40バリアがどんなものなのかの実験や、バリアの出し入れはできるのか、その訓練は10代の頃にたくさんやった。でもできなかったと私は言った。
「うん。でも、医学と同じで呪術も研究が進んでるんだよ。昔は分からなかった事が最近になって分かることもある。しかも現在20代半ばで心も身体も成熟しているから、何かしら変わっているはず」
「あー……んー……それはそうかもしれないけど……」
悟が悩んでいる。
「あとはそうだな。イレギュラーな事がなかったか、とか」
「イレギュラーな事?」
悟とハモってしまった。
「例えばだけど、消えたバリアが復活しなかった事はない?」
それについては私と悟はお互いに「思い出させたくない」事だと思う。
悟は責任を嫌というほど感じているだろうから、それを私は思い出して欲しくない。悟は悟で「辛い出来事を思い出させたくない」と思っているだろう。だからその話は私たちの中でなんとなくタブーだった。
二人は黙ってしまった。
「あるんだね?でも言えない?」
「硝子、ごめん。それはちょっと言いたくない」
あれから7年経った。
そろそろきちんと向き合わなければならないのではないか。
「悟。もうそろそろいいと思う。私たちはちゃんとあの時の事に向き合えるよ」
「……実」
「辛いかもしれないけど、家入さんに話したらこれからきっと役に立つよ?」
しばらく悟は考えていたが、「分かった」と言った。
「硝子、7年前に家が呪詛師と呪霊の襲撃受けた話しを聞いたことあるか?」
「なんとなく、かな。詳細は入ってこなかった。まだ小学生だったっけ?」
私の目線と悟の目線で話した。
あの時それぞれがどう思っていたか、感じていたか、何を見ていたか。
「話してくれてありがとう」
私たちが話し終わると家入さんが静かに言った。
悟はいつの間にか私の手を握っていた。
「私も今聞いたことをまとめたいから今日はお暇する。来週またこの同じくらいの時間に来ていいかな」
「私は大丈夫です」
「俺も任務入らなければ大丈夫」
「じゃあ、また」
家入さんは客間を出て行った。
私たちは立ち上がれなかった。
悟が無言で抱き締めてきた。
「悟、話してくれてありがとう。」
「うん」
「二人とも生きてる。生きて、一緒にいる。私は最高に幸せだよ」
「本当に生きててくれてありがとう。また一緒に暮らしてくれてありがとう、実」
「ね?私たちは二人ならなんでも乗り越えていける」
「実とこれからもずっと一緒にいたい」
「ずっと一緒にいようね」
この体温を感じていたい。
ずっと。
その土日、悟は幼児に戻った。
片時も離れず、身体に触れていたがった。
まあ、あの時悟はまだ小学生だったから、相当強烈なトラウマになった出来事だっただろうと思ってされるがままにしていだが……
「ねえまだぁ?!」
「今入ったばっかりだってば!!トイレの前で待機しないでよ!!」
「早く!!なにかあった?!大丈夫?!」
コンコンコンコンとノックが止まらない。
「なにもない!!!あなたそれ3歳くらいの時にもおんなじ事してたわよ!!」
「だからー?!早く!!」
お風呂も寝るのも一緒。お腹が冷えるから嫌だと言ったのに全裸にされてがっちりホールドされて寝たので寝た気がしなかった。悟はぐっすり寝たようだった。こんちきしょうが。
日曜に任務の電話連絡がくると盛大に駄々をこねた。
「ねぇそれ俺じゃなきゃダメ?俺じゃなきゃ本当にダメなの?一級術師は皆任務に出てる?任務終わったらそのまま直行できないの?行けるよね?は?なんで?そんなんでこれからの呪術界は本当にいいの?!おい!ちょっと?!あ"ーーーーー切られたーーーーー!!!!」
ムスッとして悟は私を私の部屋に連れて行った。
「一歩も出るな。分かった?」
「……はぁ?トイレどうすんのよ」
「我慢してて。すぐ帰って来るから」
「はぁーーーーー?!」
悟は足音も荒く出ていった。
すぐって……いつ?????
ため息をついて、メガネをかけた。
自分の身体を見るとバリアがなかった。
さっきまで悟がくっついていたからか。
少しするとバリアが復活した。
メガネはかけていなかったけど、どうやら身体に密着させ続けることはできていたらしい。今でも自由に大きさを変えられるだろうか。どうやるんだっけ?バリアを拡げるイメージをしたら、その通りになった。おお、と自分でも声が出る。最大ってどのくらいだったっけ?それもイメージするとバリアは簡単に大きくなった。おお。また声が出た。
大きくしたり小さくしたりできるのに、何故自力で出し入れすることができないんだろう?気絶したらバリアは復活しなかった。意識不明の時はどうだったんだろう?五条家が経営している病院とはいえ、あそこは普通の病院だった。目覚めた時は点滴していたし、起きてからは薬を飲まされた。リハビリもした。
私はダメ元で電話をかける事にした。
「お久しぶりです、石川です。お元気そうで何よりです」
札幌の病院の主治医だ。
彼も「見える」側の人間だ。
忙しいだろうに、すぐに電話に出てくれた。
私は感謝の言葉を伝えてから、単刀直入に聞いた。
意識がなかった間に私がどんな状況だったかを。
「バリアはありませんでした」
彼ははっきり言った。
「実さんは本当にいつ亡くなってもおかしくない状況を脱っしてかろこちらに来ましたが、バリアはありませんでした。ただ、ケガの具合からいうと、意識がない間も驚異的なスピードで回復してましたよ。普通なら生活レベルががくんと落ちるくらいのケガでしたし、入院ももっと長くなっていたと思います。今問題なく生活できているなら奇跡としか言いようがありません。もしかしてどこか体調悪くなったりしたんですか?」
体調は問題ないと伝え、再びありがとうございました言って電話を切った。
ふむ。
常人離れした回復にバリアは関係あるのか。
ないのか。
「実!!」
ばーんとドアが開く。悟だ。
「はやっ!終わったの?」
時計をみると一時間ほど経っていた。
悟に抱き締められる。
「移動時間で往復55分もかかった」
「一時間で帰って来たのに移動時間で55分??」
「あー今日はもう絶対任務受けない」
「いや、お仕事でしょう?」
「無理。任務どころじゃない」
「えぇー……」
「実、誰かに運転してもらってでかけよう」
短い自由時間だった……。