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    shimotukeno

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    shimotukeno

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    フーイル小説 う~ん全体の流れは出来てきたぞ

    フーイル小説の続き「ジョルノが?」
     はち切れそうなほど詰まった買い物袋を両手に抱え、フーゴが街から帰ってきた。イルーゾォは車内に残った買い物袋をおろしながら、ジョルノの来訪について語った。
    「ああ。書類置いていったぜ。あとしばらくの間はここにいて、チームのことを話してくれってさ」
    「……いいんですか? 話が聞きたいと言っておいてなんですけど、無理強いはしたくありません」
     フーゴは心配そうに聞いた。イルーゾォは無言で首を振る。束ねていない豊かな髪が複雑に揺れた。
    「理由を直接聞いて、妙な下心はないってわかったからな。それに、もう、知っているのは俺だけだ。みんな善い人じゃあなかったが、好い奴らだったってことは」
    「ええ」
    「だが、ジョルノに話すつもりはない。フーゴ、お前だけが聞き役だ。頼まれてくれるか」
     イルーゾォからの指名に、フーゴは目を丸くするがすぐに表情を改めた。
    「はい。責任を持って、務めます」
     食料や生活雑貨を納めるべきところに納めると、フーゴは客間のテーブルに置いてある封筒を手に取った。かなりの枚数があるが、中身が何であるかはおおよそ見当がついた。
     暗殺チームの資料。ジョルノに頼んでいたものだ。
     フーゴはイルーゾォを呼ぶ。イルーゾォも、フーゴの表情を見て封筒の中身を察したようだった。
    「ご覧になりますか。その……チームの皆さんの、遺体の写真もありますが」
     イルーゾォはフーゴの手から奪い取るようにして封筒を取った。引き締まった表情で、双眸に真剣な光を宿してフーゴを見据える。
    「みんな必死で戦って死んだ。生きながら輪切りにされて、美術品みてえに額に入れられて弄ばれたりしたわけじゃねえだろ。俺だって、覚悟は出来てんだ」
    「輪切り……?」フーゴは表情を曇らせる。「二年前に亡くなった、ソルベという黒髪の男性ですか」
     ディアボロの親衛隊の一人、チョコラータの家宅を捜索した際、大量のビデオテープが発見された。その中に、「ソルベ」と題された、生きながらにして輪切りにされる男の凄惨な映像があったのはフーゴも確認済みだった。保管されていたテープはどれも直視できたものではなかったが、この残酷な処刑を目の前で見せつけられていたもう一人の犠牲者が、猿ぐつわを飲み込んで窒息死してしまったので印象に残っていた。
    「なんだ、ソルベのことも知ってたのか」
    「ジョルノ達が倒した男の遺品に、そのように殺害された男性のビデオテープがありました」
    「……そうか。そいつも死んだのか」
     イルーゾォは素っ気なく言いながらも、どこか安堵したように目を細めた。
     トリッシュの護衛任務を下されたとき、裏切り者のチームはボスを倒し、麻薬ルートを抑えようとしていると伝えられていた。だが、それだけではなかった。組織によって仲間を見せしめとして惨殺され、遺体を弄ばれたことへの燃えたぎるような復讐心。これこそ、彼らの結束力をより強固にしたのだろう。
     イルーゾォはリビングのソファに座り、封筒の中身を取り出し、ローテーブルに広げた。資料にはどれも霊安室のような場所に安置された遺体の写真が添付されている。血や泥、煤はみな綺麗に拭われていたが、離れた場所で毒蛇に噛まれたメローネを除いて、皆その戦いの激しさを無言で語っていた。
    「ソルベとジェラート……はないな。俺たちのチームはもともと九人だった。暗殺という仕事の割に、報酬はしょぼかったし、縄張りもなかった。スタンド能力があるからといって雑に突っ込むワケにはいかねえ。調査や工作も必要だ。対象や護衛がスタンド使いのこともある。危険な汚れ仕事の割に、扱いが不当じゃあねえかって、皆内心不満だったんだ……」
     イルーゾォは語り出す。初めは雪が融けてゆくように。次第にさらさらとよどみない小川のように。時々、寄り道しながら。静かに、淡々と。フーゴはそれを書き留める。間違いのないように。
    「二人が消えたとき」イルーゾォは深く息をついた。「俺はそれほど深刻だと考えていなかった。ペッシがあんまりびびってるんで、それをからかいさえした。だが今思えばびびっていたのは俺の方で、まじに消されているとは思いたくなかったんだろうな」
     待遇に不満を抱き、ボスの正体を探ろうとした二人が消された。それもかなり残忍な方法で。恐怖によって怒りと屈辱を飲み込まされた七人は、腹の底で煮えたぎらせながら復讐の時を伺っていた。麻薬ルートを押さえるというのも、利益の追求というよりかはそれ自体がボスへの復讐に思えてくる。命も、権威も、権力も、すべて奪い尽くす復讐であり、同胞への供物であったのだろう。
     二年前の話が一通り終わったところで、フーゴは内容をまとめてイルーゾォに見せる。イルーゾォは穏やかに微笑んだ。
    「さすが、よくまとまってるじゃねえか」
     彼が自嘲の笑みでなく、純粋に笑うのを、フーゴはこの時初めて見た。
    「あ……ありがとうございます」フーゴも頬を赤らめて笑顔になった。
     日はとうに沈み、星々は一つ、また一つ出番の時を得て舞台に現れ始めた。手早く食事を済ますと、二人はまたもとのソファに座る。イルーゾォはホルマジオの資料を手に取った。体にはひどい火傷と、無数の銃創がある。
    「彼はあなたの前に戦った……」
    「俺はホルマジオがやられたって事実しか確認していなかったから、戦いについて詳しいことは何も知らねえ。ただ、まさかあいつがやられるなんて思っていなかったな……スタンド能力はくだらなかったが、頭のキレと腕は確かだった」
     イルーゾォは静かに資料を読み込む。資料には、戦いの現場写真も添付されていた。自動車が何台も爆破され、かなり烈しい戦いだったようだ。ホルマジオのスタンド能力も正確に記されており、いつも飄々としていた彼が全力で、加減せずにぶつかっていったことがうかがえる。
     ホルマジオは優れた洞察力の持ち主だったというのは、よく突っかかっていたイルーゾォも認めるところだった。だからこそ彼はいち早くブチャラティを疑い、ナランチャを捕捉することが出来た。思えば、ジェラートの死体を見つけたのも彼だった。
    「他のメンバーを待ってれば、……いや、言わない約束だな」
     うつむくイルーゾォの横顔を、フーゴは思案顔で見つめていた。
    「……彼は、重傷を負いながらも退却してチームに情報を伝えるつもりだったようです」
    「だろうよ。ああ見えて冷静に状況を見ている。だから敵に回すとこえーんだ、あいつは」
     飼っている猫にまったく懐かれずにいつもひっかき傷を作っていたこと、付き合っている女がよく変わっていたこと、ムードメーカー的な存在であったことなど、イルーゾォが語ったのは「くだらない」ことばかりであったが、資料に書かれているだけの人物像がより立体的になってくる。
     一方、過去については語らなかった。あまり詮索しない約束であったし、過去を明かさなくとも互いに強固な信頼を築けていたからだ。
     ホルマジオについてまとめ上げていると、もういい時間になっていた。話し疲れたのか、待ち疲れたのか、イルーゾォは腕を組んでうたた寝をしている。フーゴは一旦切り上げ、イルーゾォの膝にブランケットをそっとかけた。息を潜めて寝顔を見ながら、勢いで告白したことを、彼はどう思っているのだろうかと考えた。
     イルーゾォからすれば、仲間の仇の一味だし、ウイルスで半殺し――というか九割九分殺した張本人だ。だが、拒絶する様子はない。避けるそぶりもない。それどころか、ごく普通に接してくれる。告白を聞かなかったことにしたのだろうか。それとも覚えていないのだろうか? そもそも、はじめ彼は死にたがっていた。「もう言わない」とは言ったが、自分をなだめるための言葉だ。その心が劇的に変わったとは思えない。ただ、彼の心を直接確かめてしまったら、何かが終わってしまうような気がして、フーゴは口をつぐむしかなかった。
     フーゴは再びパソコンに向かい、キーボードを打ち始める。イルーゾォが気まずそうにこっそり目を開けたのには気付いていなかった。


     翌朝、軽い朝食を済ませてから、イルーゾォは資料を手に取った。プロシュートとペッシは二人で戦ったという。プロシュートは高速で走る列車から転落し、片腕や片目を失っている。ペッシはブチャラティのスティッキィ・フィンガーズでバラバラにされた上に川に落下したらしく、継ぎ接ぎの体には足りないパーツがいくつかあった。イルーゾォは目頭を押さえてうつむく。
    「大丈夫ですか? 少し、休みましょうか――」
    「いや、いい、大丈夫だ」
     気丈に顔を上げるイルーゾォだったが、顔色は白くなっている。
    「少し、堪えただけだ。昨日軽く見たのにな……。ペッシは、俺の知るペッシは殺しの現場で腰抜かすようなやつだったから――」
     ペッシは唯一、殺しをしたことのないメンバーだった。素朴で、気弱なところや臆病なところがあったが、時折鋭い勘働きや観察力を見せることがあった。見どころも愛嬌もあり、可愛がられていた。そのペッシが。
    「……ブチャラティが話していました。釣り糸の……ペッシはほんのわずかな間に急成長していたと。それこそ、十年も修羅場をくぐり抜けてきたような目をしていたと」
    「……みたいだな」
     イルーゾォは資料に視線を落とす。皆にマンモーニと呼ばれ可愛がられていたペッシからは考えられない戦いぶりだったようだ。プロシュートも列車から突き落とされ瀕死の重傷を負いながらも、今際の際までスタンド能力を解除しなかった。何かと口うるさい男だったが、決して口だけではなかった。経験と実力に裏打ちされていたからこそ、彼の言葉には説得力があった。そしてホルマジオとは別方向に面倒見がよく、根っからの兄貴肌だった。
    「老化しても、ミスタとブチャラティが動けたのか……」
     独り言をつぶやくと、フーゴは気まずそうに口を挟んだ。
    「二人は偶然、冷たいモノを口にしていたので体が冷えていたんです。この戦いの間、ジョルノとナランチャはダウンしていて、僕とアバッキオにいたっては終始眠っていて、何かが起こっていたことにも気付いていませんでしたから」
    「お前ら二人は俺と戦った後だろ。まあ……無理もないさ。俺が言うのもあれだが、負傷していたわけだからな……」イルーゾォも複雑な表情で眉尻を下げた。「そうやって眠りに落ちていれば、恐怖も感じずに眠っている間に老衰死できる……案外優しいんだよな、『兄貴』はさ」

     昼食を終えると、イルーゾォはメローネの資料を手にした。メローネのスタンドは自動追跡遠隔操作だ。だから、全滅と聞いて「まさか」と思ったのがメローネの死だった。資料によれば、ジョルノが倒したベイビィ・フェイスの残骸を毒蛇に変えてメローネを襲わせたらしい。本当に末恐ろしいガキだ、とイルーゾォは思った。
     メローネには外傷がなく、眠っているようにさえ見える。フーゴのウイルスで溶かされかけた自分が生き延びて、蛇に噛まれただけのメローネが助からなかったというのも奇妙な話だ。だが、生死というのは怪我の深さだけで決まるものではない。運や偶然というのもバカに出来ない。ほんの数センチ頭を傾けていたから助かった者もいれば、その逆もあろう。――理解はしていても、なかなか納得のいくことではないのだが。
    「メローネはこれだけか」
     今まで見た三人の資料と比べて、メローネの資料は記述が少なかった。当然と言えば当然である。
    「ええ。彼とは直接対面がなかったので……資料もかなり簡素になっています」
    「充実してる方がこええよ……」
     イルーゾォは思わず苦笑する。
     遠隔地からメローネのスタンドの全容を把握していたらそれはもはや神の御技であろう。
    「彼はどんな方だったのでしょう。その……個性的な方と見受けましたが」
    「個性的ねー……」かなり言葉を選んだ様子のあるフーゴの問いかけに、イルーゾォはポンペイで見た彼の穴だらけスーツを思い出しながらのろのろと答えた。
    「チームの誰に聞いても『変態』って答えられるような奴だよ。ホルマジオとかプロシュートが引くことさえあった。何せ皮膚の味で血液型を判別できるんだぜ」イルーゾォが舌を出してニヤッと笑った。「言動も能力もキていたが、それだけ頼りにはなったな。変態だったんだが……」
    「そ――そうですか……」引きつった表情でフーゴが相づちを打った。
    「それに、色々詳しくてさ」イルーゾォは慌てた様子で付け加える。「妙にマニアックな知識が豊富で、ふとしたときに解説してくれたりした。ああ見えてノリもいいし、占いとかもチェックしてるし……」
     その後イルーゾォは「実は愉快な奴で」「飽きが来ないというか」などと何故か擁護に終始していたが、フーゴの脳内には「でも変態なんだよな」という印象がこびりついて離れなかったのだった。

     
     資料をまとめ上げ、遅めの夕食を取る。イルーゾォも徐々に固形物がとれるようになり、パスティーナ入りのブロードを平らげていた。といっても、これは異様な回復速度である。イルーゾォが眠っている間、ジョルノが見舞いにきては彼のスタンドで何か行っていたのでその効果だろう。――ヴェネツィアでブチャラティと別れたとき。その時既にブチャラティの肉体は死んでいたのだという。そのような特異なことを起こせる力なのだから、今更驚いたりはしない。
     洗い物を済ませると、イルーゾォは再び資料を手にしていた。ギアッチョの資料だった。氷のスタンド能力を持ち、執念深く、どこまでもしぶとかった。正確面では、脈絡もなく突然キレ始める癇癪持ちかと思われたが、その実かなり機転の利く、厄介な相手だった。――そう聞いている。
    「ギアッチョはなにかっつうとこだわりが強くてな。『石の上にも三年』にキレたり、『七転び八起き』にキレたり――納得いかねえとすぐそれを感情に出す。声もデケエんだよなー……」イルーゾォは遠い目をしていたが、声の大きさではいい勝負じゃないかとフーゴは思った。
    「あのメローネと仲良かったんだ。トシが近いのもあるんだろうが、妙に波長が合うんだか、凸凹なのが逆にぴったり合わさってたんだか……普段から騒がしくて、アジトのモノぶっ壊すし、しょっちゅうリーダーにも怒られてたな。この前のナターレの時なんかよぉ……」
     非キリスト教国のクリスマス慣習にいらついたギアッチョがテーブルの脚を折っただの、それに大笑いしたメローネがプロシュートのシャツにワインをひっかけて喧嘩になっただの、揃ってリゾットに怒られただの、彼らのアジトの喧噪が蘇るようであった。
    「……だがある意味ではさっぱりというのか、純粋というのか、仲間の実力は認めてたし、誇りにしてた。チームの待遇も、『俺たちの実力に見合わない』って散々キレ散らかしていたしな。リーダーとか、ホルマジオとか、プロシュートとか、待遇に関して感情的にキレるタイプじゃあなかったから、……意図的か無意識かは知らねえガ、代わりにキレてたような気もするぜ……」
     フーゴは、ナランチャのことを思い出していた。ギャングは例え心に思っていても口にできないことは多い。個人的な感情、好悪、不平不満、そういったことは、腹の底に隠しておくものだ。ナランチャは思ったことを素直に口に出しては、ブチャラティにたしなめられていた。子供っぽいと言えばそうなのかもしれない。だが彼の感情に素直で、まっすぐなところが好かれていたし、ある意味うらやましくもあった。
     そして彼の感情的にまっすぐな面が、アバッキオのメッセージに気付かせたことも聞いていた。
    「フーゴ? どうした?」
    「あ……すみません。考え事をしていました」
     イルーゾォの声に、フーゴははっと我に返る。
    「集中切らすなんて珍しいな。ちょっと休むか。俺も喉が渇いたし。何飲む?」
     イルーゾォが腰を上げたので、フーゴは慌てて呼び止めた。
    「僕が持ってきますから、あなたこそ、何飲むんです?」
    「疲れてんだろー? いいから座って休んどけよ」
    「はあ……。ではお言葉に甘えて。僕はなんでも構いませんよ」
    「おー、言ったな?」イルーゾォはニッと不敵に笑った。ポンペイで会ったときの、勝ち誇ったような笑顔ととてもよく似ていた。
     フーゴはソファに深く沈み込み、目を閉じる。イルーゾォは、明るくなってきた。自分を殺させようとしていたときの陰鬱な表情はすっかり晴れている。やはり彼の心も少しずつ変わり始めているのだろうか? ――僕のように。
     ジョルノが新しいボスになると聞いたとき。フーゴは街を出て、それはそれは遠いところへ往こうとした。パープル・ヘイズのウイルスが陽光のもとでは数十秒と生きられないのなら、その本体である自分も、『太陽』のもとでは生きてゆけまい。そう思った。自分は組織の大きな笠の下でしか生きられなかった、日陰者なのだから。
     街を出る前に、ポンペイへ自然と足が向かっていた。何故かはわからないが、ここで自分が殺した(血清を打たれたとはいえ助からないと思っていた)彼に最初で最後のあいさつでもしようと思ったのかもしれない。当然彼は居らず、ジョルノとミスタが待っていた。「どこに行くんだよ?」ミスタの問いかけに「関係ないでしょう」と返す。ジョルノは「関係あります。君はこれから再び僕たちの仲間になるんだから。一緒に来てくれますよね、フーゴ?」と太陽のようにほほえみ、手を差し伸べるのだった。もう「どうでもよかった」ので、みそぎとして与えられた任務の途中で死んでもそれはそれでいいと思ってついて行ったのだった。
     ――聞かされたのは「証人の看病・保護任務」で、数日後に連れてこられたのは田舎の大きな屋敷だった。どう考えても一人で住むには広すぎる。掃除だけでも大変だ。スタンド能力の特性上、人家や道路から離れた家というのはわかるが、ここまで広い屋敷でなくともいいだろう。フーゴは、変な気を起こさせないためかと勘ぐった。あんまり暇だと、人間は余計なことを考えてしまうから。だがその勘ぐりも、ベッドに横たわる「証人」を見て吹き飛んでしまった。――イルーゾォではないか!
     すべて計算済みでウイルスに感染したジョルノを除いては、イルーゾォはまともにウイルス攻撃を食らって生き延びた唯一の人間ということになる。触れたら最後、肉体を破壊し、命を奪うしか出来ないと思っていた自分のスタンド攻撃から、偶然と奇跡の上でかろうじて生き延びたのだ。それだけで特別だった。特別な人になった。
     彼を看病するうち、どうしようもなく惹かれてしまっていることに気付いた。性格も、好みも何も知らないのに。任務の関係上、全身くまなく触れてはいるが、彼に触れたい自分にも気付く。――彼の手に触れたい。頬に触れたい。唇に触れたい。手で、頬で、唇で、触れたい。
     頭がおかしくなったんじゃあないかと思う。何か錯覚しているのかとも。だが欲を解消してもますます募るだけだった。誰にも言えないような夢を見ることもあった。彼の存在が、生きる理由になっていた。どうしようもなく終わった恋だとわかっていても。
    「寝ちまったのかあ……?」
    「ね、寝てませんよ!?」
     頭上から声が降ってきて、フーゴはぱっと目を開けた。気がつけば、あたり一体にチョコレートの甘い匂いが漂っている。イルーゾォは黒っぽいどろっとした液体が入ったマグカップをフーゴに渡す。チョコラータカルダ……いわゆるホットチョコレートだ。
    「やっぱり疲れてやがるな。甘いモンでも飲みなよ」
    「あ、ありがとう……ございます」
    「買い物袋に入ってたからさ、ちょっと狙ってたんだよ」イルーゾォは上機嫌な顔でチョコラータカルダを口にする。フーゴも飲む。濃厚だが、ほどよい甘さが口いっぱいに広がり、心身に染み渡っていく。素直な感想が、口からこぼれ出る。
    「美味しいです……!」
    「だろぉ~? 何しろリーダー直伝だからな」
     イルーゾォは得意げに顎を上げた。
    「徹夜明けとか、任務から戻ってきた夜中とか、落ち込んでるときとか、よく作ってくれたぜ。でもそうすると他の連中も匂い嗅ぎつけて、自分にも作ってくれって沸いてくるんだよなあ」
     イルーゾォは苦笑した。フーゴは彼の語るその様を思い浮かべ、覚えず、涙をこぼした。眠気を装って、あくびをしながらそれを拭う。
    「明日、……もっとたくさん聞かせてください。あなたのリーダーのお話を」
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