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「老温!雪が解けてきたぞ!」
「……。」
「なんだよ嬉しくないのか?…」
「阿絮を世界に取られたくない。」
「……は?何をわからんこと言ってるんだ。」
入口を塞ぐ雪の壁をふたりで見上げる。
確かに壁の表面がしっとりと湿り気を帯びているを感じる。
この閉じ込められた空間にふたりだけ。
本当にふたりだけの世界だ。
向こうの世界で阿湘に逢いたい気持ちも、外の世界で成嶺に逢いたい気持ちもあるけれど、ふたりの音しか聞こえないこの世界を手放したくない。
「日の光くらい浴びたいだろ?日向ぼっこはお前も好きだったろ?」
「僕はずっとしてたよ。日向ぼっこ。」
「外に繋がる抜け道でも知ってたのか?俺に教えないなんて、本当に……本当にお前は酷い奴だよ。」
「……抜け道なんて知らないよ。残念だけど阿絮は出来ない日向ぼっこだからね。」
「?」
確かに酷いことをたくさんした。自分にされたら許せない。
暗闇の中、道なのかどうなのかもわからない場所を随分とさ迷い歩いていた。突然さした光を辿っていけば、美しい世界が広がっていて。
山も川も木々や草花、走る動物や……街や人間でさえも、生きていることがこんなに美しいとは知らなかったんだ。
そんな光を…どんなに恨まれたとしても、消せるはずないだろ?
「僕だけの光だから、僕しか出来ない日向ぼっこ。」
隣に立つ阿絮の肩に少しかがんで頭をのせる。
「………バカか?」
「バカだって何だっていいよ。」
「ひとりで日向ぼっことは。…あ、だからお前はいつも体温高かったのか!」
いや、体温が高かったとしたら阿絮が妙に艶っぽい時が多いせいだよ。ってことは、やっぱり阿絮のせいだから、君の言う通りだ。
「ひとりで温まってるとは本当にずるい奴だな。まぁいい、俺はこうして暖を取るから。」
肩のせていた頭を外され、代わりに両腕にくるりと包まれる。慰めでもないのに阿絮からこういうことするのは珍しい。
「阿絮。」
名前を呼んだら、更に力を込められた。
もうすぐ日の光を浴びることができるので浮かれているのだろうか。
太陽を背負った阿絮はことさら美しいだろうな。
でもやっぱりもう少しだけ。
雪が解けるのは、もう少しだけ待っていて欲しい。
了。