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    warabi0101

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    warabi0101

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    ※本誌バレ ※諸々終わった後の平和な世界
    脹相が花を贈るお話。
    クリスマスローズは11月16日の誕生花。花言葉は「追憶」だそうです。悲しそうで幸せそうな綺麗なお花。

    花贈るひと「花を選ぶのを、手伝ってほしい」


     脹相にそう言われたとき、めずらしいこともあるものだと驚いた。
     脹相が俺に頼み事をすることなんてほとんどなかったし、何より脹相の方が俺よりもずっと花に詳しかったから。不思議には思ったけど、頼られたことが純粋に嬉しくて。笑顔で頷くと、どことなく不安そうだった脹相はほっとしたように眉尻を下げた。





     近所の花屋さんに、二人連れ立って歩く。誰に贈る花なのか。脹相は教えてはくれなかったし俺も聞かなかった。確信はなくとも気がついていた。手伝ってほしいとは言われたけれど、きっと俺にできることはあまり無い。それでも俺は脹相のそばにいてやりたかった。同じじゃなくても、同じだと思っていた。

    「脹相の好きな花でいいんじゃない?」

     だから、花屋さんでうろうろと所在無げに歩き回る背中を押してやるように、俺はそう言った。

    「俺の?」

     俺が受け取るわけではないのに、なぜ。
     不思議そうに向けられる目線がなんだか可笑しくて、笑いながら脹相の背中を叩く。

    「案外そっちの方が嬉しかったりするんよ。貰う方は」

     俺の言葉に、脹相は太い眉を寄せて考え込むように口元に拳を当てた。

     そしてもう一度店をゆっくりと一周して――最後に一つの花を手に取った。

     不思議な色をした花だった。
     端がれくねった花びらが幾層にも重なるように出来た花冠は手のひらほどの大きさで、項垂うなだれるように少し下を向いていた。白練しろねり色の花弁は、その淵を暗い紫色、根本は霞んだ若葉色に染められていて――鮮やかで溌溂とした、というよりも、暗く重たげな印象を受ける花だった。だが、淵の暗い紫色が支脈を伸ばして白練色を染め上げている様が、まるで脈打つ血管のようにも見えて。

     クリスマスローズ。
     季節外れの名を持った、その命のような色をした花たちを、脹相はやさしく抱えあげた。


    「今日の誕生花なんですよ」
     カウンターに置かれた花たちが綺麗な包装紙に包まれて花束になっていくところを脹相の隣に並んで眺めていると、店員さんが微笑みながらそう言った。
     脹相は薄く口を開けたが何も言わず、ふたつの花束を受け取って小さく頭を下げた。








     花束を抱えた脹相が向かったのは、呪術高専だった。冬の冷たい風に身を縮めながら人気のない広い敷地の中を二人で歩いていく。あれから一年経って修復もだいぶ進み、崩れた建物や瓦礫はほとんど目に入らなくなった。

    でも、ここだけはまだはっきりとその惨劇のあとを残したままだ。

     ――――地面に空いた、大きな穴。

     脹相はその淵で、足を止めた。

     大穴の淵に二人並んで立ち、吹き上げてくる冷たい風を受ける。
     地表をまるく抉りとったようなその大穴の側面には、通路だったのだろう四角い穴がいくつも空いていて、ひび割れた地層からは乾いた土の香りと砂粒が風に乗って舞い上がってきた。底の方には石造りのドームが同じくひび割れ抉られていて、まるで割れた卵の殻のように見えた。殻の向こう――大穴の底は土埃に霞んでいたが、無残に千切れた巨大な縄と苔の生えた老木の根だけは、この位置からでも見ることが出来た。




    「勝手なことを、と思った」




     俺の隣で、脹相がぽつりと呟いた。




    「生きろ と、言われたとき」




     穴の底に落としていた目線をあげて、脹相の横顔を見る。
     脹相は穴の底を見ていなかった。ふたつの花束を胸に抱いて、まっすぐ上を――冬の空を見てた。そしてその胸の奥から取り出してそっと風に乗せるように、言葉を溢していた。その言葉とは裏腹に、俺の目に映った脹相の瞳は怒りを孕んではいなかった。だが、揺らいでいた。揺らいでいて、戸惑っていて、苦しくそうで、そして、かなしい色だった。脹相の髪が風に揺れる。俺はその横顔を見つめたままゆっくりと瞬きした。



    「今でも死ぬべきだったと思う」


     
    「あの時 あの場所で 俺は」



    「死ぬつもりだった その覚悟があった」



    「そうでありたいと 心の底から願っていた」




     ふ、と脹相が息を吐いて――目を伏せた。











    「――――だが、生かされた」










    「うん」

     俺は頷いた。脹相と同じように目を伏せて。
     まぶたの裏に、俺に言葉を残して―――そしていなくなった人たちを想う。

    「勝手だよな。ほんとに」


     だって、俺たちは残されて。残していった人たちはもういなくて。
     もういなくても、いや、もういないから。
     忘れられなくて、憶えてて、憶えていて。
     残されたものが、いつまでも俺たちの真ん中にあって。
     いつまでも、痛くて、あたたかくて。
     立ち止まるのを許してくれなくて。
     心臓をむりやり動かしてくるんだ。

     ほんとに、勝手だよ。みんな。


     脹相は黙っていた。
     俺はもう一度脹相の横顔を見て、そしてもう一度俯いて。それから、大きく深呼吸した。
     冬の冷たい空気を肺に入れると目の奥がじぃん、と熱くなって――堪らない気持ちになった。
     だからそれが零れる前に大きく息を吐いて、俺は冬の空を見上げながら脹相の背中に手を添えた。





    「でも、俺は」






      脹相が生きててよかったって、思うよ






     脹相の目がこちらに向く。
     俺はそれにちいさく微笑んで見せた。

    「――――そう、か」

     細く息を吐く音が聞こえる。
     俺が触れている背が少し丸まって、脹相の腕が花束を優しく抱きしめる。

     そして、びゅうびゅうと冬の風が吹くだけの沈黙が流れて――――俺の目の端で、脹相の腕がゆっくりと開いた。

     ふたつの花束が指先から滑り落ちる。

     冬の強い風が、あっというまにそれを浚う。

     花束が落ちていく。音もなく、ときおり花びらを舞わせながら、深い穴の底へ。

     俺達に見守られながら風を受けて落ちていくふたつ花束はゆらゆらと揺れて、どこか満足そうに笑っているように見えた。



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