原始から存在していたわけでもないのに、また、意図してそのように作ったわけでもないのに、人間の本能的な危機意識にがりりと爪を立てる音が何種類かあると思っている。多分、これがその一つだ。
長く、高く引きずるブレーキの悲鳴。
犬が吠える。二匹、三匹。雑多に。
リゾットは少しだけ目を開いた。
助手席のホルマジオが身じろぐ。
後を追うように、エレクトリックなイントロがカーステレオから這い出す。
「ラジオだぜ、今の」
ホルマジオが話しかけてきた。
「寝不足かよ?リゾット」
半分……よりも寝ているに近かったかもしれない。否定するには分が悪かった。
「悪趣味だろう。ブレーキ音がイントロに入っていて楽しいやつがいると思うか?」
ホルマジオが苦笑いする。
「さぁ?エンジン音なら喜ぶ趣味の奴はいそうだけどな」
まぁ、ラジオで流すのは紛らわしいよな、とフォローを入れてきた。やたら他人の機微に敏いこいつはもう既に何かを察している。あぁ面倒くせぇ、何が、というわけではないが。
指定の時間まではまだ少しある。時間通りにホルマジオが車を出てジェラートと合流、その後、「荷物」ごと二人を回収する運転手が今日のリゾットの役割だ。
サイドウィンドウのガラスは生温く、しかし妙に冴えない頭から温度を奪うだけの役には立った。目に入るのは街灯に照らされた路地裏の壁。ずるずると上るように視線を上げていく。猥雑なネオンと、それに浮かび上がる排煙の筋。渦巻きながら拡散していく、その先の星のひとつない空。
真っ黒い空。蒼ざめた穴が空いている。
「穴が空いてる」
声に出ていたのは想定外だった。多少居心地悪く伺った助手席では、ホルマジオが大袈裟に肩をすくめる。そのままこちらの肩を二度ほど叩いて、時計を見て出ていった。
リゾットはシートのリクライニングを直して、一つ息をつく。
あぁ、失敗した。