大好きを「 」に。それは、2月ももう終わろうとしている、ある日のことだった。
「……よし、カレールーも買ったし、帰るとするか。……む?」
材料が足りないとの連絡が来て、スーパーに立ち寄った帰り。
行きの時は通らなかった通路に、一際華やかな棚があった。
「これは……ホワイトデー、か?」
よくよく見ると、そこには「ホワイトデー特集」と書かれていた。
飴玉が沢山詰まった入れ物やクッキーの詰め合わせ、マドレーヌにマカロンといったものまで選り取り見取り、とてもカラフルな棚となっていた。
「確か、3月14日は練習日だったな。今度デパートにでも言って、皆のを見繕わねばな」
バレンタインの日は、えむも寧々もお菓子を用意してくれた。
かくいうオレも、昔はあげることはできてももらうことができないと悲しむ咲希のために、オレの方から用意してあげていたこともあり、しっかり用意していた。
勿論、本命の類の分は特別豪華に。
当日は驚きや困惑の声もあったが、各々バレンタインを楽しめた。
類の方も、素敵なゲリラショーを用意してくれていて、後で二人きりになってから始まった小さなショーは、動画を撮っておきたいと思う程、素敵なものだった。
そんなわけで、バレンタインはもらったりあげたりとしたわけだが、咲希達もバレンタイン・ホワイトデー共に贈り物をし合っている訳なのだから、オレの方もお返しを考えなければ。
(えむは……飴の方が嬉しいかもな。味も色々な、入れ物も綺麗なものの方が嬉しいだろうか。
寧々は、少し高級な蜂蜜の飴にするか。喉にもいいだろうしな。
類は…………)
オレは、そこまで考えて、はたと気づいてしまった。
そのまま、考えが口から零れる。
「類は、何が好きなんだろうか……」
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「んんん、ううむ……」
夕食後、オレは1人、自室で頭を悩ませていた。
そう、類への、ホワイトデーのお返しについてだ。
類が好きなもの。
それがショーであることは、オレも重々承知している。
だがしかし、オレは思ってしまった。
『物』で、類が渡されて喜ぶものは何なのだろうか、と。
類は、自分が欲しいものはきっと、自ら作成して、手に入れるのだろう。
そう考えると、類がもらって嬉しい『物』というのは、存在しないのかもしれない。
ショーを送った方が、確実に喜んでもらえるかもしれない。
だが。
オレが「動画を撮っておけばよかった」と思うのと同じように。
物として残しておいてほしい欲が、強くなってしまったのだ。
それに、今後進級して一緒にいる時間も少なくなるかもしれない。
だから、「物」で喜ぶものを渡そうと、しているのだが。
「何も、思いつかん……」
如何せん、類は何でも作れる。
類が喜びそうなものは全部ショーに関係していて、尚且つ自分で作成できそうなものばかりだ。
たかだか素人のオレが同じものを作ったとしても、類が作ったものには遠く及ばない。
心から喜んでもらえそうにないのだ。
「一体、どうすれば……」
頭を抱えていると、コンコンと楽し気なノック音が響いた。
「お兄ちゃーん、今いい?」
「む?いいぞ、咲希!」
答えると、直ぐにガチャと音を立てながら、咲希が顔を覗かせる。
「あのね、ちょっとココア作ったら作りすぎちゃって……。クッキーもあるから、よかったらどうかな?」
「なるほどな。いいぞ!歯磨きはもう1回すればいいしな!」
「よかった!お兄ちゃん、ありがとう!」
咲希の笑顔を見てほっこりすると、急に咲希がむむむと考え込んだ。
「ど、どうした?」
「お兄ちゃん、何か悩んでる……?」
「えっ」
思わずギクリ、としてしまうと、咲希はやっぱりといった顔になった。
「もしよかったら、アタシ聞いてもいいかな?あ、お兄ちゃんが話してもいいなら、だけど……」
「咲希……」
咲希の優しさに、胸がジーンとする。
……どちらにしても、オレ1人では答えが出ないのだ。
ならば、話してみるのも、いいかもしれない。
「……なら、少し、聞いてもらってもいいか?」
「!!うん、わかった!それじゃ、リビングにココアとクッキー用意してくるね!」
「はは、慌てて転ぶんじゃないぞー」
嬉しそうにパタパタと向かう咲希にそう声をかけると、少し離れたところから「わかってるー!」と返事がくる。
そんな状態が少し面白くて、クスリと笑いながらリビングへ向かった。
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「ホワイトデーのお返し、かあ……」
「ああ……。どうしたものかと思ってな……」
ココアをゆっくり飲みながら、溜息をつく。
咲希は、オレの先ほどのあれそれを全部聞いた上で、むむむと考え込むと、ハッとしたように口を開いた。
「お兄ちゃん、ショーに関係するものは、お兄ちゃんが作るより類さんが作った方がいいんだよね?」
「あ、ああ。クオリティもそうだが、綺麗だしな」
「逆に、類さんが作るより、お兄ちゃんが作った方がいいものって、ないかな?」
「オレが、類よりも……」
そう言われて、考え込む。
脚本……は、演じる人がいないと意味がない。となると……
「裁縫関連、だな。類もその手のものは作っているとは言っていなかった気がする」
「裁縫関連……」
「しかし、喜ぶものが何かがわからないと思っていたし、それに、それで何か作れるか、と言われてもな……」
オレの裁縫技術は、服を作れたりする暁山なんかに比べると全然なもの。
だからこそ、それで何が作れるのかも想像がつかなかったから、完全に除外していた。
だが、オレの答えを聞いて、咲希は不思議そうに口を開いた。
「お兄ちゃんは、類さんが喜ぶものがいいんだよね?」
「ん?ああ」
「アタシは、お兄ちゃんが手作りしたものなら、類さんは何でも嬉しいと思うんだ」
「…………え?」
「お兄ちゃんは、一番喜んでもらえるショーよりも、今回は物として残って、自分のことを思い出せるものがいいんだよね?」
「あ、ああ。そうだな」
困惑しながらも答えると、咲希はにっこり笑いながら言った。
「そんな思いを込めながら作って渡してくれたものなら、アタシはどんな物でもとても嬉しいと思うんだ!手作りなら尚更!」
「咲希……」
「だから、お兄ちゃんが一等得意な裁縫で、何か作ろうよ!アタシも手伝うから!」
咲希の頼もしい言葉に、涙が出そうになる。
零れそうになるのをぐっと堪えて、笑顔を向けた。
「……っ、ああ。ありがとう、咲希!」
「ふふ、どーいたしまして!じゃあ早速、何作るか考えないとね!」
何がいいかな~?と言いながらスマホとにらめっこする咲希に思わず笑いながら、
自分もスマホで検索しようと、画面を開く。
直後、シュポ、と音がして届いたのは、えむからのLINEだった。
セカイの猫に似ているぬいぐるみを見つけたから、買ってしまったとの報告だった。
苦笑しながらも、「よかったな」と返信を送りながら、写真を眺める。
そして、そのぬいぐるみの説明書きを見て、ハッとした。
もしかしたら、アレならば。
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「……部屋が、綺麗、だと……!?」
司くんのびっくりした方な声に、思わずフフっと笑みが零れる。
3月14日、ホワイトデー。
普段であれば、そのまま部屋に通して、司くんから小言を言われながら掃除をする、というのが常だけど。
この日は少々、事情が違った。
「だって、ずーっと司くんとの時間取れなかったんだもん。これならたっぷり取れるかなって思って」
「うぐ……。この節は本当に済まなかった……」
「ううん。僕が司くん不足になっちゃっただけだから」
そう。ここ暫く、休日も含め用事があるとのことで、司くんとの時間が全然取れていなくて。
元々事前に「3月14日まで忙しい」とは言われていたから、言わずもがなホワイトデー関係だとは思うのだけれど。
それにしたって長すぎて、僕はすっかり司くん不足になっていた。
「本当はとりあえずぎゅーってしたいけど、先に渡したいものがあるんだっけ?」
「ああ!皆から色々もらってオレも早くと思ってしまってな!」
「ふふ、ずっとうずうずしていたものね」
ニコニコ笑顔でいう司くんに、思わず笑ってしまう。
僕からのお返しは、以前セカイに持ってきて実演したポン菓子をまた目の前で実演した後に、出来立てポン菓子をキャラメルと和えて固めたライスパフバーだ。
実演だったのもあって、えむくんを始めセカイの皆からも好評だった。
司くんからは、なんと手作りの髪飾りが用意されていた。
えむくんへはヘアピン、寧々へはシュシュ、他のセカイのの皆へもロゼッタが用意されていて、これを作るためか、と納得しそうになっていたが、
僕宛てのものだけは、持ってきていないと言われてしまった。
ブーイングをする皆に、司くんは言ったのだ。
「物が少々大きくて、嵩張ってしまってな。類の家に直接持っていく予定だ。後で写真は送るから待っててくれ」
……これだけでも凄かったのに、僕のものはこれ以上。
僕の表情に色々察したのか、皆から「写真楽しみにしているね!」なんて言われてしまった。
そうして、漸く念願のお返しがもらえる。僕の家まで来た。
近くのコインロッカーに預けていたというそれは、確かにかなりの大きさに見えたが、「嵩張っているだけでそこまで大きくはないし重くもない」とは言われていた。
ここまでくると、僕もわくわくでそわそわしてしまう。
そんな僕に苦笑しながらも、司くんはテキパキと用意を進める。
「それじゃ、このテーブルを借りるな」
「う、うん。一体何を…………え?」
鞄の中から、一際大きいものをテーブルに置く。
……それは、どこか懐かしい、大きい洋館。そして、その隣にそびえる、大きな樹。
そんな2つが描かれた、厚紙だった。
「……これ、って……」
『……ありがとう』
普段よりもずっと低いその声にハッとなって、司くんの方を向く。
司くんは、とても柔らかい笑顔で、言葉を紡いでいった。
『君は、私達に偏見を持たず、恐怖をすることなく、勇気を持って、私の心の中にある垣根を飛び越えてくれた。』
「……あ……」
『そうして今、私達のあいだにあるとてつもなく大きな垣根を飛び越えるために、手を差し伸べてくれている』
『本当に、ありがとう』
司くんの言葉に、僕は言葉が出なくなった。
だってそれは、僕の大切なショーの内容で。
心から、なんて幸せだと、実感した、あのショーで。
司くんは、言い終わり、いつもの笑顔でにっこりと笑うと。
手に持っていたものを、厚紙の前に置いた。
……将校と、森の少女を模した、ぬいぐるみを。
「…………えっ」
「これが、オレからのプレゼントだ」
そう言いながら、鞄からひょいひょいと取り出していく。
「少女の友達に、参謀……。あ、町の民と森の民も!」
「流石に読み合わせの時だけだったから、ちょっとカイト達への確認に時間がかかったがな……」
読み合わせの時だけだった、メイコさんやルカさん、レンくんの町の民、リンくんやミクくんといった森の民。
僕の役を代わりにやってもらったカイトさんは、僕と同じ衣装の装飾違いになっている。
「凄い……!あの日のショーを、こんな風に再現できるなんて……!ありがとう、司くん!」
「ああ、どういたしまして」
喜びのあまり、興奮したまま司くんの方へ向く。
司くんはそんな僕を、嬉しそうに見ていた。
「でも、なんでぬいぐるみを……?司くんなら、ショーか何かかと思ったんだけど……」
「ああ、それはな。オレが形にしたかったからだ」
「形……?」
「これから、きっと会う時間はもっと取れなくなる。だから、互いを思い出せる物があったら、とな」
「……それが、このぬいぐるみかい?」
「ああ!……オレは、類みたく、ショーに関連するものは、類ほどうまくは作れない」
「!司く……」
「だが!オレは類よりも裁縫ができる。そして、こうしてぬいぐるみの洋服が作れるんだと、気づいたんだ!」
「……!それで、このぬいぐるみ達を……?」
「流石に1からは難しかったから、髪と衣装を自由に作れるぬいぐるみを発注したがな……」
苦笑しながら言う司くんを尻目に、もう一度ぬいぐるみに目線を落とす。
後付けされたとは思えないほど、丁寧に髪も衣装も作られている。
皆分のお返しも、作っていたのに。
毎日毎日、時間を割いて、作ってくれたのだ。
他でもない、僕のために。
「類の好きなものを、お返しにしたいと、ずっと思っていたんだ」
「……うん」
「類が何よりも好きで、大切にしている、あのショーを再現できたらと、そう思ったんだ」
「……っ、うん。……司くん」
「ん?」
「本当に、ありがとう」
そう言いながら、そっと抱きしめる。
「オレの方こそ、ありがとう」
そう言って、司くんも抱き締め返してくれた。
結局その日は、ショーの鑑賞会も語り合いもせず。
司くん不足だったり、睡眠不足だったりを互いに労わるために。
ぎゅうぎゅうに抱き締めあって、眠りについたのを。
司くん作の、思い出のショーの登場人物だけが、見守っていた。