前世記憶持ちロさんと、田舎者のル初めてあの麦わら帽子を見た時、自分の中でハッとする部分があった。
遠くで鎌を振り下ろすその後ろ姿は俺がよく見る、夢…いや覚えている儚い記憶の中だけの人物だと思っていた。
ここはよく言う田舎と言うやつで、俺は少しだけ医者という仕事を離れ旅にでも出てみようかとなんとなく思い立ったものだった。
我ながら何を考えてたのかは分からないが、このご時世有給休暇は取っておくべきだと院長にも言われてしまった。
そんな俺には全く持って縁のないここには誰一人として知り合いのいないそんな田舎の広大な畑の中の1つ。そいつは馬鹿みたいに適当に畑を耕していた。
「なあ、ここで下ろしてくれ」
運転手に一言そういうと、呆れた目で少しばかり見てきたが、素直に分かりましたと料金を請求した。
それはそうだ、ここから見る限り家ひとつ見えないただただ、だだっ広い畑が広がってるだけだからだ。それに俺はちゃんと目的地もあった。まあホテルに向かってただけなんだが。
それよりも、どうしてもそいつが気になった。ここで少しのチャンスを逃すまいと俺はタクシーから出て出してもらったキャリーバッグを片手に握った。
それじゃ、と一礼した運転手にコクリと頷く位の礼をする。
そしてまた俺はそのひとつの畑を見つめた。
大雑把に適当に、勘でとりあえず耕してるのがわかりやすい、いやもしかしたら彼は本気でこの程度なのかもしれない。
自分の記憶にある人物だとしたらそれも否めない。
赤いラインの入った麦わら帽子なんて、今どきあまり見かけない。
そもそも田舎というものは初めてだった。
でもそんな麦わら帽子を見つめる度、なんとなく心臓が締め付けられるのだ。
揺れる、その麦わら帽子を見つめていると、その少年は一息ついたようで、ひとつ大きなため息をついて振り返った。
ばちり、と目が思わずあってしまう。
そういえば、俺はここに突っ立ったまんまで、あの少年を見つめていただけであった。
少年はよくみると、自分からみて、右目の下に傷がついていた。
そして、首の後ろにぶら下がっていた麦わら帽子をまた被り直す。
「なー!おめー、そこでなにやってんだー!?」
かなり離れている場所から響く声は、彼そっくりだ。顔だってその無邪気な笑い方、顔の傷、あの記憶の中にある人物に驚くほどにそっくりだった。
見当違いじゃなかった、と、そのままあぐらをかいて座り込む。ズボンが汚くなろうがどうでもよかった。
その顔が見れただけでも、なんだがほっとしてなんとなく幸せな気分だった。
「お!?おい!?急に座り込んでどーしたんだぁ!?そっちいくからちょっとまってろ!」
走り出す姿に、俺は遠い過去の彼を重ねた、きっとあいつならここまでその腕を沢山に伸ばして飛んでくるか俺をそっちへ飛ばすか、その2つの選択肢なんだろうな、と。
現実、そんな風にはいかない。いやいっていた過去はあったんだろうが、きっと話をしても信じてくれないのが大きいだろうな、とこっちに向かってくるその少年をみつめていると、距離はどんどん近づいてくる。
そして、目の前にきて、仁王立ちをかました。と思ったらそのまま、あぐらをかく俺と同じ目線になってしゃがむ。
「よかった!おめーそんなに気分悪そうじゃねぇな!ししっ!」
なにもかも懐かしくて、ひとつ足りないと言えば、俺が治療したはずの傷がないのが悲しいと思った。
「ああ、大丈夫だ、麦わら屋」
かつて俺はそう呼んでいた。今誰にもこうやって呼ぶ訳ではないが、なんとなく、これが良かった。
「なんだそれー!変なあだ名だなー!じゃーおめーはとら男だな!」
「…俺はローだ、トラファルガー・ロー」
そんなやり取りも数えきれない程やった。
そしてその度こいつは
「なっげーな!めんどくせー!」
そうやって笑ったのだ。
馬鹿だな、俺は。信じ難いことになかなか結構単純なのかもしれない。
「お、おめ、泣いてんのか!?意味わかんねー!なんかしたかおれ?!」
ああしたさ。そのままにしていたことがたくさん、数えきれない程ある。
「…そうだな、お前はその代償でも払ってもらおうか。」
「ええー!?いやおれ金はねぇし、肉もやんねーからな!」
その大きな口でいーっ!と威嚇する。
まあこいつから何かを取ろうとも思ってないし、代償なんかいらない。
手を貸してくれと、無言で手を出すと、それに気づいて握り返してくれた。そのまま立ち上がって土で汚れてしまったズボンを払う。
「それにしてもでっけ~鞄だな!ここなんもね~のに旅行か!?珍しィな!」
なんだこれ、高そうだな!と俺の周りをうろうろして未知の生物を見たかのような反応で見てくる。