賭け事、秘め事休息中、周りに誰もいない降車デッキで2人の男が向かい合って地べたに座り、カードを出したり石を置いたりと忙しなく手を動かしていた。
「あ」
「へへっ俺の勝ちだな」
鼻の下を指で擦りながら、床に置かれている3枚のカードと10個の石を見下ろした。
そこからやや前方斜めに視線を向けると、同じ3枚のカードと7個の石が置かれているのが見える。
顔を上げ更に視線を移すと、先程ゲームの相手をした男-ヒトナリが口を半開きにして自分と此方の持ち手を交互に見比べていた。
「完敗だ。やっぱりデントは強いな」
苦笑を浮かべながら賞賛するヒトナリに、デントは純粋な喜びと優越感が湧き上がった。
「まぁな。俺が本気を出せばざっとこんなもんさ」
「1勝2敗か…さっきの1勝もたまたまだったんじゃないかって思えてくるな」
「いやそこは正真正銘アンタの実力だろ。表情読めなかったし」
これは本当だ。最初に勝負した時よりも確実に強くなっている。
元々表情が差程動かないというのもあるが、機動班の、そして軍人としての立ち振る舞いも影響しているのではないかとも思う。
それ以前に、ターンが回ってくる度に至極真剣な目付きでどの手札を出すか考える仕草を見るのが面白くて時々魅入ってしまうこともある。
意志の強さを表した透き通るような青い瞳。一文字に引いた唇。その唇の下に添えられる人差し指。
至るところまで鍛えられていると思わされる強靱で、それでいて美しさを兼ね備えた男。
この揚陸艦レッドスプライト号を出た瞬間-セクターでは更にそれが顕著になるのだろうと思うと心が高揚してくるようになっている。
きっと艦内では見ることの無い姿、表情。
考えれば考えるほど-
デントははっと我に返った。
まただ。危うく違う方向に没頭しそうになっていた。
(まったく、どうしたっていうんだか)
邪推な思考を振り払いながら、デントは自分の分のカードと石を集めていった。
「ところで…勝負前に言ったアレ、覚えてるか?」
人が悪そうな笑みを浮かべ、同じく自分のカードと石を集めていくヒトナリはそれを見て首を傾げる。
「アレ?」
「ほら、この勝負で負けた方が罰ゲーム受けるってやつ」
そう言うと、あぁと発し思い出したようで、集めたものを綺麗に整え終えたヒトナリはやや考え込む仕草を取り僅かながら眉を顰めた。
「そんなに心配しなくても、無茶なことは言わないって」
少なくともミッションに支障が出ない範囲で、と冗談っぽく言うと、眉を下げ不安気に此方を見るヒトナリ。
こんな表情が見れるなんてつくづく役得だ。これほどゲームが得意で良かったと思ったことは無い。
もっと見ていたかったが、これ以上はやり過ぎだろうと判断し、名残惜しく思いながら本題へと切り出した。
「そうだなぁ…ちょっと目ぇ瞑ってくれないか?」
少し身を乗り出し自らの目を指差しながらそう提案すると、ヒトナリは透き通るような青い瞳を少し大きく開け、長い睫毛を揺らしながらぱちぱちと瞬きをした。
「目を?」
「そ、目」
デントは目を指差すポーズを崩さないままヒトナリをじっと見つめる。軽い調子で言われつつも完全に不安は拭い切れていないが、全く視線を逸らさない様子に落ち着かないながらもゆっくりと目を閉じた。
目を閉じたのを確認し、デントはヒトナリの方へにじり寄った。
まだ僅かに不安を残す表情を浮かべるヒトナリを見つめる。
罰ゲームと言った以上そうなるのも仕方がない。自分も同じような表情をするだろう。
しかし、見れば見るほど-
(ほんと、睫毛長いよな)
目を瞑ると黒々とした睫毛の長さがより際立って見える。
それだけでも見応えがあるが、青い瞳が瞼で閉じられている顔をこうもじっくり見ることが出来るなんて思いもよらなかった。
ヒトナリはというと、覚悟が決まったのか最初の不安気な表情は無くなり、やや下がり気味になっていた眉は徐々に元の位置に戻りいつもの落ち着きのある表情になっていった。
罰ゲームなど実行せず、このままこうしてずっと見つめていたい。
東洋人にしては白く透き通った肌。綺麗に真っ直ぐに通った鼻筋。閉じられた色素の薄い唇。
若干あどけなさの残る顔立ち。
もし、このままキスでもしたらどんな反応をするだろう。
嫌悪するのか、慌てふためくのか、もしくは無反応か、或いは-
目を瞑っているのをいい事に、秘めた想いが溢れ出そうになる。
白い頬に手を添え、顔を近付ければすぐに触れられる唇-
(どれを見る度胸も無いくせに)
心で己を嗤い、邪な思考を払い除ける。
そして、ゆっくりと右腕を伸ばし、むき出しの額に向けて親指の腹に乗せた中指を弾いた。