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    カンパ

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    カンパ

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    アラサーのたいみつが喫煙所でばったり会う話。

    #たいみつ

    煙草を吸うたいみつ とあるホテルの最上階のレストランで取引先と打ち合わせ。夜景が売りの店ではあるが、日が高い今のような時間帯では築ウン十年にもなる建築物の禿げた屋根やら色味に統一感のないビルやらが軒を連ねるのが見えるばかりで、百万ドルの夜景も鼻で笑ってしまう。即刻カーテンを閉めてほしいくらいだ。テーブルを挟んだ向かいに座る男はテーブルマナーがなっていないし、これが八戒だったら怒鳴り散らしているところである。
     商談の内容もたいしたものではなかった。ベンチャー企業に求めるべきものではないかもしれないが、あまりにも知見がない、リスク管理が足りない、度胸もない。つまるところ、このオレと新しい商売を始めたいなどという見上げた根性を持った奴ではなく、オレの威を借りて商売をさせてもらおうという狐みたいな男だったわけだ。五分ほど会話したところでこいつとの食事の時間が無駄なものに終わることがよく分かったが、だからと言って即刻商談の場を立ち去るほどは礼儀を捨てちゃいない。こうやってきちんと丁寧に食事をして、それなりの会話をする。しかしそうは言ってももう我慢の限界なので、連れてきた秘書に目配せをしてから「失礼」と断りを入れて立ち上がった。
    「柴社長、お手洗いですか?」
    馬鹿な男が馬鹿な質問をする。もう一言も話したくなくなったオレに代わって「急ぎの電話があったようですので、大変失礼ながら少々離席させていただきます」と秘書が答えた。席を立った相手に便所に行くかどうかを確認するやつがいるか。そもそも夜景が売りのレストランへ真昼間に連れてくるんじゃない。こうしたセンスが足りないやつは、つまるところたいした仕事もできない。持論である。



     このホテルには喫煙所が二箇所ある。フロント隣に設置された誰でも入れる安っぽい見た目の喫煙所と、ラウンジ横に設置された専用カードを持った人間のみが入ることのできる喫煙所。カードは、高階層に部屋を取った人間か、あるいはホテル会員のみが持つことを許される。オレは後者であった。
     スーツの内ポケットからカードと煙草とライターを取り出し、カードをかざして喫煙所の中へ。限られた人間しか入室できないこともあり、先客は一人しかいなかった。広々とした部屋に無造作に置かれた上質なソファに深く腰掛け、煙草に火をつける。肺の中を煙いっぱいに満たして細く長くゆっくりと吐き出した。ああ、沁みる。なんて頭の中で考えながら、年々思考回路が年寄りみたいになっていることを実感する。年寄りとまでは行かずとも自分ももうすぐ三十近い。駆け抜けてきたな、と思う。三十歳に至るまでの人生、いろいろなことがあったし、たぶんこれからもいろいろなことが起きるだろうと思う。そんな忙しいオレの貴重な昼食時間をあんなくだらない商談で潰した男には純粋な殺意が湧いた。今頃、優秀な秘書が遠回しな言い方で、今回の話はなかったことに、と断りを入れていることだろう。
     短くなっていく煙草を指で挟んで、煙を吐き出す。その吐き出した煙の向こうで先客の影が揺れた。離れた席に座ってスマホか何かをいじりながらちまちまと吸っている。先客が吐き出した副流煙がこちらに流れてきて甘いにおいが鼻先をかすった。甘い煙草は好かない。煙に甘さを求めるなら甘いもの自体を食えばいいと思うからだ。クレープでも食っとけガキ。
     ほのかに薫るチョコレートフレーバーのにおい。煙の向こうで揺れる先客は小さく華奢で、おそらく男だろうけど襟足まで伸びた銀髪のせいで一瞬女かと見間違えた。まるであいつみたいだな。見た目は全く強くなさそうで、後ろ姿だけで見たら女に間違われることもあるくらいなのに、服を暴けば確かな男である、あいつのよう。実のところ腕っ節が強くて、このオレと本気の殴り合いになってもかなりいい勝負になるくらいに強くて、それに強かな男。これはあいつと付き合うようになって知ったことだが、世話焼きのように見えて実は甘えたで、謙虚なふりをして実は図々しい。三日前に出張に出たきりいまだ帰ってこない同居人兼恋人を想って煙を吐く。ファッションショーに付いて行くって言ってたな。自分の仕立てた服も着てもらえるとかなんとかで。
    「……あれ、大寿くん?」
     その時、煙の向こうで先客が立ち上がるのが見えた。こちらに歩み寄って来て、ようやくその正体に気づく。
    「三ツ谷、テメェなんでここに」
    「ファッションショーの打ち上げやってんの。二階下の宴会場」
     短くなった甘々しい煙草を片手に歩み寄って来た三ツ谷は、オレが座っていた二人がけのソファの隣にゆっくりと腰掛けた。いやぁ、偶然だね、大寿くんも仕事? テーブルに置かれたアークロイヤルと百円ライター。
    「真っ昼間からみんなでドンチャン騒ぎでさあ。ちょっと酔い覚ましがてら逃げて来たの。まさか大寿くんに会うなんて思ってなかったけど」
    「聞いてねぇぞ」
    「え、ファッションショーの仕事があるって言ったじゃん。どこで打ち上げやるかまではそりゃ言ってないけど、言う必要あった?」
    「違う、煙草」
     そう言って、三ツ谷の細い指のあいだに挟まれた煙草を顎で指した。オレンジ色の巻紙。こいつ、オレンジ好きだよな。
    「あれ、吸ってたの知らなかったっけ」
    「知らねぇ」
    「あー、確かに大寿くんの前では吸ったことなかったかも。だいたい仕事場か、飲みの席の合間に吸うことが多いから」
     箱もライターも仕事場に置きっぱなしだからなぁ、とぼやきながらオレンジの巻紙を口に咥える。喉の向こう、肺の奥まで煙をたっぷり吸い込んでいる様子からして、ある程度の喫煙歴が窺えた。
     三ツ谷は、わりと健康にうるさい。ヘビースモーカーの域に近いオレに対し、吸いすぎは良くないと本数制限を設けてきたりするほどだ(そのくせ酒好きの自分は毎日好きなだけ飲みやがるから腑に落ちない)。趣味の料理だって栄養バランスを考えた献立を心がけているようだし、菓子類も糖質を気にしてそんなに食べない。
     そんな三ツ谷が喫煙者であったこと。煙草を携えた腕をソファの肘置きにおきながら、行儀悪く煙をふかすこと。
    「なんか……違和感あるな」
    「オレが喫煙者だったこと?」
    「ああ」
    「でも大寿くんみたいなヘビースモーカーじゃないよ。仕事で行き詰まったときか、今日みたいにちょっと退屈な飲みに参加した時とかに、ちょっと吸うだけ」
     すると突然、三ツ谷は「あ、」と小さく呟いて、細く長く甘ったるい煙を吐き出してから、頬杖をついてこちらを見た。
    「大寿くんの前で吸ったことない理由、わかったわ。オレ、大寿くんと一緒にいるといつも楽しいし、退屈しないから、煙草吸うことなんて絶対にないんだ」
     短くなった煙草が灰皿の上で潰され、捨てられる。さっきまで煙草を持っていた右手を掴んで、身体をこちらに引き寄せてから唇を合わせた。甘い。テーブルに無造作に置かれたその箱は、吸ったことのない銘柄だが見たことはある。チョコレートのにおい。甘いのは好かない。甘い煙を吸うくらいなら甘いものを食べた方がよっぽどましだ。それはたとえば、恋人の唇。
    「は、ア。もう、誰か入って来たらどうすんのさ。オレ、ここで待ち合わせしてんのに」
    「待ち合わせ?」
     その瞬間、ふと思った。この喫煙所は高階層の部屋に泊まった客か、ホテルの会員しか入ることができない。三ツ谷は会員でないだろうから、部屋を取っているのだろうか。しかし三ツ谷が都内の、三つ星ホテルの、しかも単価の高い部屋にわざわざ泊まるとは思えない。ホテルに泊まるくらいなら家に帰って来ればいい。オレたちの家の内装のほうが、ここよりよっぽど豪華だ。
    「そういえばオマエ、どうやってこの喫煙所に入ったんだ。カードがねぇと入れねぇはずだぞ」
    「ああ、今回のショーで一緒になった人にカード借りたんだよね。なんか今晩泊まる予定らしくて。で、その人とここで待ち合わせしてんだ。本当は一緒に吸いに来ようと思ったんだけど、その人と仕事仲間につかまっちゃったから後で落ち合おうって……何その怖い顔」
     怖い顔だと? この顔は生まれつきだ。しかしその顔がさらに怖く映っているのだとしたら、お前の目は確かだな。さすが、人を見る目がある男だ。オレを恋人にしただけある。
    「絶対ェ狙われてんぞ、オマエ。そいつ男だろ?」
    「は、狙われる? いやいやそんなわけ」
    「そいつ、都内住みか?」
    「と、都内だよ」
    「都内に住んでんのにわざわざ都内のホテル取んのか?」
    「まあ、打ち上げでべろべろになったらそのまま寝たいとか、そんなんじゃない?」
    「べろべろになって寝るだけの部屋に、わざわざ値段の高ぇ部屋を選ぶか?」
    「……まあ、確かに」
    「あわよくばオマエを連れ込むつもりなんだよ、そいつは」
     三ツ谷の目が丸く開かれる。大寿くん考えすぎだよ、と言いながらも目が泳いでいるあたり、なんとなく思い当たる節があるんだろう。三ツ谷は素晴らしい人間ではあるが、唯一の欠点を述べるとするならば、他人に愛されすぎるがゆえにその愛の深さや方向性のおかしさに気づかないところだ。過去にも似たようなことがあった。三ツ谷が本気の本気で『ただのいい人』だと思っていた相手に押し倒されそうになったり(タコ殴りにして事なきを得たらしいが)、『妹みたい』と評していた相手に盗聴器を仕掛けられたり(これについてはれっきとした犯罪なので証拠をそろえた上で警察に引き渡した)、つまり愛されている自覚はあれど、その愛の深さに気づかない。それがこいつの最上級に駄目なところだ。あと付け加えるならば、酒癖が悪いところ。
    「言われてみれば。仕事の最中もやたら触ってくるなーとは思ってた……そういうことか……」
    「テメェマジでいい加減にしろよ……オレの身にもなれってんだ……」
    「いやでももしヤベー展開になっても拳で負けるつもりはねぇから安心しろって!」
    「安心できるかクソ」
     その時、喫煙所の扉が外側から開かれた。「あ、◯◯さん」と三ツ谷が名前を呼んだ様子から察するに、こいつが件の男か。その男は意気揚々と喫煙所に入ったはいいものの、オレの姿を見てぴたりと足を止めた。この時点でもう駄目だ。オマエは三ツ谷には到底相応しくない。オレの姿形だけを見て怯むような男はこいつには似合わねぇよ。おととい来やがれ。
    「三ツ谷ァ」
     声につられてこちらを振り向いた三ツ谷の腰を寄せて、それから顔面に煙を吹きかける。わっ、けむい、やめてよ、とのけぞる身体をさらに引き寄せて、それから噛み付くように唇を合わす。突然のキスに目を見開いて抵抗の意を示す三ツ谷であったが、絡む舌に上顎をなぞられるうちに戦意を喪失したのか、次第にされるがままになった。
     しばらくの間そうしてからゆっくり唇を離す。唾液の糸がソファに落ちるのを見届けてから件の男へ視線を向けると、目を泳がせつつもしかししっかりと今の光景を見ていたようだ。サービスだぞ。キスに溺れる三ツ谷はオレしか知らないんだ。本当は誰にも見せたくないんだが、まあたまには、他人にひけらかすのも悪くない。
     男は「すみませんお邪魔してしまってオレ宴会場戻ってますねごゆっくりどうぞ」と口早に答えて喫煙所を出て行った。その後ろ姿をぼんやり眺めていると、さっきまでキスに溺れていた三ツ谷が弱々しい手でぼかんとオレの胸を叩いた。
    「もう、最低! あの人仕事仲間なんだけど?!」
    「いいだろ。変な気起こされる前に、オマエが誰のもんなのかきちんと教えてやったんだ。むしろ感謝してほしいくらいだな」
    「この、もう、大寿くんのばか、もう」
     ぼすんと、三ツ谷の頭がオレの胸に倒れてくる。甘ったるいにおいはまだ鼻の奥に残っている。チョコレート味のキス。オレは、お前が作った肉じゃが味のほうが、よっぽど好きだな。
    「ねぇ、オレもう、打ち上げ戻れねーよ。さっきのやつが絶対あることないことみんなに言ってるだろうし」
    「いい判断だ。じゃあ、帰るぞ」
     たった一度のキスでぐでぐでに伸びた三ツ谷を立ち上がらせて、手を繋いで喫煙所を出る。今すぐにでも家に帰りたいところだが、オレもそろそろ限界だ。さっさとこいつをどうにかしてやりたい。そうだ、部屋を借りよう。このホテルの最上級スイートルームを。あわよくばお前を抱こうと思っていた男が用意した部屋よりも上等な部屋で、今すぐに、お前を抱いてやるよ。
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