おてつだい 真斗と会えるのは多くても週の半分で、時間は夜だけ。
夜だって、もちろん真斗にはお仕事も家事もあるし、あのちまちました趣味の時間も大切だからオレが独占できる訳じゃない。
アイドルをやっていることがオレにバレてからは特に、真斗は少しでも家にいる時間を増やそうと、電話でオレの在宅を確認して仕事を持ち帰ってきたりした。
そんなわけで、真斗の家でデートをしているときオレは、自然といつも「お手伝い」をしている。
神宮寺家の御曹司が、まさか年上の男に入れ上げて夜な夜な仕事や家事のお手伝い。笑っちゃうね。うん、笑っちゃうほど恋してる。
「おかえりダーリン! ……って、荷物が多いね?」
マンションのエントランスで真斗を出迎え、左右に下げた二つの袋を持とうとつい両手を伸ばす。しかし真斗はレディではないので両方を差し出すことはせず、食料品の入ったバッグだけをオレに任せた。
「そっちはおしごと?」
「いや、なんというか、貰いものだ」
「たべもの?」
「ふふっ、残念だが食べ物ではない」
真斗はなんだかご機嫌で、オレまで嬉しくなってしまった。部屋まで待ちきれなくてエレベーターでふとキスをすると、真斗は顔を赤くして小さく叱った。
一通りの家事や入浴を終え、いつもの寝間着姿にカーディガンを羽織った真斗は、先ほどの袋を持ってきてダイニングテーブルに腰かけた。
なんだろう。オレが覗き込むと、袋の中身は丁寧にひと掴みごとに輪ゴムで括られたファンレターの束だった。
「すごい数だね」
オレも片手間にタレントをやってきたし、ただ立っていてもこの容姿だ。数えきれないくらい手紙なんか貰ってきたけれど、さすがトップアイドルはものの数が違う。もちろんバッグひとつに収まるわけがないから、まだまだ捌けていない分が事務所にどっさりあるのだろう。
真斗は慣れた様子でひとつひとつ開き始めた。オレは邪魔をしないようにテレビの音を小さくして、向かいに座りのんびりお茶を飲む。
「全部読む気?」
「お前は自分に届いたものを読まんのか?」
「……、だって変なのあるし……お前もそうだったでしょ?」
「まあ……そうだな」
ファンからの手紙やプレゼントというのは、先に事務所で危険なものや不適切なものを厳密に排除するので、本人の手に届くものはごく僅か。
悪意があるものだけでなく、食品や物品は全てNGだし、手紙でも本文中に住所や顔写真のシールがあるものはトラブルの元なので除く……など様々なルールがある。真斗ほどのトップアイドルとなれば、全体量に比例して届かないものも多いはずだ。
「でも、俺のために送ってくれたという想いは受け取っているつもりだ」
真面目だねえ。
そう思ったが、真斗が真剣な目をしているので言わなかった。
「……そっか」
しばらくすると、真斗がなにやらノートに手紙を貼っていることに気が付いた。全てではないが、読み返したいものや参考になる感想などを選び一部ファイリングしているらしい。
オレはその手伝いをかって出て、真斗に渡された手紙の端を薄く糊付け、かさばらないように貼り付けていった。
几帳面だなあ。
俺は前のページを眺めながら思った。
(真斗のしっかりしたところは好き)
(そりゃ、なんでも細々(こまごま)と口うるさいと思うこともあるけどさ)
(そういうところ……小さいころから変わらないよね)
(オレの方がお兄ちゃんなのに、ああじゃなきゃダメこうじゃなきゃダメって頑固でさ)
(ま……今はどうでもいいけど……)
などといろいろ考えを巡らしていたがどれも言わないことにして、ただ黙って手を動かした。
小一時間経った頃、真斗はグレーの便箋を取って手を止めた。
オレが顔を上げると真斗と目が合い、なぜか真斗が困ったような顔をする。
「神宮寺のがあった」
「うわぁ」
「露骨に嫌そうにしたな。気持ちはわかるが俺と神宮寺はユニットなのだ。ふたりに宛てたものも多くて、スタッフが内容を見てなんとなくどちらかに振ってくれている。その過程で混ざったのだろう」
「ふーーーーーーーーーーーーん」
「はははっ、拗ねるでない」
オレがわざとらしく頬を膨らまして見せると、真斗は口に手を当てて笑った。
〝こちら側〟にいる神宮寺レンがアイドルになっていると知ったときはひどく動揺して真斗を困らせたけれど、以降は「見るなとは言わんがあまり見るな」という真斗のよくわからない言いつけを守っている。
いけ好かないやつだし昼も夜も真斗のそばにいて気に入らない、でもルックスやパフォーマンスはさすがオレ。その実力を認めざるを得ない。彼女が推してるアイドルに嫉妬する彼氏ってこんな感じなのだろうか。俺は勝手にライバル視している。
真斗は目を通した便箋を三つ折りに直し、俺の前に差し出した。
「読みたいか?」
「…………」
俺はしばらく悩んだあと、その便箋を真斗の方へ突き返す。
「やだ」
「そうか」
「ノゾキみたいでヤなだけだから」
「ふっ、そうか」
神宮寺レンをあまり見るなと言っているはずの真斗が、俺に「読むか」などと言ってくるくらいだから大した内容ではないのだろう。
悩んでいたのは読むかどうかではなくて、なんて言い訳をしようか考えていただけだ。真斗は(普段鈍感なくせに)それを見透かしていたようで、目を細め笑っていた。
「レンは、アイドルとはどんな仕事だと思う?」
「んー……歌ったり踊ったり写真撮ったりとかするよね、ニコニコしてさ」
「他には?」
「真斗は芝居の仕事とかテレビタレントの仕事もしてるし……神宮寺レンは広告の仕事がとにかく多い。せっかく街に出かけても、あちこちで自分の顔した看板と目が合うから疲れちゃうよ」
「ははははっ、そうだな。奴はどこにでもいる」
真斗は寄り分けた分の手紙を揃えながら、俺の冗談に笑った。
「お前もやってみたいか?」
「べつに? アイドルなんか興味ないよ。今の仕事も兄貴が言うからしてるだけ」
「本当に?」
「もお! ほんとだよ!」
「もし憧れているならば捨てなくていい。アイドルは愛し愛されるのが仕事だ。お前にこれ以上の天職はないだろうと、俺は思っている」
「……ふーん」
俺は真斗の手が広げた手紙を片付け始めたのを見て、自分がつけていたノートを閉じた。ちょうど最後のページで終わったので表紙に日付を書くと、始まりの日を書いた真斗の文字と俺の文字の形があまりに違っていて、なんだかちぐはぐしていた。
「――というのは全部俺の独り言だ。お前はなりたいものになればいい、心のままに」
真斗はノートを受け取りながら、群青の瞳が俺を見つめてそう言った。俺はなんとなく「うん」とは言えなくて、そばにあったお茶を飲んでごまかした。
……まあいいさ。真斗は俺の恋人だけど、おかしなことに外を歩くときは保護者だもん。たまにはこういうお説教じみた話も聞かなくちゃね。
「ん? おお、綺麗に真っ直ぐに貼れている上、ノートの厚みも最小限だ。レンは何をさせても上手だな」
「当然!」
たった一言褒められたくらいで俺はすっかり機嫌を直して、立ち上がり真斗の頬にキスをした。
「オレにできないことって基本ないからね」
「ならば宿題をやれ」
「えっ……知らな、……じゃなくて、持ってきてな、」
「? 冗談だ」
「なにそれ、冗談が下手」
「む、そうか……」
真斗は苦笑いをして、オレの髪を大きく撫でた。
テレビや雑誌の中で真斗の隣にいるのは違う男だけど、こんなふうにしてもらえるのは俺だけさ。オレはふふふと笑い返して、今日も真斗にお手伝いのご褒美をねだる。
「もちろんやると言いたいところだが……明日は早いから、その」
「そうなの? じゃあ口でしてあげようか」
「お前が? それでは褒美にならんだろう、俺が」
「なるよ、任せて」
「いや……、では一緒にしよう」
「わお、大胆」
会える日はやっぱり抱いちゃうけれど、毎回最後までなんて贅沢はしないよ。
真斗の寝顔を見られるだけだって幸せだもの。
(でもやっぱり、セックスって限られた時間で濃密な愛のコミュニケーションが取れるから素晴らしいよね。真斗と付き合ってから本当に大好きになっちゃった。)
おやすみ真斗。
今日のお手伝いも完璧、オレっていい子にしてるよね?