星夜の叢雲、催涙雨『咲希、体調はどう?』
軽快な通知音に気がつき咲希はトークアプリを開く。メッセージの送り主は幼馴染の一歌だ。すぐに入力欄をタップし、返信を入力する。
『大丈夫だよ!心配かけてごめんね?』
『それならいいけど……。でも無理したらダメだからね?今週ずっと休んでいたんだし』
『はーい!』
『あと、月曜の2限目が現代文から英語に変更だって。教科書間違えないようにね』
『そうなの!?危なかった〜。いっちゃんが教えてくれなかったら英語の教科書置いてくところだったよ〜!教えてくれてありがとう!』
『どういたしまして。それじゃあおやすみ』
『うん!おやすみなさ〜い!』
メッセージと共に寝息をたてるフェニーくんのスタンプを押し、トーク画面を閉じる。スマートフォンの画面も消して枕元のローテーブルに置く。ベッドに寝そべって少女はため息をついた。
「……学校、一週間も休んじゃったな……。いっちゃんだけじゃなくてあいり先輩とえな先輩にも心配させちゃったし……」
一歌からメッセージが届く前、共にバンドを組んでいる愛莉と絵名からも咲希の体調を案ずるメッセージが来ていた。その2人にもこれ以上心配させないように普段通り明るく返信したが。
「……どうしてこうなるの」
ぽつり、言葉が零れる。
「どうして……なんでいつもアタシばっかり……!!退院できたのに……!!せっかく、学校に行けるようになったのに……!!なんで………!?」
視界が歪む。身体を反転させて枕に顔を押し付け、声を殺すように嗚咽を漏らす。シーツを握る手に力が入る。
……いつもそうだ。思い通りにならない自分の身体が憎かった。幼い頃から寝込むことは珍しくなく、窓の外から楽しそうな同年代の子供たちを眺めていた。小学校の卒業アルバムに自分が写っている写真はわずかばかりで。せっかく4人で合格した中学校にはほとんど通えず、家族とも離れ、独り遠くの病院に入院することになって。
それでも、ひとりぼっちの寂しさにも辛い治療にも耐えて、今年になってようやく退院できた。通いたかった学校に通えるようになった。2人の幼馴染と過ごす時間はほとんどなくなってしまったけれど。もう1人の幼馴染と、憧れのアイドルの先輩、そして他校の先輩とバンドを結成して。やっと、やっとかけがえのない青春を過ごせると思ったのに。
そうしてしばらくすすり泣いていたが、やがて泣きはらした目で顔をあげる。
「──もう、いいや」
だるさの残る身体を起こし、机の引き出しを開ける。真っ先に目に入ったのは愛用のノート。それは、咲希が入院中に書いていた『やりたい100のことノート』だ。
咲希はノートを手に取ると、ためらいもなくゴミ箱に投げ捨てた。バサリと音を立ててゴミ箱に収まったそれを、感情の抜け落ちた目で見つめる。
「……無理だったんだ、最初から。アタシがみんなと同じように過ごすなんて」
諦めたように呟き、自室の窓から空を見上げる。
満天の星が瞬いているはずの藍色の空は、灰色の厚い雲に覆われていた。