癖街中での撮影はスタジオでの撮影と違い、天候と時間との勝負なことが多い。ファッションブランドとのタイアップをすることも増えた昨今、普段とは一味違った場所での撮影を経験することも増えた。
洋服のモデルとして撮影する場合、クライアントのイメージにより撮影場所は異なるが、ファッション誌に多いスナップ風の雰囲気を所望されるケースも少なくない。ライトに囲まれた背景紙の前で自由にポージングをする場合はスタジオさえ確保出来ればいつでも撮影が可能だが、屋外での撮影はそうはいかない。ましてや仮にもアイドル活動をしている面々だ。選抜されたメンバーとはいえ、アイドルが5人で街中を歩き回って堂々と撮影なんてしていたら、忽ち人集りができ周囲に迷惑をかけてしまう。こういう撮影の場合多くは人気が少ない郊外などの広いハウススタジオやロケーションスタジオ等にて行うが、今回はあのスポーツファッションブランドとのタイアップ。イメージショットを撮影する為に一同はキャットストリートの一画に集っていた。
店舗が開店する前の早朝の時間帯、日中人で溢れている道路は閑散として少し寂しげで、普段通る時とは全く別の場所に思えた。
一通り街並みの雰囲気がわかるようなイメージショットを、並んで、歩きながら、集合して、オフショット風に、それぞれ撮影していく。5人での撮影が大方済むと一度休憩となり、朝早くから撮影していたせいか遙日と唯月が一寸違わぬタイミングであくびを噛み殺して竜持に笑われていた。
「次は是国さんたち3人でお願いしまーす!」
スタッフから掛けられた声で竜持、唯月、遙日の3人は、それまで年相応の表情で笑い合っていたのにパッと仕事の顔になる。別カットの撮影を控えた健十と百太郎は3人に軽く声をかけて声援を送った。
「モモと2人で撮影するのなんて久々だな」
「和服で撮った時もあったと思うが、あれは4人でだったか」
「ああ、竜持と弥勒もいたっけ」
メイクスタッフにファンデーションを塗り直してもらった百太郎ら懐かしむように視線を上げる。あれは真冬の撮影だったが、スタッフが防寒対策を入念にしてくれたおかげであまり辛くなかったと思う。ただ慣れない和服の裾捌きが上手くいかず、時代劇経験のあった百太郎に傚おうと3人が並んで試行錯誤したことは記憶している。弥勒と健十が竜持を挟んで手習する様子は傍から見たら少し面白かったようで、撮影の途中様子を見に来た夜叉丸によってオフショットとして撮影されメンバーのJOINに流されたのだ。健十は少々口角を下げた。
「どうした」
「いや、あの時のオフショットで家帰ってから揶揄われたの思い出した」
「ああ、そんなこともあったな」
百太郎は表情を変えずに指で顎を摘み、思い返しているのか軽く頭を上下に振った。
「お疲れ様です!こちら差し入れです!」
「ありがとうございます」
アシスタントのスタッフから紙袋で差し入れを渡されて、受け取った百太郎は中身を覗いて首を捻る。
「珍しい飲み物だな」
「お、それコールドプレスジュースだよ」
「コールドプレス?」
「熱を加えないで圧力で素材の水分を絞り出した野菜とか果物のジュースのこと、栄養素を壊さないから普通の野菜ジュースとかよりも効率よく栄養が摂れるんだって」
健十は嬉々として百太郎のもつ紙袋を覗き込んだ。
「ビタミン、ミネラルも豊富でデトックス効果が期待できるから美容にも効果があるって話題でさ」
「へぇ、さすが愛染、詳しいんだな」
「早朝ロケには嬉しい差し入れだ」
一つ手に取ると使われている野菜や果物を説明し次のボトルをまた手に取るという作業を繰り返す健十に、百太郎は珍しく目を細めてにこりと微笑む。一通り説明が終わった頃、遙日には飲みやすそうなオレンジベース、リュウはベリー系とか好きかな?とそれぞれが好きそうなジュースを思案し始めた。
「愛染はどれにするんだ?」
「うーん、俺は小松菜とか入ってるこのグリーンベースにしようかな」
「それじゃあ俺はキャロットジュースをいただこう」
歳下達には少し悪いが朝ご飯代わりに先にいただこう、と百太郎はキャロットジュースを口にする。オレンジやりんごなどの果物の甘みがのみやすく、爽やかな人参の風味が口いっぱいに広がる。なるほど、これは美味いなとパッケージを見返した。
「わ、結構濃いな、しっかりセロリとか葉物の味もするけどレモン風味が嫌な臭みを消してくれてる」
「俺のも美味しい、にんじんの味がするのに飲みやすい」
「ハイ」
健十はごく自然な動きで、百太郎にストローの刺さったジュースを差し出した。それはまるで恋人がデート中に飲み物を分け合うような、慣れた滑らかな動きで。
「あ……」
そして、それがついうっかり出てしまった仕草だと理解した瞬間、瞳がぐらりと揺らぐ。
バンビ時代から苦楽を共にしてきた仲間だから、幼い頃から知っているから、男同士だから、そう言い訳をしようと思えばいくらでもできたのに。目の前で目を丸くして判断しきれないと困ったように見上げてくる百太郎には、全て見透かされたような気がして一気に体温の上昇を感じる。咄嗟に手を引いてジュースを引っ込めてしまったことで誤魔化しも効かず、今潤わせたばかりの喉がヒリヒリと乾いているようだ。
「えっと、飲み差しは失礼だった……よな……」
「別に嫌じゃない」
「いやでも……無理に飲めってわけじゃ、」
しどろもどろになり、どんどん沼に沈み込んでいく感覚に溺れる。皆まで言われたわけではないのにこの羞恥心。いやしかし、相手が百太郎だったのだから傷はまだ浅いか? など自問自答しながら、健十は気まずそうに残りのジュースを飲み込んでいく。
「俺もよく暉やミカと交換したりする」
「……ああ、俺も悠太に取られるからつい……」
「そうか、悠太は一口じゃ済まなそうだな」
「はは……」
百太郎も自分のジュースを一口また一口と飲み込んで、遠くで撮影している3人を楽しそうに眺めている。触れないよう優しく優しくオブラートに包んでフォローしてくれている気がして、大変居た堪れない。底に僅かに残ったジューズがズズズと不快な音を立てる。これ以上喋って墓穴を掘らないよう健十は飲み干した容器をからからと振り、ゴミを捨ててくると言ってその場から離れようとした。
「随分と背の高い悠太だ」
視線をこちらに向けることなく漏らした百太郎の言葉に、背後から熱湯をかけられたような衝撃でその場に崩れ落ちそうになるのをなんとか耐え、健十は思わずああもうと天を仰いだ。
了