その大きさは無限大。「……うん。とても良くなったと思いますよ」
「……!!ありがとうございます!!」
優しく微笑む女性に言われた言葉に、サッと頭を下げてお礼を言う。
でも、そのままいる訳にはいかない。パッと立ち退くと、すぐに次の人がスタンバイした。
女性の顔からも微笑みが消え、真剣な顔で次の人に指示を出している。
今日は、ワンダーステージのお休みを利用して、ワークショップに出向いていた。
優しく微笑んでいるこの女性も、歌もアクションも極めている方というだけあって、見抜く目が凄い。
今は微笑んではいるが、反面、優しさ故の厳しさもある。
だが、指摘される言葉の数々は知らなかった、気づかなかったことばかりで、色々と勉強になる。
また旭さんに相談して正解だったと、心の中で旭さんにお礼を言った。
「……はい、それでは15分休憩とします。先ほどの指摘をしっかり考えてください。休憩後、同じセリフを言っていただきます」
はい、と皆元気よく返事をしたものの、練習はかなり厳しい。
この休憩で少しでも身体を休めないとな、と水を飲みながら考える。
「天馬さん、少し宜しいかしら」
「……っ!?は、はい!」
突然声をかけられ、水を吹き出しそうになるのを堪えながら、振り返る。
そこには、例の講師の方が微笑みながら立っていた。
「すみません休憩中に。少し、聞きたいことがありまして」
「は、はい。なんでしょうか?」
何を聞かれるのかと、背筋を伸ばして身構える。
そんなに硬くならないでいいのよと、一言言ってから、女性は口を開いた。
「天馬さんの演技は、とても良いものでした。役そのものにも見えるほど、入り込んでました」
「あ、ありがとうございます!」
「はい。……だからこそ、気になってしまった残念な点があったので、お聞きしたかったんです」
その言葉に、思わず、え、と言葉が漏れる。
そんなオレを尻目に、女性は苦笑しながら口を開いた。
「天馬さん、お付き合いしている方がいますよね?」
「……えっ」
突然言われた言葉に、困惑と共に、何故わかったのかと、思わず顔が熱くなるのを感じる。
そんなオレが微笑ましいのか、くすりと笑いながら、女性は続けた。
「女性を思う、男性のセリフ。とてもよく心に響きました。お付き合いしている人への気持ちを、投影しているようで。
だからこそ、惜しいと思ったんです」
「それは……実際の恋愛感情を、持ち出しているから、ですか?」
「そうとも、言えますね。
天馬さんのその感情には、少しだけですが、寂しさも混じっているので」
「……それは……」
女性のその言葉に、言葉がつまった。
実際、この女性のワークショップは、彼女の多忙さも相まって、他に比べてかなりの短期・長時間となっている。
なので実際、あまり類と話している時間が取れていないのだ。
「実際の感情を持ち出すのは、決して悪いことではありません。ですが、余計な感情もついてくるのは、間違いなく欠点と言えるでしょう」
「…………」
「だからこそ、
"今思っている感情"ではなく、
"セリフにあるような思いを向ける時の感情"
が出せるようになれば、とても良くなると思いますよ」
「……セリフにあるような思いを……」
「心の底から感情を操作するのは、そう容易ではありません。
ですが、会得すれば、抱いている感情をそのまま芝居に向けることができる。最高の武器となり得ます」
「………………」
「休憩後の貴方の演技、期待しておりますね」
そう、微笑みながら、離れていく女性。
オレはただただ、考えていた。
類への思いを変えて、芝居に向けられる方法を。
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数日後の、ワークショップ終わり。
一人一人、個室に呼び出されて、今回のよかった点、悪かった点を、教えてもらっていた。
勿論のこと、オレも、よかった点も悪かった点も、どちらも沢山言われた。
まだまだ精進が必要だなと考える中、ふと言葉を切って、女性がオレに微笑んだ。
「……講義の途中で、恋愛感情の向き先の話をしたのを、覚えていますか?」
「え?は、はい。あれから自分なりに工夫しましたが……」
「はい。確かに、前よりも良くはなりました。ただ、あまり向けたことがない感情ですと、前より薄いように感じました。体感したことがない感情も向けられるといいですね」
「っ、はい!」
「それから。……これに関しては、評価でもなんでもないですが。」
そう言って、一呼吸おく女性に、オレは首を傾げる。
そんなオレを尻目に、女性はオレをまっすぐ見て、口を開いた。
「……天馬さんは、その好きな方に、愛慕を寄せているのですね」
「……あい、ぼ?」
あまり聞かない言葉に、思わず首を傾げる。
そんなオレに、クスリと笑いながら、話を続けた。
「とても愛していて、傍にいたい。心惹かれていて、いつでも思い続ける。そんな意味を持っています」
「……っ!」
「アドバイス後の天馬さんの演技は、確かに良くなっていました。足りない部分もあれど、進歩しておりました」
「その中でも、誰かにまっすぐに想いを伝える言葉。……これに関しては、どれよりもまっすぐに心に響きました。他の方々からも、高評価を受けています」
聞いている人が少し恥ずかしくなるくらいには、と苦笑する女性を見て、思い出した。
オレがセリフを言って戻る最中、何人かは顔を赤らめていたと。
しかし、オレは周りの人もそんなにわかるほど、想いが籠っていたのか。
その事実に、少しだけ恥ずかしくなってくる。
「高校生で、ここまで深く人を好きになっているのは、少し珍しいように感じました。
ですが、だからこそ、自分の中にある想いを、最大限に発揮できたのだなと、思っています。
好きな人と、お幸せに。そして、その想いを、大事にしてくださいね。」
「…………っ、はい!」
女性のその言葉に、大きく返事をしながら、頭を下げた。
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周りにその想いが伝わるくらい、オレは自分の演技に想いを込められていた。
大切なことだけど、コントロールできてなかったのは事実で。
その想いが駄々洩れだったことは、流石に恥ずかしい。
けれど。
『とても愛していて、傍にいたい。心惹かれていて、いつでも思い続ける』
オレが類に向けている感情が。
それがどれほど大きいものなのか、全然理解できてなかった。
それを、改めて認知して。
恥ずかしい反面、多忙なのも相まって、頭はそれ一色に染まっていた。
類に会いたい。
今日あったことも、言われたことも、全部全部話して。
オレの愛の大きさを、類に知ってほしい。
だって、類ならば。
こんな愛の大きさも受け止めて。
その上で、同じくらい。いや、それ以上の愛で、返してくれる。
そう、確信しているから。
帰りの歩きの信号待ちの間に、類の番号をタップする。
プルルルル、と響く音がすぐに途切れ、愛しい声が耳を刺激した。
「もしもし、類か?あのな……」
その日、オレは類の家にお泊りすることになるのは
また、別のお話。