『異』世界共通事項 賢者様の住む国は平和だった。〈大いなる厄災〉が世界を襲う心配もないし、魔法使いがいないから人間と対立することもない。こっちの世界に来てよかったと心の底から思う。ミチルやルチル、レノックスたちに会えないのは少し寂しいけど。
この世界に来るときに、一緒にオズも連れてきた。「まだ見たことのない世界を一緒に見てみたい」と言ったら、最初は拒否されたんだっけ。アーサーがいるから、一緒についていけないって。でもその会話をアーサーが聞いていて、「ぜひ行ってきてください!」って言った。俺たちが必ずまた向こうの世界に帰れるっていう保証はないのに。だって、今の俺たちはもう魔法が使えないから。空間移動魔法も使えない。
「…フィガロ、テレビをつけてもいいか?」
「うん、いいよ」
この世界には魔法がない分科学技術が発展している。知りたいことがあれば小さな板みたいな機械を使えばいいし、暇ならテレビを見たらいい。家事もボタン一つ押せば機械がやってくれる。便利な世の中だ。
「次のニュースです。昨夜――の――で銃撃事件が発生し――」
でもそれは賢者の国だけだった。テレビでは遠く離れたところにある国での事件が毎日報じられている。それはまるで魔法使いと人間が対立していた時のような、いや、それよりも被害は残酷だ。
「もっと楽しいニュースないのかなぁ」
「……賢者が語るこの世界は、もっと輝いていた」
ワンテンポ、ツーテンポほど遅れてオズが喋りだした。
「美しいものや、楽しいことで溢れている、と語っていた」
「…そうだね。」
結局は同じ。
魔法使いと人間のように差別はなくならない。
〈大いなる厄災〉と戦っていた時のように、今日もどこかで誰かが戦い、死んでいる。
賢者は、命を脅かすような差別や戦争は経験したことがないと言っていた。それは、賢者様の国の平和が保証されていたからだ。
「賢者様にとって、向こうの世界はどう見えていたんだろう」
平和が保証されていない世界で、笑顔を見せられるほど心の余裕があったのだろうか。あの笑顔の裏にあったのはきっと恐怖心だろう。賢者様にとって、あそこは地獄だっただろう。
「ねぇ、賢者様」
ごめんね、気づいてあげられなくて。
怖かったよね、辛かったよね。苦しかったよね。
「フィガロ、何故泣いている」
「あれ、おかしいなぁ…なんでだろう」
涙があふれて止まらない。後悔か、同情か。どちらかわからない。でも、何故か自分も苦しくなった。
異世界共通事項。それは、戦争と差別。どこの世界に行ったって、結局それはなくならない。
でも、賢者様の住む国ならそれを目の前で体験することはなかなかない。少しはあるかもしれないけど、あの世界よりもずっと少ない。
どうか、この世界では幸せになって。
会いたいけど、どうか会わないで。
俺たちのことを、俺たちの世界を思い出さないで。
俺はそう願った。