神出鬼没の大猫石より流れ出て天にあり、何人足りとて捉える事叶わぬ我が身はなんぞ?
名前:クヴェルキュルン
ケダモノ種:スフィンクス
住処:風化しかけた天文台
権能:叡智
疑似餌の姿:ベールの令嬢
欲望:【愛玩】クヴェルキュルンは人間が大好きよ!白いのも黒いのも、小さいのも大きいのもクヴェルキュルンはみんな大好きよ!だから困った時は助けてあげる、クヴェルキュルンに任せて!
伝説
【大いなる厄災】クヴェルキュルンは助けてあげたの、でも、ちょっとやりすぎちゃって。人間はみーんないなくなっちゃった。クヴェルキュルンは悲しいわ。
【エウレカ!】
君は剣にそっくりだね。
静寂な部屋の窓から、スフィンクスの言葉が投げかけられる。
「つまり、私が冷たく鋭利で容赦がないと言いたいの?」
対峙する女はスフィンクスには目もくれず、手
元の学術書をめくりながら答える。
『そうとも、それでいて美しいのさ。血を流すことも厭わぬ程に』
「口説き文句のつもりならどうも。」
いつから、どちらからだったかなど双方覚えていない。しかし女とスフィンクスは、いつも夜になるとこうして話をした。
お互いに面白そうな謎かけや興味深い疑問を持ち寄って楽しむ、愛智の徒として彼らはお互いを認めていたのだ。
『今日はとびきりのやつを持ってきたんだよ。』
するりと窓の隙間を抜けて、部屋の中に入ったスフィンクスは大きな身体を丸めて目を細める。
"謎"そのものとも言えるスフィンクスの『とびきりのやつ』に興味をそそられた女の、頁をめくる手が止まる。
「まあ、それは楽しそうね。今日のお茶請けはそれにしましょう。」
女は声を弾ませて紅茶で満たされたティーカップを口元に運ぶ。スフィンクスと謎かけをしながら飲むお茶が、彼女は一等好きだった。
ぱたんと音を立てて本を閉じたら、楽しい時間の始まりだ。
まず女が問いかけ、スフィンクスが答え、そして2人で解釈をする。今度は問う側と答える側を入れ替えて、それを繰り返す。謎そのものであるスフィンクスは当然ほとんどの謎に難なく答えるが、女もまた、スフィンクスの出す数々の謎に答えてみせた。
『それが生まれると木々は葉を失う、時には栄誉、けれど棺桶にもゆりかごにもなる。さあ、これは?』
「答えは絹ね」
『ご名答』
「カイコは桑の葉を食べて絹糸を吐くもの、人にとっては高級品で身につけるのは栄誉なことだけど…糸を取る時に繭ごと茹でられるカイコにとって、絹糸の繭はゆりかごであると同時に棺よね。」
『君なら分かると信じていたよ』
女の答えに、スフィンクスの満足気な笑いが浮かぶ。幾つもの問いと答えを繰り返し、徐々に空が白みはじめる。
今夜の謎掛けももう終わりが近いのだ、東の空が白くなるのが彼らのお喋りの終わりの合図だった。
『本当なら君が謎を出す番だけど、もうそろそろ時間だ、次のやつが最後になる。まだとびきりのやつを出してないから、また僕が出してもいいかい?』
闇夜に輝く瞳だけを浮かべたスフィンクスが訊ねると、女は窓の外を見て呟くように答える。
「もうそんな時間なのね、あなたとのお喋りは本当にあっという間だわ。もちろん、構わなくてよ。ずっと気になっていたもの、あなたのとっておき。」
女が視線をスフィンクスに戻した時、スフィンクスはそのしなやかな上体を現して、女に詰め寄っていた。真ん丸の瞳が瞬きひとつせず女を射抜く。
驚いて声ひとつ上げられない女に、スフィンクスは問いかけた。
『君の魂と君の体、一体どちらが《君》なんだい?』
これに答えてはいけない、と女は直感した。スフィンクスは時折、同胞を増やすために宇宙の謎に関する問いをする。それを解いたものはスフィンクスになるのだ、というのは有名な話であった。
きっとこれはそういう類の謎だ、解いたらスフィンクスになってしまう。考えてはいけない。
理性の部分はそう警鐘を鳴らすのに、悲しいことに女はそれで止まりきれない程には知識欲と好奇心が旺盛だった。
「それは______」
静かな部屋に、女の答えが響く。それを聞き届けたスフィンクスは口元を三日月のように歪めて笑う。
笑って、笑って、猫も笑いも消えたあと。
朝日の射し込む部屋には、誰も残っていなかった。