858年の聖夜(仮)リヴァイとのファーストコンタクトは、決して最高の父子対面とは言い難かった。
だって、顔に走る傷跡は痛々しいというか縫い目が荒くてとってつけのようだし(母さんが縫った傷だとだいぶ後で知ったのだけど)、世間に広く知られる英雄に失礼だけど死んだ魚のような目をしてるだなんて思ったし、その目が私を認めて悪がきのそれみたいに大きく見開かれるし、(ああ、この人が私の父さんなんだなあ)て感動より先に、びっくりして、おっかなくて、三歳やそこそこだった私は珍しくわあっと泣き出してしまったんだもの。
母さんとは会ったことがないに等しく、私には母さんの、――ハンジ・ゾエの記憶がない。
実の父親として、リヴァイを紹介された、854年まで暮らさせてもらっていた孤児院でちょくちょく見かけたヒストリア女王さまはすごく可愛らしいお顔をされているのだなあ、とか、視野の狭い幼子にとって、大人というのは優しそうな人か、恐そうな人のどちらかにしか分類されなかったりする。そんなものだ。
「ねえリヴァイ、今年もツリーを飾れるかしら」
私の存在を、対面するその瞬間まで、真実知らなかったらしい父さんは、母さんに対する怒りがほんのちょっと治まらないらしく、私に「父さん」と呼ばせることを許さなかった。
自然と、実父とはいえ呼び捨て一択になる。
「ああ」
リヴァイと暮らすようになったのは、857年のクリスマス。
女の子のみんなが一度は憧れるかも知れない、おとぎ話に出てくる王子さまからお姫さまへのプロポーズみたいに、リヴァイにかしずかれて「いっしょに暮らさないか」と請われた。
天と地の戦いで、(よく生きてるな)てくらいの重傷を負ったというリヴァイは、せめて日常生活に困らない程度には足腰を回復させたら、――と、私に会った初めての日から決意していたらしい。
「俺とハンジの娘だ。俺はおまえを育てたい。いっしょに暮らそう。……嫌か?」
私をみごもった母さんが、極内密に私を産んで、孤児院に預けた真実の理由は今となってはわからない。もしかしたら、リヴァイと私を会わせる気など生涯なかったのかも知れない。
だからか、リヴァイは私の意思をなによりも尊重しようとしてくれた。
「いっしょに住む!」
私は、父さんと、──そして母さんのことを知りたかったから、ふたつ返事で快諾した。
リヴァイと過ごすクリスマスは、実は今年で4回め。
854年のクリスマスに私を紹介された翌年、リヴァイは、足腰の治療とリハビリに専念するため、かつての部下と大陸に渡った。
けれど、毎冬クリスマスには娘である私を訪ねて来てくれた。贈り物を携えて。
最初は、予定外だったから、でも私に父さんの「なにか」を持たせたいヒストリア女王の計らいで、リヴァイの外套のボタンをひとつ。
翌年、2回めのクリスマスには、大陸でガビおばさん(せめてお姉ちゃんにしてってうるさいんだあの人。いつも元気で、天真爛漫でファルコおじさんがデレデレしてて、なんだか羨ましくて、憧れてるんだけどね)が選んでくれたという毛糸のミトン。
3回めのクリスマスは、牛革のブーツ。
そして、857年。
4回めのクリスマスは、当日ではなく、「いっしょに住む!」と私の意思を確認した後、年が明けるより先に住処を決めようと、クリスマスの当日、朝から晩まで、リヴァイは私の手を引いて街へ、郊外へと連れて行ってくれた。これが、私とリヴァイの初めてのお出かけ。
私は、リヴァイにもらったミトンを着けて、ブーツを履いて、王女さまのお下がりでいただいたポンチョを着て、まるでお姫さまの気分で足取りも軽やかだった。
たとえ、手を引いて隣を歩くのが、スカーフェイスの、「死にぞこない」の英雄でも。(リヴァイもこれまで会った時のどの時よりも穏やかな笑顔を見せてくれたし! えへへ、)
パラディ島は壁内中心部にある街中のアパルトマン、かつてのウォール・マリアからほど近い壁内、あるいは壁外の一軒家、郊外に広がる安価で広大な土地、あちこち見て回ったけれど、私たち(正しくは私がかも知れないけれど、リヴァイも一目で気に入っていたと信じたい)がとりあえず初めて父娘ふたりきりの時間を過ごすのに選んだのは、見えもしない対岸の港町を望めそうな、波の音を近くに聴くしなびたペンションだった。
冬の海。寒々しくて、寂しい。
でも、荒く、冷たい風に吹かれながらテラスに出て、黙って海の向こうに思い馳せるリヴァイの横顔はとても寂しそうで、穏やかで、一方でどこか満足そうで。彼のことをもっとよく知りたいと思った私は、
「海の向こうに住みたい!」
と、傲慢にもリヴァイの心の声を代弁するつもりでそんな風に提案した。
パラディ島で過ごす最後のクリスマス。
その晩、私は初めてリヴァイの誕生日を知らされた。
戦いを終えて、――母さんを喪って――初めての誕生日、私を紹介されて、なんの冗談だと母さんを恨んだのと同時に、この上ない幸福と感じたこと、改めておばあちゃんのことを想ったことを話してくれて、私はリヴァイのことが大好きになった。
年が明けて、リヴァイと海を渡った。
リヴァイは誰とも会う気はなかったみたいだけど、どこで聞きつけたのか、
リヴァイと私は海のない国に移った。
住む場所を決めていいと言われて、私が選んだのは、絵本の挿絵みたいな、それでいてどこか元いた島の街を彷彿とさせる、小さな街。城壁で四方を囲まれているけれど、決して高くはないその壁が敵の侵入を阻むのに機能していたのは何世紀も前のこと。
「市場(マーケット)か、にぎやかだな」
「へえ、アンタ、見ない顔だねえ。この辺は特にクリスマスのマーケットが有名なんでさあ。もし住みつくなら、ぜったいに楽しむべきさね!」
私たちは街の中央広場からいくつか通りに入ったアパルトマンに居を構えた。リヴァイは早起きだ。父娘ふたりきりの生活はまだちょっと慣れなくて、熟睡した日も、起き出してきたリヴァイがお湯を沸かす音で自然に目が覚める。
慣れないうちは、リヴァイが淹れた紅茶(私のカップにはミルクと蜂蜜をたっぷり入れてくれる!)を飲んで木の実や果物を口にした後、生活圏の把握のため、毎朝散策した。