例えるならそれは年越し。年末年始。
なんていうものは弥勒にとって、普段よりも特番が組まれることや歌番組も立て続けに放送される時期であり、思うようにトレーニングの時間を取れない事が少しばかりもどかしく、ただただ忙しく過ぎて行ってしまう期間という認識でしかない。それこそデビューを飾った年の年末は慌ただしさにかき乱され、一歩前を歩く先輩や並んで進む仲間達にしがみついて引っ張って、あっという間に過ぎてしまったせいで呆気に取られたものだったが、今となっては大きな特番の梯子でも、くだらない冗談を口走る遙日の尻を叩いて現場入り出来た。
まだ十数回しか経験した事ないそれは思い返せばしっかりと家族で過ごした記憶もあるものの、懐かしむにしては近過ぎて、しかしここ数年は仕事に掛かりっぱなしの多忙な毎日の大詰め、といったところ。怒涛のように横切っていく大きな流れの一つに過ぎなかった。
あと一週間も経てば普段のリズムに戻ってくるから、あと数日。この忙しさが落ち着いたら、今までのメニューの見直しをしてからトレーニングを再開したい。試してみたいマシンもあった。この前収録の合間に野目さんから教えてもらった方法も早速取り入れよう。それから……。
あれこれ思案しながら迎えた年始初のオフの前日に、弥勒のJOINに健十から連絡が入った。
弥勒は朝からひたすらに、キッチンの鍋と向かい合っていた。
「……薄……くはないか?」
コトン、音を立てて味見に使った小皿を置いた。
煮物には拘っていた時期があったから自信があった。しかし、まさかそれを求められるとは思っていなかった。何せ当時から時間が掛かるメニューは兎に角評判が悪く、世間でいう男子高校生に当たる時期のメンバーは煮物よりも焼肉やオムライスといった炭水化物や肉等のリクエストに偏るばかり。明謙ですら煮物を美味いと言いつつも、夕食のメニューを言葉巧みにハンバーグへと変更してしまう事も多かった。あの頃は唯月にも呆れられていた気がする。あまり気にしていなかったが、そうか……あれは少しだけ子供っぽい維持の張り方だったかもしれない。口の中の程よく火の通った筍を噛み締めて、むず痒い感覚に唇をへの字に曲げた。
飴色の出汁と煮込まれた牛蒡、筍、椎茸。勿論縁起物のの蓮根も。芋類は嫌がりそうだけど、カロリーが低めの里芋だから少しだけ。ねじり梅に飾り切りを施した人参と、手綱蒟蒻があるだけでおせち料理っぽさが増す気がする。塩と砂糖を控えめにしたから煮しめにしては少し薄味かもしれないが、長期保存を目的としていないから問題ないだろう。盛り付けたら彩りに絹さやを散らそう。
「うん、これなら」
重量のある鍋の中でしっかりと色付いた食材に一安心して蓋を閉じた。
同時に洗面所の奥にあるバスルームの扉が音を立てる。随分と長い時間閉ざされていたが、おそらくこれからスキンケアとヘアセットに入浴と同じくらいの時間が掛かる事だろう。弥勒は未だに閉じ籠られている扉を見ながら目を細め、握ったままだった菜箸を小皿に乗せてた。
「健十さん、できましたよ」
今この時に伝えたら貴方は、「言う程時間掛からなかったじゃん」なんて少し怪訝そうに眉を寄せるのか。はたまた同じ言葉を褒めるように朗らかに言いながら、笑ってくれるのだろうか。
瞼の中で思い描く表情は、例えるならばそれは、目眩のような感覚。
了