ディナーをご一緒に「帰り、寄ってけば」
収録上がりに言われた一言は疑問系ではなく、まるで決定事項であるようなニュアンスなのにどこか伺う色を帯びていた。その日はB-PROチャンネルの収録で、3人でスタジオに入って滞りなく撮影が進んでいた。休憩時間には竜持が「今日の夕食はトモが俺の分も作る、なぁんて言ってたからちょっと不安なんだよね」と笑っていて、不安と言いつつもどこか嬉しそうな表情に2人の長年の関係が滲み出ている。弥勒は今度感想聞かせてくださいねと相槌をしつつ、今日はキラキンの他のメンバーは仕事で遅くなるから晩飯は悩み中だと話をした。普段は基本自炊だったが今日はあまり気乗りがしない。何かテイクアウトでもして軽く済ますかとぼんやり考えた所、スタジオを出た廊下で流れるようにつぶやかれた冒頭の言葉に、弥勒はややあって短く返事をした。
買い物があるからとタクシーに乗った竜持とは別れ、2人でよく利用するテイクアウトする店のスムージーとサラダを購入した。炭酸水を切らしたと溢した健十に、折角なら自分が持つと伝えスーパーへと足を運び2Lのペットボトルを2本追加する。途中、試そうと思っていた新発売のアミノ酸サプリが並んでいるのをドラックストアで発見し眺めていたら、健十がひょいと箱を持ち上げレジへと持っていった。
「荷物持ち代、炭酸水のね」
目を細める仕草で、マスクの下で唇を波打たせ笑っている顔の想像がつく。当人としては歳上として行動をしてくれているつもりなのだろうが、そういう時は大抵少し子供っぽい表情になっていることに気づいていないのだろう。つられて唇がにやけてしまったのを自覚し、小さくお礼を述べた。
「普段はネットで買っちゃうけど、たまには買物もいいな」
ドラッグストアから出てきた健十は明らかに中身がアミノ酸サプリだけではない袋を揺らし、上機嫌だった。
「何買ったんですか」
「気になってたパックとか」
パックの一つや二つの量じゃなかったが、弥勒は言葉を飲み込んで健十に続いた。
「ミネラルウォーターでいい?」
「はい」
冷蔵庫からボトルと取り出す時、色鮮やかな炭酸飲料やコーラが見える。おそらく健十と同室である悠太や剛士の物なのだろう。健十は絶対に口にしなさそうだなと思わず息を漏らすと、本人は何?と眉を上げて聞き返す。コップに注がれたミネラルウォーターを受け取り、大したことじゃ無いんですがと続けた。
「うちの冷蔵庫にも同じような炭酸のジュースがあったので、阿修くんのですか?」
「あーこれ? 悠太が毎日買ってきてちょっと残していくもんだから、どんどん溜まるんだよね」
「うちは3人で飲むからすぐ無くなるんですけどね」
「悠太は飽きっぽいというか、8割飲むと満足して忘れるんだよ、俺は勿論飲まないから剛士に飲んでって言うんだけど、あいつコーラかコーヒーしか飲まないとか言うし」
コツン、フォークが皿をつつく音が控えめに響く。視線を上げると向かい側の席で艶やかな唇へとトマトが消えていった。弥勒は自分のサラダの歯応えのある根菜を奥歯で噛み締めながら、流れるような健十の指の動きを眺めていた。
「だからもう少し冷蔵庫を片付けろって言ったら、今度は俺の洗面所のアイテムを減らせって文句言ってくるし」
机に投げ出された腕は不満げな音を軽く立てたが、フォークを握る指先に力はこもっていない。ゆるく尖った唇の端も下がっていないどころか、忽ち薄く開いてため息にすらならない呼吸が漏れた。
「……あ、悪い、あいつらの事ばっかり」
「いえ、目に浮かぶようで微笑ましいです」
「おい、微笑ましいってなんだよ」
弥勒はしまった、と唇を開けたまま視線を逸らした。少し間をあけてから、この部屋での出来事が想像つきすぎてつい、と続ける。一口ミネラルウォーターを飲み込んで向き直ると、今度は健十が視線を逸らして片肘をつき顎を掌に乗せた。
「なんか、俺ばっかり喋ってるな」
いつも、と付け加えてから、掌は耳の後ろを撫で首の後ろの根元までするりと移動する。ばつが悪そうなその仕草は言いたいことを言えない居心地の悪い時の少年の様だ。
健十は気持ちを悟られないようにする癖があるせいか、他人に気持ちを悟ってもらおうと行動するのが下手だと思う。それは2人で過ごすようになってからも変わらない。余裕があって落ち着いていてリードして、そういう雰囲気を出したがる。初めはわかりにくくて眉間に皺を寄せることも多いだろうが、今の弥勒にはもう理解に容易い。饒舌な点を除けば、感情を人に伝えるのが苦手なのは自分も遜色ないと思うからだ。
「話聞きながら飯食べるの楽しいですよ、それに」
いつの間にか口元へと移動していた掌が健十の顔を半分隠しているものだから、弥勒は少し首を傾げて覗き込むように見つめる。
「健十さんと食べる夕食はいつもより美味いです」
顎を引いた状態で視線を合わせると自然と上目遣いになるり、束になったまつ毛が瞳の印象を強調させた。その涼しげな瞳と揺れる心の中心部は、自分の一挙一動で左右されていると思うとこちらも胸が高鳴った。
「なにそれ、小学生の感想みたいな……ふふ、」
「健十さんが今の俺くらいの頃、俺はまだ小学生でしたよ」
「え、まじ? ランドセル似合わなそうだなお前」
「明謙は似合っていましたけどね」
健十の握るフォークは再びコツンと皿をつつき、今度はレタスが口の中へと運ばれて行く。顔から離れた掌は今度は皿へと添えられて、咀嚼に合わせてテーブルをトントンと数回叩いた。
「健十さんもでしょ」
「何が?」
遊ぶ指を、弥勒は少し目を細めて見つめながら続けた。
「俺と飯食べると、美味しいでしょ」
たじろいだ指先が再びテーブルへと戻る時、健十の答えを表情で察した弥勒は満足そうににっこりと微笑んだ。
了