先輩はえびの天ぷらを揚げるのが上手い「もう少しで揚がるからね」
その言葉に三人の男の目がキラリと光る。
何故なら今、キッチンに立っている男が作っている料理はとても美味しいのを彼等は知っているからだ。
そしてそれは、料理中の当人が席に着く間も無く取り合いというバトルに発展するのだ。
もうすぐ年越しを迎えるこの時期、恐らく食べるであろうあの麺の上にのせる家庭も少ないと思われる…
【えびの天ぷら】がもうすぐ揚がる。
「いやー、うんまぁ」
「流石です先輩!今年も完璧な天ぷらです!!」
「去年より腕を上げてる…俺もまだまだだな…」
揚げたての天ぷらを前に秀吉、官兵衛、一氏の三人は舌鼓を打つ。
皿にのせられた天ぷらはあっという間に消えていく。
「相変わらず嬉しい事言ってくれるね。まだまだ揚げるからたくさん食べてね」
キッチンに立つ調理人の半兵衛は、三人の様子を見てにこにこと微笑みつつ目の前の調理に専念する。
半兵衛はえびの天ぷらを揚げるのが神がかってるのかと言えるくらいに上手かった。
サクサクなのにとても軽く味わえる衣に、絶妙なバランスで火を通されるぷりぷりのえび…、全てが完璧な状態で仕上げられたそれは、三人の胃袋をがっちり掴み、えびの天ぷらに関してはほかの店で食べる事がなくなったほどである。
が、実はここにひと癖絡んでくるものがある。
彼が得意なのは【えびの天ぷら】のみなのである。
初めて半兵衛が揚げたえびの天ぷらを食べた秀吉は
「他のやつも揚げてくれよ!」
と、半兵衛に頼んだ。
半兵衛は喜んでほかの食材も天ぷらにしようと試みるのだが…何故かどれも上手くいかないのである。
「鶏の天ぷらを作るね!」
と、言ってチャレンジした半兵衛からもらった鶏の天ぷらは衣は立派なのに肉が生だった。
「ちくわの磯辺揚げ作るね!」
と、チャレンジしたそれは、まずちくわの切り方からして想像とは違った。
薄く、輪切りにされた形の、炭と化したちくわを見た三人は静かに頷くしか出来なかった。
「エリンギを天ぷらにするね!」
と、きのこ類にチャレンジするも油の温度が低かったのか、エリンギは鍋の底に沈んでいた。
「かき揚げにチャレンジするよ!」
と、挑戦したはいいものの、それはかき揚げにはならず、大量の天かすが完成した。
そう、彼は本当にえびの天ぷら以外の料理は全然出来なかった。
男四人でルームシェアで生活している、この面々のうち普段の料理は一氏が担当していて、公共料金等の管理担当が半兵衛、買い物担当が官兵衛、掃除洗濯が秀吉と分担が決まっている。
そんな中、何故か半兵衛はえびの天ぷらだけは、料理が得意な一氏ですら唸らせるほどに美味しく揚げることが出来る特技を持っていた。
更に言うなら、たくさん食べたとしても胃がもたれない。
なので、たまに天丼等を食べたい時、あるいは年末の頃になると、そばにのせる具材として、いつも半兵衛にえびの天ぷらを作ってもらっていた。
「みんな本当によく食べるね。毎回感心しちゃうよ」
「いつ食べても半兵衛の天ぷら美味いもんよ。食べ過ぎても持たれねぇしな」
「先輩の揚げた天ぷらでご飯が今日は進みます!」
「悔しいが、半兵衛さんの天ぷらには本当に叶わない」
一通り調理し終えてテーブルについた半兵衛は三人の食欲ぶりに素直に感心している。
自分の食べる分は市販の天丼のタレをかけた、えび天丼にしておりそれを一口頬張った。
「おかわりあるか?半兵衛」
三人が食べていた皿はあっという間にカラとなり秀吉が半兵衛におかわりを求める。
「えびならまだまだあるから食べ終わったらまた作るね。あと今年は他にもチャレンジしてみたやつがあるから期待してて。今年は上手くいったと思うから」
半兵衛の発言に、ありがたくも危険な匂いを同時に感じてしまった三人は思わず固まってしまった。
各々思考を巡らせ、半兵衛の発言を繰り返す。
あぁ、今年は久しぶりに何を揚げたのか?
事故しか起きてない予感しかしない三人は思いの丈をやんわりと伝える。
「まあ…今年もえびだけで十分だと思うぞ?」
「本格的にチャレンジされるなら先輩にふさわしい材料、俺探しておきますので!」
「自分もその時はお手伝いさせてください」
「ふふふ…、もう出来てるから早速持ってくるね」
そう言って半兵衛はキッチンへと向かう。
三人は顔を見合わせ、キッチンへと向かう半兵衛の方を見る。
「どうする?」
「これは見通せませんでした」
「既に手遅れかと」
そうこうしているうちに、半兵衛は皿に天ぷらをのせて運んできた。
「はい、おまたせ」
テーブルに置いた天ぷらの正体に三人は驚愕した。
「こ、これは!!」
「嘘だろ!?失敗してない!?」
「まさか…そんな…」
『たまごだとーーー!!』
三人はその出来栄えにただただ驚いた。
破裂することなくカラリと揚がったたまごは綺麗な衣を纏わせている。
秀吉は我先にと箸を伸ばし天ぷらにありついた。
半熟の黄身、サクサク衣の食感、秀吉の口内が幸せで満たされていく。
それを見た二人も箸を伸ばし天ぷらを食べる。
「醤油もらえますか」
「おいら天丼たれ」
「ご飯おかわりください!」
あっという間にたまごの天ぷらは無くなり、すっかり満腹になった三人がひと息ついた。
「半兵衛、腕すごい上がったな!おいらびっくりしたぞ」
「たまごの天ぷらがこんなに美味しいだなんて…最高でした先輩!」
「たまごは揚げるのが難しい材料…お見事でした」
三人の満足そうな表情を見て、半兵衛も穏やかに笑みを浮かべる。
「みんなに喜んでもらえて本当に嬉しいな。来年は僕も料理を本格的に学ぼうかな?」
「とりあえずだ。今年はえびとたまごの天ぷらで年越しそばだな!」
と、秀吉が年越しの方針を語れば
「そうと決まれば来年の食材込みで買い物ですね!」
官兵衛がサッと立ち上がり買い物の準備に取り掛かり
「なら自分はそばを打ちますね」
と、一氏がそば打ちの用意をするためにキッチンへと向かう。
「みんなまだ大晦日は先だよ?…ったく、買い物行くなら僕も一緒に行くからね。そうそう、一氏くんもだよ」
半兵衛が、このままなら家に残りそうな一氏を外に連れ出す為に先に買い物に誘いつつ、天丼の残りを口へ運び、準備を始めた。
あと少しで今年一年も終わりを迎える頃、外はちらほらと雪がちらついていた。