年明けの一幕「ああ、年が明けたね」
ワイルダー邸からでも広場の騒ぎや教会の鐘の音が聞こえる。しいなはゼロスの書斎の窓からカーテンを少しめくって貴族街の広場の様子を確かめる。
「まさか、仕事とはいえ、ここで年越しすることになるとは思わなかったよ。」
「俺様はうれしいけど?」
気づいたら窓越しに背後をとられている。少し嫌な予感がする。
「だってさ、このまま…」
窓に挟まれて、灰色がかった蒼い瞳が近づいてくる。
「姫初めができるでしょ」
嫌な予感は的中していたようだ。抱き抱えようとしているのか膝裏と背中に両手が近づいてきたのを察知してその手をはたく。
「いって!」
「仕事!終わってないだろ!」
「30分!いや、15分でいいから!」
「生々しいこと言うんじゃないよ、年明けから!」
「仕事詰めで少しくらいご褒美が欲しいって思っちゃいけないわけ?」
言われてみればしいながきてからずっと缶詰だ。ゼロスは今日で二徹目に入ろうとしている。しいなは少し考えて、
「ほら」
ソファに座って膝をたたく。
「何?」
「15分でも30分でもここで少し寝な。」
「しいなの膝枕で?」
しいなは頬を朱に染めて頷く。
「仕事中のしいなが優しい。これは仕事し過ぎの幻覚か…」
「嫌なら、一人で寝な!」
「あ、喜んで休ませていただきますー」
ゼロスはしいなの膝に頭を落とす。長い髪がしいなの膝では受け止めきれず、脛のあたりまで溢れる。
いろいろおちょくって来られるかと覚悟していたが、やはり疲れていたようで横になった途端眠り始めた。
髪をすいてやると気持ち良さそうに口元を緩める。幼い頃から命を狙われる機会があったゼロスの眠りは基本的に浅いし、すぐ起きる。だれかがそばにいよう物なら熟睡しない。付き合い始めた頃は肌を合わせた後でもしいなの横で熟睡したことのなかったゼロスが今ではこの様だ。
「信用されてる、ってことなのかねぇ」
しいなは幼な子をあやすようにぽんぽんと肩のあたりを叩きながらブランケットをかけてやる。ほんとはこのまま、数時間寝かしてやりたいけど、仕事量を考えると30分がいいところだ。しいなは自分自身も眠らないように、時間までゼロスを寝かし続けた。
時間になって起こしてもゼロスはしいなの膝に抱きつき、なかなか起きようとしなかった。