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    az_matsu

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    ルチルとミチルの任務中に魔法舎でお留守番になったミスラがチレッタとの約束ついて考えたりする話。

    #まほやく
    mahayanaMahaparinirvanaSutra
    #ミスチレ
    mystique

    約束 南の国の魔法使いたちの新しい任務が決まったと聞きつけ、ルチルとミチルに行くなと言ったミスラの提案は、今回も受け入れられることなく却下された。
     ノックもそこそこに部屋に押しかけられて荷造りを邪魔されたルチルは、戸口に立ったミスラを振り返り、またかという表情でため息をつきながら返事をする。
    「もう、ミスラさんてばまたそんなこと……。心配してくれるのは嬉しいですけど、私たちの事をもっと信頼してくださいって何度も言っているじゃないですか」
    「今回の件はフィガロの診療所辺りのことなんだから、フィガロに任せておけばいいでしょう? どうしてあなたたちまで行く必要があるんです」
    「被害のある地域は私たちの生まれ育った街の近くだし、知り合いも巻き込まれているかもしれないんですよ。私たちだってお手伝いしたいんです」
    「あなたたちが行ったって足手纏いにしかなりませんよ。どうせあの男が一人で何とかするんだから」
    「そんな言い方しなくてもいいでしょう? ミチルだって故郷を守る手伝いができるって張り切っているのに、足手纏いだなんて酷いです。私たち、あの辺の地理には詳しいですし、危ないところにわざわざ行ったりなんかしませんから」
    「よく知ってる場所だから大丈夫だなんて、のんきにもほどがあるな。余計に心配になってきました」
    「も~~~、ああ言えばこう言う……」
    「こちらの台詞です。だいたい……って、ちょっと聞いてますか? 俺はまだ話してるんですけど」
     はいはい、ミスラさんは本当に心配性ですねえと笑って、さっさと口論を切り上げ、荷造りに戻ろうとするルチルにミスラが食い下がる。
     兄弟の任務が決まる度の恒例行事のようになったやりとりを廊下で聞いていたフィガロが苦笑しながら、こちらも恒例となったお決まりの助け舟を出した。
    「大丈夫だよミスラ、俺もレノもついてるし、今回は東の魔法使いだって協力してくれるんだ、二人を危険な目にはあわせないから、安心して任せてよ」
     またこの流れかとミスラは舌打ちをする。ルチルとミチルをなるべく危険から遠ざけようとしても、本人たちに協力する気などまるでないうえ、なんだかんだと邪魔が入って、いつだってミスラの思うようにはならない。鬱陶し気に視線をやれば、ミスラの不機嫌など意にも解さぬ表情でフィガロが言い添えた。
    「ミチルがちょっとホームシックみたいだから、今回は特に連れて行ってあげたいんだよね。それに、あの子たちにだって経験を積んで強くなってもらわなきゃ、本番の厄災が来たときに身を守れなかったら困るじゃない」
    「そんな心配は無用です。本番になったら、あの人たちは有無を言わさず封印して、安全な場所に隠しておきますから」
    「まだそんなこと言ってるの? おまえも相変わらずだね」
    「余計なお世話ですよ」
     本当にその時が来たとして、結局はいつも通り、自分の思うようにはならないのだろうと頭の隅では解っている。ミスラはままならない気持ちに憮然としてそっぽを向いた。
     南の兄弟、チレッタの二人の息子たちは、恐れるものなど何もなく不敵で自由気ままな生き方を貫いてきたミスラにとって、現時点で世界で唯一の不安要素だった。自分が魔法使いでいられなくなることなど考えたくもなかったが、この二人が存在する以上は考えざるを得ない。
     そもそもこんな状況に陥った原因は他ならぬ自分自身が作ったのだけれど、過ぎた事はもう、どうにもしようがないのだから。

     中央や西の連中が出払った時ほどではないまでも、南と東の魔法使いたちが任務に出発したその晩の魔法舎は少しだけ静かだった。
     自分が居ない間の居残り組の為にとネロが作り置きしてくれた料理を、ブラッドリーと一緒に食い荒らしたのを見つかって、双子に散々文句を言われてからミスラは自室へと追いやられた。
     皆が寝静まった真夜中、相変わらず眠れないまま、窓の外の虫の音を聴きながら一向にやってこない眠気を待つことに飽きて、暗がりの中、もそもそとシーツから這い出す。
     唇の動きだけで呪文を唱え指先を軽く弾く。小さな火花がパチリと散って、飾り棚に並んだ蝋燭に小さな炎が灯った。
    「……良かった。まだちゃんと生きてますね」
     自分の魔力がまだあることに安堵して肩で大きなため息をつくと、一緒に身体の力まで抜けたかのように再びぱたりとベッドへ倒れこみ、蝋燭の淡い光に照らされた薄暗い天井を見上げた。

     クローロスの庭園での一件以来、ミスラは南の兄弟を物のように扱うことをやめた。
     あれらはミスラのさじ加減だけでどうにかなるものではなく、意思を持った「個」であるという認識が、ミスラの中に生まれたからだった。
     まだ幼い故か、北の魔法使いへの畏れからか、文句は言っても直接的な抵抗をしない弟のミチルはともかく、兄のルチルはやわらかい口調や穏やかそうな外見とは似つかずとても頑固で、力では到底ミスラに叶わないと知っていてもなお、自分の意思を押し通すためなら実力行使も持さない男だった。実際、あの雨の庭園で彼の小芝居に騙された時は死ぬほど焦ったし、今思い出しても背筋が寒くなる。
     チレッタとの約束を守れなければミスラがどうなるかを解っていながら、過度に束縛するなら自殺してやるだとか、自分たちにも石になる自由があるだとか、自らの命を盾にして脅しをかけるようなとんでもないことを言い、それならばと自由を許せば、途端に軽率な行動をとり始める。
     要するに、ミスラが魔力を失うことなど、あの二人にとっては常に気に掛ける気も起きない程どうでもいい事らしい。
     今後の人生が係った一大事に対してそんな認識をされるのは心底腹立たしいが、ミスラだって自分以外の魔法使いが勝手にした約束がどうなろうと知ったことではないし、もしも知らないうちに他人の約束に巻き込まれて自由を拘束されたりした日には、即座に相手を殺すだろう。だからまあ、あの二人がそんな風に考えるのも仕方がない事なのかもしれなかった。
     のんびり屋でおっとりした性格は父親譲りだと、ミスラがよく知らないあの人間の男のことを知っているフィガロやレノックスは言うけれど、ルチルのそういった部分を垣間見るたび、意見の食い違いがあれば頑として引き下がらず、実力行使で相手を従わせようとしていたあの女にちょっと似ているな、と思う。
     もちろん口論になったところでチレッタに勝てた事などなかったので、たいていの場合、面倒になって先に物理的な喧嘩を吹っかけていたのはミスラの方だったし、最終的に屈服させられていたのも、ほとんどの場合はミスラの方だったのだが。ーーともかく、そんな面倒なところばかり似なくてもよかったのに。そう思いながら、ミスラは誰に言うでもなく、薄闇に向かって常からの疑問を呟いた。
    「……本当に、どうして、約束なんかしたんでしょうね」
     弱いくせに警戒心も足りず、こちらの言うことなどちっとも聞かずに軽率で無謀なことばかりして、ミスラの胃を日々キリキリと傷めつけるチレッタの忘れ形見たち。
     不眠というたちの悪い厄災の傷がなかったとしても、不安で眠れないくらい心を削られるし、心配しすぎて本気でどうにかなりそうだと思う時すらある。その度に、あの時の自分は一体何を考えてチレッタにあんなことを言ったんだろうと、心底疑問に思うのだった。
     本当にうっかり、つい、流れでーー。今となってはそうだとしか思えなかった。けれど本気でちゃんと思い出せば、そう単純ではない理由が何かあったのかもしれない。
     静かに目を閉じて、あの時ーー自分がチレッタへの約束を口にした、そう遠くはない昔のことを思い返してみる。

     彼女の死期について突然告げられた時、それがどういうことなのか、理解が追いつくまでにかなりの時間を要したように思う。
     死ぬこと自体はちっとも怖くないんだけど、と茶化すように笑って話しながら、それでもチレッタはとても悲しそうだった。
     なぜ、今でなければいけないのかと。子供を守るのが母親の役目なのに、死んでしまって役目を果たせないのなら残された子供たちはどうなるのかと、案じる言葉を聴きながら、悔し気に長い睫毛を伏せるチレッタの顔を、ぼんやりとただ見つめていた。
     しかし、あの時の自分が何を考えていたのかなど、いくら考えても思い出すことができない。色んな事を考えすぎてどれひとつ正確に思い出せないのかもしれないし、そもそも何も考えていなかったのかもしれなかった。
     ーー長い長い付き合いの最期に約束を贈って、彼女を喜ばせたかった。
     前回の厄災戦の直後、新しい賢者の魔法使いとして召喚され再会したルチルに、どうして母と約束をしたのかと理由を問われたミスラはそんな風に答え、ルチルも一応はそれで納得したようだった。
     よくよく思い返せばそんな感情も確かにあった。子供たちは自分が守ると約束を告げた時、チレッタがとても嬉しそうで、それを見たミスラも嬉しかったのは本当のことだから。
     でも、考えるほどにそんな理由すらも後付けのように感じられる。
     魔法使いは絶対に約束をしてはいけない、すれば結果がどうなるのかーー。それは幼いころからチレッタに教え込まれていたし、いかに気まぐれなミスラであっても、その点に関してだけは常に理性を以て抑えていたはずなのだ。だからこそ、考えれば考えるほどに、本当につい、うっかり、そんな感じだったような気がしてくる。

    ーー今この瞬間に、この女のために絶対にそれをしなければいけない。

     あの時はただ、そんな抑えがたい衝動で。まるで本能に突き動かされたかのように、あの言葉を口にしていたように思う。

     あれこれと考えていた結果、眠気は更に遠退いたようだった。
     今から賢者のところへ行って眠るのを手伝わせようか、それともオズを叩き起こして今日こそ仕留めてやろうか。暫く考えて、しかしそれすら面倒だとまたひとつため息をつき、ミスラはただじっと、昇る朝陽を待つことにした。


    ***


     ミスラがチレッタと出会ってしばらくの頃、死の湖に遊びに来た彼女と湖畔を散歩している時に、その質問は唐突に降ってきた。

    「あんたさ、今までに誰かと約束したことある?」
    「……約束?」
     耳慣れない言葉に、ミスラは小さく首をかしげる。その様子を見たチレッタは言葉の意味を噛み砕くように、もう一度尋ねた。
    「『約束する』っていうのはね、取り決めっていうか……うーん……、誰かと一緒に、何かの物事のために自分や相手がどうするかを決めて、将来ずっと、死ぬまでそれを変えないってこと。そういう話を誰かとしたことがある?」
     質問の意図を理解したミスラは、そんなことがこれまでにあっただろうかと暫く思案してから答えた。
    「いいえ、たぶん無いと思いますけど。そもそも、そういう話をする人がいませんでした」
    「そっか、ならいいんだ。これから先も約束はしちゃだめだよ」
    「なぜです?」
    「約束をして、もしもそれを守れなかったら魔法が使えなくなるからだよ。魔法は心で使うものだって教えたじゃん? 約束も心でするものだから、心に嘘をついたらその代償に魔力を奪われて、弱くてすぐ死ぬただの人間になっちゃうんだよ。そんなの嫌でしょ?」
    「……へぇ」
     約束がどのようなものかは解ったが、それ以外はなんだか少し小難しく聞こえた。だけどせっかく覚えた魔法が使えなくなるのは嫌だったし、とにかくその約束とやらをしなければいいという話だろう。そう思って適当な返事をしたミスラの頭をチレッタが小突いた。
    「興味なさそうにするんじゃない。大事なことなんだからね! 魔力を失いたくないなら、一度した約束は絶対に守らなきゃいけないし、それが心を縛る枷になるでしょ? 枷ができれば自由でいられなくなる。自由じゃない魔法使いは弱くなるんだよ。ミスラは強くなりたいでしょ?」
    「はい」
    「だったらそれを邪魔するものを、自分から作らないことだよ」
     さも当然だという顔で、チレッタがそう言った。
     言葉や知識だけでなく、魔法使いとしての生き方や考え方、最強を誇る北の魔法使いとしての矜持、そういったことについてチレッタは事あるごとにミスラに教え込んでいた。
     彼女に出会うまでたった一人で生きてきて、魔法についても世界の仕組みについても何の知識も持ち得なかったミスラは、チレッタの言うことをそのまま信じるより外になかったし、もとより疑う理由もなかった。
     チレッタの教えてくれる物事はもちろん、彼女の言動の全てがそういうものなのだと、そうあるべきだと、湖面に舞い落ちた雪が一瞬で水に解けていくように、すんなりと心に染みこんで定着し、ミスラを形作っていった。
     そのように理解はしたものの、随分長く生きているというこの魔女が、そんなにも長い年月の間に一度もその「約束」とやらをしたことがないのだろうかと、ふと浮かんだ疑問を口にしてみる。
    「あなたは、今まで一度も約束をしたことはないんですか?」
    「無いよ。これからもしないんじゃないかな。だって私は私のために強くなったんだもん。私の強さは私の幸せだし、誰かのために弱みなんか作りたくないな」
    「絶対にですか?」
    「なによ、やけに食い下がるじゃん」
     無垢な表情で尋ねるミスラに、チレッタは少し驚いた顔をした。それから少しの間、自分に問いかけるように首を傾げて黙り混む。
    「今はそう思ってるけど……、そうだね、絶対かどうかはわかんないな……」
     そうして、どこか遠くを見つめるように顔を上げた。暮れていく夕陽の金色が美しい輪郭を縁取り、風が彼女の髪をキラキラと揺らすのを見つめながら、ミスラは言葉の続きを待った。

    「残りの人生も、自分の運命も、全てをその相手のために捧げてもいいって心が感じたら、その時に約束をするのは間違いじゃないのかもね」

     チレッタの言葉は、その時のミスラにはよくは解らなかったし、その後にもついぞ思い出すことはなかった。
     それでも、その意味はごく自然に、それまで彼女から学んだ多くの物事と同じように、ミスラの心の深い場所で、ゆっくりと静かに溶け、確実に染み込み、根付いていった。
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