夜なのに外が明るい。それほどに大きな月がぽっかりと空に浮かんでいる。
「すごい月だねー」
独り言ともとれる感嘆に、隣りに佇む人は「そうだな」と短い同意を返す。月が綺麗ですね、なんて言い回しは有名すぎて、意味を知っているに違いないこの人には伝わりすぎるから言ってやらない。
窓を開けると秋の風が頬を撫でた。首から提げたスマホを空にかざす。
「写真か?」
「せっかくだからねー。上手に撮れたらSNSにでも上げようかなー」
画面越しに月を見上げる。四角く切り取られた夜空の中、輝くまあるい金色。
「ん…あれ?」
液晶に不意にノイズが走る。チカチカした点滅、動かしていないのにブレる画面、映された月は紅く色を変える。
「おっと…。こいつはまた俺のせいかもな」
頭一つ高い位置から苦笑が漏れる。雨彦さんは電子機器と相性が悪いのを自他ともに認めていた。
「ちょいと席を外しておくから、ゆっくり撮るといい」
ゆらりと長身を揺らして雨彦さんが窓辺から離れようとする。「待って」とその袖を引いて引き留めた。スマホを伏せる。
「…いいのかい。写真」
「いいよ。写真より実物を見ればいいんだから」
だから、一緒に眺めませんかー。
そう誘えば、雨彦さんは一歩、二歩、こちらへ近づいて。さして大きくもない窓は二人で並ぶと少し狭いけど、僕らは身を寄せあうようにして月を眺める。
まるくて大きな明るい月。月明かりに照らされた、隣りの犀利な横顔。こんなに近くにいると、口に出すつもりはないのに伝わってしまいそう。
ねえ雨彦さん。月が綺麗ですね。