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    niwa

    @yukute_niwa

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    niwa

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    盗賊団時代のブラネロ。他にも付け足してインテの本になります。

    #ブラネロ
    branello
    #mhyk

    悪党にまつわる吟遊詩さあみなさまお待ちかね。お話には必ず悪役が必要です。
    今からお話ししますのは北の大盗賊団。
    北の宝という宝を盗むだけでは飽き足らず、
    東の城から上等の細工品を、西の名高い美女を、
    中央に集まる東西南北の交易品のことごとく、奪うはやさは疾風のよう。
    南の海風も彼らの凍てつく心を溶かすことは叶わない。
    悪逆非道の限りを尽くす彼らこそ
    泣く子も黙る死の盗賊団、
    首領は名高きブラッドリー・ベイン、
    その名を聴いたら震えて眠れと申します……

    スカーラバの市へ行くのかい
    パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
    そこに住む人によろしく言ってくれ
    かつて愛した人なんだ

    これは中央の国におすまいの賢者様のふるさとの歌です。
    古い民謡だそうですよ。美しく悲しいしらべでしょう。みなさんも一度は耳にしたことがあるのでは? あっというまに流行りましたからね。特に西の国では演奏するたびに大喝采、老いも若きもそらんじているという噂。この歌は遠い北の国まで伝わって、死の盗賊団、その恐ろしい頭目、その片腕、熊の生き胆や赤子の血が好物という、悪名高き血の料理人、ネロ・ターナー。その血まみれの唇にも、このうつくしいしらべは乗ったのです。
    その様子を少しばかり語ってみましょう。

    ネロは、盗賊団のアジトのキッチンで、なにやら料理をしています。宇宙鶏でしょうか。哀れな鶏たちが息絶え、血を抜かれた姿で、財宝のように山積みになっております。彼らはこうして私たちの胃袋も満たしてくれているのですから、日々の糧に感謝しなければいけませんがね。料理人の空色の髪の毛は後ろで一つにくくられ、持ち主が動くたびに、右に左にひょこひょこ跳ねていました。
    その日首領は他の手下たちを率いてでかけており、ネロは留守番を仰せつかっていました。
    処女の生き血でも吸った後なのでしょうか、ネロはどこか物憂げに歌っております。そう、さきほどの賢者様のふるさとの歌です。すばらしい楽曲は、凍てついた盗賊の心にも届くのかもしれません。

    昼下がりです。遠い昔に打ち捨てられた村の、いっとう立派なお屋敷がその時のアジトでした。お屋敷と言っても、ぐるりと雪で囲まれていて、花のひとつもありません。キッチンは一階の南側。小さな窓があり、雪を反射した光がほんのわずかに差し込んでおります。北では貴重な火種がかまどにともされ、フライパンになみなみと注がれた油をゆっくりと温めています。ねんがらねんじゅう日の刺さない北の国の魔法使いらしい白い指先には包丁がしっかりと握られています。まな板に置かれているのは処女のはらわたでもヒグマの肝でもなく、ハーブのようです。どうやら彼がこの歌を口ずさんでいるのは、ロマンティックな理由でも、音楽が凍てついた心を溶かしたわけでもなく、もっと単純で即物的な連想のためのようでした。やはり北の盗賊、血の料理人に詩を解せる優しく繊細な心があるはずもありませんものね。
    ネロはただ、ハーブを切り刻んでいるから、心のままに、ハーブの歌を歌っているだけなのです。

    上着を縫ってくれと伝えておくれ
    パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
    縫い目も針の跡もない上着を
    そうすればあなたは私の恋人

    とんとん、とんとん。ネロは細かく細かく、親の仇にでもするようにハーブを刻みます。おっと、どちらかというと彼こそ、たくさんの人間や魔法使いから親の仇として憎まれている側でしょうけど。
    パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。ちょうど歌詞のハーブがひとそろい。刻みおえたらそれらと、銀河麦のこまかく挽いたやつを、山盛りの宇宙鶏にまぶして、よおくなじませていきます。一晩なじませた方がずっと味が染みておいしく仕上がるでしょうに、フライパンで熱されている油を見ると、どうもそうはならないようです。彼には急がなければいけない理由があるようでした。
    そう、あの恐ろしいブラッドリー・ベイン、死の盗賊団の首領が、一仕事終えて、今にもねぐらに戻ってこようとしているのです。ブラッドリーは、小さな子供のようにわがままで、血の滴るような肉しか口にしないのだそうですよ。聴き手のみなさまのおうちのぼっちゃん嬢ちゃんなら𠮟りつければすむことですが、悪逆非道の盗賊団の首領を叱るひとなど、魔王や双子以外におりましょうか。手下たちも何も言えずに、震えて肉を差し出すことしかできないに決まっています。まあ、実は、そうとも限らないのですけど……その話はまたあとで。そんなわけで、ネロはそのしらせを受けて、慌てて鶏肉を揚げようとしているのでした。
    キッチンに備え付けられた小さな窓を開けると、こごえるような風が雪を巻き込んで吹き込んでいます。弱い子供や老いた人間なほんの束の間で肺まで凍り付き死に絶えてしまうような、北の風……。ですがネロは魔法使いです。少し首をすくめましたが、臆せずに窓の外に手を突き出し、桟に積る雪のなかほど、きれいなひとかけをつかみました。すばやく窓を閉め、そのひとかけを器に盛ると、挽いた銀河麦を溶かして、くるくると混ぜます。そうして麦の溶けた雪水をひとしずく、油に落として、温度を確かめます。じゅ……っと、生まれたての小鳥の鳴き声ほどの小さな音がいたします。それに耳をすませ、満足したように頷くと、ネロは鶏を一羽ずつ、油に滑り込ませていきます。その手つきは急いでいますが、乙女の針仕事のように丁寧でした。
    やがて鶏と油の混じった、おなかのすくようなたまらない匂いが、フライパンから漂ってきます。ネロは汗をぬぐいながら、揚がっていく鶏を見つめています。空の青に麦畑がうつりこんだような瞳は、真剣勝負に挑むようです。いつしか歌もやんでおりました。彼がひとつまばたきをした、その時です。玄関の方から荒々しい物音と、おおきな声が響きました。

    ……おおい、今帰ったぞ。ボスのお帰りだ。みんな、お迎えしろ。

    屋敷じゅうの手下たち、屋敷の外の村中の手下たちが、わっと集まる気配がいたします。恐ろしい彼らの首領を、我先に迎え、称え、ねぎらうためです。わたしのような流れの吟遊詩人には分かりませんが、組織の中では上に取り入り、気に入られることが生き抜くすべと申します。あるいは抜け目なく分け前をもらう算段もあるでしょう。ですがネロはフライパンから離れません。大事な首領の帰還に見向きもせず、深いためいきをついて、鶏を揚げ続けています。こんがりと南の国の狐の色に揚がったら皿に取り出し、また一羽揚がったらさらに取り出し、そうして、二羽、三羽と、山のように積みあげていきます。
    その鶏を、彼の背後からつまみあげる、不埒な指先がございました。
    「こら、つまみ食いすんな」
    「いいじゃねえか、俺のためのもんだろ」
    堂々と開き直る男こそ、ブラッドリー。死の盗賊団の首領でございます。ネロは答えず、唇を尖らせると、最後の一羽を皿に積み上げ、呪文で火を消しました。
    「うん、うまい! 一仕事のあとはこれに限るぜ」
    ブラッドリーは傷の走る顔を少年のように無邪気な笑顔でいっぱいにしてそう言いますが、ネロは背を向けたままです。ブラッドリーは少し困った顔をして、首に無造作にかけていた宝飾品を外し、ネロの顔を覗き込むと、その薄い胸にぐいと押し付けます。赤子のこぶしほどもあるエメラルドのはめ込まれた、見事な金細工の首飾りです。しかしネロは「高く売れそうだな」と、静かに言ったきりで、おおげさに喜んだり驚いたりはしませんでした。おや、どうやら、この場においては、相手の機嫌を取っているのは部下ではなく上司の方のようですね。広い世の中そういうこともあります。ええ、特に、非常に親密な二人の間では。
    やがてネロが根負けしたように、ぽつりと静かに呟きました。
    「怪我は」
    ブラッドリーは笑って肩をすくめました。くすねた鶏をもう一羽口に放り込みながら、行儀悪く喋ります。坊ちゃん嬢ちゃんは真似しちゃけませんよ。
    「ねえよ。簡単な仕事だった。俺様を誰だと思ってんだよ」
    「……俺も一緒に行きたかった」
    「ここに移り住んだばっかりだから、留守を頼むって言っただろ」
    「そうだけどさ……」
    ネロはぐずる赤子のように納得しきれない声を出しましたが、ブラッドリーが彼の肩を来やすい仕草で抱き、
    「お前の指輪のおかげで、今回もうまくいった」
    と言うと、口をつぐみ、蕾がほころぶように、静かにほほ笑みました。そして調理台のふきんで手をぬぐうと、彼の首領の右手を取り、人差し指にはまっている、石のついた指輪をそっと抜き取りました。
    「また次も嵌めてくれよ」
    とブラッドリーが言い、
    「次は連れて行けよ」
    とネロは答えました。
    ブラッドリーは山盛りの鶏を皿ごと奪うと、機嫌よく去っていきます。足取りは軽く、ダンスのステップのようです。ネロはキッチンに戻り、腹をすかせた手下たちの胃袋に詰め込むたべものを作る作業にとりかかります。
    彼の唇からはまた歌が流れました。物憂げな気配はさきほどよりは取り除かれております。口ずさむのはさきほどと同じ、どこか遠い世界の歌です。決してかなわぬ無理難題を願う、冷たくむなしい、恋の歌。

    1エーカーの土地を探しておくれ
    パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
    海と波打ち際の間の土地を
    そうすればあなたは私の恋人……


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    niwa

    DONE盗賊団時代のブラネロ。他にも付け足してインテの本になります。
    悪党にまつわる吟遊詩さあみなさまお待ちかね。お話には必ず悪役が必要です。
    今からお話ししますのは北の大盗賊団。
    北の宝という宝を盗むだけでは飽き足らず、
    東の城から上等の細工品を、西の名高い美女を、
    中央に集まる東西南北の交易品のことごとく、奪うはやさは疾風のよう。
    南の海風も彼らの凍てつく心を溶かすことは叶わない。
    悪逆非道の限りを尽くす彼らこそ
    泣く子も黙る死の盗賊団、
    首領は名高きブラッドリー・ベイン、
    その名を聴いたら震えて眠れと申します……

    スカーラバの市へ行くのかい
    パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
    そこに住む人によろしく言ってくれ
    かつて愛した人なんだ

    これは中央の国におすまいの賢者様のふるさとの歌です。
    古い民謡だそうですよ。美しく悲しいしらべでしょう。みなさんも一度は耳にしたことがあるのでは? あっというまに流行りましたからね。特に西の国では演奏するたびに大喝采、老いも若きもそらんじているという噂。この歌は遠い北の国まで伝わって、死の盗賊団、その恐ろしい頭目、その片腕、熊の生き胆や赤子の血が好物という、悪名高き血の料理人、ネロ・ターナー。その血まみれの唇にも、このうつくしいしらべは乗ったのです。
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