メイドカフェD&D(メイドではない) D&Dはしがないバイク屋である。ぶっちゃけて言うならば、売り上げが足りていない。全然足りていない。大赤字である。
というわけで、バイク屋を経営しながらメイドカフェをすることになった。
とうぜんながら「なんでメイドカフェなんだよ」と聞いたイヌピーに、「顧客の強いご希望にお答えすることになった」とドラケンは眉間に皺を寄せながら答えた。
D&Dはあくまでバイク屋である。メイドカフェはご指名が入ったときだけ、特別に行われるサービスである。
「イヌピー、ご指名だ」
「またか」
「まただ。お疲れなんだろ」
イヌピーはドラケンが持っているタブレットを覗き込む。指名は三十分後。ドリンクはカルピスをご希望だ。これは変な意味ではなく、カルピスは乾家の夏の定番だったことに由来する。どうやらこれは相当にお疲れのようだ。もっともイヌピーのお客様は「相当にお疲れ」でない時の方が少なかった。かなりのブラック企業にお勤めらしい。
時間になったのでスタッフルームで待機していると、顧客さまが「イヌピィィィ」と泣きながら入ってきた。
「おかえりなさい、ご主人様」
メイドカフェがメイドカフェである名残は、お客様を出迎えるときのこのセリフくらいである。イヌピーもドラケンも作業着のままなので、そもそもメイドではないのだが、どういうわけかメイドカフェということになっている。
イヌピーを指名したご主人様は、サングラスとマスクといういかにも変装な恰好で入ってきた。
「ご所望のカルピスだぞ。飲めよココ(仮名)」
「イヌピィィィ」
ご主人様は奇声を上げた。「聞いてくれよ灰谷がまたやらかしたんだ。その後始末に追われて三日寝てねぇ。でも灰谷はまだいい方だ。他の奴らは算数もできないんだ。算数だぞ。数学じゃない。足し算さえできないんだ。あっ、これはイヌピーをディスっているわけじゃないから。イヌピー怒ってないよね。とにかくたいへんだったんだ」とまくしたてあげた。
イヌピーは「そうかたいへんだったな」とご主人様を労わった。ちなみにイヌピーはご主人様がなにを言ったかは全く理解していない。「なにを言われてもうんうんと頷いておけ」というドラケンのアドバイスに従っているだけだ。
こんなことを毎日しているというのなら、メイドカフェというのもたいへんだな、とイヌピーは思ったが、ドラケンいわく「メイドカフェは客の愚痴を聞くところじゃねぇよ。どっちかっつうとキャバクラだな」らしい。それならメイドカフェD&Dではなく、キャバクラD&Dでいいのではないかと思ったが、「ご主人様がメイドカフェをご所望なんだよ」とドラケンはやけくそだった。
まぁともかくメイドカフェの仕事を全うしなくては。なにせカルピスはぼったくり価格の時価五万円である。
「よしよし、ココ(仮名)はたいへんだったんだな」
「イヌピー、やさしい。アイス食べて……」
アイスは時価八万円である。ちなみにアイスを買ってきたのはご主人様で、もちろん食べるのはイヌピーだ。カフェの価格は決まっておらず、ご主人様が自主的に払っていくだけだ。あまりの多忙に壊れたご主人様が払った最大金額は1千万のポッキーである。
「ココ(仮名)、オマエも食べるか?」
「ありがとうイヌピー帰りに100万円払っていくね」
「いらねー」
「イヌピーの塩対応ありがとうございますご褒美です」
「ココ(仮名)、オマエマジで寝たほうがいいぞ」
というわけで、一時間はあっという間に経過した。
スタッフルームを出ると、ドラケンご指名のお客様がどら焼きを平らげているところだった。
さて名残惜しいがお客様をお見送りする時間である。
「イヌピー、アフターに誘っていい?」
「ラーメン屋がいい」
「わかった赤坂の料亭の料理長にラーメンつくらせるね」
「かわいそうだからやめてやれ」
メイドカフェにアフターなどないし、そもそもイヌピーもドラケンもメイドではない。だが顧客様がメイドカフェと言うのだから、メイドカフェなのである。
とはいえ本当はメイドカフェではないので、ご主人様もといお客様はカルピスとアイス分のバイクパーツ十三万円分をお買い上げしていった。伝説のポッキーのときは一千万相当のバイクのお買い上げだった。イヌピーのお客様はバイクを使わないが、ドラケン指定のお客様が使っているだろう。たぶん。
D&Dはしがないバイク屋であるが、めでたく今日も黒字である。
「っていうか、これでいいのか……?」
「あんまり深く考えない方がいいぞ、イヌピー。オレは考えるのをやめた」