桐ケ谷と刑部が三十路を過ぎる頃、とある離島の古民家を安く購入した。もう誰も住んでいないそこは朽ち果てる一歩手前だったが、休みの日に訪れては少しずつ改築をしていき心地の良い住まいとなった。
そしてある日、それまで積み重ねてきた全てを捨てて、二人でやってきた。
ここから一緒に、新しい暮らしを始めるために。
「斉士ー、先行ってるぞー」
サンダルを引っ掛け、桐ケ谷はサーフボードを片手に坂を下る。
家の前の坂の下には、蒼い海が煌めいている。雲もなく風が吹いている。
こんな日は良い波が立つ。
砂浜には時折訪れる観光客の他には、犬を散歩させている影しか見当たらない。プライベートビーチさながらの様相に、桐ケ谷の頬が緩む。
さっそく柔軟体操をして、裸足になり海に飛び込む。暖かい日差しに比べて、冷たい海水が気持ちいい。
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