それは、向かい合わせの恋。「こんなに遅くなっちゃうなんて……。司くんに後でしっかりお詫びをしないと……」
手早く改札を抜け、人の波を縫うように足早に進んでいく。
今日は久々のデートの日だけれど、親戚が顔を出すからと少し足止めを食らってしまった。
事前に司くんには連絡済で、元々デートがあるから抜けるとも話してはいたけれど、僕の恋人ということもあって親戚がいやに食いついてきて、ずっと話してくれなかったのだ。
そのせいで、僕は事前に伝えていた到着時間よりも30分遅くついてしまった。
普段のデートさえ遅刻しないように気を付けているから、こんなに遅くなるのは始めてだ。
前もって遅れることを伝えているとは言え、大切な司くんとの時間が削れるのは本当に嫌だった。
「ええと、犬の銅像前だから……、あれ?」
事前に教えてもらっていた待機場所に移動しようとした時、遠目から見慣れた金色が見えた。
司くんかと思ったけれど、傍に明るい茶色がいる。
見慣れない髪型だし、知らない人だ。
まさか、待たせている間にナンパされてたりとか……!
そう思い、そっと彼らの死角に回る。
声の聞こえるところまでやってきて、彼女らが発した言葉に、僕の思考は止まった。
ナンパじゃ、ない。
「ねえ?いい加減、あのイケメンのこと愛するの、止めてもらえません。滑稽なんですよ」
僕の大切な人への、侮辱だ。
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余裕満々でただ一人ペラペラと喋る女性に、聞き流しながら内心溜息をつく。
待っている間に突然声をかけられたから、オレの溢れるスター性が……!と言おうとしたのもつかの間、初対面で女性はこう言ったのだ。
「貴方の恋人、私にくれません?」
と。
言おうとしたことも忘れて、思わず聞き返すと、待ってましたとばかりに喋りだす女性。
曰く。
自分は類を見かけて、一目惚れしたと。
でもその時はオレが傍にいて、電車まで一緒だったせいで、告白できなかったと。
その後、なんとか見つけて告白したものの、あしらわれたと。
そして、諦めきれずに追い続けていたら、オレと手を繋いで歩いていたのを見てしまった、と。
オレ達は、普段外ではなるべくイチャつかない。
手を繋いだのも、人の往来が多くて、はぐれそうだからといった理由だ。
でも女性は、その時のオレ達の態度で、相手がオレだと、確信したようだ。
だから、オレに対して、接触を図ったのだという。
所詮男性だし、オレが諦めたら、コロッと自分の方にいくから、と。
何処までも侮辱するのだなと、ふつふつと怒りが溜まっていく。
女性は、オレだけじゃない。
オレを選んで、その感情を一心にオレに向けてくれている、類のことも侮辱しているのだ。
静かに怒っているオレに気づかずに、女性は更に口を開いた。
「あのイケメンからの愛が、ずーっと続くとか本当に思っているんですかぁ?」
その言葉に、オレは思わず思考を止めてしまった。
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(……愛が、ずっと続くか……?)
突然の予想外の質問に、僕は眉を寄せた。
ずっと、なんてものは存在しないとは言われているけれど。
それでも、僕はこの感情が続く限り、愛していくつもりだ。
それはきっと、司くんだって。
でも、その解答を出す前に、あの女性は、語り始めた。
「愛なんて、所詮まやかしなんですよ。儚くなくなっていくものなんですよ。」
「結婚式での「誓います~」なんて、何人がちゃーんと誓っていると思います?愛があっても誓っていても、結局別れるものなんですよ?」
「それに比べたら、恋っていいものなんですよね~。ずっと新鮮な気持ちでいられる!散ることに怖がる必要もない!」
「それに、恋は女を綺麗にする、なんて言葉もあるくらいですからね!私はずーっと、綺麗でいたいんです!」
「だから、私は恋をし続けるんです。愛と恋なら、儚く散ることに怯えるものより、
怖いものなしでずっと綺麗でい続けられる恋の方が断然いいので!」
ドヤ顔で語る女性に、司くんは無言で考えている。
何を考えているのだろう?
彼女の話に同調するのだろうか?それでも、司くんが僕を諦める未来なんて見えないんだけれど。
「あんたの言いたいことは、とりあえずわかった」
司くんのその声に、ヒュッと息を飲んだ。
どこまでも真剣に考えて答えを出す、いつもの司くんの声だ。
でも、その声で、わかったという回答に、僕は内心驚いてしまった。
「……!!でしょう!?だから、」
「だがな」
でも、そんな驚きは。
「あんたは、愛される幸せを何も知らないんだな」
司くんの言葉で、あっという間に書き換えされた。
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「……愛される……?」
呆然とする女性を尻目に、オレの脳裏には沢山の思い出が蘇る。
初めて付き合った日、愛し合った日、喧嘩した日、仲直りした日、エトセトラ。
「確かに、恋はいいものだ。その過程もドラマがあるし、綺麗になるのもわかる。」
「でも、恋は、ずっと一方通行だ。」
言葉を言えずに固まる女性を見ながら、オレは続けた。
「愛は、恋と恋が繋がって生まれるものだ。互いに恋をしあって、愛になるんだ。」
「愛は、一人では生まれない。お互いが恋の相手で、それで初めて成就するんだ。」
「恋しあう、という言葉がなく、愛し合う、という言葉があるように、愛の矢印は常に互いを向いているんだ。」
『司くん』
脳裏に蘇る、愛しい声。
オレが甘やかした時のとろけたような顔も好きだし、慣れないけれどオレが甘えると、途端に嬉しさが全身から溢れて、それでいて全力で甘やかしてくるときの嬉しそうな顔も、何もかもが好きなのだ。
「悪いが、彼は渡せない。互いに愛し合っている、大切な人なんでな」
そう断ると、色々言われて言葉が見つからなかったのか、「でも」とか、「そんなことない」などと聞こえる。
所詮は、わからなかった。
いや、でも、構わないか。
オレが、類のことを好きでいるから、それで、
「お待たせ、司くん」
聞こえてきた声に、びっくりしながらそちらに顔を向ける。
そこには、いつものすまし顔を申し訳なさそうにひそめる、類の姿があった。
「る、
「わあ!やっぱり、来てくれたんですね~!?」
オレの声を遮り、女性は類の腕を取り、自慢なのか大きな胸部に押し付ける。
はしたないし、人の恋人に何をするのかと声をかけようとした瞬間、類はすぐさまべりっと剥がしてきて、口を開いた。
「悪いけど、そんな気分悪いもの、押し付けないでくれない?」
「き、きぶ?いやでも、あんな男よりずっと、」
「勝手に比較しないでくれるかい?僕は生涯愛するのは、彼だけなんだ。誰にも邪魔はさせないから」
そう言いながら、オレの肩をぎゅっと抱き寄せ、その距離を取ったまま、歩き出してくれた。
後ろから、まだ何かをいう声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
「類、ありがとう。愛しているぞ」
「いえいえ。大切な司くんを守れてよかった。僕も、愛しているよ」
普段は、こんなこと、外では言えないけれど。
類からの愛が嬉しくて。
何より、その声に答えてくれる声が、優しくて。
思わず泣きそうになりながらも、類と2人、手を繋いで、デートを始めた。