賢者の贈り物「ちょっと、しっかり集中してくださいよ」
苛立ちを隠そうともしない声に、晶はびくりと肩を動かした。
「す、すいません」
慌てて握る手に力を込めるが、やはり集中力を欠いているのだろう。導きの力が発動する気配はなく、とうとうミスラは「もういいです」と手を離してしまった。
「ごめんなさい、ミスラ」
謝罪の言葉を口にしたところで、どうにもならないと分かってはいるけれど。気もそぞろな状態で寝かしつけをしている自覚はあったから、どうしても後ろめたさが拭えない。
「……あなた、さっきから何をそわそわしてるんです?」
「え?」
責められる覚悟をしていたのに、ミスラは怪訝な顔をしてそんなことを聞いてきた。
「寝る前もやけにバタバタしてましたし、何か俺に隠し事をしているでしょう」
(バレてる……!)
鋭く光る緑色の瞳に真っ正面から見据えられて、これはもう誤魔化せないな、と腹を括る。
「すいません。実は……皆さんに内緒で、クリスマスの贈り物を用意してたんです」
こちらの世界にクリスマスを祝う習慣はないけれど、晶が何気なく話した内容にリケやミチルが興味津々だったので、似たようなお祝いをやってみようという話になった。
昨日はみんなで食堂にツリーを飾り、明日の夜はパーティーの予定だ。ネロが張り切って今日の朝から仕込みを始めていたから、きっと豪華な料理が並ぶことだろう。
そしてクリスマスと言えば――やはり『サンタクロースの贈り物』だ。
「ああ……何とかいう老人が、子供の枕元に贈り物を置いていくってやつでしたっけ?」
珍しくミスラがきちんと覚えていてくれたことに感動しつつ、それです、と大きく頷く。
「リケとミチルが楽しみにしていたので、折角だから俺がサンタクロース役をやろうかなって」
「はあ。やればいいんじゃないですか? あの二人なら、もう眠っていると思いますよ」
もうじき日付が変わろうという頃合いだ。規則正しい生活を送っている二人はすでに夢の中だろう。
「さっさと行ってきたらどうです」
面倒なことは早く終わらせろ、と言わんばかりのミスラに、いやその、と頭を掻く。
「二人だけじゃなくて、折角だから全員に贈ろうと思って、こっそり用意してたんです」
そう。この日のために、一月ほどかけて準備をしてきた。さすがに二十一人分ともなると膨大な量になるので、部屋に置いておくと見つかりそうだったから、わざわざ皆が近づかない倉庫の隅に隠しておいて、ここに来る前にこっそり自分の部屋に運び込んだのだけれど、きっとその様子を見られていたのだろう。
「全員に? 子供だけではなく、ですか」
「はい。子供はサンタからの贈り物を心待ちにしますけど、大人は友人や家族同士で贈り物をするんです。なので、俺から皆さんに、日頃の感謝を込めた贈り物を、と思って……。ミスラを寝かしつけたあとで配って回るつもりだったんです」
とはいえ、サンタクロースのような特殊スキルなど持ち合わせていないから、枕元に置くのは困難だけれど、ドアノブに引っかけておくくらいは出来る。そうすれば翌朝には気づいてもらえるだろうという算段だったのだが。
「サプライズ大作戦! だったんですけど、あっさりバレちゃいましたね」
頬を掻く晶に、ミスラは少し楽しそうに鼻を鳴らした。
「俺に隠し事が出来るなんて思わないでください。大体、あなたはすぐ感情が顔に出るんだから、そもそも隠し事に向いてないんですよ」
(……ぐうの音も出ない……)
「それで? 配る予定の贈り物とやらはどこにあるんです」
「俺の部屋ですけど……え?」
そう答えた次の瞬間、空中に出現した《扉》からどさどさっと現れるプレゼントの数々。
「これですね。で、どれが誰のですか」
面倒そうに尋ねてくるミスラ。何故そんなことを聞くのだろうと首を傾げかけて、はたと気づいた。
「えっ……もしかして手伝ってくれるんですか?」
「これが終わらないと、寝かしつけに集中出来ないんでしょう? 仕方ないから手伝ってやりますよ。ほら、さっさと教えてください。枕元に置けば良いんですよね。まずはミチルの部屋に繋ぎます」
手短に呪文を唱え、いつもの扉ではなく小窓のようなものを出現させたかと思えば、ほら、と手を突き出してくるミスラに、慌ててプレゼントの山を漁る。
「ありがとうございます! ええっと、これです!」
ミスラにかかれば、サンタ代行業もあっという間だ。十分もしないうちにすべてのプレゼントを配り終え、最後の一つを手にした晶は、さすがに疲れたらしいミスラに「お疲れ様でした」とプレゼントを差し出した。
「ミスラへのプレゼントです!」
「はあ、どうも」
受け取った次の瞬間、容赦なく包装を破ろうとするミスラに、慌てて制止をかける。
「わあ! 待ってください! 贈り物は朝に開けるものなんですよ!」
「知りませんよ、そんなの」
止める間もなくプレゼントの中身を引っ張り出してしまったミスラは、へえと目を細めた。
「襟巻きですか。まあ、悪くないですね」
ミスラの好みがよく分からなくて、悩み抜いて選んだプレゼントだったので、がっかりされなかったことに胸を撫で下ろす。
「ミスラはいつも薄着なので、少しでも温まってもらえれば、と思って選びました。良かったら使ってください」
「はあ。気が向いたら使ってみます」
襟巻きと包装紙を机の上に追いやり、さて、と手を伸ばしてくるミスラ。
「これであなたも心置きなく寝かしつけが出来るでしょう。ほら、さっさと寝ますよ。――早く寝ないと、サンタが来ないんでしょう?」
「? そうですね?」
もうサンタは終わったのにな、と思いつつ答えた途端、ぐいと手を引かれて寝台に引っ張り込まれる。
「晶も良い子にしてたんでしょう。だったら、プレゼントをもらえるんじゃないですか」
「俺はもう子供じゃありませんよ」
思わずムッとして反論してしまったが、ミスラから見れば子供同然なのは分かっている。それでも、子供扱いされるのは何だか癪だった。
「何を拗ねてるんですか。いいから、早く手を貸してください」
「は、はいっ」
握りしめる手に力を込め、深呼吸をする。自身の体温を分け与えるイメージで掌に意識を集中すると、ミスラの呼吸が段々と穏やかになっていくのが分かった。
「ああ……今度はいい感じに眠れそうです」
満足げに呟いて、あっという間に眠りに落ちるミスラ。
その規則正しい寝息を聞いているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。
朝――目が覚めたら。
「わあ……! なんだこれ!」
枕元だけでは収まりきらず、寝台の回りにまで積み上げられていた贈り物の山に、思わず大声を上げてしまったら、隣で眠っていたミスラが「うるさいな……」と呟きながら体を起こした。
「ミスラ! 見てください、これ……!」
「ああ……ほら」
柔らかな朝の光に照らされて、緑色の瞳が優しく煌めく。
「あなたが良い子だったから、プレゼントがもらえたんじゃないですか。良かったですね」
次の瞬間、ばーんと開いた扉から雪崩れ込んできた、賑やかな声。
「賢者ちゃん、メリークリスマス!」
「サプライズ大作戦、成功じゃの!」
「えへへ、びっくりした?」
「賢者様! 驚いて頂けましたか?」
喜んでもらいたくて、こっそり準備していたのは。
どうやら晶だけではなかったらしい。
「メリークリスマス!」
幸せなクリスマスは、始まったばかりだ。