があって。珠岡さんとはそこからよくお話するようになりましたよ。」
「場所によって味付け違うっすからね、あー腹減ってきた!飯行ってきます。」
「氷連さんと珠岡さんも一緒にどうですか?」
すみません、先にいただいてきたのでとやんわりと断って見送り、その場に残った二人は自然と目が合う。眼鏡の向こうで赤くなった頬と物言いたげな視線を確認して直太郎はつい笑い声を零してしまうのだった。
「......楽しそうですね。」
「ええ、ものすごく!」