15私は無事に志望校に受かり、高校生になった。
新しい環境、新しい友達。本家に行かなければ、私は本当に普通の高校生だったと思う。

中学生の時も所謂「ガールズトーク」はあったが私は主に聞き役だった。あまり恋愛に興味がないと思われていたかもしれない。悟が中学校に迎えに来たあの後はしばらくキャッキャと詮索されたが、まだ小学生だということと、一緒にいたクラスメートが「祖父危篤」を聞いていたので「親戚の男の子」で私との関係の追求は終わった。どんなに整った顔立ちでも、珍しい見た目をしていても、小学生を「紹介して」という人はいなかった。

しかし高校生になると、ガールズトークの内容も変わってきた。彼氏がいる子は結構いたし、共学だったので男の子の品定めも大いにしていた。なにより、「経験済み」という子がチラホラいたのだ。情事を自慢気に話すクラスメートに、私は赤面するばかりで、余程ウブなんだろうと思われ、ますます事細かに教えてくれた。
私が赤面する理由はただひとつ。悟に触れられた時の火照りを思い出してしまうからだ。

学校帰りには男女含めた友達とファミレスに行ったりカラオケをしたり、私は新しい生活を楽しんでいた。
そんな折、どうやら私に好意を抱いてくれているだろう男の子が現れた。私は特別美人でもかわいいわけでもなく目立つ存在ではなかったが、彼は私の雰囲気が好きらしいと友達に耳打ちされた。ある時私が落とした消しゴムを彼が拾ってくれた。受け取る時に「パリッ」と音がして、彼は手を引っ込めた。静電気かな？と首をかしげる彼を見て、おそらく彼にはそれなりの呪力があるのだと分かった。私のバリアは健在で、相変わらず一定以上の呪力をもつ人やモノの侵入を拒んでいた。彼はかすかな私のバリアに無意識のうちに気付き、悟が「桜色」といったバリアの雰囲気に惹かれたのだろう。しかし、私が許可しなかったという事も分かったので、彼の好意には気付かないふりを続けた。
その後、「あからさまな好意にも鈍感なところがまたいい」と彼が言っていたとまた友達に耳打ちされた。私は困った。

正直、悟以外の男の子に興味がなかった。
悟がいればそれで良かった。
悟と結婚するなんてあり得ないと昔は思っていて、その事で悟を酷く傷付けたこともあった。
でも今は悟以外の人間とどうこうなるとか、結婚するなんて到底考えられなかった。

そんな時、
「学校でなんかあった？」
と悟に唐突に聞かれた。
悟はカンがいい。人のちょっとの変化にもすぐ気付く。カンがいいだけなのか、六眼の賜物なのか私には分からなかった。
まぁ隠す事でもないかと、私は「どうでもいいことなんだけどね」と前置きして事と次第を話した。
話し終わると、
「ふぅん。大変だね」
と、さして興味も無さげな返しをされたので、話しは終わった。
「実。キスしていい？」
と、ママと話してからちゃんと聞いてくれるようになったので、
「うん」
と答えた。
いつも通り唇を合わせていると、突然下唇を唇で挟まれた。
ギョッとして目を開けると、碧い瞳が私の目をしっかり捉えていて二度びっくりした。

「悟……キスする時いつも目を開けてるの？」

「閉じてるよ？今日は反応を見たかったから開けてみた」

そう言うと悟は目を閉じてまた唇を重ねてきた。
そして唇を唇で挟み、ゆっくり私の唇を舐め始めた。
私の心臓は今にも破裂しそうだった。クラスメートが話してくれた事がぐるぐると頭を廻った。
悟の舌が私の中に入ってきた時、頭の中のヒューズが飛んだ。
貪る、というのはこういう事かと頭のどこかで考えていた。
キスがこんなに頭の痺れる、気持ちのいいものだとは知らなかった。私は全力で悟を抱きしめ、悟は両手で私の頬を包み込んでいた。
悟がまだ小学生だから、とか、そんな事はどうでも良かった。

生まれて初めての快楽は、唐突に終わった。
ママが悟の部屋のドアをノックもせずに開けたのだ。
フリーズする世界。
「おい」
とだけ自分の母親に向かって発する悟。
状況を察したママは無言で土下座した後、扉を閉めて去って行った。

悟と顔を見合わせたあと、ゲラゲラ笑った。



次の日学校が終わり、いつも通りクラスメート数人と校門を出た。その中には例の彼もいた。
なんとなくそんな気はしていたが、校門を出た所で悟は待っていた。

「実。帰ろう」

そう言ってあの時のように手を差し出す悟。

悟の容姿に驚きざわめくクラスメートたち。

悟の手を取ろうとする私をクラスメートの女子たちが私を羽交い締めにしてひき止める。

「超絶イケメンじゃない？」
「誰なの？！」
「彼氏？！」
「てか日本人？！」

私はまっすぐ悟を見ながらクラスメートの問いに答えた。

「世界で一番大好きな人だよ」
「わたしたち、結婚するんだ」

そう言うと彼女たちの腕から力が抜けた。
彼女たちの腕から抜け出すと、私は悟の手を取った。
悟は見慣れた不敵な笑みを浮かべていた。

「実は明日からまた学校で大変だねぇ」
「誰のせいよ？」



本家の悟の部屋に行くと、ママが鍵付きのドアノブに交換している最中だった。

私は赤面し、悟は
「よきにはからはえ」
と言い、ママは
「有難う御座います」
と言ってまた消えた。