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    kyosato_23

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    231話の後、コタンにて
    自分の為に料理をする鯉に嬉しさと罪悪感の両方がある月の月鯉です。
    月の為に米を炊く鯉を無限に吸いたい。
    その夜に魚を捌くはそのままの意味だったり、比喩だったりするかもしれない。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    私は魚を捌く新しい命の誕生を見届けたその翌朝、月島は間借りしたアイヌの家の中で目を覚ました。
    既に陽が高い。こんなに時間まで眠ったのはいつぶりの事だろうか。
    軍での仕事以外にすることがないので月島はいつも仕事が終われば食事と風呂をすませてすぐに床に入り、朝も起床時間より早くに目覚めて仕事の為の身支度をする。白米の甘さと体の芯を温める湯船だけがかすかなよすがだった。
    ふと横を見るとそこには共に寝ていたはずの鯉登の姿がない。息を呑んで飛び起きた。今更に家永に打たれた薬の後遺症が出てきたか、頭がずきりと痛む。
    「なんだ、起きたのか月島。ちょうどいい、飯にしよう」
    「……」
    顔を顰めてこめかみを押さえている月島をよそに、あっけらかんとした様子の鯉登が入口から現れた。病衣のみでは冷えるだろうとアイヌの女たちが着せた見慣れぬ衣の上に軍衣を羽織っている。
    「魚がよく獲れたそうでな、少し分けてもらった」
    そう言って湯気を立てる鍋を置き、その前に腰を下ろす。干した茸を煮た香りが舞い、鼻を刺激した。
    「米もあるぞ」
    鯉登が飯盒を月島に見せびらかすように自慢げに突きつける。側面に吹きこぼれた証拠の跡があり、既に炊かれた後であるとわかる。
    「それは……」
    「幸い、見張りだった兵卒の荷物の中にあった。あいつめ、荷物も置きっぱなしで行きおって……」
    月島はもちろん、鯉登も飯盒など持ってきていなかった。飯盒がどこから来たのか確かに疑問に思ったが、月島が問いたかったのはそこではない。
    「いえ、それは……鯉登少尉殿がお炊きに?」
    「そうだ。……何だ、私とてこれくらいは習っているぞ」
    それは、そうだろう、と思う。
    だが先遣隊として樺太の地を進んでいた頃、そうとは思えない程に鯉登は炊事が苦手に見えたし、自分から作業をしようとしなかった。杉元などは大層嫌味を言い、谷垣も苦笑していた。
    月島も一言何か言ってやりたい時は確かにあったが、他の面々よりも鯉登との付き合いは長い身である。あの家で大事に育てられた子息が炊事ができない、自分が煮炊きをする役割の人間ではないという意識が染みついているのは当然に思えた。自分ができるのだから自分がまとめてやればいい、と月島は割り切っていた。
    その鯉登少尉がである。自分から食事の調達の交渉に赴き、あまつさえ米を炊いて持ってきてくれたと言うのだ。
    蓋を開ける時は月島も、炊いた鯉登本人も恐々とした様子だったが、ふわりとした熱気と好ましい香りと共に白く炊きあがった米粒が見えた時は互いにほっと胸を撫でおろした。
    鯉登がその米を蓋へよそって、月島に食えと渡してくる。
    「私よりも鯉登少尉殿が先にお食べください」
    「こんな飯の席で階級を気にするな、不調の人間こそよく食べるべきだ」
    「……あなたこそ怪我人でしょう」
    「もうほとんど治っている。……お前が白米が好物だというからわざわざ炊いてやったのだぞ」
    そうまで言われてしまうと月島はとうとう観念する他なしと溜息をつき、その蓋を手に取って、頂きますと返した。満足げに鯉登が頷く。
    すり潰した身を団子にした汁物を覚束ない手つきで椀によそうのを内心落ち着かずに見ていたが、無事に終わって椀を受け取るとようやく月島の肩から力が抜けた。
    それと同時に白米と汁物の匂いが体に染み渡るような心地になる。
    蝶よ花よとばかりに育てられ、自らが水仕事で指先を荒れさせるようなことなど決してなかっただろう、そしてこれからも恐らくないだろう高貴な相手に手ずから米を炊かせてしまった。申し訳なさと居たたまれなさを感じたが、同時にその献身的な行動がひどく健気で可愛らしく、それが自分に向けられていることについて月島は酷く心を乱された。
    話さなければならないことがあるはずだった。それなのに奥歯で噛み潰す白米がいつもよりも甘くて、月島の口を鈍らせる。入隊して生まれて初めて口にした白米よりももっと美味に感じる。
    鯉登本人にきっとそんな意図はないだろうが、甘ったるく手懐けられているような気持ちに陥る。そしてそれに揺らいでいる自分自身の心が月島を苛んだ。
    「美味いか?」
    「……、はい、」
    「ふふふ、米くらいいつでも私が炊いてやるぞ」
    実のところ水が多かったのか少しやわい炊きあがりではあったが、今の月島にはその柔らかさがちょうど良かった。奥歯で強く噛むまでもなく、舌ですり潰すだけで溶けていく。
    「ところで、この汁物は……」
    アイヌの料理であるのはわかっていたが、まさかこれも鯉登が手をかけて作ったのだろうか、まさかと思いつつ月島はつみれ団子を匙でつつく。
    「ああ、食いたければ手伝えと言われてな。しかし私は魚など捌けんし山菜の摘み方もわからんからな、その分の金を払った」
    米も備蓄があるという住人に金を払って買った、と鯉登は続けた。
    まあ、そうでしょうね、という言葉を汁と共に喉奥へ飲み込む。妙な安堵がある。汁の温かさにも、鯉登のその物言いにも。
    そういう性格だった。出来ないものは出来ないのだから悩むよりも金を払って手早く解決してしまう姿勢が身についているのだ。
    手ずからの料理は確かに月島の心を揺さぶるが、同時に良家の子息らしいそのやり方が変わっていないことが嬉しかった。
    健気に自分に料理を誂える姿も、逆に何もできず月島にやらせるばかりの姿も、どちらも好ましい。好ましいが、それを好ましいと思う理由の根幹にあるのは同じ感情である気がした。目も眩むような優越感、あるいは支配欲。吐き気を催しそうになるのは、薬の後遺症の頭痛のせいではない。
    「……頭が痛むか?」
    「……」
    「とにかく食って、今日はここで休め。インカラマッや家永の件の報告は私がしておく」
    昨日までは自分が世話をしていた相手に、世話をされて、殺そうとした相手に優しく労られている。平穏なのに歪な時間だ。
    そうもいきません、と地面を睨むと、今度は鯉登が溜息をついた。
    「月島お前、魚は捌けるのか?」
    「え?まあ、人並みには……」
    「ふふ、そうか。なら夕餉はお前が作れ」
    報告ついでに街へ行って醤油や味噌も買ってくるから、それで何か作ってくれと言う。買ってきた物を家賃代りに渡せばコタンの皆も滞在に文句は言うまい、と鯉登も汁に口をつける。
    鯉登に作れと言われて断る選択肢は月島にはない。そもそも元からの役割分担で言えば当然であるし、それ自体はやぶさかではなかった。
    鯉登ができない部分の面倒を月島が見る。ただそれだけの、今まで通りのやり取りであるのに、掌の上にある炊き立ての白米が月島の認識をおかしくする。
    「ああ、米も買ってくるぞ。また私が炊いてやろう」
    鯉登が得意げに胸を張る。覚えたての言葉を連呼する幼児のように、しばらくの間は米を炊きたがるのだろうと容易に想像できて、月島は綻びそうになる口元を咄嗟に椀で隠した。
    鯉登が米を炊いて、月島が汁物を作る。
    それは確かに対等だ。互いに何かを与え合う。それでいいのだろうか。……いいのだろうか。









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