リナリアの本音衝突なことだった。喉から異物が迫り上がってくる感覚。
——きもちわるい。
「ぅ、ゔぇえ…ッ、」
咄嗟に吐き出すまいと嘔吐くも口を抑える。部屋を汚さないようゴミ箱を足で挟んで引き寄せ、その中に迫り上がってきたものを嘔吐した。そして、吐き出されたものを横目に見ると、
「花…?」
それは、薄紫で、中心になるに連れてその色は色濃くなっている、どこか神秘的な美しさを持った花だった。なんとなく、その色はオレの中で類を彷彿とさせた。
類なら、この花の名前が分かるだろうか。
緑化委員で、カモノハシやらムカデやら生物に詳しい類ならば。
単なる好奇心で、スマホを取り出した。己から吐き出されたものということは伏せて、類に画像を送り、メッセージを送信する。
『夜分にすまん。この花、なんていうか知らないか?』
類からの返信を待っている間に"花を吐く 病気"と検索をかける。どうやらこの症状は「嘔吐中枢花被性疾患」通称「花吐き病」という病に当てはまるらしかった。
片想いを拗らせてしまうことが原因らしい。
それを知ってオレはすぐにピンときた。オレは多分類に片想いをしてしまっている、たった今自分の初恋を自覚したのだ。どうやら自分の感情にオレは疎いようだと気付かされた。
そうしたところで、ピロン、通知が類からの返信を知らせてくれた。
『それはイキシアの花だね』
『助かった!感謝する』
オレの返信に対して既読がついたところでオレは眠りについた。
それから、花を吐く都度、類に花の種類を尋ねるようになった。
今までの花は「リモニウム」「ペチュニア」「ヘリオトロープ」……どれも鮮やかな紫だ。紫以外の色の種類が他にある花も多いはずなのに、全て紫色。まるでオレの心の拠り所を映しているかのようだった。
「おはよう、司くん」
「類、おはよう!」
「ねぇ、司くん、最近、花のことばかり聞くよね?それって」
恐らく急に花の品種を聞くようになったことについて聞きたいのだろう。変に詮索はされたくなかったので、類が何か言い切る前に捲し立てた。
「あー、実は咲希がガーデニングにハマってな!咲希が花をプレゼントをしてくれたんだが、種類が分からなかったらしいんだ。種は貰い物だったらしくてな。これからもたびたび類に聞くことになると思うんだが、大丈夫だろうか?」
「なるほど、別に構わないよ」
よかった、嘘はバレていないようだ。咄嗟に作った嘘話だが、さすがは脚本家兼未来のスター!!…なんて明るくいられたら、どんなによかっただろう。オレは夢か、恋か、天秤にかけなければならないというのに。
本当は両方とも諦めたくない。一番良いのは恋を実らせ花吐き病も完治させ、夢を追いかけ続けること。
しかし、類を想い続けてもこの恋が叶う保証はどこにもない。むしろ、拒絶される可能性の方がよっぽど高いのだ。相手は男で、しかもオレは自業自得だが一度見限られた経験まである。
それならば、想いは告げずに、より確実な方をとるまでだ。
「…っぅ、少し、席を外す…」
「司くん?」
突然の喉の苦しさに口数が少なくなってしまう。だってこれ以上口を開いたら出てきそうだ。全速力で走り回って、人気のない場所を探した。
「…っ!」
何事にも限界が訪れるものだと、酷く痛感した。我慢していた分大きく咳き込んでしまう。でも、思ったより苦しくはない。
喉から転び出たのは思ったより小ぶりな花。それもまた、紫色の可愛らしい花だった。
「ふぅ……よし、誰も見てないな」
周りを確認するとオレは花の写真を撮った。そして人に吐いた花を触れさせると、花吐き病が感染する恐れがあるらしいのでティッシュに包んで鞄に入れた。
柱に人影が隠れていたことも知らずに。
続いて類に聞いたところによるとその花は『リナリア』というらしい。その後セカイでワンダーランズ×ショウタイムの皆と打ち合わせをしたのだが、何故か視線を感じた。その視線の先を辿れば類の猫のような瞳とかち合う。
「——司くん、少し、いいかな」
「ん?ああ」
えむや寧々と解散した後、類と二人で少しだけ残ることにした。
「花の種は咲希くんが人に貰ったもの、なんだよね?」
「…っああ」
「へぇ」
突然嘘をなぞられたかのように確認されて動揺したが、すぐに平然を装って頷く。類は少し不機嫌そうに眉を顰めたが、取り繕うように唇が弧を描いた。
「…花言葉」
「え、」
「調べてみたらどうだい?」
「…わかった」
それぞれ検索をかけていくと、内に秘めていた想いが晒されているようで、どうしようもなく顔に熱が灯った。
イキシア「秘めた恋」 リモニウム「変わらぬ心」
ペチュニア「心のやすらぎ」 ヘリオトロープ「献身的な愛」
全部全部、オレの想いを鏡映しにしているようだ。
最後のリナリアの花は——「この恋に気付いて」「幻想」
オレは類のことを諦めようと、した、はずなのに。
想いを伝えずにいようとしていたはずなのに。
——オレはリナリアを、吐いてしまった。
「この恋に気付いて」そして、「幻想」
認めたくないがこれらは本当にリナリアの花言葉。
本当は、心底では伝えることを望んでいたのか。
オレはそんな幻想を夢見ていたっていうのか。
「やっと自覚したの?」
「類…?」
類との距離感がおかしい。いつの間にこんなに近付いていたのかと思うほどに。吐息がかかるほど互いの顔が近くなっていた。
類の声は冷たくて静かだ。
透き通った美しい声は時に恐ろしい。
「司くんは——花吐き病、なんだね」
「っ!…ぇ」
見られていたのか。隠し事が、知られてしまった。
類に唇を押し付けられた。
動揺からファーストキスを奪われたことへの反応が遅れる。
「なッ!?」
類に口元を指でなぞられる。そして、髪から頬にかけて愛おしむように撫でられた。
「好き」
「それ、は…オレに対して…?」
「……うん」
「れ、……恋愛的な…?」
「…うん。ごめんね」
どこにも謝ることなんてないだろう?何故謝る?
「お、オレも…っあ…」
ハラリ。驚くほどあっさりと白銀の百合が零れた。
「おれ…っオレも、類のことが、好きだ…っ!」
やっと、言えた、伝えられた。嬉しくて、止めどなく涙が溢れる。
「ちょ…っ、両想いだったのかい!?」
オレが歓喜している中、類だけが事態を飲み込めないでいた。それがオレはとても意外なことだった。だって、てっきり。
「…はぁ?お前わかってて…き、キスしたんじゃないのか?」
「いやー嬉しい誤算だったね」
「かっ、からかうな!!」
この3秒後、えむや寧々、ミクたちが祝福の喝采を浴びせに飛び出してくるなんて、知るよしもなかった。