銭湯に行く日「ほれ、コーヒー」
喉が渇いたと言っていた犬飼についでだからと買ってきた飲み物を見て、彼は思い切り顔を歪めた。
刺さる感情も怒りというよりは疑問。
感情を先に感じた頃に、犬飼はようやく「なんで?」と口を開いた。
「おれ、いっつもミルクティー飲んでるよね? なのになんでコーヒー?」
「嫌いだったのか? 偶にはいいんじゃねーかと買ってきたんだけど……人が親切で買ってきたもんに文句つけんじゃねぇよ」
「おれのことわかってないって思った」
「おめーがいっつもミルクティー飲んでんのは知ってる。が、それはそれとして俺がコーヒーの気分だったから付き合えよ」
「おれがミルクティー飲んでんのは女の子にウケるからなんだよね。二宮さんがコーヒー飲んでんのは大人って感じだけど、おれがコーヒー飲んでても似合わないでしょ?」
「そんなくだらねー理由で飲みもん選んでんじゃねーよ。いらねぇなら返せ!」
「……まあコーヒー飲むの付き合って欲しいっていうなら付き合ってあげてもいいけど……コーヒー牛乳なら別におれのイメージ崩れないからいいよ」
「これコーヒー牛乳じゃねぇよ」
「コーヒー牛乳を飲むって言ったら銭湯か。よし、今から銭湯に行こう」
「……なにバカなこと言ってんだよ……てめーと風呂入んのはラブホのジャグジーだけでいいんだよ!」
「え……普通そういうこと、本人に言う? ひどくない? 温泉旅行くらいは連れてって欲しいなぁ。おれと行かなかったら誰と行くんだよカゲは」
「銭湯には荒船たちと行ってる。それで充分だ」
「出た。荒船たち。別におれは荒船たちと行ってもいいよ」
「……ダメだ」
「じゃあふたりで行くしかないね」
自分から銭湯に行きたいって言った癖に犬飼は「荒船たちとはどこの銭湯行ってんの? おれ、あんまり行ったことないんだよね〜二宮さんが行くはずないしさ。家族で行ったら姉さんたちが長すぎて待ってらんないし。だからカゲが連れて行って」と言ったので仕方なく影浦は最近北添を始め、荒船や村上、穂刈と行った銭湯へと彼を連れて行った。
別に行きつけというわけではないが、昔からある銭湯でボーダーの帰りに偶にふらりとみんなで寄っていたところだ。
犬飼は「情緒あるね〜」と嬉しそうだった。
並んで体を洗っていると、犬飼がにんまり笑って「背中流そうか?」と言ってきたので「ぜってー俺に触んな」と影浦は睨む。
湯船に浸かっていると影浦が思い出したように「穂刈がよ……銭湯行くといっつも筋肉見せてくるんだよな……」と呟いていたので犬飼が「もしかして穂刈の筋肉が羨ましいの?」と笑った。
「んなわけあるか」
「でもカゲって胸薄いし、穂刈ほど筋肉ないよね」
ぴたっと影浦の胸を触ればあっという間にその腕を掴まれ「触んなっつったよな?!」と引き剥がされた。
「カゲ意識しすぎじゃない?! 飛沫がかかったじゃん!」
「うるせぇ! 風呂くらい大人しく入れねーのか?!」
「カゲだってさぁ、感情だけで触れられるよりもおれに直に触れられたいでしょ?」
影浦は掴んで繋いだ犬飼の手をそのまま湯の中に沈める。
「……うっせぇな。そーだよ、てめーんことはセックスしてるときのがよくわかんだよ」
「そんな直接的なこと言えとは言ってないでしょ??? それ絶対わかった気になってるだけだから!」
犬飼は怒って手を振り解き、「のぼせるからもう出るね」と立ち上がり浴槽を上がってしまった。
「…………」
少し遅れて脱衣所に帰ってきたら、犬飼が紙パックの苺牛乳をストローで飲んでおり、影浦は唖然とした。
「おいこら、コーヒー牛乳飲むんじゃなかったのかよ?!」
「気分が変わった〜」
「ったく、俺はコーヒー牛乳飲むからな」
「ねえねえカゲ」
「んだよ?」
「あのプレミアム牛乳ってどんな味がすると思う? プレミアムって書いてるから美味しいのかな?」
「あれはちょっと高いただの牛乳だ」
「またそんな夢のないこと言う! いいや、今度来たときに飲もーっと」
「……また来んのか?」
「カゲもだよ」
「……俺も……」
「カゲが他の男と来たら嫌がるんだからしょうがないじゃない〜」
「…………わぁったよ」
影浦はため息とともに息を吐き、コーヒー牛乳を一気に飲み干した。