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    CocoKujyaku

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    CocoKujyaku

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    交流会に向けてcql忘羨の連載します。
    🍑👏で尻叩きしてくださると頑張れます!よろしくお願いします!!

    #忘羨
    WangXian

    日々是好日〔卯の刻〕

    夏を過ぎ、秋の気配が漂う明朝、藍忘机は腕の中にある体温を心地良く思いながら微睡から目覚めた。
    静室に魏嬰が住むようになって、彼のための臥床を一つ入れようかと提案したが素気無く却下されたことは記憶に新しい。そもそも静室にある臥床は、高身長の藍忘机が横たわってもあと一人大人が寝るだけの余裕のある造りなのだから、二人で共有すればいいと魏嬰は何でもないことのように言ってその日から共に寝るようになった。彼がこの世に舞い戻った際、共に就寝することが何度かあった。この部屋然り、宿を取った際も臥牀が二つあるのに、彼は藍忘机と共寝したがった。悪戯心が疼いての発言なのかと疑いはしたが、藍忘机と離れ難かったからだと後から聞き、胸の奥のざわつきを鎮めるために何度雅正集を誦じたことか。
    そんな魏無羨は、藍忘机の胸に顔を寄せて静かに寝息を立てていた。彼が起きる前にそっと沓を履き、藍忘机は身支度を整える為に静室を出た。己の準備を終えた後は、風呂桶に水を汲んで手拭いを用意する。卓の上に届いた朝餉を並べ、未だ布団を抱き込んで寝ている魏無羨の肩をそれなりの力で揺すった。
    「魏嬰、朝だ。起きなさい」
    何度か体を揺すり、ゆっくりと開かれる時に見える瞳を藍忘机はいつも美しいと思う。寝ぼけているせいで幼く見える魏無羨が、藍忘机を見つけて舌ったらずな声でおはようと微笑んだ。
    「魏嬰。先に沐浴を」
    「ふぁ〜。あーうん……」
    まだ眠いのか目を擦る魏嬰を促して、衝立の奥へと見送ると藍忘机は箪笥から真白に雲の模様が入っている衣を取り出した。
    雲深不知処に来て以来、魏無羨は黒い衣をほとんど身に付けなくなった。というのも、新しく藍忘机が誂えようとしても勿体無いから藍湛のお古でいいと言って聞かないのだ。一人で遊学に戻った魏嬰は、持っていた数着の黒衣全てを駄目にしてしまっていた。そして、藍忘机の元に戻ったからと、それ以来黒の衣を避けるようになったのだ。その理由は藍忘机にもわからない。ただ、彼なりにこの雲深不知処に馴染もうとしているのかもしれない。
    ザバリと湯から上がる音がして、しばらく後に魏嬰が衝立から顔を出した。着替えを渡すと、濡れた真白の肌を惜しげもなく晒し、藍忘机に微笑みかけるから本当に質が悪い。視線を逸らし卓の前に座して魏嬰を待っていると、髪を拭いながら彼が向いへと腰を下ろした。
    結われていない髪から水を滴らせ、床を濡らさないように拭っているが追いついていない。見かねて、藍忘机は大きめの拭き布を手に彼の背後へ回ると髪が傷まないようにゆっくりと水気を拭っていった。
    「あまり長すぎるのも難儀だな。少し切った方がいいと思うか?」
    「否。お前が難儀するというなら、私が」
    香油の染み込んだ櫛で丁寧に魏嬰の髪を梳き、また丁寧に布で拭う。艶やかになった髪を彼の背へと流してから、紅い紐を手に取りいつもの位置で結い上げる。
    「痛くはない?」
    「大丈夫だ、ありがとう。ほら藍湛、朝飯を食べよう」
    「うん」
    布を片して、魏嬰の向いに腰を下ろす。静かに食事を口に運ぶ藍忘机に習い、魏嬰も口数少なに朝食を平らげた。精進料理しか出ない雲深不知処の食事だが、魏嬰は朝だけはこれでも満足できると言っていた。
    皿を下げ、掛けていた少し厚手の衣を羽織ろうとしたら魏嬰が先にそれを手に取った。藍忘机の背後に周り、腕を伸ばすとさっと掛けてくれる。
    「藍湛、抹額は?」
    「ここに」
    起きてから今まで結ばずにいた抹額を差し出すと、魏嬰は迷いなく藍忘机の額へ抹額を結びつける。その後、鏡台の下から冠を取り出して痛くないか問いかけながら藍忘机の髪に手早く飾る。
    「うん。今日も美人だぞ、含光君!」
    魏嬰が片目を瞑り、藍忘机の姿を褒める。毎朝のことだが、藍忘机はこの時間がとても好きだった。
    「昼餉より前には戻る」
    「わかった。お前、時間だからって放り出してくるんじゃないぞ?ちゃんとここで待ってるから、昼は町に降りて一緒に食べ歩こう」
    「うん」
    扉の前で一度振り返り、魏嬰の顔をしっかり目に焼き付けるように見つめていると、魏嬰に手を取られ避塵を握らされる。
    「行ってくる」
    「行ってらっしゃい」
    明るい声にお足出され、藍忘机は勤めを果たすべく静室を後にした。

    藍忘机を見送った魏嬰は、朝餉を下げに来た家僕に食器の入った箱を渡すと、箒を手に取り室内を掃除していく。静室への入室は、例え家僕であっても内弟子であっても許可していないため、綺麗好きの藍忘机が快適に過ごせるように魏嬰もこまめに掃除をするようになった。初めのうちは、藍忘机に『無用だ(私がするから君は座っていなさい)』と素気無く箒を取り上げられていたが、あの手この手でいい含め箒を取り返したり、藍忘机が数日留守にする日に大掃除をして彼を驚かせたこともあった。
    布を手に拭き掃除を終えると、一通り室内を眺めて綺麗になった気持ちよさに大きく腕を上げて体を伸ばす。
    「今日は……あぁ、そうだった」
    確か今日は、仕立てを頼んでいた藍忘机の衣が届く日だった。それを受け取りに、真白の上衣を羽織って身嗜みを整えると魏無羨は静室を出る。すれ違う家僕や弟子に笑顔を返すが、表情とは裏腹のその足取りは重い。
    商人が訪れると、まず挨拶をするのは藍氏宗主と藍忘机の叔父、藍啓仁だ。そして、そこへ魏嬰も居合わせなければならない。なんでも、藍忘机の道侶であるのだから、長く付き合いのある商人に顔を覚えてもらいなさいと藍先生自ら魏無羨を呼びつけている。
    鳥の囀りを聞きながら、蘭室へ続く道を玉砂利を踏み締め歩いていると、蘭室の前には驚くほどの行列が出来ていて魏嬰は目を見張った。どうやら、並んでいるのは挨拶に訪れた商人たちで、皆その手に品を抱えて挨拶の順番を待っているようだ。
    だが、どうやって中に入ろうかーー。
    「奥方様、こちらへどうぞ」
    困っていると、白髪の目立つ年嵩の家僕がぬっと魏嬰の脇から現れ、裏の戸口から蘭室の中へと案内してくれた。
    “奥方様ーー“
    道侶として、藍忘机と共に静室で暮らすようになってから家僕たちの間で魏嬰はそう呼ばれるようになった。ある日、昼餉を持ってきた家僕を捕まえ問いただしたところ、婚姻したのだから公子殿と呼ぶのは失礼に当たるのではと考えた末の呼び方らしい。だが、奥方と呼ばれることにむず痒さを覚え、魏嬰は公子のままでいいと否定したはずだった。けれど、どうやらその訴えは却下されたようだ。
    「宗主、含光君の奥方様がご到着されました」
    「あぁ、早かったね。無羨、こちらにおいで」
    藍㬢臣が笑顔で魏嬰を手招くので、座る彼の隣へ移動する。まだ蘭室の扉は開かれていないが、藍啓仁の姿も見えない。
    「沢蕪君、藍先生はどうされました?」
    問いかけるが、彼も事情を知らないようで困り顔のまま首を横に振って家僕の一人を呼びつけた。
    「叔父上の様子を見てきてくれ。滅多に遅刻するような人ではないから、何かあったのかもしれない」
    宗主の言葉に家僕はすぐ部屋を飛び出して行った。
    時間がせまり、仕方なく藍㬢臣は扉を開けるように指示する。その彼の隣で、なるべく品のあるよう微笑みながら献上される品々を受け取っては積んでいく作業をひたすら続けた。
    しばらくして、どこか疲れた様子の藍啓仁が現れ、長年付き合いのある商家の主人を言葉を交わすと、またさっさと蘭室を後にしてしまったのを見て魏嬰は首を傾げる。全ての人に平等に接する藍啓仁らしくない行動に、隣で様子を見ていた藍㬢臣も困惑しているようだ。
    最後の客が帰ったのを見届け、蘭室の扉は閉じられた。すでに陽は天井へと登っている。
    「無羨、白の印が入った箱が君たちにものだ。部屋に運ばせなさい」
    魏嬰が先程の白髪の家僕を呼ぶと、若い人手を連れて静室へ送る箱だけをさっさと荷台へと運び出してくれる。
    「私は叔父上の様子を見てくるよ。どうにも、何かあったようだからね」
    飛び出して行った家僕が戻ってこず、そのあと藍啓仁が現れたので魏嬰も同行しようかと提案したが、まずは荷物をと部屋へ追い返されてしまった。
    仕方なく静室への道を戻っていると、荷台の前に朝送り出した藍忘机の姿を見つけて、品も何もかも投げ捨てて魏嬰はたまらず駆け出した。
    「藍湛!!」
    大きく逞しい背を叩こうとして、声に気付いてこちらに体を向けた藍忘机の胸へ勢いよく飛び込んでしまった。
    「あっ、と。その、ごめん」
    「大丈夫。怪我は?」
    「ないない!それより藍湛、早く片付けないと昼を逃すぞ!」
    「問題ない。すぐに済む」
    魏嬰の手を取り、藍忘机は静室の中へと進んでいく。部屋の奥へいくと、見慣れない箪笥が一つ追加されていた。
    「君の箪笥だ」
    普段は藍忘机のお古を借りていた魏嬰だったが、藍忘机は常々、君には黒が似合うと複雑な顔をして言っていた。もしやと思い、魏嬰は室内に運ばれている箱を開け中を確かめると、上等な布で織られた黒衣が現れた。
    「藍湛……」
    衣を手に藍忘机を振り返ると、いつもの表情で、けれど、どこか眩しそうに目を細めている。
    「魏嬰。お前には、黒がよく似合う」
    「うん……うん。藍湛、ありがとう」
    藍忘机が次々に運び混んできた箱の中身は、ほとんどが魏嬰のために揃えられた黒い衣で、けれどその形は藍忘机の衣と色違いの物が多く、見る人が見れば気付かれてしまうぞと魏嬰は腹を抱えて笑い転げた。
    全てを箪笥へと収め、空いた箱を荷台へと乗せて家僕へと引き渡せば、二人仲良く並んで歩きながら雲深不知処を後にした。
    目指すは、姑蘇の裾野に広がる街へ。


    ーー本日更新ーー


    〔丑の刻〕

    柔らかな風が魏嬰の髪を弄んで通り過ぎると、藍忘机が何も言わずに乱れた髪を整えた。たまには町を巡るのも悪くない!と笑顔ではしゃぐ魏嬰に、藍忘机はうんと頷き返す。
    秋晴れのカラリとした空気の中を、二人は同じ歩幅で歩み町まで来た。
    昼時の町中は人でごった返し、商売人たちの活気のいい声がそこかしこで上がっている。そんな中を、魏嬰は人を縫うように進むので藍忘机は彼を見失わぬよう足を早める必要があった。時折、何かを見つけては足を止め、商人と何やら会話をしていたと思えば何も買わずにその場を去ることを繰り返している魏嬰に何をしているのかと問えば、美味いところを探してると笑顔を返された。
    「藍湛、お前は何度もこの町に来ているだろ?おすすめの店はあるか?」
    「……ない」
    少し考え、けれど何も思い付かず首を振る藍忘机に魏嬰はそうかと頷いて藍忘机の隣に並んだ。通り過ぎる人々が、背の高い二人を避けながら通りすぎていく。邪魔になっていると魏嬰に声をかけるが、藍忘机の肩に手を置いて背伸びをしながら通りの向こうに何かを探すように視線を彷徨わせる魏嬰はそんなこと全く気にしていない。
    「藍湛、さっきのおじさんが先の露店の串焼きが一番うまいって教えてくれたぞ。行ってみないか?」
    「うん」
    ソワソワと落ち着きのない彼に頷けば、魏嬰は藍忘机の手を取り露店を冷やかしながら歩いていく。
    繋いだ手の温もりに、藍忘机は知らずに息を吐き出した。
    「あっ、ごめん。楽しくてつい」
    何を思ったのか、藍忘机の溜息に目敏く気付いて手を離そうとするから、そうはさせまいと力強く握り返した。
    笑って誤魔化そうとし、逆に掴まれた驚きに魏嬰は少し口を開けたまま目を見開いている。
    「藍湛?……どうした?」
    「人が多い」
    「うん?あ、あぁ!迷子にならないようにって?」
    心配性だなぁ、と笑う魏嬰に嫌かと問えば、嬉しそうに目を細めて首を左右に振った。
    彼のこの表情が、藍忘机は一等好きだった。
    「行こう」
    魏嬰の手を引き、藍忘机が歩き出す。その後ろで、魏嬰は目を細めて彼の背中を見つめていた。


     肉の串を買い、それを食べながら二人で次の店をひやかす。腹が膨れたあたりで、人の出入りが多い茶店で休憩を取ろうと手を繋いだまま店に入ってしまい、店主の視線に苦く笑って二人はそっと手を離した。
    店の奥の席に案内され、魏嬰が二人分の茶を頼んむと店主はそそくさと離れていく。清潔感のある店内だが、大分繁盛しているようで若い娘も多く歓談している姿が窺える。少し離れた席のため、彼女たちの視界には入らないが、数名がチラチラと藍忘机を盗み見ていることに気が付いて、魏嬰は少しむくれた顔で隣の美青年を睨む。
    「藍湛。お前は本当に、昔から女の子たちの視線を独り占めするよな」
    「見られたいのか」
    運ばれてきた茶を注ぎ、魏嬰に差し出すと一気に煽るので、空になった杯にもう一度注ぎ足す。
    甲斐甲斐しく魏嬰の世話をやく彼の姿に、女たちの視線がやや増えた気がする。座りの悪さに耐えきれず、彼女たちの視線から藍忘机を隠すように魏嬰は椅子をずらして藍忘机に肩を寄せた。
    「どうした?」
    「いや、何だかお前が減りそうな気がしただけ」
    何を言っているんだと藍忘机が視線で問いかけるが、魏嬰はそれを無視して、彼が入れてくれた茶に口をつける。
    ひそひそと二人の関係を妄想している彼女たちの声が耳に届くが、魏嬰が聞こえているのだ。耳のいい含光君はさぞ気分を害しているだろうと隣を見ると、いつも通り澄ました顔で茶を飲んでいる。何となく面白くなくて、魏嬰は藍忘机の肩に頭を寄せながら、今朝気になっていたことを話し出した。
    「そういえば、藍先生の様子が変だった。沢蕪君も知らないみたいだったし、何か知ってるか?」
    宗主が何も聞かされていないと言うことは、姑蘇藍氏ではなく藍啓仁個人の何かがあったのだろう。藍忘机はしばし何もない空間に目を向け、やがて魏嬰に向かって首を横に振った。
    「……聞いていない。けれど、叔父上に見合いの話が数多くきていると、兄上がおっしゃっていた」
    「見合い?藍先生が?!」
    想定外の話に、魏嬰は女の子たちからの視線など忘れ藍忘机と顔を見合わせて話を続ける。
    「見合いって、相手は?同じ年頃の女性で未婚を探す方が難しいだろ?まさか、俺たち以上に若い女の子じゃないだろうな?」
    「魏嬰、私はまだ何も知らない。だが、良い話であればと思う」
    矢継ぎ早に質問をぶつける魏嬰の口に、豆菓子を押し入れて黙らせる。唇についた砂糖を指先で拭ってやると、さっと頬を染める姿が可愛らしくて、もう一粒、唇に豆菓子を押し付けるとあっさり口を開けて食べる魏嬰に藍忘机は頬を緩める。結局、藍忘机の手で最後の一粒まで豆菓子を一人で食べさせられ、最後の茶で喉を潤してから満足そうな顔をしている道侶を睨む。
    「藍湛。お前、俺の事をうさぎと一緒にしてないか?」
    「していない」
    生真面目に返事をする藍忘机に笑い、そろそろ出ようと藍忘机の肩を叩いて魏嬰はさっさと店から出た。すぐに藍忘机が彼の隣に並び、相変わらず賑やかな人混みを避けながら進んでいると町の中心部では旅芸人が芸を披露しているらしく人が輪になり眺めているのが目に入った。
    「藍湛!ちょっと見ていこう!」
    誘われるまま輪の外側から中心を見ると、真っ赤な花嫁衣装に身を包んだ少女が扇子から水を出し座っている男の口へと流し込んでいるのが見えた。
    「なぜ、水を飲ませている」
    「忘机兄ちゃん、あれはそういう芸だ。何も仕掛けがない扇子だと衆人に見せるが、実際はちゃんと仕込みがしてあるんだ」
    「……どうやっている」
    「うーん、家に帰ったら教えてやるよ」
    夢を壊しちゃダメだろ?
    そう言った魏嬰の視線の先には、きらきらと目を輝かせて芸に見入っている子供達がいて、藍忘机もそれ以上追求せずに少女へと視線を戻した。
    美しく微笑む花嫁姿の少女が両手を挙げると、花吹雪が舞い観衆全員が拍手を送る。隣で、魏嬰も拍手を送っていたがその視線に哀愁が滲んでいるのを見てそっと彼の手を取った。何も言わず握り返してくる手のひらが、やけに熱かった。
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    DONE全文続けて読みたい方向け。
    現代AU忘羨で、配信者魏嬰と視聴者藍湛です。出会い編。もしかしたら続くかも知れない。
    ※2人の会話はありません!
    忘羨ワンドロ「AU」 激務に残業と続いた藍忘機は、時折ふらつきながらも何とか自宅に帰宅した。藍忘機は一族が代々経営している会社に入社し、現在は営業部の部長を務めている。社会勉強も兼ねて平社員として入社してから早十年と少し、着実にキャリアを積み重ねて今の地位を手に入れたが、当然その分、一気に仕事量が増えた。その上新卒で採用された社員達がミスを頻発する。その対処に追われる日も多い上、新規のプロジェクトを営業部が見事に掴んだ事で、藍忘機が営業部の代表としてそのプロジェクトに参加する事が決まったのだ。お陰で、藍忘機はここ数日会社に泊まり込み、プロジェクト関係の仕事と共に部下のミスのカバー等、ひたすら仕事に追われていた。そもそも自宅に帰る事も出来たが、仕事が終わる頃には時計の短針が天辺を通り過ぎていて終電も逃しているし、朝は八時前から出勤しないといけない事から泊まり込んでいたのだ。幸いにも泊まり込む社員の為の仮眠室やシャワーブースが設置されていたお陰で、藍忘機は近くのコンビニエンスストアで食事を買って泊まり込んでいたのだ。元々、何かあった時の為にスーツを何着か職場に持ち込んでいた事も幸いして、藍忘機が職場に泊まり込んでいる事を部下に知られる事もなかった。──そんな生活を数日送り、漸く連休前日を迎えた藍忘機は数日振りに自宅へと帰って来た。洗濯をしないと、や、食事を摂らないと、と脳内で考えてはいたものの身体は疲労を訴えている。このままベッドに直行して眠ってしまいたいという衝動に駆られるが、すんでのところで堪えて風呂に入る事を選んだ。毎朝シャワーを浴びていたが、そろそろ湯船が恋しかったのだ。大量の書類が入った鞄と、数日分の着替えを入れた袋をソファへ置いた藍忘機は浴室へ向かった。湯船を掃除し、湯を張る。温度と湯の量を設定しておけば、自動で湯を張ってくれるこの機能が大変有難い。大量の湯が出始めたのを確認した藍忘機は一度浴室を出て、居間へと戻る。そうして長椅子に置いた鞄の中からスマートフォンを取り出した。厳格な叔父と共に住んでいた実家では考えられなかった事だが、最近の藍忘機はスマートフォンを浴室に持ち込んでいる。重要な連絡に直ぐ目を通せるようにという名目ではあるが、実の所は、動画配信アプリを開く為だ。スマートフォンを片手に持ったまま、脱衣所で身に付けていた服を直ぐに脱いで浴室へ入る。スマートフォンが湯船に落
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