あ、と思わず口から一音零れ落ちた。
吹き抜ける風が薄紅の花びらをはらむ季節。旅の途中の一幕だ。
こじんまりとした喫茶店。その店先に置かれた看板には、手書きのメニューとおすすめメニューのイラストが飾られている。デフォルメされた果物のイラストが分かりやすく強調されていた。
足を止めるかどうか、一瞬迷ったその瞬間、頭蓋のなかから声がした。
――今が旬の果物を使っているらしいよ。そのまま食べれば酸味が強すぎるけれど、ジャムにしてケーキの生地に練りこんでいるから、ほのかな酸味が甘さを際立たせて、いっそう深みのある味わい、だってさ。
誰も自分に注目していないことを把握しつつ、シエテはなんとも言い難い表情を浮かべた。
不穏な初対面からは想像できないような、気の抜けた発言である。
威圧感のかけらもないが、興味がある様子でもない。なんのつもりで話しかけてきているのか、いまいち目的を推し量れない。
それで俺にどうしろって? 脳内で問い返せば、うすっぺらい笑みが返ってくる。
――別に、なにも。好きだろう、そういうの。食べたほうがいいよ、食べられるうちに。
それだけ言って、本当に自身から相手の意識が離れたのを感じた。
干渉するだのどうだのとか、そういうのはなんだったんだ。いっそもっとわかりやすく手を出してくれれば、力ずくで解決できるものを。
ふと、脳のうらがわにいる存在の気配が強くなった。
伏せって眠っていた獅子が、その頭を持ち上げたかのような。
身の内側からの圧を感じる。興味を持たれた。
――力ずく、ね。たとえば、俺を殺しにくる、とか?
おもしろげな口調だ。自覚をもってこの相手の話に耳を傾けてから、一番生気を感じる声だ。
必要があれば。と内心で応じれば、機嫌がよさそうな笑い声が聞こえてくる。
――では早く俺を殺しに来るといいよ。できるものならね。
なんだかなあ、と思いながらシエテは喫茶店の扉をくぐった。
――あ、ちなみに午後のおすすめセットを注文すると、旬の果物を使ったケーキとハーブティが楽しめるから、これが一番いいと思うよ。
……なんだかなあ。