フリアメ(女体化)練習② ◎◎シティとはそこそこに賑わいのある街のようだ。人の行き交う街並みを眺めてから、アメジオは夕方までどうやって時間を潰そうかとばかり考えていた。
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アメジオの部下であるジルやコニアと共に利用している潜水艇は大きくはないが、三人で使うには十分な広さがある。他の幹部たちは知らないが自分たちで定期的に清掃もしているため、清潔さは保たれていると思う。今日は予定もなくオフだからと自室に掃除機をかけていたアメジオは、気が付けば先日任務で出向いたパーティでのことを思い出して顔を顰めたり、ぼんやりとしてしまう自分に気が付いて頭を抱えた。
俗に言う告白とやらをされた気がするのだが、肝心な時に『みたい』という煮え切らない態度が気に入らない。こちらがあたふたとする様を見て笑うつもりだったという線もありうる。それなりの修羅場を潜り抜けてきていると自負している。タイミングよくスマホロトムのアラームが鳴ったが、もしあのままフリードの腕に抱きとめられていたらどうなっていたか……。
いや、どうにもならない。なるはずがない。否定するように、アメジオはいつも以上に力を込めて自室に掃除機をかけていった。
リコという少女が持つペンダントの回収任務を組織より任され、あと一歩というところで奪取し損ねたのはあの場にライジングボルテッカーズが現れたからだ。ポケモン博士でもあるフリードとのバトルに気を取られている間に、リコに逃げられてしまったのはこちらのミスだ。何より時間稼ぎのためだけのバトルだったというのが気に食わない。はなから自分はフリードに相手にされていなかったのだ。
「……ふん、考えるだけ馬鹿馬鹿しい」
掃除機を用具室に直してからスマホロトムを起動させた。この港で積み込む一月分の日用品と食料はジルが受取担当になっている。コニアは色々と店を見て回りたいと随分前に出掛けていった。
たまにはひとりで出掛けてみるか。ふたりからはよくオフの日はリラックスして過ごしてくれと言われている。普段と違うことをしてみるのも気分転換になるかもしれない。
『出掛けてくる。夕方には戻る』
ふたりにメッセージを送りアメジオはクローゼットに開ける。コニアが出掛けるたびに似合いそうだから、といった理由で買ってくる服は可愛らしいものから少し大人っぽく品のあるものまで幅広い。そのなかから無難な紺色のアンサンブルニットと、花柄のフレアスカートを手に取る。服に頓着しないためオフも普段着ているシャツにスラックスで構わないのだが、コニアにせめて休日くらい年相応の格好をして欲しいと泣いて頼まれてしまえば断りづらい。歳が近いとはいえ同じ幹部であるサンゴが着ているような服はないのは、少なからずアメジオが着やすそうな服を考えて選んでくれているのだろう。
目についた靴に履き替えてから部屋に備え付けの鏡で髪にブラシを通せば、どこにでもいる同年代の少女に見えているはずだろう、多分。アーマーガアとソウブレイズはボールに戻した状態で鞄に入れておけばもしもの時にもすぐに対応が出来る。
ふと、あの晩より歩きやすい靴だと艦内を移動しながら思ってアメジオは重いため息を吐いた。よくわからない感情に振り回されるなんて、あまりにも自分らしくない。
俺とポケモンバトルしない? それとも何か食べに行く? 人混みを歩けば定期的に掛けられる声にうんざりして、アメジオは目に入ったカフェに避難することにした。別に目的があって来たわけではないが、行く手を阻まれては先に進めない。
「……サンドイッチのセットをひとつ、セットドリンクはアイスティーを。シロップ、レモンなしで」
「デザートはいつお持ちしましょうか」
「食後に頼む」
「かしこまりました」
メニュー表を店員に返しながら店内を軽く見渡せば、本を読みながら利用している客も多くここなら長居しても大丈夫だろうとアメジオは鞄から自身のスマホロトムを取り出した。何かしら読んでいれば声を掛けられることもないだろう。ディスプレイをタップしながら目に留まったポケモン専門誌を開いていけば、フリードの寄稿文が載っていて操作する指が止まる。
名前だけは知っていたのだ。若く、才気溢れる天才ポケモン博士。彼が寄稿する論文を以前からアメジオはよく読んでいた。のびのびとした姿のポケモンについて語る文章は書き手の姿が透けて見えて、なんとも興味深かった。明るく陽気な人柄なのかと思っていたが、まさかあんなに軽薄な男だとは考えもしなかった。
「お待たせしましたぁ」
思ったより時間が経っていたのだろう、先程とは違う店員がトレイに載せたサンドイッチとドリンクをテーブルに置き、ごゆっくりどうぞと声を掛けて仕事に戻っていく。
「スマホロトムは一旦鞄にしまっておこう……」
ひとりで意識して馬鹿みたいだ。どうせ向こうからしたら、こちらは保護した少女のペンダントを狙う組織のひとり程度の認識に違いない。あの晩の告白だってきっと、揶揄うためだとか隙を突いて捕獲する目的だったのだろう。
トレイにあったウェットティッシュで手を拭き、皿に盛られたサンドイッチにアメジオが手を伸ばせば反対側からも手が伸びてくる。付け合わせのポテトチップを口元に運ぶ指先は色白のアメジオとは違い褐色で筋張った男らしいものだ。
「よおっ! どうかなって思ったけど、やっぱりアメジオだった」
「……お前は見ず知らずの相手かもしれない食事に手を付けるつもりだったのか?」
低くて、どこか甘い響きの声の主に向けてアメジオは顔を顰めてみせる。声の主ことフリードはアメジオの嫌味などどこ吹く風といった様子で向かいの椅子に座り、店員に声を掛けメニュー表を受け取っている。開いてすぐに決めたらしく、大声で店員を呼び注文する始末だ。
「ハンバーガーのセット、アイスコーヒーを頼む。食後にガトーショコラとチーズケーキを」
「かしこまりました」
注文を受け付けた店員はごゆっくりどうぞと言ったあと、客足の絶えない店内をまた歩き始めた。昼間のピークらしい店内は話し声が絶えない。
「なぜ座っている? 同席を許可した覚えはないが?」
「だってなぁ、どこも席が空いてないし、顔見知りがいればそこに座るだろう」
「別に顔見知りではないし、お前が座るならもう出る」
立ち上がろうとするアメジオの腕を掴み、腰を浮かせてから耳元で目立たない方がお互いいいだろう? と言われては座らざるをえない。舌打ちをしながら周りを見れば、何だとこちらに目を向けている数組の客がいる。
「くそっ、食事が終わったらさっさと立ち去ってくれ」
諦めて食事を再開するアメジオをフリードはにこにこと見つめている。これでは調子が狂ってしまう。スマホロトムをいじってすらいない。もしかしたら店に入る前にライジングボルテッカーズのメンバーには連絡済みなのだろか。遅れて届いたフリードの皿からフレンチフライを摘んでやれば、言えば食べさせてやるのにと笑いながらいうものだからテーブルの下にある足を蹴ってやった。どうせならヒールのある靴を履いてくればよかった。
「なんだよ、乱暴だな。周りにリコがいないか気になってるんだろう? 残念ながら今日は本当に俺ひとりだよ。学会に参加するから単独行動してるんだ」
「そうか、それは残念だ」
気が付けばハンバーガーを食べ終わったらしいフリードはふたつのケーキに手を付けている。見ていて胸焼けしそうだとアイスティーで口直しをしながらアメジオは盗み見る。
「ほら、あーん」
「……あーん?」
こちらが見ていることに気が付いたのだろう、フリードは一口に切り分けたガトーショコラをアメジオの口めがけて差し出してくる。
「うん、食いたいんだろう? ほら、一口やるから」
「いらないっ! 結構だ!」
やる、いらない、といったやり取りは周囲の席に座る客に見られていたようで、微笑ましいといった眼差しを向けられてしまって余計にいたたまれない。このまま突っぱねる方がかえって目立ってしまう。一息ついてから差し出されたケーキを舌にのせれば、胸焼けしそうなほどに甘い。その様子を見つめるフリードの視線も甘ったるく感じて、フォークを噛み締めながら舌打ちをした。
「美味しかった?」
「甘い」
抜かれていくフォークから伝う唾液が見えて、アメジオは口元を拭った。顔が赤くなってないといいと思った。なぜフリード相手だと調子が狂ってしまうのだろう。
「そりゃケーキは甘いに決まってるだろう。はい、こっちもどうぞ」
こちらの様子に気づいていないらしいフリードは、今度はチーズケーキを一口に切って寄越してくる。
「結構だ、ひとりで食べてくれ」
いらないと判断したのだろう。残りのケーキも平らげて、なんならアメジオの食事についてきたデザートにまで手を付けている。
「つれないなぁ。まぁ、いいけどさ。それよりアメジオ、まだ時間あるか?」
「時間……? 夕方までなら多少は……」
つい馬鹿正直に答えてしまったアメジオに気を良くしたのだろう。ふたり分の伝票の支払いを済ませたフリードはアメジオの手を握った。
「それならデートしようぜ。あと後、急いでホテル戻ったけど会えなかったし」
指と指を絡め合う、所謂、恋人繋ぎは力が込められているのか振り解こうとしてもびくともしない。ほんの少し考える振りをしてから、アメジオは頷いた。
土地勘があるらしいフリードが連れて行った先は、大きな公園の中にある小さな遊園地だった。メリーゴーラウンドに乗ったことがないとアメジオが言えば、今すぐ行こうと手を引かれて連れ回される。いいというのに抱き上げて乗せられた時は恥ずかしさから頬がほんのりと赤くなってしまったほどだ。
軽快な曲と共に動き出した遊具を柵の外から見つめるフリードのまなざしが優しくて、あたたかくて心地よい。なんだか、自分がどこにでもいる少女になった気分だ。こんなの、こちらの警戒を緩めるための演技に違いないと思わないとやってられない。曲が止みゆっくりと止まっていく最中に、係員がやる気なくまだ降りないでくださいと声を上げている。
ぴたりと止まった遊具から降りれば、フリードが出口で待っている。それなのに差し出された手を握り返してしまうのはなぜなのだろう。
メリーゴーラウンド、ティーカップを模した遊具、こぢんまりとした池に浮かぶ手漕ぎのボート、子供騙しのジェットコースター、そして歩きながら食べるソフトクリーム。小さな頃に憧れていたものばかりをフリードは与えてくれる。会話がなくても満たされる、この感情にどういった名前をつければいいのだろう。今までアメジオにこういった感情について教えてくれる大人はいなかった。
ふたりでゆっくりと園内を歩きながら行き着いた先は観覧車だった。外に出た時には真上にあった太陽も、今ではすっかり西に傾いている。
「最後にさ、これ乗る?」
「あぁ、構わない」
はい、チケットふたり分お願いします。これまたやる気のない店員が声を掛けてくる。開かれた扉の先はふたりだけの空間だ。これに乗っていいんだろうか。尻込みしているアメジオの腰を抱いて、フリードは階段を登って行った。
「いってらっしゃいませ」
店員の声と共にガチャリと外から鍵が掛かる。向かい合うように座ってから、なんだか気まずくてアメジオは外に目を向けた。
遊びに来ている学生たち、小さな子供の手を引く親子連れ、ベンチには肩を寄せ合う仲睦まじい恋人たちの姿が見える。今日の自分たちも周りには恋人同士に見えていたのだろうか。そう思うと照れ臭く、恥ずかしく思えてアメジオは両手でギュッとスカートを握りしめた。
観覧車のなかは機械が動くかすかな音だけが響いている。それ以上にフリードが見つめる琥珀色の瞳が雄弁に愛を語っていて、アメジオは顔を上げることが出来ない。持て余してしまうほどのこんな気持ちは生まれて初めてだ。
「アメジオ、顔上げて」
「嫌だ」
甘ったるくて優しい声とは裏腹に、スカートを握りしめる両手を包み込む手は離さないといわんばかりに強い。少し痛いくらいだ。
「顔上げてよ」
包み込む手が離れたと思ったら頬に添えられ、ゆっくりと顔を上げられる。耳朶まで赤くなった顔が見られてしまう。
「俺さ、この前言ったこと冗談じゃないよ。アメジオのこと好きになった。昼間、店の外から見かけてチャンスだと思って、偶然の振りして声掛けたんだ」
「そんなこと言われても……」
困る、なんと返せばいいのだろう。幼い頃から様々なことを叩き込まれてきたのに、こんな時の返事の仕方なんて何も知らない。
近づいてくる顔を手の平で受け止めれば、一瞬不満そうな目をしたフリードが目を細める。少しかさついた唇が動いたと思ったら、頬に触れていた両手が手首を掴み込んだ。何度も角度を変えて手のひらにキスをして、最後にべろりと舌で舐め上げられる。
「ひっ!」
突然のことに怯んだアメジオを見逃さず、フリードは唇を重ねた。最初は触れるだけの優しく、甘やかすようなものを。少しずつ抵抗がなくなり、アメジオの両手がおずおずとフリードの首に回った瞬間、蠢く舌が口の中に入ってくる。絡み合ったあと捕まってしまった舌が甘く噛まれて身体が震える。この震えは恐怖から来るものなのか、それとも歓喜からくるものなのだろうか。
好き勝手に口内を蹂躙されたあと顔が離れてたと同時に外から鍵が開けられる。
「降りる時は足元ご注意ください」
間延びした係員の声をアメジオをフリードに腰を抱かれながらぼんやりと聞いていた。
観覧車に乗っていたものの数分の間に空は随分と暗くなっていたようだ。西の空の端に一等明るいオレンジ色が見える。フリードのような色だと思った。
足元がふらつくアメジオを気遣ったのだろう、フリードは観覧車の近くに設置してあるベンチに腰掛けた。ここは先ほど上から見かけた恋人たちが座っていた場所だと思いながら、拳ひとつ分だけ離れてアメジオも座った。
「年甲斐もなく浮かれて恥ずかしいな、がっつき過ぎてごめん」
改めて手を握りしめられて、落ち着いてきた頬がまた熱くなるのを感じる。
「いや、こちらこそ?」
「こちらこそってなんだよ。……ツンと澄ましてる時もかわいいけど、今みたいな時もかわいい」
「可愛いって……、言ってて恥ずかしくないのか?」
売り言葉に買い言葉、別にけんかを売られたわけではないけれど恥ずかしさが先に立ってしまう。辺りはもう真っ暗で、閉園の時間を知らせる曲が流れ始めている。帰らなくては、繋いだ手をもぞもぞと動かすアメジオに気付いたのだろうフリードがさらに力を込めてきた。そんなことをされたら振り解けなくなる。
「あのさ、エクスプローラーズ辞めて、うちの船に来ないか?」
その時だった。フリードの言った何気ない言葉が、恋に浮かれたアメジオにずぶりと刺さる。エクスプローラーズを辞める? 辞めれば恋人同士になれるのだろうか。もし自分だけが抜けてしまえば、ジルとコニアの立場はどうなるだろう。そんなの考えなくてもわかることだ。大事な部下を残して、自分ひとり幸せになるなんて許されることじゃない。
「帰る、手を離してくれ」
アメジオは空いている手で器用に鞄を探り、ポケモンボールからアーマーガアを呼び出した。
「アメジオ、待ってくれ!」
「待たない! もう帰る!」
飛び出した衝撃でフリードの手が離れた隙にアメジオはアーマーガアの背に飛び乗った。
「私、……俺のことは忘れろ。次に会う時は互いに敵同士だ、容赦はしない」
それだけ言い残してアメジオは暗くなった夜の空に消えて行ってしまった。