Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    watersky_q

    スライム。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 19

    watersky_q

    ☆quiet follow

    鍾タル。書きたいとこだけ書いた市街戦。

    #鍾タル
    zhongchi

    凡人の言うところには静かで長閑でよい午後、であるはずだった。
    ぴくりと違和感に反応した鍾離は筆を置き、そしてその瞬間、窓の外から璃月中の空気を震わせるほどの雄叫びが響き渡った。続けざまに、金切声の悲鳴だ。
    やれやれ。仕方がない。凡人と化した身とは言え、璃月に住むものとして、この街を守る権利と義務はあるだろう。
    鍾離はすぐに自室を出た。往生堂の玄関前では、従業員が腰を抜かしそうになって柱にしがみついている。

    「堂主は?」
    「今朝からお出かけになっています」

    ならばすぐに思い浮かぶ神の目を持つ者は、あの戦闘狂の男ぐらいだろうか。しかしあの男も大人しく銀行にいない可能性がある。
    鍾離が表に出ると、三杯酔前の広場でヒルチャール岩兜の王が太い腕を天に向かって叫び声を上げているのが見えた。
    一体どこから街に入ってきたのだろうか。千岩軍はまだ到着していないようで、住民が逃げまどっている。あの巨大な腕を振るわれれば、民家は簡単に崩れるだろう。
    岩兜の王は広場のほうからゆっくりとこちらに向かってきていた。通常よりも大きな個体のようで、岩上茶室の屋根より頭の位置が高い。
    鍾離は岩上茶室の向かいの民家の傍で蹲っている幼女に気づいた。飾り棚の下で頭を抱えている子供は、どうやら近くに親がいないらしくわんわんと声をあげて泣いている。岩兜の王が近くまで来て暴れればひとたまりもない。

    「っ!」

    同じように幼女に気づいた渡し守が息を呑む。鍾離は駆け出して木橋を渡り、子供を拾うように掬い上げた。
    次の瞬間、岩兜の王が太い腕を振るい、ひょいとしゃがんだ鍾離の頭上を掠めていく。ぐしゃりと無惨に潰れる音がして、先ほどまで子供が身を寄せていた建物がいとも簡単に潰れてしまった。
    鍾離が子供を抱えて往生堂の傍まで駆け戻ると、渡し守はすぐに子供を受け取って、往生堂の中へと避難させてくれた。さて、家屋の被害は二の次だ。今は人命を最優先にし、あの化け物を倒さなければ。

    「皆逃げろ!!」

    鍾離が叫ぶと、近くの商店の女性も我に返ったように慌てて逃げ始めた。

    「鍾離先生!」

    頭上から、よく聞きなれた声が響き渡る。見上げると、すぐ傍の渡り廊下からタルタリヤが身を乗り出していた。
    しかし、書類仕事でもしている最中だったのか、その装いはかなりの軽装だ。防具はなく、上着もない。薄いシャツ一枚に帯革を身に着けているだけだ。鍾離が寝所で目にするような姿で、緊急事態の往来に堂々と出てきている。

    「行くよ!」

    彼は自信と確信に満ち溢れた顔で欄干からひょいと飛び降りた。鍾離が両腕を広げる中へ一分の狂いもなく降りてきて、腕の中へすっぽりと収まる。

    「はは、ナイスキャッチ!」
    「なんだその恰好は」
    「仕方ないだろ。急いで出てきたんだ」

    石畳の上に降り立つと、タルタリヤはぐるりと肩を回した。よくよく見れば仮面もないし、靴すら履いていない。どう見ても戦いに赴く格好ではない。

    「先生、槍かして」
    「武器も持っていないのか」
    「いや、ちょっと様子見のつもりで出てきたら面白そうだったからさ」

    来ちゃった、などとタルタリヤは笑う。鍾離は仕方なく槍を貸してやった。それだけでは駄目だろう。これで突撃するにはタルタリヤはあまりに軽装すぎる。
    しかもあろうことか、タルタリヤは靴下まで脱ぎ捨てた。僅かな防御も捨てて踏み込みやすさを優先するつもりだ。
    山が崩れるような声で吠えた岩兜の王は、ずん、と足を踏み出した。そのたった一歩で地震のように木造の建物がぐらぐらと揺れている。
    住民たちがすっかり逃げてしまうと、奴に立ち向かおうという獲物は最早鍾離とタルタリヤだけだ。放っておいてもこちらに狙いを定めるだろう。

    「あれ以上こちらに寄せると危険だぞ」

    鍾離はそう提案した。しかし、タルタリヤは肩を竦める。

    「だけど、あそこは狭い」

    道幅が狭く、周囲の民家や店舗が差し迫っている。あの巨体が暴れ、タルタリヤが大きく槍を振るえば、被害が大きくなるだろう。少なくとも岩上茶室は間違いなく潰れる。
    往生堂のすぐ傍らにある橋を渡ってくれば、道幅が少し広がる。だが、問題はあの巨体が橋を渡れるか、という点だ。ズン、と岩兜の王が地を踏み鳴らした衝撃で橋の袂に立っている石灯籠にピシリとひびが入った。

    「俺の予想だが・・・」

    鍾離は静かに腕を組んだ。

    「橋がもたないと思うぞ」

    タルタリヤはにまりと笑い、芝居がかった仕草でぐるりと鍾離から借りた槍を回した。まるで雲菫の舞台のような優雅な舞にも見えた。

    「それでいいんだよ」

    落ちる先は川だ。海に直結していてそれなりに深さもある。だが、あの巨体が落ちるには狭いだろう。タルタリヤは自分の得意分野に敵を押し込んで畳みかけるつもりだ。
    考えようによっては、民家や商店が破壊されるよりは橋を落とされるほうが被害が少ないと言えるのかもしれない。少なくとも人命を優先するなら上策だ。家屋の中には逃げ込んでいる住民がいるだろう。
    ずし、と岩兜の王の太い足が橋にかかる。それだけで、頑丈なはずの橋はミシリと軋む音を立てた。

    「ところで公子殿」
    「何?」
    「今夜の約束だが、いい酒が手に入ってな」

    タルタリヤはじっと正面を見据えたまま笑った。

    「じゃあ予定変更だ。俺が何か料理を作るよ」
    「それはいいな。楽しみにしている」

    バキ、と橋の木材が割れる音が響く。しかし、まだ寸でのところで持ちこたえている。持ち堪えてしまっている。
    あと2歩で、岩兜の王は橋を渡り切ってしまうだろう。

    「顕如磐石!」

    鍾離がタルタリヤに盾を付与するとともに目前に岩柱が現れる。タルタリヤは鍾離の肩にとん、と手を突いて岩柱の上に飛び乗った。柱の頂上に立つとぶん、と風を切るように槍を振るう。
    タルタリヤは笑みを浮かべながら裸足の足でしっかりと踏み込み、岩兜の王へ向かって軽やかに跳躍した。
    自然と鍾離の視線がタルタリヤを追うように上へと向く。日の光を背負うように空へと飛び出す姿が眩しく、目を細めて手でひさしを作った。
    同じように岩兜の王も上空の敵を認識して雄叫びを上げ、岩の鎧を黄金に光らせた。臨戦態勢だ。だが、同時に足を踏み鳴らしたことで橋は更にバキバキと亀裂を広げていく。
    タルタリヤは上空で槍を振り上げ、岩兜の王の丸く俯く背中に降り立ち、裸足の足で踏ん張りながら刃を突き刺した。ぎり、と奥歯を食いしばって、槍を押し込もうとしているのがわかる。
    ぽ、と神の目が光ったかと思うと、鍾離の槍は水元素に包まれ、タルタリヤの手に馴染む姿へと作り変えられていく。まさに、水はどんな姿にもなれる、を体現するような男だ。

    「公子殿!」

    落ちる、と思った。
    岩兜の王はタルタリヤを振り払おうともがき、ダンダンと地団駄を踏む。そして、更にタルタリヤは上から圧力でもかけるかのように巨躯の背へ刃を押し込む。
    すると、当然ながら既に亀裂が入っていた橋はバキバキと傷を大きく広げていく。
    次の瞬間には、鍾離の予想通り、橋は耐えきれずに崩壊した。大きな木片と共に岩兜の王が呻き声を上げて落下するのが、やけにゆっくりと見える。そして、タルタリヤが確かに口元に笑みを浮かべているのも確認できた。

    「全く・・・」

    鍾離はため息を吐いて、橋のなくなった道から下を覗き込んだ。あの岩兜の王は通常よりも大きかった。下が水路とはいえ、足がつけば溺れもしないだろう。

    「鍾離先生!」

    そこへ、ようやく応援を引き連れた千岩軍が到着した。岩兜の王の声は聞こえるものの姿は見えず、橋もなくなっている。明らかに異常事態に見えるだろう。

    「知人が下にいる。舟を回してやってくれ」

    鍾離が指す先を覗き込んだ兵は、思わずうわ、と声を上げた。巨大なヒルチャールに水の中で喧嘩を売っている、璃月の仇とも言うべき異国の男。彼の目から見ればあまりに複雑な現状に見えるだろうが、鍾離の目から見れば単純明快だ。

    「じきに片が付く」

    戦闘の助けはいらないだろう。そんなもの、あの男にとっては侮辱にしかならない。
    タルタリヤは周囲の水を集め、鍾離の槍を芯に作った水の槍を更に大きな鎌のように作り変えた。日の光を受けてキラキラと輝く水は実に美しい。

    「痛いから我慢しろよ!」

    見惚れる間もなく、タルタリヤは見事な動きですっぱりと岩兜の王の首を落とした。
    輝く飛沫と生き生きとした笑顔。狭い水路に薄着に他人の武器でも、あの男には一切関係ないらしい。
    実に呆気ない幕切れだ。元素に帰っていく岩兜の王から水中へ降りたタルタリヤは、泳ぎながら鍾離を見上げ、ぐっしょりと濡れた手をぱたぱたと振って見せた。

    「今、舟が迎えに行く。大人しくそこで待っていろ」



    「着替えてきたらどうだ」

    鍾離は往生堂の玄関前にある長椅子でタルタリヤの頭を拭いてやりながら提案した。ここから北国銀行も旅館もそう遠くはない。街中の騒ぎを彼の部下たちも知っているだろうし、着替えを用意して待っているかもしれない。
    しかし、タルタリヤは裸足の足でぺたぺたと石畳を鳴らしながら唇を尖らせた。

    「えー、面倒くさい」
    「風邪を引くぞ」
    「俺が?」
    「凡人だからな」
    「うわ、腹立つ」

    千岩兵と共に小舟に乗って戻ってきたタルタリヤは、当然ながら頭から足までずぶ濡れだった。
    鍾離に槍を返し、へらへらと笑う彼は薄い衣服が肌にぴったりと張り付いて目のやり場に困るような姿で、思わず鍾離もため息を禁じえなかった。
    橋を壊したのは半ばわざとだが、崩壊の瞬間を見ていない千岩軍からすればヒルチャールが壊したように見えただろう。タルタリヤは元凶を退治してくれた、今回ばかりは功労者になれる。
    数日のうちに七星が人を手配して修理させるはずだ。それまで少しばかり不便だが、鍾離にとっては回り道も散歩のようなものなのでさして苦にはならない。

    「いいじゃない。先生、何か貸してよ。あるでしょ?」
    「あるにはあるが」

    タルタリヤの髪から落ちた雫が石の長椅子に沁み込む。鍾離はじっと濡れた身体を見下ろして、彼の胸元の帯革をぐっと引っ張った。ぺたりと肌に張り付いた深紅の生地がますます扇情的だ。

    「それは誘っているのか?」
    「へぇ、鍾離先生も空気が読めるようになったじゃないか」

    にまりと笑うタルタリヤに、鍾離は口元を歪めるように笑い返した。

    「悪戯坊主め」

    こうなることを期待してわざと橋を壊し、ずぶ濡れになったのではないかと邪推してしまう。流石にそうではないと思いたいものだが。

    「脱がすなら、先生の部屋に入れてよ」

    その言いぐさに鍾離は眉を顰め、パチンと帯革の留め具を外してやった。ささやかな悪戯の仕返しだ。
    そこへ、俄かに先ほど壊した橋の周辺が騒がしくなる。見れば、七星のひとりである藤色の髪の少女が千岩軍を引き連れて様子見に訪れていた。
    彼女はタルタリヤと目が合うと、長い髪をなびかせて盛大に顔を背けた。はは、とタルタリヤは苦笑いするしかない。

    「ほら、早く行こ。俺、ここにいたら連行されそう」
    「されたとしても誤認ではないがな」
    「何?今日冷たくない?」

    流石に大人げないか、と鍾離はゆるく頭を振った。

    「二度とそんな恰好で戦闘に出るな」

    この男から争いごとを取り上げるなど最早不可能だと知っているが、それでもせめてこの薄着は頂けない。様々な面での安全を考慮して、上着と防具は最低限身に着けて貰わなければ。
    鍾離が手を差し伸べると、タルタリヤは素直にその手を取って長椅子から立ち上がり、鍾離に顔を近づけてにこりと笑った。立ち上がる拍子に、ふわりと薄い布地が広がって白い肌が露になる。
    凡人の言うところの、目のやり場に困る、とは即ちこういうことなのだろう。先に往生堂へ入ろうと、目を逸らすように背を向けると背後からくすくすと笑い声が聞こえる。

    「鍾離先生、そういうの、凡人はなんて言うか知ってる?」

    タルタリヤの裸足が石畳と触れ、ぺたりと音を立てた。

    「なんだ」

    鍾離が振り返ると、公子はそれはそれは悪い顔で笑っていた。こうしてみれば、この男は確かに璃月にとって最高の悪役だったのだろう。

    「嫉妬って言うんだよ」

    それを聞いて一瞬呆気にとられた鍾離を、タルタリヤはぺたぺたと子供のような足音を鳴らしながら追い越した。亜麻色の髪からはぽたぽたとしずくが滴っている。
    鍾離は大袈裟にため息を吐いて、額に手を当てた。知っているとも。誰よりも、自分がよく自覚している。この凡人らしく、儘ならない感情の正体を。

    「・・・初耳だ」

    だが鍾離は、苦々しく嘘を吐いた。タルタリヤの悪戯っ子のような笑顔があまりにも美しく、同時に腹立たしかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖☺💖🌠💕💕💙☺❤💜💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works