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    まさのき

    とんだりはねたり、もいだりかじったりします。

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    まさのき

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    なんかそういう台本を演じてるテイで読んでくれよな。

    #フジオペ
    fugiope

    野ばらの君、あるいはリラの騎士のためのスケッチ

     二つの影が走っている。
     むせかえるリラの花壇、夜露のいろの庭園に、二つの影が伸びている。
     いっぽうは、片腹を押さえるような格好で、勢いこんで駆けてゆく。ひょっとしたら内臓を痛めているのかもしれない。額には玉の汗をのせ、白いほほには無残な鉤裂きの傷を作って、丹精に敷き詰められた白煉瓦の回廊を、跳ねるように駆けてゆく。
     もういっぽうは、右手に剣。
     宝石の嵌まった、サーベルを握っている。
     くちびるには薄らと笑みさえ浮かべ、あやしく光る瑠璃色の瞳を、獲物を追い詰めた獣のようにぎらつかせながら、もう一つの影を追っている。
     夜闇のなかを、二つの影が、鞭のように走っている。
     乱れ咲くリラの花弁があえかな香りをふり撒き、白亜の庭園を、夢幻のようにはかなく覆い尽くす。
     じきに回廊が切れ、二つの影は、噴水のある広場になだれ込んだ。
     しばし息を整えてから、瑠璃色の瞳の騎士が口を開く。

    「さあ、姫よ。誓いを果たす時が来ました。
     ひとり眠る褥の上で、私がどれだけこの瞬間を待ち望んでいたか。きっと、あなたにはおわかりにならないでしょう」
     サーベルの銀の刀身にくちづけて、騎士は言葉を継ぐ。
    「だが、それももはや過去のこと。私とあなたは未来をかけて闘い、私は勝利して、あなたを手にする権利を手に入れたのだ」
     騎士に対峙するのは、紫水晶の瞳の、凛々しい姫君である。左ほほからの出血はとうに止まっているようだったが、身につけた装束のあちこちに、裂けや汚れが見てとれる。
    「あるいは代理人を立て、確実な勝利を収める手もあったはず。しかし、あなたはそうしなかった。あなたは自らの力で剣を握り、私に挑み、そうして敗けた」
     柳眉がひそめられて、騎士は姫君の不快を知る。
     決闘に敗れ、追い立てられた姫君はしかし、水晶の瞳を気丈に燃え立たせて言い放つ。
    「何度問われたとて、ボクの心は変わらない。ボクは必ず故郷に帰って、己の使命を果たす。それだけさ」
     背後の噴水が月光をはじいて、姫君にしろがねの光輝をまとわせる。騎士はそれを一瞬眩しげに見つめてから、大股に距離を詰めて姫君の顎をすくい上げた。
    「なっ……!」
    「あなたはまだ、ご自身の立場がおわかりでないようだ」
     言うなり、騎士は荒っぽく姫君のくちびるに噛みついた。右手はサーベルに掛けたまま、左手で細いあごを握りつぶさんばかりに掴み上げる。ちいさな歯列をこじ開けて、互いの舌を絡ませる。濡れて重い舌から、甘い痺れが染み出して全身をかけ巡った。
    「……ッ!! ……クッ……」
    「ハアッ、ハッ、……!」
     胸狂おしい交歓は、しかし暴力的に打ち切られる。騎士は口元を押さえてすばやく身を引く。朱を混ぜた銀糸が、つかの間二人を繋ぎ止めて、ふいに消えた。
     騎士の唇を、夜闇にも鮮やかな朱色がつたい落ちる。姫君はおよそ身分に似つかわしくない動作で、二人の交歓の名残を石畳に吐き捨てた。
    「気をつけるといい。ボクは飼い殺しの力無き姫ではない。一国の未来を背負って立つ、王の器なのだから」
    「何故、私の愛を受け入れない……!」
     くちびるの朱をぬぐいながら、騎士がわめき立てる。
    「王が婢女に生ませた姫君が国の未来を負って立てるなどと、よもや本気でお思いではありますまい!」
     騎士が叫ぶと、姫君はほんの一瞬、傷ついたような表情を見せた。しかし、激昂した騎士はそのことに気がつかない。サーベルを強く握り直し、切っ先をぴたりと姫君の喉元にあてた。
    「覚えておいででしょうか? 私とあなたが、初めて出会った日のことを」
     サーベルの切っ先が、持ち主の心を映すように、わずかに震えていた。

    「私とあなたがはじめて出会ったのも、今と同じ、この城の庭園だった。かつて、この庭園には一面にバラの花が咲き乱れ、かぐわしい香りで訪れる者の心を癒していたのです」
    「ああ、覚えているとも……」
    「あのときもあなたは、ここの噴水に腰掛けて、花を見ていた。幼いあなたはこの庭に咲くどんな花よりも可憐で、目眩がするほどだった。しかし私もまた幼かった。あなたに向ける想いがいずれどのような実をつけるのか知らぬまま、私はあなたに、ただ溺れていた」
     銀の刀身が、月光を弾いて泣き濡れたように光っていた。
    「かつて私は、あなたより丈短く、あなたはそんな私をからかって笑っていた。長じてより後、私は庭に植えられていたバラのすべてを伐り倒し、代わりにリラの木を植えた。あなたの、……あなたの瞳と同じ色の花だ……」

     姫君は、喉元に刃を突き立てられながらも、静かに騎士の言葉に耳を傾けていた。騎士はその、どこまでも透明な瞳の奥に、リラの花咲く庭園で仲むつまじく身を寄せ合う二人の幻想を見出そうとした。だが、できなかった。姫君の瞳はどこまでも透明で、美しく、それゆえに騎士の手の届く場所には存在できないのだった。
    「どうしても、あなたが私のもとに落ちてこないと言うのなら、誓いに従い、私はあなたをあなたの国から永久に奪い去る」
    「できるものならしてみるがいい。二度も同じ手が通じるとは思わないことだ」
     姫君が笑い、騎士の整った顔貌が醜く歪む。
    「それほどまでに私を厭うか! 私は、あなた微笑みかけてもらった、ただその記憶だけを胸に、今ここに立っているというのに!」
     すると、姫君は少し困ったように眉根を寄せた。
    「厭うているわけではないよ。ボクは民草の太陽たることを自らに課したんだ。太陽は、ただひとりだけを照らして生きるわけにはいかないのでね」
    「あなたのその眩しさが、私を苦しめてやまないのに……っ」
     言って、騎士はサーベルの刃を返した。凶刃が姫君の細首を捉えようとしたその刹那、騎士はにわかには信じがたい光景を目にした。
     姫君の指が、騎士の掌をそっと包み込む。
     思いがけない熱に、感情が言葉を得る前に、こめかみを痺れが走った。
     白魚の指が騎士の剣を引いて、その胸の血潮に導いた。

    「ああっ……!」

     瞬間、あたりに薄紫の花弁がぶわり、舞い散った。幾重にも、幾重にも。ほの甘い香りを撒き散らしながら、噴水の周りを、薄靄のように覆い尽くした。
     月光の庭園を、リラの花びらが一時、埋め尽くして——
     あとに残されたのは、茫然とその場に立ち尽くす騎士がひとり。

    『ボクは、あなたのものにはならない』

     それが答えだった。騎士は膝を折ってその場に崩れ落ち、声を押し殺して泣いた。

    「麗しくも気高い花よ……あなたはその前に立つものを侵さず、見る者を楽しませる庭木ではない。自ら大地に立ち、鋭い刃をその身に抱く野いばらの君……。私は、愛を急ぐあまりに、愛を得る手立てを永遠に喪ってしまったのだ……」

     そう言って、騎士はいまだ血を流し続ける口内の傷に触れ、その指をそっと舐めとった。彼女の手を取り、騎士のくちづけを交わした、幼いあの日の肌のぬくみをかすかに手繰り寄せながら。
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    Replies from the creator

    まさのき

    PASTポップメガンテ前後のif話です。ディーノは父さんと幸せに暮らすことでしょう。あとたくさん人が死ぬ
    生きもののにおい『まあおまえの匂いは日向のキラーパンサーってとこだな』
    『―――は―――のにおいがするよ』
    『なんだそれ。全然説明になってねえじゃねえかよ』


     
     ぼくが「こわい」って言ったら、〈とうさん〉がぼくをこわがらせるものをみんななくしてくれたので、それで、ぼくはうれしくなりました。
     
     ここに来てからは、こわいことの連続でした。
     知らないおねえちゃんや、おにいちゃんが、ぼくにこわいことをさせようとします。あぶないものを持たされたり、つきとばされたりして、ぼくはすごく心細いおもいをしました。ぼくは何回も、いやだっていったのに。
     それで、ぼくは頭の中で、「こわい人たちがぼくをいじめるから、だれか助けて」ってたくさんお願いしました。そうしたら〈とうさん〉が来てくれて、こわい人たちをみんないなくしてくれました。〈とうさん〉はすごく強くて、かっこよくて、〈とうさん〉ががおおってすると、風がたくさんふいて、地面がぐらぐらゆれます。気がついたときには、こわいおねえちゃんも、よろいを着たひとも、大きいきばのいっぱいついたモンスターも、誰もぼくをいじめなくなりました。
    1965

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