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    ほのか

    @honoka_annsuta

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    ほのか

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    まお北アンソロジー「Stargazer」に寄稿させていただいた小説です。
    未来設定のまお北です。

    #まお北
    dueNorth

    降り積もる雪のように 十二月も近くなると、ぐっと気温も下がり、日も落ちるのもめっきり早くなった。
     クリスマスや年末年始に向けて仕事も増えている。
     学院の生徒だった頃は年齢の関係もあり、夜の仕事はなかったが、今はしっかりと夜も働いている。
     仕事が終わり、寮へ帰ろうとする頃には、すでに日は落ち、真っ暗になってしまっていた。だが、十月が終わり、ハロウィンが終わると、街はクリスマス一色に染まり、大通りには華やかなイルミネーションで彩られ、賑やかな空気に包まれていた。
     普段であれば、寄り道もせずにまっすぐに寮に帰る北斗だったが、周りの華やいだ雰囲気に少しだけ足を止めた。
    (衣更は……今日の予定はどうだろうな)
     色とりどりの人工的な光を見て思ったのはそんなこと。
     衣更とは同じユニットの仲間であると同時に恋人同士だった。
     決して叶うことがないと思っていた想い。だが、それが零れ落ちた。その時、北斗はユニットから抜けることも覚悟した。衣更が自分の想いを厭うのであればやむなしと。
     だが、その零れた想いを衣更は掬い上げて、付き合うに至った。
     それは予想外の出来事で、嬉しくもありがたく思う一方で、喉に小骨が刺さるような小さな引っ掛かりを覚えているの事実である。
    (こんな寒い中、会いたいと思うのは迷惑だろうか)
     衣更も寮暮らしだ。彼も仕事が終われば、寮に帰るだろうし、呼び出さなくても、寮の共有スペースで会うことができる。
     だが―――。
     北斗は徐にスマホを取り出した。
     スマホに表示された時間を見て少し考えたが、衣更にメールを送った。
    『今、電話してもいいか?』
     衣更が仕事中であれば、電話するのも躊躇われるし、メールに気づけば、返事をくれるだろう。
     少し待って、返信がなければこのまま寮に帰ろう。そう思い、時間を潰すために大きな通りにあった雑貨屋に入った。
     普段であれば、クロスワードパズルの新刊を確認するために書店に入ることが多い。クロスワード以外にも移動中に読む本を探すこともある。
     書店が近くになかったわけではないが、何となくこの店に入ったのは別の思惑があったからだ。
     入店してからしばらくすると、スマホが震えて着信を知らせた。
     相手の名前は『衣更真緒』と表示されている。
     恐らくメールを見て、返信するよりも自分がかけた方が早いと思ったのだろう。
     一度、店を出て、応答ボタンをタップした。
    「悪いな」
     相手に掛けさせてしまったことを一言謝罪する。
    『別にいいけど。どうしたんだよ、一体』
     少しだけ心配そうな声が耳に届いた。
    「今、どこにいる?」
    『今? 寮だけど? 今日は仕事も早めに終わったから、のんびりしているよ。どうしたんだ?」
    「そうか。それなら、いい」
     今日はひどく冷え込んでいる。何となく心が浮き立って会いたいと思ってしまったが、幾ばくか冷静になるとすでに寮に戻って寛いでいる衣更をこの寒い中、呼び出す必要はないと思えてきた。
    『ん? どうしたんだ? おまえこそ、今どこだよ?』
     少しだけ怪訝そうな口調で衣更が問いかける。
    「大通りの雑貨屋だ。今から帰る。少し共有スペースでお茶でも飲めそうか?」
     ここからなら、寮まで三十分もあれば帰れる。
     衣更の都合さえよければ、共有スペースで温かくしながら、茶を飲めばいい。それだけでも十分だ。
    『わかった。少し待っていろ。すぐ行くから』
    「は?」
     そんなことを言った覚えはないのだが、意識せずに自分の願望を口にしていたのだろうか。
    『デートのお誘いがわからないようじゃ、彼氏失格だろ?』
     少し笑いを含んだ声で楽しそうに告げた。
    「あ、いや、外は結構寒いから、それに共有スペースで一緒に過ごせれば」
    『プライバシーの欠片もない場所でいちゃつけって? いいから、待っていろって。温かい場所で待っているんだぞ? 着いたら連絡するから』
     それだけ言うと通話を切られた。
    (……馬鹿だな、あいつも)
     自分の意図に気づいても、共有スペースで茶を飲みたいと言っているだけなのだから、それを叶えてくれてくれればいいのに。
     そんなことを思いつつも、スマホをしまうと再び店に入ることにした。
     
     
     雑貨やといっても、ファンシーな感じではなく、どちらかと言えば、アンティーク物も扱っている落ち着いた雰囲気の店である。
     雑貨屋で物を見るという機会はあまりないので、何となく物珍しくて思わず魅入ってしまう。
     いろいろと見ていたが、ふと足を止めたのは金属でできたブックマーカー。上部が可愛らしい猫になっていて、石か硝子かぱっと見わからないが、透明な色つきの玉が付いている。
     ブックマーカーであり、アンティークではないからか、それほど大した値段ではない。
     目的のものではなかったが、何となく目に止まった。
    「それ、欲しいのか?」
     手に取って細部を見ていると、後ろから声をかけられ、思わず振り返るとそこには衣更がいた。
    「うわっ……! い、さら……?」
    「そんなに驚かなくてもいいだろ?」
     少しばかり呆れたような傷ついたようなそんな視線を送る。
    「いや、連絡するって言っていたから」
     言い訳するようにモゴモゴとした口調になってしまう。
    「そのつもりだったんだけどさ。雑貨屋ってここかなって思って」
     覗いてみて違っていたら、連絡する予定だったと付け加えた。
    「そうか。すまなかったな、来てもらって」
     急いで着替えてきたのだろうか。それでもアイドルだからか、惚れた欲目を抜きにしても、洒落た格好である。
    「あのさ、恋人に呼ばれて迷惑なわけないだろ?」
     北斗の言葉に衣更は微かに苦笑を浮かべた。
    「だが……」
    「それとも、おまえは俺に呼び出されると迷惑なのか?」
     少しだけ表情を歪めて問いかける。
    「そんなことはない!」
     北斗は慌てて首を横に振った。
    「おまえさ、本当に変なところで遠慮するよな。仕事のこととかは容赦ないくせに」
     少しばかり呆れたような、それでいて、優しい視線に北斗は少しだけ恥ずかしくなって視線を逸らす。付き合い始めてから間もないわけでもないが、二人っきりの時だけに醸し出される甘い空気は今も慣れる気がしなかった。
    「仕事とプライベートを分けるのは悪いとは言わないけど、俺に対して遠慮するなよ」
    「善処する」
     さりげなく視線を逸らしたまま、それだけ告げた。恋人として接する時の距離感がまだ曖昧だ。
    「それで、それ、欲しいの?」
     手に取ったままのブックマーカーに視線を送り尋ねた。
    「そう、だな。本はよく読むし」
     クロスワードパズルも一冊まるごと一気にできてしまえばいいが、そうもいかないときもある。役者の仕事も受けるが、台本を読むときにもあると便利だ。もっとも演技の練習になると台本はだんだん端を折るなどをするので、利用することはなくなるが。
    「じゃあ、俺が買ってやるよ。それがいいのか?」
     北斗の手の中にあるブックマーカーを見つめながら問いかける。
    「あ、いや、買うなら自分で」
     買って欲しくて見ていたわけではないので、慌てて告げる。
    「いいから。そのかわり、おまえも何か買ってくれないか?」
    「おまえに?」
    「ああ。ちょっと欲しいものを探すからさ」
     俺は漫画は読むけど、栞はあまり使わないからさ、と付け加えると軽く店内を歩き始めた。
    「わかった」
     衣更の意図ははっきりとはわからないが、お互いに欲しいものを贈りあおうということなのだろう。それを反対する理由はないので、北斗もブックマーカーの吟味を始めた。
    「北斗は決まったか?」
     しばらくブックマーカーを含め店内を見ていると、衣更が声をかけてきた。
    「ああ」
     そう言って差し出したのは、透き通った少しだけ深みのある若草色の石が付いた猫のブックマーカー。
     結局最初に目に付いたそれになった。
    「一つでよかった?」
    「ああ。おまえは?」
    「俺はこれで」
     衣更が見せたのは深い蒼の石の付いたチャームだ。
    「おまえ、そんなの好きだっけ?」
    「仕事で個人の楽屋じゃないと結構似た鞄が多くて荷物が紛らわしくてさ。目印をつけたくて」
    「そうか」
     北斗は微笑むと衣更が持っていたチャームを手に取った。
    「だが、目印なら、もっと目立つ色の方がいいんじゃないのか?」
     深みのある蒼の色は組み合わせにもよるが、決して目立つ色ではない。もっと華やかな色の方が衣更には似合うし、目印として使うにしても、不向きな気がしたのだ。
    「いいんだよ! 俺は今はこの色が一番好きなんだから!」
    「それならいいが」
     衣更が蒼が一番好きだというのは初耳だったが、本人が好きならそれが一番いいことなのだろう。
    「おまえはこれでいいんだな?」
     北斗に確認をとった衣更はブックマーカーを北斗から受け取ると、そのまま会計に持っていったので、北斗も衣更が選んだチャームを持って会計を済ませた。
     
     
    「雪?」
     店を出た北斗は思わず呟いてしまった。イルミネーションの光を反射しながら、ちらちらと降っているのは雨ではなく雪である。
     寒いはずだ。
    「まるで一年前のようだな」
     衣更の言葉に北斗がはっとしたように衣更を見つめる。
    「何だよ?」
     北斗の視線に不機嫌そうに問いかける。
    「いや……」
     緩く頭を振った。
    「忘れたと思ったか?」
    「……」
     図星を指されて北斗は思わず黙り込む。衣更が覚えているとは思わなかったのだ。
    「去年のこの日、おまえに告白された。今日もあの日と同じように街がイルミネーションに彩られて、雪が降っていた。忘れるわけがないだろ」
     衣更は右手で北斗の頬に触れた。
     ひんやりとした頬にほんのりと熱が伝わる。
    「衣更」
    「だから、二人っきりで会いたいって思ってくれたんだろう?」
     その言葉に北斗は思わず目を見張った。
     衣更が覚えていてくれるとは思わなかったし、自分から一年目の記念日だと切り出しにくいと思ったのも事実だ。そして、自分が乙女チックな思考をしていることに驚いていた。
    「北斗」
    「ん?」
    「俺もおまえが帰ってきたら、少しだけ外に誘おうって思っていたんだ。ただおまえが仕事で少し遅くなるって聞いていたし、負担になったらって思って、事前には言えなかったけど」
     だから、誘ってくれて嬉しかったんだ、とやわらかく微笑んだ。
    「そう、なのか」
    「ああ。だから、これは記念だ。大袈裟でなくていい。ささやかでかまわない。記念になるものを贈りたいし、おまえからもらいたいって思ったんだ」
     衣更は先程購入した小さな紙袋に入ったブックマーカーを差し出した。
    「ありがとう」
     俯いていた顔をあげて、その小さな紙袋を受け取り、代わりに自身が購入したこれまた小さな紙袋に入ったチャームを差し出す。
    「どういたしまして。こちらこそ、ありがとうな」
     衣更は笑って受け取った。
     嬉しそうな衣更の様子に北斗は安堵の息を吐いた。
     確かに今日は付き合い始めてから、一年だった。だが、記念日だとか衣更にせっつくつもりはなかった。だが、自己満足でいい。一年自分と付き合ってくれたお礼の品を贈ろうと思っていたから、雑貨屋に入った。豪華なものだと何事かと思われ、気を使われる可能性があったから、普段に使ってもらえそうなものをさりげなく渡したいと。
     それなのに、自分まで衣更から贈り物をもらえた。外の寒さすら気にならないくらい温かい何かが心を包み込む。
    「少し、歩くか?」
    「ああ」
     北斗と衣更は夜も遅いというのに賑やかになっている街をのんびりと歩く。
    「衣更」
     電飾は美しく灯っているものの人気がない場所に来ると、横を歩いている衣更の名を呼ぶと足を止めた。
    「どうした?」
     衣更も足を止めて問いかける。
    「おまえは後悔したことないか?」
     俺と付き合って。言外に込めた想いが伝わったのだろうか。
     北斗の言葉に衣更は少し目を瞬かせた後、少しだけ目を細めた。
    「あるよ」
     北斗はぐっと手を握りしめた。爪が食い込んで痛いくらいだが、そんなことを気にする余裕はない。
    「そうか」
     カラカラと声が乾く。
     自分が告白して付き合ってから一年経った。その間に後悔させるようなことがあったのか、それとも付き合ったことそのものが後悔することだったのか。
    「おまえに告白させたこと。それだけはずっと後悔している。俺だっておまえのことが好きだった。それなのに、俺はおまえの心をさ迷わせ続けた。葛藤させて苦しめて。俺に一歩踏み出す勇気さえあれば、もっと早くおまえを苦しみから解放してやれたし、どうせ今でも思っているんだろう? おまえの方が俺の方が好きだって」
    「違うのか?」
    「さあな。おまえがどれだけ俺を想ってくれているかは正確なところはわからないからな。だけど、これだけは言える。俺はおまえが思っているよりも遥かにおまえのことが好きだぜ?」
     そう言って腕をつかんで北斗の身体を引き寄せた。
    「い、衣更……」
    「ずっと後悔していた。俺から告白しなかったこと。今日だってそうだ。おまえに気を遣って俺から声をかけなかった。強引にでも誘えばよかったって思っている」
     耳元で囁くと、耳に吐息が当たって、少しだけ北斗の身体が震える。
    「付き合ったことに後悔は?」
    「しているわけないだろ? 付き合ったことに後悔しているのに記念の品を贈り合うとか、どれだけ性格破綻していると思われているんだ? 俺はおまえと付き合ったこと、何一つ後悔してない」
     強い口調できっぱりと言い切った。
    「本当に?」
    「ああ。じゃあ、これは俺から誘おうか」
     衣更は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
    「へ?」
    「今日はこのまま寮に帰らずに俺と一緒にどこかに泊まろう? 少しの時間でもいい。二人っきりで過ごしたい」
    「えっと……」
    「駄目か?」
     少しだけ不安げに揺れる瞳。
    「駄目、じゃない」
     雪がちらついて凍えるような寒さだというのに、頬が熱くなるの感じる。
     衣更は北斗の返事に引き寄せていた身体をぎゅっと抱き締めた。
    「い、さら……?」
    「好きだよ、北斗。ずっと好きだった」
    「……俺も……」
    「だから、これからも俺と過ごして欲しい。記念日にはささやかでいいから、お祝いさせて。俺と過ごした年月を確かめさせて」
     衣更の言葉に小さく北斗は頷いた。


     これから先もずっと一つ一つの記念日を祝えますように―――。
     二人の心に宿る優しい願い事は雪のように降り積もっていった。

    ~Fin
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